20A サウンドトラック#3
今回も読んで頂誠にありがとうございます!
前回の続きです。 今回とても長いのでゆっくり読まれる事をお勧めします。
2部の最後の話のクライマックスです。
今回、あの子がチラッと出るかもです。
よろしくお願いいたしますm(。_。)m
20A-3 星をただ仰ぐ
「お父さん……これ……」
私は、表に『NEW TREASURE ISLAND』と白の字で記載されている茶色のビニール袋を父に渡した。
「何々? 優ちゃん、これは……?」
「いいから、空けてみて……」
ガサガサ、ガサガサ……
父は中にあるものを認識した後、急いで取り出し、前と後ろを何度も翻し確認した。
「こっ、これ……」
「うん、リーバイス 大戦モデル 506xx……」
「どうして……うそ、えっ、」
父はすごく狼狽えた様子で何度もジャケットと私を見返す。父はその後に口を丸く小さく空け、息をゆっくりと吸った。
「なんで…………あっ、高かっただろ……」
「まぁ、うん。でも、貯金してた分とお年玉と……」
私は余計な事を滑らしそうになり、首を降って言葉を言い直した。
「で、何とか買えたの……しっ、知り合いのね、古着屋さんの店長さんの協力もあってね。お父さんに喜んで欲しくて……」
私は言葉がつっかえるが、どうにか気持ちを伝えたかった。
父はさっきまでの驚きの顔からみるみる、口元と目元に力が入っていき、震える手でデニムジャケットを支える。
まるで、えずいているように顔はゆっくりと下をむいていった。
小さく漏れ出す、腹の底の声は嬉しさのはずが切なさも感じさせる様に唸っている。
「あ、あ……ありぃがとう……ゆぅちゃん……」
私は小さく何度か頷いてから、鼻から息を吸って首を横に数回振りながら息を吐く。
「こちらこそ、いつもありがとう……お父さん……」
父は、私がなぜ、その様なプレゼントをしたのか悟ったのだろう。ジャケットを試着するまで、10分近くすすり泣いていた。
母は気を遣ってか、席を外していたのだが……すすり泣く父の声で心配になり、隣で背中を優しく擦って父の頬に自身の頬を寄せるよう抱き締めている。
「よかったね。あなた……」
涙を拭いてから、ジャケットを羽織る。
「どうかな? 似合ってるかな?……」
「はい、とてもお似合いですよ……」
父と母はそれから、昔話に花を咲かせ楽しんでいる。そんな微笑ましい夫婦の時間を邪魔したくなく、私はそっとリビングから出ていき、自室に戻る。
父が喜んでくれたのは嬉しいはず……だが、なぜか胸に痛みを感じて儘ならない。素直に喜べない自分がいる。
「はい~これで、取材は終わりです。 ありがとうございました! 」
喫茶店での小野寺さんに関する取材……
「ホントこんなので、報酬頂いてもいいんですか……? それに、ケーキとドリンク代まで……」
「えぇ、もちろんですよ~。大分助かりましたし~ほら、気が付くと一時間近く取らせてしまいましたし、此方こそ申し訳ないですよ」
彼はメガネをくいっと上げて、ニンマリしている。そして、さっとお金が入っているらしき『御礼金 長瀬 優 様』と書かれた茶封筒と、A4サイズのファイルを差し出した。
「此方が今回の報酬です。こちらのファイルの中の紙に、お姉さんが今働いているお店の情報と住所と電話番号を記載させて頂いております。さぁ、ご確認頂いてください 」
彼は手を仰ぐように、差し出した。
「それでは……」
まず、茶封筒の方を確認すると、ちゃんとピン札の一万円5枚。
そして、ファイルの方には、しっかりと情報が記載されている。
「あの、姉は今……ここで?!」
「はい。知り合いの情報網で調べたのでほぼ確実だと。あとはあなたの目で直接見た方が良いと思いますよ」
彼は小さく三度ほど頷いた。
「あの!……」
私は嬉しくなり、席から立ち、
「本当にありがとうございます」
と言いながら大きく頭を下げた。
「いえいえ、此方こそ感謝ですよ。それに『其なりの報酬には、其なりの対価ですからね』これくらい全然構わないですよ 」
彼はニヤニヤして、私の目をみている。
「さぁ、私はあなたのお陰でもう少し記事を練ろうと思うので……今からすぐ集中して書こうと思うのでお気になさらず、お帰りください。失礼で申し訳ないですが……私は今の情熱を大切にしたいので……」
彼はパソコンをまた、いじり始めた。その光景が何かに執着してるように思え、おぞましく見える。
「では……すいません……ありがとうございます」
「あぁ、こちらこそありがとうございます」
男は、右手だけを二三度ほど揺らして私を見送った。
カチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャ……………………………………
店を出てから、そして現在に至るまで彼の『其なりの報酬には、其なりの対価ですからね』と言う発言が引っ掛かってしょうがない。
あの、言葉……逆でなないのか……ただあの言葉が頭に纏わりつく。
そして、彼の今回取材した記事が載った記事がそろそろ発売される予定のようだ。
いったい、どんな風に書かれているのだろうか……でも、もしかしたらすごく素敵な記事で、私も有名人になったりして……
小野寺さんの助けになって、佐藤くんも私の事を改めて……いや、友人以上の……それ以上のように想ってくれたら……
みんな、幸せになれるそう信じたい……
後日三月の前半、もう少しで三学期も終わろうとしている。今年は、佐藤くんとも仲良くなれたし……少し男性不信もマシになったと思っている。
