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古着屋の小野寺さん  作者: 鎚谷ひろみ
bitter&sweet
48/52

24 NO NAME #4

続きです。今回も長いのでゆっくり読んで頂けたら幸いです!

24-4 毎日がマシュマロと言う名の臆病な日々






俺と華ちゃんが付き合う事になり一年以上が経つ。

彼女の知らない一面を知ることも多々増えたりした。


趣味で神社周りをしたりする。秋葉原の神社に行ったとき、タヌキの大小のお守りがかわいいと言われて買い、大切にするねって言われた。そして赤坂にある神社では狐のお守りを引いて、お守りの陶器も嬉しそうに持って帰ったりした。

彼女の家に行った時にテレビの前にタヌキとキツネが並んでて面白くて笑ってしまった。


「タヌキとキツネ可愛いじゃん!」

「でも、なんで並べてるの?」

「なんか、良顕くんと私みたいだもん!」

「えっ、俺がキツネで華ちゃんがタヌキ?」

「違うよ、逆だよ! 私がキツネで良顕くんがタヌキ!」


そんなくだらない会話が愛おし過ぎる。




それからある時は華ちゃんの友人に紹介されたり、着々と関係は進行していった。


そしてお互いの離れてる時間が煩わしくなってきたとあるデートの日。

別れ際、ついつい振り返る。

お互い寂しさを残しつつ何度も振り返るとほぼ同じタイミングで華ちゃんも振り返る。


俺自身は何かを話したいという訳ではなく、ただ一緒に話さなくても隣でいたいと考えていた。



駅のホームまでの道のり……ふと立ち止まりLINEを開く。俺は素直な気持ちを綴り、華ちゃんにメッセージを送る。




既読『あのさ……大切な話があって』


『なに?』


既読『同棲しない?』




そこから彼女の返事が止まり、電車に乗り込み家に着いて、返事を送ってから二時間くらいたった。




『本気でいってる?』


既読『うん』


『それじゃ、次回あった時に話し合おう』






そして会って話し合い……今年の1月に今の『トレアイ』、店から1駅先歩いて10分前後に住み始めた。






ちなみに俺達が付き合ってる事は、確実に二人は知っている。



一人は鈴木さん。もちろん察してはいて、特に何も言われなかった……

だが去年の12月の初旬。同棲する前……たまたま二人で映画を見終わり新宿の歌舞伎町の辺りを歩いてた時だ。




「あぁ~今日は帰りたくないなぁ」

「なに、言ってんの帰るよ」

「だって、歌舞伎町だよ~ねぇ~せっかくだから泊まっていこうよ」


彼女の明るい笑顔、それに反し艶っぽい目線からのお誘いに俺は嬉しくも恥ずかしくなる。もちろん迷う。


明日仕事だし……今はお金を沢山使うわけにはいかない……と冷静な判断が過る。



「明日仕事だし、やめておこう」

「えぇ~」



俺が歩き出すと遅れて彼女はちょこちょこと着いてくる。

ふと歩きながら、目の前に雑居ビルが見える。



「ああ! エッチなお店だ!!」


彼女にしては珍しくそのギラギラした看板に駆け寄る。


「良顕くんも使ったことあるの?」

「俺はないよ」

「いや~嘘つかなくていいから~怒らないし」

「ホントにないんだよ」




男なら基本は大半はあるらしい。だが俺の場合、親父のトラウマでそういう所に行くのに忌避感があった。

彼女はニヤニヤしながら、こちらを見つめる。

ふと、その雑居ビルの2階に個人の生地屋と占い屋が在ることに気がついた。

「生地屋さんと占いも入ってるんだね」

「話そらさないでよ~」



彼女は何かを思い付いたように、またも小悪魔的な目線を送る。

「なに?」

「それじゃ! 賭けしない?」

「賭け?」

「うん! もし、この階段かエレベーターで降りてきた人が男の人の場合私の勝ちで泊まっていく。女の人の場合は良顕くんの勝ちで帰る……制限時間は30分もし両方出て来なかったら良顕くんの勝ち、どう?」

