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古着屋の小野寺さん  作者: 鎚谷ひろみ
sweet&salty
35/52

19 雨上がりに見た幻を今も覚えている #2




さっそく、前回の千里香さん視点の続きを上げさせて頂きました。


一応、千里香さんの誕生日の日のお話なので~


今回も長いのでゆっくりと読まれます事をおすすめします。


一応、途中ごちゃつき解りにくい流れですが……(汗)

読んで頂けたら嬉しいです!



19-2 ありがとう、狂った避役





「へぇ~……ここが少年たちが通っている高校か……」


私は暗くなった学校、校門に吸い込まれていくように入っていった……


周りを見回し、何処から校舎に入るかわからない。歩いていくと……ボンヤリと小さな灯りのついている場所が見える。


近づいていくと、大きな口を開いた様な入り口。


そこに入り、部外者様と書かれた鉄の靴箱に私のブーツを入れ、緑色のスリッパに履き替える。


「こんばんは!」


急に声が聞こえ、驚き咄嗟に声のする方に顔を向けた。


灯りのついてる部屋の所から、少し薄毛ぎみのおじさんが見ている。


「どのようなご用心ですか?」

「あっ、えっと……桜井先生と言う方に呼ばれまして……」

「あぁ! 桜井先生ね! すいません、言伝てを預かっておりますので案内いたします 」

「恐れ入ります!」

「ささ!」


そのおじさんは回り込んで出てきてくれ、手のひらをかざし案内をしてくれた。



パスッ、パスッ、パスッ……

タッ、タッ、タッ、タッ……



暗い教室が並ぶ廊下を二人で歩き、階段を上がる。灯りと言えば、おじさんが持つ懐中電灯くらいのモノで心なしか頼りがない。

夜のせいか憧れてた日本の学校を歩くのは怖かった。幽霊が出るかも……なんて、子供じみた事を考えながら、おじさんに寄り添いながら歩く。




「さぁ、あの明かりがついている教室が桜井先生がいらっしゃいます。では、私はここで……」

「あっ、あの……ありがとうございます 」

「いえ、では、楽しんでいってください 」

「えっ、あっ、はい!」

ふと『楽しんで』という意味がわからず会釈をすると、おじさんは小さく手を振って階段を降りていった。


教室の前に着くと、シーンっとしており誰か入るのかもわからない。ただ扉のガラスにぼやけて教壇の上らしき所に誰かが居るのだけ確認できる……


ダンッ、ダンッ!


軽快にノックをするが、反して返ってくる音は鈍く揺らめいている。


「どうぞ~! 」


そう言われ、ドアを恐れ恐れ開けた。



ガラガラガラガラ……



教壇に、後ろを向いた男の人がいるのを目認した瞬間……



パンッ! パンッ! パンッ!



『小野寺千里香さん!! お誕生日おめでとうございます!!!』



大人数の明るい声が響いた。

「えっ……」

私は何が起きたか理解できず、立ち止まる。


……………………!?


「あれ?……やべ……驚き過ぎて、ショック状態になってる……千里香ちゃん? 大丈夫か?!」

「千里香さん!! 大丈夫ですか?! おーい!!」


教壇に座ってた少年。扉の一番近くに伏せて隠れてた鈴木が近寄ってきた……

「えっ、これ……えっ!?」

私は教室を見回す。黒板には大きく描かれた……『HAPPY BIRTHDAY』と花のイラスト。手作りっぽく、ぶら下がっている色とりどりの飾り。二ヶ所くらいに固められている机。その上には、料理やドリンク。


そして、顔馴染みの……友人や仲間、知り合いと……兄貴?!