来年の今頃は卒業……一年後の私はどうなっているのかな……と考えながら、教室に入り机に座る。友人たちと挨拶を交わし、佐藤くんを何度か見る。そんな私のいつもの日常。彼との距離はこのまま変わらない……
「おい! 佐藤!?」
羽田くんが珍しく、佐藤くんに話しかけてるいる。
「これさぁ……こんな事言うの何なんだけどさぁ……これ?」
羽田くんが雑誌らしきものを差し出した。
「……これ、『魔女』なんじゃねぇ?」
その『魔女』と言うワードで私は反応し、咄嗟に身体が動いた。羽田くんのいつもの様子とは違い、元気がない……いや、まるで戸惑っている。
その様子にいても立ってもいられず、彼らの元へ駆け寄る。
二人が見てる間から、私は少し背伸びをして、雑誌の内容を見た。
【あの、『ピート・ガデン事件 日本人唯一の女性被害者、もしくは加害者!? 今、その女性の生き方をみつめる』
『元 モデル兼女優、華やかな過去。 現 古着屋の店長である彼女は……いかにして、今のような悲惨な現状になったのか?』
『ピート・ガデン容疑者の事件の真相は!? その危うい花園は快楽か、地獄か? 彼の暴力の行方……そして、彼女の振るったのは正当防衛か? 彼女の人物像に迫る! 』】
大きい見出しにはこう書かれていた。
そして、
『現 古着屋の店長の周辺を知る女性 (仮) A さんにインタビュー』
『現在 古着の店長である。Oさん(27歳)は4年前まで…………』
と取材の記事が書かれている。
彼女の過去。そして、本当か嘘かわからない内容……いや、きっと嘘だ。それに捏造されている……
そのような内容が沢山書かれている。
彼女は、ファンに手を出したり、SNSで露出多めのコスプレを披露し、客、ファンを増やした。
ピート・ガデンに、他の女優が選ばれず、彼女が選ばれたのは彼女を手篭めにするため。
だが、ピート・ガデンが手を出そうとした時に断り、揉めた結果、彼女が暴力を起こし降板になった。
そんな落ちぶれた彼女は日本に戻り、有名バイヤーである父親の力で古着屋の店長になった。
そして、自身の環境の力を使い好き勝手に古着屋で働いている。
ある時は、他店でのイベントを我が儘に仕切り従業員たちを困らす。
ある時は知り合いのコネで夜の学校を使い誕生日パーティーを開催し、公私混同でやりたい放題。
昔の恩師と再会し、抱き合う所を確認済み。
その後に私のインタビューの内容がズラリと並ぶ。パッと見は読みやすく、その棲み分けでもあり連名の様な書き方がより《お前も同罪だ》と強調してる気がした。
沢山の知り合いを呼び寄せて、誕生日を祝わせる。
高いブランドのモノを貢がせていた。
自由奔放な仕事のやり方で各スタッフたちを困らせている様子が目に余る。
学生の女の子に、ローンを組ませ高い古着を売り付けていた。
学生の男の子を安く雇い働かせている…………
えっ、何これ……私の言ったことがねじ曲げられている……私、こんな酷いこと言っていない……
私は、呼吸は早くなっていく。怒りと罪悪がどんどん足から上がってくる様に感じた。
「羽田くん……ごめん……この雑誌……貰ってもいいかなぁ……」
「えっ……あっ、あぁ……」
羽田くんは彼の顔を見るなり、顔がひきつり始めた。
「なんかゴメン……」
彼には珍しく、暗い顔でそそくさと自分の席に戻っていった。
私からは佐藤くんの背中しか見えない。いや、見るのが恐かった。俯いて、声と肩が振るえている……彼の形相は今どの様になっているのかを知るのが恐ろしかったから……
放課後、佐藤くんの姿が見えない。私は罪悪感でついつい、『トレアイ』に足が向いた。
すると、佐藤くんが店の前で半地下一階を見降ろしているのを確認した。私は恐る恐る彼の横に並び、同じように店の方に目をやる。
店の前の右側に……2組ほどの取材陣営らしき人が固まって、取材をしているようだ。取材を受けているのは、副店長の鈴木さん。
「あの!? こちらの店長さんが、ピート・ガデンと関わりがあるのは本当でしょうか?」
「はぁ! ピート・ガデンなんかと関わりあるわけないだろ!」
「でも、群青社からの記事でその様な事が書かれておりますから?……」
「店長さんは? 店長さんは今?!……」
「営業妨害で警察呼ぶぞ!!……」
その様に、迫られながらも彼はマスコミ対応をしていた。田中さんが店から出てきて、私たちの元に駆け寄る。
「とりあえず、中に入って!」
そう言われ、私たちを引き連れ店に入っていく。
私たちはレジの奥側に連れてこられた。
「あの?! これはどういう事なんですか? 千里香さんは?!」
「今日は急遽休みになって、様子見でとりあえず三日ほど休みになったんだ……」
「あの、千里香さんはどうなるんですか?」
「上の人も悩んでいるよ。こんな事初めてだからね……幸い、マスコミ陣も何回か分けて来てるのと……店を急遽閉めたりする騒ぎなってないから、そこまで不味いことにはならないと思うけど……」
「あの記事に関しては……」
「何とも言えない。誰しも知り合いの過去をすべて知らないだろ? 」
「あの、僕が力になれることは?」
「…………」
田中さんは唇に力を入れ、そして弾いた。
「実は、店長から伝言を預かっている」
「伝言?」
「たぶん、後で少年くんのLINEの方にも直接、店長から送られてくると思うけど。4日後の閉店後から30分経った、20時30分に……ここに来て欲しいと……君には伝えたい事があると言っていたよ」
