12 闖
ぼくだけが怖ろしく感じる鉄塔のオバケが怖れる彼らの世界の侵略者。
いったいそれは、どれほど怖ろしい存在なのか。
一度、ぼくは考え、また考え直す。
それは、ぼくにとって怖ろしいモノではないかもしれない、と……。
すると、そのとき、ぼくの心に声が聞こえる。
(亨さん……)
思わず、ぼくがハッとする。
その声が桜子のモノだったからだ。
が、現実の桜子の身体は鉄塔のオバケに乗っ取られている。
……とすると。
(亨さん)
(桜子なのか……)
ぼくが心で桜子に問う。
(はい、わたしです)
(きみは鉄塔のオバケから自由を取り戻したのか)
(いえ、それはまだです)
(じゃ、どういうことなんだ)
(保険だったようです)
桜子は説明するが、相変わらず、ぼくには意味がわからない。
(本当に、どういうことだ)
(わたしが亨さんと同じ存在だ、ということです)
(きみとぼくでは、所属する世界は違うが、存在は同じだ、と……)
(どうやら、そうらしいです)
(まさか、それで心が繋がっている、と……)
(心の一部ですが……)
桜子の残りの心は鉄塔のオバケの支配下にあるわけだ。
(ぼくは、どうすればいい)
(わたしを殴って気絶させてください)
(物理的に、それは無理だ。ぼくにそんな力はない。また心情的にもできない)
(情けない人ですね)
(仕方がない)
(では、わたしの方で何とかしてみましょう。亨さんは気づかなかったかもしれませんが、わたしが亨さんの心を訪れたとき、わたしはヒントを掴みましたから……)
そう告げ、桜子の声がぼくから去る。
入れ代わりに、
「急ニ静カニナッタナ。何ヲ考エテイル」
鉄塔のオバケが、ぼくに問いかける。
ぼくは一息吐いてから、
「鉄塔の姿をしたお前たちが、ぼくは本当に怖いが、お前が乗っ取っている桜子も、そこいる田丸も、お前が怖くない」
「何ガ言イタイ」
「お前が怖がる存在を、おそらく、ぼくは怖がらないだろう」
「ソレガドウシタ」
「お前たちの代わりに。このぼくが、お前たちが怖がる存在を退治する手もあるか、と思っただけさ」
「何ダト……」
「言った通りだよ」
「オ前ニ何ガデキル」
「それは、これから考える」
「イヤ、時間ノ無駄だ」
その声に驚き、振り返ると、田丸の両目が銀色に光っている。
「まさか、田丸まで……」
ぼくが呆然とする。
「手間ハ喰ッタガ、コノ個体モ利用サセテモラウコトニスル」
「おい、待て……」
が、ぼくの静止を彼らが訊くわけもない。
「会話ハ終ワリダ。我々ハ第一集合意識が、コノ個体ヲ乗ッ取ルノヲ待ッテイタダケダ」
「ソウダ。今コソ、我々ハ、オ前タチノ世界ニ侵入スル」
「サア、始メヨウ。イヤ、チョット待テ……」
桜子の身体を乗っ取った方の集合意識体が何かを訝しむ。
ついで、桜子の身体が脂汗を掻き始める。
「オイ、ドウシタ……」
田丸の身体(正確には心を通じて身体をだろうが……)を乗っ取った仲間の集合意識が相手を案じる。
ぼくには理由はわからないが、桜子が何かをしたようだ。
「怖ロシイ。嗚呼、怖ロシイ」
声そのものに抑揚はないが、桜子の身体がブルブルと震えている。
何か、本当に恐ろしいモノを感じているようだ。
(何をした桜子……。きみは大丈夫なのか)
(わたしは大丈夫です。怖がっているのは鉄塔のオバケの方だから……。だけど、わたしの意識がわたしに戻ったとき、大変そうですね)
まるで他人事のように桜子が言う。
(いったい、何をしたんだ)
(心を探っただけですよ。彼らが心底怖れているモノを見つけるために……)
(あいつは、それを見たのか)
(そういうことです)
(素晴らしい!)
「仕方ガナイ。我々ダケデ侵略ヲ開始スル」
が、田丸の身体を乗っ取った鉄塔のオバケが情け容赦なく宣言する。
万事、急須だ。
が、そのとき……。
バタン。
ぼくの部屋のアパートのドアが開く。
……と、いきなり世界のバラバラがリセットされる。
鉄塔のオバケたちにとって、想定外の事態が生じたのだ。
心の中の世界が瞬時にして現実の世界に変わる。
彼らにとっては一溜りもない。
時刻は作夜の十時少し過ぎだ。
「亨、おかあさん、来ちゃったけど、いいわよね」
つまり、ぼくの母の、このアパートへの訪問が、侵略者から世界を救ったのだ。(了)