「えっ、千里香さん! ちょっと……お酒臭いですよ!!」


少年が言うと皆が笑う。


「店長、駄目ですよ。そんなに沢山お酒飲んじゃ……」


田中が教壇の上の椅子までエスコートしてくれ、座らされる。座った瞬間に私はようやく息を吹き返した様に息を一瞬に吸う。

「なっ、なんだ……これは……」

「あぁ、これ?! いや、千里香ちゃん……去年誕生日の時期暗かったじゃない? そこで少年くんが祝いたいって言ってなぁ~」

「千里香さんには色々お世話になってますし、そこで皆に相談したら手伝ってくれて……気が付くと結構な大所帯になっちゃいました~」


他の皆もワイワイと盛り上がっている。



コロコロコロコロ……



早川くんと長瀬少女が、プレゼント箱らしきものを乗せた木製の台車を運んでくる。


『小野寺さん、改めておめでとうございます。』


可愛い女子高生二人に目を見られ言われると気恥ずかしさが出て、ついつい目をそらす。

「あっ……ありがとう……」

「おいおい……漸く、ありがとうかよ~!」


私が照れながら小声で言うと鈴木が茶化してくる。

「うるさい! こっちだっていきなりで、頭の整理ができなかったんだよ!」

言い返すと返すと鈴木が私の肩を軽く、ポンポンッ!と叩いた。


「まぁ、今回……皆、千里香ちゃんのために集まってくれたけど…………千里香ちゃんの感じた通りに振る舞っていいんじゃない。無理しなくていい」


そう言われ、改めて周りを見回す……みんな、ニコニコとしている。それぞれ、みんな無理をしてる感じがなく、私なんかの誕生日を楽しんでいる様に見えた。


そんなみんなを見て私の口元は緩んでいき、息が漏れ始めた。目元も自然細ばっていき、鼻から息が入っていった瞬間……


「ありがとう!! みんな!!!」


私はみんなの気持ちに、漸くちゃんと返答をした。






「さぁ! ケーキを開けますよ~!!」



バサッ!



開けると、ベーシックな生クリームらしきホールのケーキが入っていた。

おぉ! 大きい……!!

そして、皆でローソクを立てていった。


「店長? ローソク何本立てますか?……」


田中が言うと、鈴木が田中の脇をこずく……

「いや、鈴木、いいよ……うん! 27本立ててくれ……」

ローソクを立て、一つ一つに火を灯す……そして明かりが消え、やさしく揺らめく火。



カッ、カッ、カッ!



『ハッピバースデートゥーユー♪♪……』と皆が歌い始めた。私はその歌が聞こえ始めた瞬間に、瞼を閉じた。

まるで水の中にいるように、みんなの声と動きがスローに、ボンヤリする。実際には身体は揺れていないのに、グワングワントと、ゆっくりと揺らめいている様だ……心酔?…………


ブワン、ブワン、ブワン……


揺れて、揺れて、揺れて……きっと私にしか聞こえない、ブワンっという音が過去を呼び覚ます。



『ハッピバースデートゥーユー……』


思い浮かぶのが……マスターの優しい顔?……何度も何度も一緒に祝ってくれたマスター……一緒に笑い合い……長年、相談や雑談……くだらないことを話した。もう一人の母親のような存在。

少し音程がずれている、あの歌は聴こえてこない……そう、あの御方はここには居ない……

あれ?…………マスターの顔ってどんなんだっけ……えっ……うそ……やだ…………あぁ……そうか……私は……思ったより遠くまで来てしまったんだ……


『ハッピバースデー! ディア……』


目に力が入っていき、開くのが怖い。


『千里香!!』


わかっている……目を開けてもあの人が居ないこと……


『ハッピバースデートゥーユー!!……』


鼻息が荒くなり、押さえたいが収まらない。


『おめでとう!!……』


パチパチパチパチ…………


たくさんの、おめでとう……拍手……祝福が私を包み込む。私の頬に温かいものがつたう。そんな何かを吹き飛ばしたく、ローソクの火を吹いた。


ふーっ!!