「……わかりました」
彼は静かに承諾し、そして外へ出た。私もその後を追いかける。店前では、まだ取材陣が応答繰り返し、鈴木さんは頭を掻きながら困っている。
この様な現状の要因を作ってしまったのは……私なんだ……なんで、なんでこんな事になったんだ……
私の頭が重くなっていく気がして、まともにその様な現状を直視するのが恐くなっていった。無意識に彼を追いかける。
店から離れて数分経ち、急に佐藤くんがスピードゆっくりになっていき、そして立ち止まってスマホを取り出し見る……そして、数分やり取りをしてる様だった……
「……千里香さんから、連絡着た……さっき、田中さんから言われた通りだった……」
私は息を整わせ言葉を探すが気の利いた言葉が思い付かない。
「千里香さんから……『今回の件を田中から、知らされたのって君だけかい?』って言われて……返信で『いえ、長瀬さんも来てくれて、隣に居てくれてます……それで何とか、僕も落ち着いてます……』って返したら……『もし用事が無ければ、少女と2人で約束の日に来てくれないか? 巻き込んでしまって申し訳ない……だが、巻き込んでしまったからには伝えなきゃならない事があるんだ……』っと返ってきたんだ 」
えっ、私も……まさか……小野寺さん……私があの記者に情報を売ったと勘づいているのかも……
彼は目を左右にしながら、口を小さく何度か動かす。
「どうしよう……千里香さん、今回の事で店長……いや、古着屋を辞めちゃったら……」
彼の動揺は、こちらにひしひしと伝わる。まるで泣きそうな子供のようだ。
私は、彼や彼女や周りの人たちに……一生許されない事をしてしまったかも知れない……
「ごめん、私……その日……用事があるの……」
私は恐くなって、気が付くとその言葉を口走っていた。
「本当にごめん……」
私は大きく頭を下げ、彼から逃げるように去ってしまった……
家に帰った後も、頭の中がさっきの事でいっぱいになる。
時間が経つ度に次は心臓……次の日の学校は彼にどんな顔をすればいいかわからないし、心臓が針を刺される様に痛い。母に体調がすごく悪いと伝え、学校を休む事にした。
日が経つと次は足や手……その苦しみは全身に帯びていく。休んだ次の日……もう一日くらいいいかなぁ……っと過ったが、心臓の痛みは少しはマシになったのと、流石に休めないと思い、登校をした。
だが、佐藤くんとは前回の別れ方が気まずくついつい避けてしまう。
3日程経つと、以外にもあの記事の事は頭からうっすらとしてくる……でも、ふとした瞬間に呼び起こされ、学校では佐藤くんが私を見てないか不安になる。
本当は見透かされていて、千里香さんの情報を漏らしたのは私だと……その度に、荒くなりそうな息を唇を噛み、外的痛みで誤魔化す。
帰りに、恐いもの見たさでトレアイの前に行く。外から見ると、前みたいに マスコミ連中はいない。軽く外から半地下1階と2階の店内を見るが、小野寺さんらしき人はやはり見当たらない……
そんなこんなで約束の日がやってきた……私は自室のベッドで寝転がりながら意味もなくスマホを眺める。適当な事を調べたり、SNSを見る。
だが、もちろん頭には何の情報も入ってこない。
たまたま、フォロワーのコスプレイヤーをみていると、アニメの魔女らしいコスプレが目に入り、彼女の事が頭に過りスマホの画面を閉じた。
元々レイヤーの彼女のファンで、たまたま行った店に彼女が居て……すごく優しくて、温かい人……こんな私の悩みにも助けてくれて……
私は彼女に酷い事をしてしまったんだ……
私は、いても立ってもいられず親に一言断り、直ぐ様家を飛び出した。
空には星が輝いて、空は透き通っているようだ。吐く息は白く、手は悴むようだけど鼓動は脈打つ。だが足はまるで覚束ないのか浮いている気がする。まるで足が泡の様になって消え、彼らの元に行かせないよう自己防衛が働いているのか。
私の世界は今、痛々しさでいっぱいだ。
約束の時間を5分ほどこして、トレアイの前に着いた。電灯は奥の方だけ着いてる。
ドアを見ると閉め忘れたようで、隙間が少しは空いている。
私は静かにドアを開けて、ゆっくりと中へ入っていった。
店の真ん中奥のところ辺りから、佐藤くんと小野寺さんの声が聞こえる。
右側の棚の列から、無意識に忍び足で奥に進む。二人に近づいた所で、私は棚から出れなかった。ついつい身を小さくして、棚の隙間から覗きながら、二人の話を聞くことにした。
「改めて……すまないね……今回の事で君にも嫌な気持ちにさせてしまって……」
「いや、僕より千里香さんの方が辛いですよね……あんな風に書かれて……」
二人はそれから沈黙になる。お互い言葉を探している様子だ。
「あの!」「実は!」
二人の声が揃い、また沈黙になるが、それから二人は急に小さく笑い始めた。
「すいません、こんな時に笑ってしまうなんて……」
「いやいや、やはり我々は運命共同体なんだよ……」
「なんですか、それ……」
小野寺さんはわかりやすい位の深呼吸をする。
「君には伝えなきゃと……思ってたんだ。私の過去を……」
「はい……でも、いいんですか……僕なんかに、言っても……」
「いや、むしろ聞いて欲しい……今回の事が明るみになってしまったし……本当の事……まぁ、君が嫌じゃなければね……」
「はい。大丈夫です。聞かせてください……過去に何があったのかを……」
その声は普段の優しい柔らかい声ではなく、決意した男の固い声だった。