「うん、それじゃやってみようか……」


この場合俺の方が有利かもしれない……生地屋はちょうど21時まで、占い屋は22時まで……

そう思い、無意味な時間が刻々と進む。



「出てこないね……」

「そうだね……」

「こういうエッチなお店使う人ってどういう男の人なのかな?」

「まぁ、だいたいは彼女がいない人とかかなぁ……寂しい人とか?」

「鈴木さんとか、高橋さんも使ってるのかな?」

「まぁ、なんとも言えないけど……高橋は使ってそう……」



そんな会話をして20分が経ち、エレベーターが動きだしぎこちなくドアが開いた。



ガガガガ……



薄暗くちゃんとは見えないがサングラスをかけた男性が出てきて、俺達の方に近づいてきた。


「あれ? 田中と華じゃん?! こんなとこで何してんの?」


鈴木さんが嬉しそうにトートバッグを持ちながら近づいてきた。

ついついその姿に凍りついてしまう。


「おまえらな、確かに付き合ってるのは知ってたけどよ! もうーちょっとさぁ、警戒してバレない様にしろよ~」


彼は笑いながら、こちらを見るが凍りついている俺達の様子を見て周りを見回した。


「えっ、なに?」


俺は黙ってギラギラした看板に指をさした。

彼はそちらを振り向く。


「ん? はぁ……えっ、あー!!!……いや違う、違う違う!! 俺が利用したのは生地屋だよ!!!」


彼は全力で手を振り否定をして鞄から急いで、袋を出した。


「ほら、これ見ろよ!! 楓の為に作る手袋のための毛糸買いに来たんだよ!!! 色をこだわりたくて、探してたから……ここにしかなかったから!!!」

「あぁぁ……」

「なるほど……」


俺達の冷たい視線に鈴木さんはよりしどろもどろになる。


「いやホントだから! ホントだよ……と、とにかく俺は帰えるから! んじゃな!」


彼はそう言って急いで帰っていった……

賭けは華ちゃんの勝ちだが……さっきまでのテンションは消えて大人しく別れて帰った。



鈴木さんも流石にその事が気まずく、店ではいじったりはしない。






そして、もう一人は店長……


店長の場合、移ってきて半年経った……あれも12月。一緒に働いている時に、つい昔華ちゃんが口ずさんでいた曲を俺が鼻歌混じりで仕事をしていたら、すれ違い様に言われた。



「田中くん」

「なんですか?」

「あのさ、職場恋愛は別にいいんだがもう少しバレない様にした方がいいよ」

「えっ? 俺店の人と付き合ってないです」

「いや、華ちゃんと君の香水同じだろ。それに態度と空気感でわかるから」


その言いように返す言葉がでず黙り込む。


「悪いとは言わない。だが最近仕事、閉め作業が雑だから。仕事と恋愛は割りきってちゃんとやって貰わんと困るよ。あとその鼻歌は何……」


そう言って去っていった。店長は、それから店の女の子とお客さんから人気を集め地位を確立していった。それと反し、その事が頭から離れず軽いミスを多発してしまう。



それから店長は気がつくと俺の事は『田中』と呼び捨てになっていた……






そんなこんなで他の従業員、一人を除いては俺たちが付き合っていることを何となくで察している状況だ。



仕事では、付き合っている雰囲気はできるだけ出さないようにはしている。シフトでも被る時は被るし、被らない時は被らない。それは店長と鈴木さんのさじ加減だけども。

まぁ、二人で入ってフロアが同じ時はついつい距離が近くなってしまう……今日この頃……



「おいおい! 今が鈴木と私だけだからって、気を抜きすぎなんじゃないか?」


店長が俺たちが値付けして並んでいる所に、気がつくと間に入ってきた。

「いっ、居るなら言ってください! それにメンズフロア鈴木さんだけ残して、大丈夫何ですか?」

「暇だしアイツなら1人でもある程度なら回せるからっ、というかこっちも暇だろうと思ったから華ちゃんの休憩回しに来たんだよ」

「はぁ、はい」


どっしり構えた店長についつい臆してしまう俺たち。


「さぁ、華ちゃんは休憩はいちゃって!」

「では、お先頂きます」


華ちゃんは店長に促され、休憩のため下のメンズフロアに降りていった。

「えっ! レディースフロアに二人ですか?」

「いや、ちょっと軽く話してからお前にはメンズフロアの方に降りて貰う」

「はぁ……」


その改まった堅苦しい空気で何を言い出されるかわからなく、身構えてしまう。


「田中?」

「何ですか?」

「華ちゃんの事、愛しているのか?」

「はぁー!?」

唐突の彼女への愛の確認に戸惑う。いつもの店長の悪ふざけだと思い、苦笑いしながら彼女の顔を見ると……真面目な顔で此方を見ている。そして目が合った瞬間に息を飲んだ。


「華ちゃんは、すごくいい子だ。もちろんお前も悪い奴じゃないのはわかってる。でも彼女の事を真面目に考えているのかは、わからん。私にとってこの仕事場は大切な居場所だと思ってるし、お前たちの事も……家族まではいかんが、大切な仲間だと思っている」