明かりがつき、みんなが私の顔を覗き込む。


「なんだ、魔女! そんなに嬉しかったのか!?」


荻野目くんが言うと、笑いが起きる。ついつい、私は……

「……違う! これは……これは……」

と言葉が思い付かず、同じ言葉を繰り返した。

とりあえず、頬から流れるものを押さえたく、左手で目を押さえ、右手で頬を拭いていく。嬉しい気持ちの筈なのに、悲しい気持ちが私に降り注いだ。


このままだと、我儘な子供の様になってしまう……でも、みんな居てくれている……みんな……誤魔化さないと……誤魔化さないと……


「ぅ……うぅ……嫌だ! 私……30歳になりたくなーい!!」

今漏れだすその言葉に周りのみんなから、ドッと笑いが起きた。

「神様は! 私を愛してくれてるし30歳にならない契約をしてるんだもーん!! こんなのあんまりだー!!! 私はギルガメッシュで天使に祝福されて……」

そんな私を見てみんなは楽しそうに笑う。そんなテンションとは裏腹に過去の仕舞い込んだ記憶と思いが私の中で溢れていく。




そしてそれを聞いて、みんなは私に近づいてくる。


「大丈夫ですよ! 店長はいくつになっても可愛いし、綺麗ですよ!」

「小野寺さんは神様にも愛されてるし、みんなからも好かれてますよ!」

「歳なんて関係無いです! 千里香さんはいつまでも若いです!」


等々励まされた。



「なぁ。だから、やっぱり千里香ちゃんは30歳になるの気にしてただろ?」

「ホントだったんだ……」


鈴木と少年が小声で心配そうに言っているのが聞こえる。


違うもん……あっているけど……違うもん! 私のほろ酔いの頭には、それしか浮かんでこなかった。


それから、皆に励まされて女性陣から頭を撫でられたり、肩を擦られたり、ハグされて少しづつ気持ちが落ち着いていく。

そこで、店締めを終えたマコちゃんと梨佳ちゃんが合流した。

「あれ? 高橋は?!」

「高橋さんは体調悪くて、来れないみたいで……」

「そうか……あの人……まったく……」


田中が怪訝そうに溜め息をつく。


「あっ、でも、店長に『お祝いに行けずすいません。誕生日おめでとうございます』っと伝えてくださいって言われました 」


梨佳ちゃんに言われ、少しだけ不服そうに納得している。そして、落ち着いたところで、次は一条くんと荻野目くんが別の台車を運んでくる……上には、鞄修理店のビニール袋。オレンジ色と茶色の間で、高級感がある。


「千里香さん、これ……」

「さぁ、魔女、開けてくれ」


袋を掴む。カサカサッカサカサッとクッション代わりの包み紙が擦れる音がする。それをほどいていく。


「えっ、これ……」


私はその黒のレザーのバックを両手で優しく持ち上げた。

「えっ! イブサンローラン!! カバス クラシック?!えっ、 うそ!!!」

理解できず、ついつい声がでかくなる。

「どっどっど……どうして!!」

「いやまぁぶっちゃけると、少年くんがすべて計画……」

「いや、僕は提案しただけで皆さんが助けてくれて……」

「いやいや! 君が最初に提案して、あとは俺達は少し手を貸しただけさぁ……」

「いえ! 皆さんの力のお陰です!!……」


鈴木、少年、田中がそれぞれ謙遜をしあっている。三人の言い合いは気が付くとみんなを差し置いて、なぜか無駄にヒートアップする。


「ゴホン!!」


大きめな咳払いで三人の動きはピタリと止まり、見ると一条くんが冷たい視線で三人を圧している。


「そんな無意味な争いはいいでしょ。とにかく皆のお陰だよ。」

『は~い!』


三人は声を揃えて、黙った。


「どうだ、魔女! 気に入ったか?」

「うん! とても!! でも、まさかのこんな綺麗な……」

「すいません、新品のモノじゃなくて……」

「ううん! みんなのキモチがこもっててすごく嬉しいよ!」

「あと、ちなみに今回ここには居ないが……哲夫も協力してくれたんだよ!」

「哲夫?」

「いや、ほら! 俺達の専門時代の時さぁ! 千里香ちゃんが講師で来てくれた時に、無口のクセにすごく質問とかして、かまって欲しそうにしてたやついるだろ? 角刈りのさ……」