彼女は、長い溜め息をつく。
「私は、アメリカで生まれてから数年はアメリカで育ったんだ。それから小学生の低学年から中学年まで、日本で生活し、高学年に差し掛かるくらいでアメリカに戻って……父の仕事の関係上しょうがなかったんだが……アメリカに戻るとどうしても、何人かは日本人ヘイトがある奴とかがいてね……最初は日本人としての感覚で接していたが、どうしてもクラスの奴らとも馴染めず。苛められそうになってね……だが、私……カラテを習っていたからある日手を出してきた奴を返り討ちにしたんだ。そうすると、クラスの奴等は私の事を怖がり手を出さなくなったんだ。話しかけると、相手方は媚びへつらう様で……ちゃんとした友人が出来なくて……気が付くと1人になっていた。そんな空間が耐えきれず、私は逃げるように師匠に弟子入りしたんだ。当時としては……自分が居ていい場所が欲しかったんだろう。師匠はすごく温かい人だったし……私の学校での事情も知らないからついつい甘えてしまってね……だが、弟子入りする時に1つだけ約束して欲しいと言われたんだ……」
「約束……?」
「『人に暴力を振るわない』という約束だ。」
「えっ、それって」
「いや、師匠も本当にその約束はたまたまだった、と聞いている……あの御方もご主人を亡くされたのが暴力に巻き込まれてだったそうだから……」
「なるほど……」
「それから、私はその約束を守りながら彼女の弟子になり、メンタルも落ち着いたかのように思えたんだ。でも、高校に入り……やっぱり、周りの人間が媚を売ってるように見えてね……終始イライラしてた。そして、どうしても努力をしてるしてないとかを決めつける人間になってしまった……当時、仲良くなろうとしてくれた人間とかも見下したりして。その中に、当時太っていた『マドリ・チャイネス』が居たんだ。」
「マドリ・チャイネスってあの?」
「うん……彼女はあの頃、スクールカーストでも下の方で、その時の私の中では、付き合っても得がないと判断して、つきまとう彼女に何度も酷いことをやったり言ったりしてしまったんだ。ある日彼女が『千里香みたいになりたい』って言ったときに、『あんたには無理、ウザいからもう付きまとうな! のろま!』って……当時の私は……本当に最悪な人間だったと思うよ……師匠の前や、親の前では良い子を演じていたんだから……」
佐藤くん含め、柱の影から見ている私たちは彼女がそんな事をしていた事に驚愕した。
「それで、高校の頃私は学業とチアリーディングとデザイナー兼アシスタントとして多忙だった。それから大学に入り師匠の元へ、ファション関係のプロデューサーが入るようになり、ある日モデル業のオファーも来た。それから、兄貴がマネージャーをやってくれたりきっと順風満帆に行くと思っていたさ……当時は……それから、モデル業も乗ってた時に次は、演技の仕事……でも、ほんの少し通人程度で出る程だったんだが、そこで一緒に出てたヤツにしつこく舞台に誘われてね。そこから、舞台もはじめて……初の舞台は心踊ったよ。モデルとはまた違う、私の自ら出した表現が人を注視させるんだから……でも、人のキャパシティなんてしれてるもんさ。目が回って……それで師匠にはデザイナーの方は休ませて貰うようにしたんだよ。そして、舞台に立つためには演劇でのファンが必要だった。そのために、SNSでは新たなファンを獲得するために日本人のアイデンティティである、アニメや漫画を利用する事にした。あんまり作品を知らず、人気があるから、可愛いからそのような薄っぺらい理由で私はコスプレを始めたんだ。もちろん、男キャラのコスプレもしたが……なんやかんやあの時の私は……人の事を下にみてたクセに結局自分自身、目に見えない誰かに媚を売ってたのだろう……それで何度かの小劇場をこなした後、師匠の紹介でヤツにあったんだ……」
彼女は首を傾け、呆れたよう笑う。
「『ピート・ガデン』に……奴は師匠とは昔の知り合いらしく、どうやら私の今後の事を思って奴と引き合わせたそうだ。当時はヤツの悪い噂なんて掻き消されていたから師匠も何も知らなかったんだ……まぁ、最初はワークショップに誘われて、エチュードをやったら『君、才能があるよ』ってさ……本当、アノ時の私はバカだよ……見え透いたお世辞や嘘や……自分自身が見えてないし……」
彼女は悲しげに鼻から息を漏らす。
「そして、何度かワークショップをやったのちにヤツの舞台に誘われて……それから稽古が始まった。始まってから全員の前で意味のわからない所で急に罵声を吐かれて、『これだからモデル上がりの日本人の女は……』と毎回毎回言われて……そんな事をしてきたらと思ったら稽古終わりの個人指導で、距離を詰めて変に甘い事を言ってきたり……そんな事が続いて……次は終わりの個人指導でボディータッチが増えてきて…………」
彼女の声は淡々としてたが、左手は微かに震えていた。その震えを治まらせる為に右の腕を掴む。