「はぁ……」


彼女が何を言いたいかわからなく小さく息を漏らし、漸く目線をそらした。


「わたしも……」


店長が低くゆっくりと声を発っする。


「いつまで、この店にいるかわからん」

「えっ?」

彼女の言葉で目線を上げると、変わらず真剣な目つきで見続けている。また目が合った瞬間に彼女は呆れたように鼻息を洩らした。

「どういう事ですか?」

「そりゃ、今すぐって事ではないぞ。近い未来……それが一年先か、二年先か……もしくは早くなって半年かもしれないし……それに、私より先に辞める奴がでるかもしれんがな 」


彼女はきゅっと唇を結び、話しながらおろした顔をまた前に向け、手を腰につけた。


「だからこそっと言うか! お前たち二人の関係は出来ればある程度見届けてから、去りたいとは願ってはいるんだよ」

「店長……」


彼女は突拍子にくるっと可憐に回転し、人差し指と親指を俺の方に差しのべた。


「んで、アイラービューなのか?」

「はい。俺は華ちゃんを愛してます。だから節約して貯金して、同棲して、結婚も考えています」

「えっ、私そこまで聞くつもりなかったんだけど……」

「あっ……」


ついつい滑らしてしまった事で、俺は次の言葉が出ない。

店長の顔はみるみる崩れてゆき、だらしなくニヤニヤし始め、俺に近づき人差し指でチョンチョンする。


「田中~お前~以外になかなか男らしいな~」

「やめてください。それに俺は男らしいんですよ」

「いやいや、普段のお前からは想像できん意外な返答で、私なんかテンションあがったわ! ……なぁ、キャーキャー言っていい?」

「ダメです」

「えぇ~~!! 普通の女子なら許可なんか取らずキャーキャー言ってるぞ」

「店長はもう女子じゃないでしょ」

「失礼な奴だな! 女性はいつまで経っても女子なんだよ!!…………まぁ、お前の答えはわかったし、安心したわ! …… そして華ちゃんの事で困ったことがあったら、力を貸す」

「期待しないでいますよ」

「いや、期待しろ! そうだな……もしプロポーズするなら、私がアメリカ仕込みのモノを教えてやろう」

「アメリカ仕込みですか?」

「いいか、よく聞け……」

そう言うと彼女は自身の両手、親指と人差し指をハサミの形にして、そのハサミを繋げた。


「『僕にとって君は、ロブスターで僕もロブスターなんだ。ロブスターは一度ペアになると二度と離れないって言われてて、実際水槽でもそうだし池の周りとかでそうしている。だから僕と君は離れたくない、結婚してくれ!』」


彼女は眼を見開き俺を見た。

「いやいや! くどいと言うか意味わからないですよ。ロブスターで例えられるのいやでしょ」

「えっ、アメリカだったら有名な話でユーモアあるのに~」

「ホントですか?」

「ホントホント!」


彼女の軽いテンションにじーっと見た。


「まぁ、お前なんかがアメリカのユーモアをわかるわけないもんな。そんな事よりメンズフロアに行ってこい」

「人を呼び止めといてなんですか、それ……」


店長がしっしっと手をつけ、俺は追い払われた。




フロアに降り、レジカウンターに入ると鈴木さんは奥の方に、試着から戻ってきた衣類を戻しに行った。


「あの、すいません」


呼び掛けられ、お客さんを見た。

そのお客さんは俺より少し年上っぽく、さっぱりしたスポーツ刈りに体格が大きく、身長も180センチ半ばくらいだろう。落ち着いた雰囲気でストライプのシャツにダークグレーのパンツを履いている。