「えっ! 佐々木哲夫くん!?」


その名前を口走った時……喋るタイプではないが気が付くと一緒に作業をして落ち着く彼の顔が浮かんだ。彼の作業する背中は大きく温かかった事を思い出す。


「あいつ、今はハイブランド専門の修復士やってんだよ~それで、今回の事を相談したら快く手伝ってくれてなぁ~!」

「彼は元気だった?!」

「あぁ! 今は結婚して奥さんと一緒に経営していて、子供の画像とか見せられたよ~!」

「あぁ、そうか……」

昔の彼との事を色々思い出し、懐かしく想う……

「うん! なら、よかった!」

「あと、千里香ちゃんに『おめでとう! 元気にやっていてよかった! 機会があったらうちに遊びにきて!』って言ってたよ!」

「あぁ、もちろん! また、遊びに行かせてもらうさ!」


私は彼がちゃんと家庭を持って元気にやっている事……そして、今でも私の事を祝ってくれてたのがすごく嬉しかった。みんなに、催促されバッグを持ち軽くポーズをとる。


『おー!! ……』

『本当にモデルみたいだ……』

『絵になる……』


歓声が上がり、身内にそれもこんな近くで誉められると恥ずかしくもなる……


そこから、置いてあるお菓子、軽食、ジュースやノンアルコールで立食で雑談などになった。




私は桜井先生と菫くんの元に近づく。

「まさか、お二人も今回の事に、協力してるなんて 」

「いや、小野寺さんのおかげで俺達付き合えた様なもんですから~」

「私も、小野寺さんや他の方の強力で雄介くんと付き合えたんですから! お祝いさせて頂いて嬉しいです!」


そう言った後、桜井先生の方を目を細めて見る。


「ね~~」

「まぁ……はい……」


彼に目を合わせてる様だ。そんな同意に彼は人前だからか、恥ずかしいようで目を逸らし、はにかんでいる。


お二人のラブラブ空間は、こちらにも伝わり、気恥ずかしくなってしまう。そんな様子に安心して、私はうっかり口を滑らしてしまった。

「それじゃ、あの電話の内容みたいな事は無いって事だね 」

「あぁ! アレですね。いや、何度もありますよ!」

「えっ、そうなのかい?!」

「でも、確かに喧嘩はします。だけど、最初から完璧なわけないじゃないですか? そこで、そうやって何回もお互いの距離を図って漸くそれぞれの形ができると思うんです。話し合ったり、言い合ったり、時には退いたり……それで、お互いの削れた所と所が合わさって大切な友人や恋人や夫婦になっていくんだと……僕は思います 」


今度は、彼から菫くんの目線に合わせて少しかがむ。


「ねっ!」

「うっ、うん……」


彼女も彼から同じようにやり返されると、顔を赤らめて顔を逸らした。

この二人はきっと幸せになれるだろうと確信をした。


「あぁ、でも、今回電話掛ける時……どうやって誘うか思いつかなくて……佐藤と一条と荻野目に軽く立ち合ってもらったんですけど……」

「えっ?!」

「いや、俺……嘘もそうですけど演技とかできないって伝えると……佐藤に『嘘をつく時や、演技をする時には少量のホントを入れた方がいいんです。それに今回相手は千里香さん……真実を入れないとあの人は欺けない……』って言われて、今回の内容を選んだんですよ~! それで電話終わった後に、あっさり来てくれるって行ったら……驚いてましたけどね…………まぁ、俺の演技が良い感じだったからじゃないか?って言うと、三人に『それは無いです 』『ちょっと臭すぎましたね……』『あの芝居は無いな』と辛辣に言われましたけど……」


彼はその情景を思い浮かべ苦笑いをした。






そんな私の誕生日会はあっという間に過ぎ、終わりへと迎えた。

私の最後の締めの挨拶を終えて、賑わいながら校門手前まで出た。

どうやら雨は上がっている。鈴木は上機嫌に手を上げる。


「さて、今回の会は酒が無かったから~二次会行きたい人~!」

号令で何人かは決まってない二次会に行くようだ。もちろん、子供たちには家にまっすぐ帰るよう伝えた。


「千里香ちゃーん! 千里香ちゃんも二次会来るだろ~!」

「あぁ、もちろん! ……いや、たぶん。とりあえずみんなを連れて先に行ってくれ~」

「えぇ! ? 千里香ちゃんは? 」

「もう少し、日本の学校の余韻を味わいたいんだ~」

「わっかったーー!! 場所決まってから、後で連絡するわ~!」

「気を付けろよーー!」


何人かは大手を振り別れた。冷たい雨は止み、冬の夜とは思えないほどの湿度が全体を満たしている。先程の余韻で私の体温は高く、体はポカポカして外の空気がちょうど良いくらいだ。