「もちろん、うまくかわす様にしてたし、我慢はしていた……この舞台さえ終われば、ヤツともおさらばだし……だが、いつでも心は負けそうになったよ……でも、負けない様に師匠の誂えてくれた作品を舞台衣装にしてね……そしてその衣装を着て、舞台の公開ゲネプロも半ばを過ぎた頃の稽古終わりに……私だけ呼び残され……周りの人たちはいない状態にされたんだ……でも、今回は違った……奴は顔を寄せてきて、耳元で囁いたんだ……『俺がお前の役者生命こ今後も保証してやる……だから、この後一緒にホテル行かないか……』、私はそれを聞いたあと頭が真っ白になってね……距離を離して、劇場の外を早足で出ていったよ……すると奴は、情けないカンジで追いかけ、必死に私の肩を掴んできた。『いいのか、俺にはお前を降ろす事はいつでもできる、』とか安い脅しをかけてきたが私は、黙って振り払おうとしたんだ……けど、振り払ったと同時に、奴の馬鹿力で掴まれてしまった私の衣装の袖が破れてしまったんだ…………それから奴は何かを思い付いたみたいでニヤッて笑って、『あぁ、フリーダの服か。最近生地も安っぽくなったし、デザインも何処かのパクりだったり、変なモノが多いもんな! アイツのブランドも今、大変らしいな~。それにお前みたいな不肖な弟子……いや、師匠弟子揃って使えないし、あの女も昔はいい女だったのなぁ。体なんて最高に……』と笑いながらゲスな事を言ってきて……たぶん奴は他にも私、いや師匠を含めての罵声や汚い言葉をを吐いてきたよ……だが、また頭が真っ白になって……私は……奴の肩を掴んで……思いっきり顔を殴った…………すると、奴は情けないくらいに地面に打ち付けられて数回跳てから震えながら、『ああ、終わったよお前の今後……無茶苦茶にしてやるからな……』って吐いてから『千里香に、暴力を振るわれた……助けてくれ……殺される』ってな……私は目の前のクズが何を言ってるか、訳がわからなくてね……呆然と立ち尽くして……それから、外で残って作業をしてるスタッフに、私は取り押さえられ……結果、舞台を降ろされたよ」
彼女は落ち着かせる様に鼻から息を吸い大きく口から吐いて、今度は鼻から吸い上を向いた。
「それから、舞台を降ろされてから……兄貴と知り合いの優秀な弁護士が仲介に入ってくれて、ヤツのこれまでのやって来たこととかを集めて、結局告訴とかは無かったんだ。それでも居場所が無く苦しくて……久々に師匠に会いに行ったんだ……すると、奴は、師匠に私の暴力の件だけを伝えていたんだ。私が奴の演出と指導が気に食わなくて、暴力を振るったって……それで約束を破った私は破門を言い渡されて……毎日不摂生になってしまって、宛もなくフラフラするようになった…………ある日公園で、ボーッとベンチに座ってたら……ある女が話しかけきたんだ 」
「ある女性……?」
「『私、私! 高校の頃同級生だった……マドリ・チャイネス』って……最初は誰かわからないくらい綺麗になってて、深紅のドレスが印象的だったよ。痩せて綺麗になっててビックリしたさ。それから、不摂生で少し太った様子を見てむこうも驚いてね……何があったか心配されて……相談してしまったんだ。すると彼女が『こんな姿の千里香は違う、あなたも辛かったんだね……』っと同情してくれたんだが……『よかったら、あなたの今の悩み解決してあげる。その前に息抜きしよう 』と言われて、ニューヨークの裏路地の会員制のクラブに連れられたんだ。中入ると音楽がガンガンにかかってて、全員楽しそうでね……いや、狂ってるような状態の間違いさ……そこで少しお酒を呑んで軽く踊った後、知らない男を紹介されたよ。『わたしもこの人がくれた薬のお陰で痩せれたし、悩みなんて無くなるよ。初回はお試しで無料だから、業界の人間は殆どやってる』って」
「…………」
佐藤くんと、柱の影の私は息を呑んだ。
「お察しの通り、『メタンフェタミン』通称『メス』と呼ばれる『麻薬』さ……周りの人達はこの薬を鼻から吸ってラリって、ハイになってる状態で……私もお酒が入ってる状態で……考えが浅くなってたが……流石に、悩んだんだよ……でも、マドリは『少しだけなら大丈夫。それであなたは救われるから。あなたはがんばったの……だから、もう楽になっていいの……まぁ、ゆっくり悩むと良いよ。私はトイレに行ってくる』って言われてね……」
彼女は首を傾げて、小さく苦笑いした。
「目の前の売人は、促す様に手を煽るし……私の頭の中でも『やっと楽になれる……漸く何にも考えなくて済むんだ』ってなったよ……そして薬に震える手を伸ばしたんだ…………でも、ちょうどその時にたまたま潜入捜査の警官が私の手を掴んでね……手には……手錠がかけられていたんだ。あの瞬間……すべてが終わったんだ、何もかもっと……でもその状態でも、周りを見渡すと逃げる人、取り押さえらる売人……阿鼻叫喚の状況で……わたしも周りの奴らと同じ何だと、肌に染みたよ……それから気が付くと、取調室にいた。まぁ、検査しても勿論反応は出ないし、巻き込まれただけとなり直ぐ釈放されたんだ……出てすぐに、父と母が迎えに来てくれてて……初めて母に頬をぶたれたよ……その後にはすぐに抱きしめてくれた……そうして、辛い思いを残してアメリカを去る事にしたんだ……」
「あの……マドリ・チャイネスは……?」
「あぁ、どうやら警官との騒動になる前に逃げたらしい……まぁ、釈放された後に聞かされた話だがね。その時思ったよ……これはきっと因果応報なんだと、人にツラく当たってきたの罰が返ってきたんだと…………それで、結局心苦しくて見れなかった代役を確認したら、結局マドリだったし。どうやら私の組とは別の座組みの方のバックアップだったらしいから……私は彼女の存在を知ることがなかった……結果的に……嵌められたんだと思ったよ…………まぁ、もう過去の事だし、そこまで気にして……ないよ…………」
彼女の『もう過去の事、そこまで気にしてない』という力のない言葉と何処か遠くを見つめる様子に、私たちは、そこにいない人間に怒りを覚え……佐藤くんは震える拳を片方の手で抑え、私は棚の持ち手に自然と力が入る。