手には商品である、ハイブランドのネクタイを持っていた。

「あっ、すいませんお会計ですね」

「はい、お願いします」


商品を読み取る。


「アプリのご利用ありますか?」

「いえ」

「袋はご利用されますか?」

「お願いします」


お会計を済ませたが、目の前の男性は少し何か言いたげに顔をしかめた。


「どうしました?」

「いや、少しお聞きしたいのですが……」

「はい」

彼は困った顔をしながら短く息を吸う。


「昔このお店に、峰岸華さんって方いらっしゃいましたよね……」

「えっ、あ……はぁ……」

急に華ちゃんの話を振られ、驚いてしまった。


「今は、辞められてしまいましたか?」

「えっと、申し訳ないんですが……過去にいたスタッフだとしても、どうしてるかとか等はお伝えしかねます。プライバシーがありますから……」


目の前の男性はそう言われると、すごく残念そうな顔をした。


「そうですよね……急に変な事を聞いてしまって、申し訳ありません」


彼は軽く会釈し「ありがとうございます」っと言って帰っていった。

その爽やかな姿に、華ちゃんがまだ店にいることを隠した事が申し訳なく感じる。それと共にふと頭に過った。


でも、あれ……あの人どこかで見たことある気が……






「ただいま~」

「おかえり、面接どうだった?」


『面接』というワードを聞き、彼女はあっと驚いた苦笑いを唸る。


「うーん、あんまりかな……」

「えっ、あそこでだよね。駅の北側のスーパーの通りの所の病院。外から見た時、外観も内側も綺麗そうで、トレアイともそこまで遠くないし」

「いや……悪くないと思うし、好感触なんだけど……」


彼女の返答は、歯切れが悪い。


「えっとね……なんか……空気感が悪いというか……」

「どういう事?」

「面接の人が……」

「面接の人が?」

「なんか! いい人過ぎるというか、うん、胡散臭いというか」

「えっ? いや! どいうこと?」

「いや、まぁ今日の所はナシナシ! お腹減ったし、ご飯食べよ!!」


彼女はごまかす様に、服を着替えに行く。



同棲を初めてから彼女は面接をし始めた。彼女と付き合うようになって2年とちょっと。彼女は簿記3級を取り、簿記2級は二回落ちたが無事合格し、医療事務の資格も習得。

働きながら休みの日もだいたいは勉強に費し、たゆまぬ努力を一定に続けていた。


そして同棲を期に今後の俺たちの事を考えて、他の所へ就職を乗り出した。



「あっ! 今日はヤングコーンのサラダと、トマトソースのパスタ?」

「ううん、メリケンソースのパスタ。この前のエビの殻余ってたのを使ったんだ」

「ホント、お洒落なもの造るよね」

「学生時代、レストランでバイトしてた時に教えて貰ったのもあるけど」


まぁ、休みの日にしか本格的なものは作らないけど。


彼女は嬉しそうに椅子を引き、急いで座る。


「頂きます!」


彼女は世話しなくフォークをつかみ、口の中にパスタを入れる。


「うーん、おいしい!」

「ゆっくり噛まないと体に悪いよ」

「大丈夫大丈夫!」


本当に美味しそうに食べるので作りがいがある。

その嬉しそうな顔をみるだけで仕事の疲れなんて吹っ飛ぶ。



ンーンー!!



