3 入
謎の彼女の言葉は、ぼくを揶揄っているとしか思えない。
彼女の顔は真剣だが、切羽詰まった感じはしない。
だから、ぼくは彼女の言葉が信じられない。
「あーっ、ご飯、美味しかったです。ご馳走様……」
呑気な顔付きで桜子が言う。
「洗いものは、わたしがします。でも、その前に、お茶のお代わりが欲しいです。」
「わかったよ」
大した手間でもないので、ぼくがお茶を淹れる。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
すると、ピンポーン、と部屋の呼び鈴が鳴る。
誰だろう、こんな時間に……。
瞬時、ぼくは訝しむが、余り気にせず、玄関ドアを開ける。
すると、田丸幸則が立っている。
ぼくは自分の目を疑う。
「遊びに来たよ」
飄々とした口調で田丸が言う。
ぼくは拍子抜けしてしまう。
「それは構わないけど、何故、急に……」
「匂ったんだ」
「匂った……」
「言葉を変えると、鼻が呼ばれた」
「鼻が呼ばれた」
そう言い、田丸がぼくの部屋に上がる。
すぐに、キッキンテーブルでお茶を飲む、桜子を見つけ、
「あれ、彼女が来てたんだ。だったら、お邪魔かな」
と田丸が言う。
「お邪魔なら帰るよ」
田丸の気遣いだ。
「いや、幸運なことに、彼女じゃない。だから、気にしなくていい」
「そうか。こんな時間にアパートにいるのにか」
田丸が首を傾げる。
が、すぐに口調を変え、
「こんばんは……」
と桜子に挨拶する。
すると、
「こちらこそ、こんばんは……」
と桜子が田丸に返答する。
「やっぱり誰かが来ましたね」
彼女の呟きは聞き捨てならない。
「やっぱり、って……」
すると、ぼくの存在を無視し、桜子が田丸に問う。
「単刀直入に伺いますけど、あなたは何かを感じましたか」
田丸の答えはさっきと同じだ。
「ああ、鼻が呼んだ」
当然、ぼくには意味がわからない。
すると、そんなぼくの様子を察したように、
「世の中にはいるんですよ。気配を感じる人が……」
桜子がぼくに説明する。
が、ぼくにはそれが説明とは思えない。
「ええと、お名前は……」
桜子が田丸に訊ね、
「田丸です」
と田丸が答える。
彼らにとって、ぼくは存在しないらしい。
「田丸さん。どんな匂いがしましたか」
「簡単には答えられないな。だが、複雑ってわけでもない」
「それは例えがない、ということですか」
「まったくないとは思えないが、そんなところか」
「わかりました」
いや、全然わからないから、とぼくが思う。
「何が始まるんです」
「一番近いのは侵略……」
「いったい何処から……」
「知らない次元から……」
「何者が……」
「それは、わたしにもわかりません」
「何故、亨のところに……」
「亨さんの頭脳が他の人とは少し違うからです」
「入口なのか」
「……というよりは、目印かな」
「なるほど」
「だけど、亨さんには能力もあります」
「出所は同じか」
「時空を捉える頭脳構造です」
「で、いつ、来るわけ」
「予想では数時間後……」
「外れる確率は……」
「もちろん来ない可能性もあります。わたしは、それを望みますが……」
「何が起こるんだ」
「具体的なことはわかりません」
「最悪、人類の滅亡かな」
「そういう場合もあるでしょう」
「わかった。ならば愉しむしかないな」
そう言い、田丸がぼくに顔を向ける。
「ご一緒させていただくよ」
相変わらず、ぼくには何のことだかさっぱりだ。
「ところで彼女、名前は……」
「あっ、失礼しました。業平桜子です」
「業平ってことは、桜子ちゃんは亨の親戚なのかな……」
「いえ、親戚ではありません」
「じゃ、別世界にいる姉妹か」
「ご想像にお任せします」
「実は未来の嫁さんだったりしてな」
「さあ、どうでしょう」
田丸の大胆な予想に桜子は悪戯な笑みを返す。