「それから、日本に来て半年近く部屋に籠ってた……出かける時は人がいない夜中に出るようになって。誰かに私の顔を見られるのも怖くてね。家にいる時はただ布団にくるまって震えていたよ。考える事も……将来が見えない私は価値の無い存在で……きっといつか夜中に誰かが私にナイフを突き立てて、刺された瞬間に風船のように破裂して終わるんだと……そこの一面には少しは私の破片が残ってて……僅かながらわかる四肢や破片は、沢山の蟻が運んだり、朝焼けの光と風が私を消し去って、痕跡は消え去るんだ……そして色んな人からの記憶からも薄れてしまいたいと……そう、何処かで願ってた。」
彼女は息を漏らし上を向く。
「でも……夜中歩いていると想うんだ……」
彼女は、ゆっくりと顔を降ろした。そして悲しみが混じった笑みを浮かべる。
「やっぱり、一人は恐い! ……それで……ね……せめて、誰かの声を聴きたいって思って、聴いたラジオに救われたんだ。そのパーソナリティーの影響で、今まで道具として見てなかったアニメや漫画、サブカルチャーに手を広げて、観終わったり読み終わったりすると心が救われていったんだ。そして、私じゃない誰か……相手の気持ちを理解したいと思い、私はもう一度誰かと関わる事……仕事をする事を選んだんだ。まぁ、仕事をやりたいっていったら……父も母もが喜んでくれたし、それで父の昔からの知り合いであったトレアイの大本の社長に話を通してくれて就職した。でも、兄貴には伝えなかったんだ……アイツは私の見えない可能性という空想を信じてたからなぁ…………まぁそれで、最初は日本でのコミニュケーションの取り方は知らないし、アメリカにいた頃のやり方は間違っていたから……ここに着て自分なりに模索してたんだが上手くも行かないし、周りからも冷めた目で見られていて……接客に関してはホント失敗だらけだったよ。私のやり方は間違ってるのかなぁ……接客なんて向いてないし仕事辞めようかと悩んで……次うまく行かなかったら辞めようと思って接客したのが……君だったんだ 」
「えっ、僕ですか……」
彼は驚きと共に自身に指をさした。
「あぁ、あの時の私もホントはいっぱいいっぱいだったんだ……けど、君が私の事を肯定してくれたから……君が、私を救ってくれたんだよ。少年。本当に感謝している 」
「いや、そんな……」
二人はそんな気恥ずかしさに黙ってしまう。
「まぁ、でも、残念だったろ。私は君が尊敬してくれるような強い人間じゃない……ただの弱者なんだ。ホントは誰よりも弱い……」
彼女は笑っているが、その声には悲しみと切なさを感じる……
目の前強いと思ってた彼女が今までに無い弱い姿を見てしまい……私は、この前に感じた胸の苦しみの中でも、一番の苦しみが襲った。早くなる息を唇を噛み締めて殺そうとする。だが、押さえきれない……
息を吸う、息を吐く……ただそれだけの事なのに、私は何で今苦しいのか……
そうか……人に傷つけられるのもツラいが……人を傷つけてその事に気が付くと、相手と自身の二人分の痛みが伴うんだ……
「千里香さん! 」
私と彼女は、彼の方に注目する。
「僕は、強い千里香さんだからこうやって、付き合ったり好きになったん訳じゃないんです。目線を合わして、一緒に悩んで考えてくれる千里香さんだから好きになったんです。それに、あるロボット作品でも言ってましたよ。『強者など決していない、人類全ては弱者なんだ』ってだから、僕も含めてだし……千里香さんが強がらなくていいんです 」
真っ直ぐに千里香さんの顔を見る彼……
あぁ……そっか……こんなにも身内を大切できて、向き合える彼だから、私は好きになったんだ。
彼の言葉に驚きを隠せず、小野寺さんは…………
キョトンとした顔? ぜっ、絶句している!! えっ、佐藤くん良いこと言ったよ! たぶん……
すると、彼女は喉を鳴らすように笑い始めた。
「くっくっくっ……なんだ、少年! 人が真剣な話をしている時に、アニメの名言を言って!」
「えぇ、最近桜井先生におすすめされた作品の名言です!」
「君をそんな弟子に育てた覚えはないぞ! それに、『好き』とか『付き合ってる』って言葉は私なんかに言うことじゃないだろ!……」
「まぁ、そうですね……」
彼らは、嬉しそうに笑いあっている。そんな姿が羨ましかった……その反面、私は彼女の過去に勝手に踏みにじり、傷つけ酷いことをしてしまった。
きっと、今の他者が私を見たら醜く見えるだろう。
ふと店内の壁の姿見を見ると酷い姿が写しだされている。まるで上半身、特に顔のひきつった顔は猿だ。そして下半身の力が入らない足は魚のミイラみたいだった。そう見えた瞬間、気持ち悪くなる。そして形相に悲鳴が出そうになるが両手で口を押さえた。
二人に合わせる顔がない……私はゆっくりと後退りながら思った。
もう2人にこの先関わる事はできない……きっとこの仇は、いつか私の元へ帰ってくるんだ……
今後襲いくる見えない苦しみが纏わりつく。震える足が覚束ない私を引き下げる。
『お願い、逃げないで!!』
私はその言葉でハッとした。その少女の様な声が、上から聞こえた気がする。だが、そんなわけないと思い、周りを見回す。もちろん、誰もいない……
ふと聞こえてきた上の方を見上げると、ただ、『星の形をしたキーホルダー』が輝いていた。その耀きに見とれていると、急にその星は私の足元に落ちてきた。
キャシャン!!