華ちゃんのスマホが鳴る。彼女はスマホを持ち、うわっとした顔を浮かべた。

「えっ? もしかしてまた高橋?」

「うん……高橋さん……」

「あいつもホント嫌がられてるの気がつかないよな……」

「うーん、そういうの気がつかない人なんだろうね……」

「俺から言おうか?」

「ううん、店全体的に気まずくなるのも嫌だし……大丈夫!」


高橋は、華ちゃんの事が気になるみたいで、一度華ちゃんにラインを送った後何度も無意味なラインを送り、最近では遊びに行こうというLINEを送り続けている。

華ちゃんはうまいことかわしているが何度も送られてる本人と、その彼氏からしたらたまったもんじゃない。



高橋は今、週1くらいしか出勤していない。よっぽど人がいない時に鈴木さんか、店長に頼まれて多めに出勤する感じだ。

それに加え女癖が悪く、うちの店の女の子たちにはある程度ちょっかいをかけてるし、当たり前のようにセクハラのような発言もして俺はあまり好きではない。むしろ嫌いだ。

それもあり、前の華ちゃんの事を訪ねてきた男性の事は知らせなかった。これ以上、男の事で悩ませたくない。





ご飯が食べ終わり片付けをし、華ちゃんが風呂に入ってる時……今度は俺の方のスマホが鳴る。


弟からLINEで母が倒れたのだと……

急いで華ちゃんに言伝てをし、急いで電車とタクシーを使い神奈川の実家に帰った。







「母さんは?!」


俺の必死の形相に、ベッドで座っている母が驚いた顔をした。

後ろから、キッチンから戻ってきた弟が顔を出す。


「ごめん、貧血だった」

「なんだ……貧血か……」

「ごめんなさいね、驚かしてしまって」


顔色は悪いが母の笑顔に少し安心した。

安堵で足から崩れ、大きく息が漏れた。


「最近あなた帰って来ないから顔も見たかったし、ちょうどよかったわ……」

「ごめんね、最近忙しくて」

「ううん、いいの。元気そうで安心したから……でも、私もいい年だし……いつどうなってもおかしくないから……早く結婚して孫の顔は見たいわね」


そう言われ、どこか心苦しく目を合わすのが億劫になる。


「今日は遅いし、泊まっていきなさい」

「うん、そうさせてもらう」

「兄さん、ちょっといいか?」


弟に言われて、リビングのソファーに促される。弟は真っ正面に座り兄弟で向き合う形になった。


「最近どう? 仕事?」

「まぁ、ぼちぼち」

「こんなこと聞くのはあれなんだけど、メンタルは?」

「悪くないよ。安定している。そう言えば会社の経営の方はどう?」

「うーん……悪くはないんだけど……」


弟は顔を曇らせる。

「なに? なんかあったのか?」

「いや、特に問題はないんだけど……」


言葉がつまり、空気が重い。ホントは何か言いたいのが伝わってくる。


「俺、やっぱりこの仕事向いてない気がするんだ。人付き合いとか相手の顔色みるの苦手だし」

「ごめんな、あの時俺が駄目だったから無理やり継がせる形になって」

「いや、そこはいいんだ。ただ自分自身の情けなさがひしひし感じて……」


弟は言葉がうっすらと消え、大きな溜め息をつく。


「兄さん。帰ってきてくれないか?」

「あっ、いや……」


急な返答に言葉がつまる。


「会社は安定はしてるけど、疲れるんだ。それに父さんはきっと兄さんに継いで欲しいと思ってたし……今すぐじゃなくていいから」


弟の疲れきった重い言葉が俺にかかり、また沈黙が流れる。その空気感に耐えきれず、俺は何度か鼻から息を吸い、口をモゴモゴと開け閉めする。

「俺、結婚を考えてて……」

咄嗟に出た言葉はまるで、不用意な言い訳のように出た。


「えっ、それはおめでとう」

「まぁ、その相手にはまだ何も伝えてなくて、うちの実家の事も何も言ってないんだ」

「でも今、兄さんが社長になって、その夫人になれば生活は楽だと思うよ」

「うん、そうかもね……でも、俺たちがちっちゃい時にさ……母さんが苦労してる姿みてたから……それに親父も色んなプレッシャーやストレスで、ああなったんだと思うと……俺も親父みたいになるのが恐いんだよ」

昔、リビングで疲れきって雑魚寝していた親父の姿が眼に浮かび、目を伏せる。


「でも、少し考えといて……俺も、もう寝るよ」


弟はそう一言告げ、俺の様子を見て、黙って自室に戻っていたった。


リビングに一人残され、テレビをつける。バラエティー番組が騒がしくも流れるがもちろん明るい気持ちにはならない。

一度立ち、冷蔵庫までいき安めの缶チューハイのロング缶を取ってきて呆然と飲みながらテレビを観る。



そう言えば、華ちゃんと住むようになってから……鈴木さん達とたまに飲むか、休みの前の日くらいしか酒飲まなくなったな。それもちゃんとしたビールか日本酒とワイン。ホントお酒は激安のヤツ飲まなくなったな……



そう考えながら、ソファーに横たわる。

目の前の床に親父の背中がうっすらと思い浮かべ上がらせる。






次の日、朝に華ちゃんに心配かけまいとLINEを送る。それから実家から職場に直行し勤務をして家に帰る。

華ちゃんも俺の事を心配して、スーパーで惣菜を買ってきて、冷凍してあったご飯をチンして食べる。

家に帰ってきたのになぜか心は落ち着かず、華ちゃんとの会話も流してしまっている気がした。その後は無言。

だが、カップルなら無言は普通だし、今までは気にならなかったが……今日は気になってしょうがなかった。


そんな事を気にしていたら、華ちゃんが「今日は疲れてるから先に寝るね」っと言って寝室に向かう。

俺はテレビを観ながら、気のない返事を返しボーッと観ていた。


その一時間後、俺もベッドに向かい彼女の横に寝転がる。けど、彼女はいつもと違い俺の方へ背中を向け固まるように寝ていた。

彼女の背中が見えるのが辛く、俺も反対向きに寝る。

だが寝付けず、スマホをいじりながら眠気がくるのをまった。





今回も、読んでいただき誠にありがとうございます。

お正月で『24 NO NAME』は全話投稿すると思います。また、読んで頂けたら幸いです!



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