「あっ!」
その音に動転し私は尻餅をついた。そんな私の声と転んだ拍子に当たった棚でバーンッと鳴り二人は私の方に気が付き近づいてきた。
タッタッタッ!
小さな不思議な足音が何処かへ消えていく。
「えっ、長瀬さん?!」
「少女! 来てくれてたのか……」
二人は先ほどの足音など気にせず、私が着ていた事に驚きまじまじと見ている。
「なんか、変な音が鳴ったからビックリしたかが……あっ、星海くんのキーホルダー……」
「えっ、まだあったんですか?」
「あぁ、なんか取るのが億劫だったから……」
「いや、誰かに当たったらクレームですよ 」
「はっ! 大丈夫かい? 怪我はないかい?!」
私は声が出ず、黙って頷いた。そして彼女は近づき手をとり私を立たせ埃を払う。
「大丈夫だからね。痛くないね」
その言葉は小さな子供に尽くす母親の様。いや、それと伴い自分自身に掛けているような気がした。それから私の頭を撫で笑顔を向ける。
さっきまで辛い過去を言ってたのに、直ぐに相手の心配をしてくれる……本当に優しい人なんだ……そう思い、勇気を振り絞り彼女の目を見る。だが、その穏やかな顔つきとは裏腹に彼女の目には膜が張り、今にもその雫はこぼれ落ちそうな事に驚いた。
「ごめんなさい……」
私は思いより先に言葉がこぼれた。その言葉に二人は理解できず、顔を見合わせる。
「あれかい? 確かに盗み聞きは良くないと思うが、君も元々呼んでいたし、言おうとは思っていたから気にすることじゃないよ 」
「いえ、違うんです…………その雑誌の記者のインタビューに答えてしまったのは……私なんです 」
二人は意味がわからず、固まってしまい、ただ静寂が私たちに降り注いだ。
そんな空気間で、私の口内は乾いていき、どうにか目線を合わせないと、また逃げてしまいそうな気がした。嘘ではなく、ただ真実を述べて……私は彼女達に、今裁かれなければならない……いや、今後含めて自身の罪を償わなきゃいけない。
私は目一杯、瞼を閉じて息を整わせた。
「その記者に、小野寺さんの事で取材を受けました。記者からは、小野寺さんの為になるって伺っていたんです……小野寺さんが元の世界に戻りたがっていると聞かされて……その助けになるから……私はその代わりに報酬で……お金と、姉に関する情報を貰う約束をしてしまいました……でも、そんな事に目が眩んで、千里香さんを傷つけてしまいました……本当に本当に……ごめんなさい……」
身体は自然と目の前の彼女に深謝した。悪い事をしたら普通の人は、心から謝らないといけないんだっと改めて思いしらされる。
顔を上げるのが恐い……自身が怒られる事、呆れられる事、諦められる事、罵声を浴びせられる事は、もちろん嫌だけど……それくらいなら、まだいい……
それよりも、目の前の彼女が私によって……新しくつけられた傷を今後も背負っていくのが辛い。
だから、せめて……千里香さんの傷が浅くなるなら、構わない……私は、覚悟するしかないんだ……
「少年!? どう思うかね?」
「えっ……」
彼女の明るい声の質問に彼は戸惑っている様だ……
「いや、だから……この記事だよ! この記事! この記事には私が世界一の完璧美女で……ボン、キュ、ボンのナイスバディで……仕事ではやり手である事が一言も書いていない!……それに! この記事にはユーモアが全然無い! これじゃ、読者もそそられないだろ! 」
「えっ! あっ……えっ、はぁ、はい!! そうですね!! 全然この記者文才ないですよね! 千里香さんは、天才ですから!」
「まぁな。世界三大美人を塗り替える程の女と記載してもいいレベルだよ!」
「まぁ、えっ……それは言い過ぎなのでは? というか、千里香さんはボン、キュ、ボンのナイスバディというより、僕の中ではスタイルが良いってだけで、そんなに胸は……」
「おい! 私は脱ぐとすごいんだぞ!! それに、セクハラだからなぁ!」
「いや、振ってきたのは千里香さんじゃないですか!!」
「えっ? え!?」
二人のはしゃぐ様子に私は理解できず、頭をあげ戸惑ってしまった。
「あの! 私が、私が悪いんです! 私が甘い言葉に乗って……」
「もぉ、ちゃんと言わないとわからないかい……私は、君を許す! 烏滸がましいかもしれんが……」
「えっ!?」
「私にとってはアメリカでの事は過去で……もう済んだ事なんだよ。それに、その記者は元々私を狙っていたんだし、むしろ今回の件に巻き込んだのは私の方だよ。まぁ、お陰で……なんかこの数日微妙に売り上げも上がってるし、結果オーライさ!」
「でもでも……私……わたし!」
「えぇい! もう、しゃらくさい! わかった!! 」
彼女は、真っ直ぐ天に手を上げ、そして思い切り私の方に振りかざした。
「私と契約だ! まず一つ目、今回の件で罪悪を持って店に、今後一切来ないというのは禁止だ。月に一回いくらか商品を買ってくれ。値段はいくらの物でも構わない! そして二つ目! 週一回以上でうちにバイトに入って貰う! 勿論シフトは融通する。時給も普通に支払う。これでどうだ!」
「えっ、いいんですか!?」
「あぁ、君の一人の友人として……そして、姉の様な存在として君を接する! どうかね?」
私の視界は安堵と赦された事により、どんどん潤いで歪んで見えてくる。
「はっ、はい! お願いいたします!」
「もう、泣くな! 折角の可愛い顔が台無しじゃないか!」
「いや、これは……これは……」
「でも、よかったね! これで少年と一緒にいる時間が増えるぞ!」
「ちょっ、千里香さん!」
「えっ!」
彼女は、私の肩を掴む。私たちは少し店の端の方に寄ってヒソヒソと話す。
「あの、えっ、あの佐藤くんとは! 」
「ふっ、これは私からの小さな復讐さ! いいじゃないか、彼を落とすのは骨が折れるぞ。そのフォローを少しするだけさ」
「えっ、う……うぅ……」
私の顔は熱くなる。彼女はそんな私の様子を見て、少女の様に悪戯っぽく笑う。そして、私の肩から、自身の手を外して腰に両手を添え仰け反る。
「ハッハッハ! いいじゃないか! いや、青春だね~」
そして、彼女は今度は優しく手を差し出した。
「それじゃ、契約成立だ! では、よろしく頼むよ…………うん! 長瀬くん!」
「はい! よろしくお願いいたします!」
私は差し出された、やわらかい手を両手で握った。
それから、佐藤くんは『なんで、また……僕だけ、まだ少年なんですか?!……』『君はまだまだ、お子ちゃまだからね……』と盛り上がっている。
二人の信頼関係には本当に……妬けてしまう……でも、きっと私もいつか……そうなれたら……
帰り道……途中まで佐藤くんと帰る事になった。そして、そこでお姉ちゃんの事を聞かれ軽く話して……それから、二三言、交わす。
彼は私の歩幅に合わせゆっくりと歩く。肩が当たりそうになると意識して離れ、また歩いているとお互い近づく。
振っている手が当たると、『あっ』ってお互い言って、当たった手を確認してしまう。その指先が熱く、君の体温が私に入り交じってる様な気がした。
最近を含め……今日は色々あったから、お互い気まずい……でも、空気が悪いって事じゃなく……今は……なんか気恥ずかしさで一杯で……まるで……しょっぱいモノと甘いモノを食べた後の様な……そんな、小さな幸せを噛み締めた帰り道だ……
後日、トレアイのスタッフの方々にご迷惑を掛けた事を謝罪。でも、以外にも……誰も怒っていなかった……たぶん、千里香さんが多少気を遣ってくれたのだろう……
そして……それと一緒に私のアルバイトが始まる!
家のお手伝い以外の、初めてのアルバイト……覚える事も多く、レジとかのお客さんの対応は緊張して……ドキドキする。作業を覚えるのは大変だけど……みんな優しい! それに、なんかすごく可愛がってくれる……
初のお給料は嬉しくて嬉しくて……お父さんとお母さんにプレゼント買っちゃったりして……
そしてお給料を貰ってからの数日後、私はすごくお洒落をした。
夜、21時過ぎ……私はあるカフェの窓際から、向かいの美容室を見ている。
美容室でカットされているのは……早川ちゃん。
そう、姉が今……カットモデルとして入店した早川ちゃんの担当として付いているのだ。あの記者の情報は嘘じゃなかったみたいだ。
姉を見ていると少しの緊張が伝わるが、堂々と次々に作業をこなしている。
時間が経ち、早川ちゃんが出てきて合流した。
「どうだった?!」
「うん、大丈夫。もちろん優ちゃんの事は何も言ってないよ……あっ、でも、お姉さんと話してて『私にも、あなたと同じ年齢の妹がいるの。一人前になっていつか妹の髪を切ってあげたい。それで、父親に見せつけてやるの! 立派にやってるって!』って言ってたよ 」
私は、嬉しくて息を漏らした。
「うん! よかった!」
姉の前やってた仕事なんてわからないし……知らない。
それでも、過去の事と今を生きようとする事は別だ。今をちゃんと生きていくことが大切なんだ。
私たちはカフェを出て、夜の町を歩く……
道はライトで照らされてるがそれよりも空に輝く星の方が道を照らしてくれてる様な気がした。
すれ違う男達は、振り向き際に私たちを呼び止めようとするが……私たちは無視して前を歩く。
カットしてもらった、早川ちゃんはショートのウルフカットでかっこ良く。そんな私は、千里香さんおすすめしてくれたコーデに、セットしてもらった姫カットで……自信を持って進む。
こんな事を言うのは柄ではないが……一度言ってみたかった……
「うちら最強!!!…… 」
「えっ、優ちゃんどうしたの!?急に?……」
人間の理を統べる魔女に出会って……私は変われたんだ……きっと!
キャシャン! キャシャン!
意気揚々と進む私たちに鞄に着けた星の形をしたキーホルダーが、眩く光に照らされ左右に揺れた。
今回も長いのに読んで頂き誠にありがとうございます!
今回のテーマは『許すこと、赦されること』をテーマにしてました。前回は『許される事』だったので今回は2倍ですね。
人間なかなか許すこと事って難しいですよね。私もなかなか嫉妬深く執念深い性格なのでなかなか人を赦すことができなくて悩んでます。
千里香さんは、前回である程度過去と決別できていたので(ピートガデンやマドリチャイネスにやられた事より、マスターに突き放された事が一番辛かったので……もちろん、上記の二人にされた事でも傷付いてます。)
次回は、軽いエピローグ程の話です。
今回も長いのに読んで頂き誠にありがとうございました!