大きく深呼吸をして、先程の事を思い返し笑みが溢れる。今年は最高の誕生日。



「千里香 」

「兄さん。最初いたのに途中で見掛けないと思ってたら、何処に行ってたの?」

「まぁ、ちょっと用事の電話だよ 」

「というか、兄さんも皆と一緒に祝ってくれるなんて以外だった 」

「おまえ……俺1人で祝うと喜んでくれないじゃないか? 『キモチワルイ』って悪態つくし……」

「えぇ~、そうだっけ?」

「まったく……」


兄貴は視線を逸らし、首をかしげた。


「まぁ、一応改めて、誕生日おめでとう」

「うん! ありがとう!!」

「それと、俺から誕生日のプレゼント……か……あるんだ……とりあえず、ちょっと来い」

「えっ、何々?」


兄貴についていき、校門を出る。



カシャッ!



一瞬、どこからか物音が聞こえた気がして立ち止まり、周りを見渡したが何もないような気がした。


気のせい……?


「何してるんだ、こっちだ」


向かいの車道に停めてある兄貴のセダンに近づく。

「えっ~なに? 」

兄貴は黙って車のドアを開いた。すると、暗がりで少し見辛いが女性がゆっくりと出てきて此方を見る。


「……千里香……」


その優しい声に私の息が詰まった。手はジーンっとして、脳は痺れているようだ。女性は両手を前に出し、覚束ない様子でゆっくりと私に近づき……ぎゅっと、優しく抱きしめてくれた。

「ま、マスター……?」

漸く振り絞った言葉はそれしか出せず、マスターも鼻をスンスン鳴らしながら頷く。

それから少しの間、お互い声が出ない……きっと……恐いんだ……次に出る言葉が……間違うと……もう取り返しがつかなくなってしまう気がして……


だが、私たちの横に大きめのトラックが通り、私たちは驚きマスターはよろめきマスターの体が倒れそうになり、もう一度強くマスターを抱きしめる。


強すぎたかと思い、

「あっ、マスター! 大丈夫ですか?」

と声を掛けると、マスターの唇が震えてるのに気が付く。見るとマスターが微かに一度何か言ってるのが聞こえた。そしてまた口を開く。


「ごめんなさい……」

「えっ?」

「あなたの事を信用せず、突き放してごめん……」


彼女の声は震えていて、眼は潤んでいた。


咄嗟に、過去の事が過る。


『……私との……約束……破ったわよね……何で! 何であんな事したの!!…………』

『…………出ていって! もう、二度と……顔を出さないで!!!』


私は首を振り、過去の事を振り払った。だが震えた声は変わらない。


「ごめんな……ほんま、ごめんな……」


何度も何度も謝る。目の前の泣き崩れそうな彼女を見て胸が苦しくなり、唇を噛み締めた。

「違うんです……私……私がマスターとの約束を破ってしまったのは、事実なんです……」

「でも、それ……」

「はい。でも……それでも、ずっとマスターに会いたかった……また一緒に……あの場所で服を作りたかった……」

「うん……」

「あんな事があって……私はこっちに来て、日本の人達に会って、色んな事を学びました。あの時は辛かったし……マスターの事を恨みたくないけど、恨んでしまったり……」

「うん……」

「でも、その分マスターが私の事を…………愛してくれてたのが、わかったんです 」

「うん……」

「私は、自分のやってしまった事にケジメをつけたかったんです。それでちゃんとマスターに顔を向けれるように……何度ども考えて、悩んで……私のしてしまった事……もちろん後悔してます。それでも、受け止めて生きていきたいと想いました 」


今の私の中では『マスターとの約束』を破ってしまったのは……半分の罪悪と半分の私なりの正しさがうまっている……たぶん一生、答えは出ない……だからこそ、その事を抱えていくしかないと結論を出した。


「だから、マスターが気に病むことはしないでください 」

「うん……」

「もし、マスターが許して頂けるなら、もう一度昔の様に……」

「ちゃうよ……あなたがそれを言ったら、あかんよ……」


彼女は優しく首を降る。そして少し距離をとる。


「もう一度、私の弟子になって欲しい……お願いします……」


彼女は礼儀良く頭を下げた……こんな私に……


彼女の赤い髪は昔より少し艶が無くなり……身長も縮んだように感じた。

年月が経ったんだ……色々変わっていったんだ……離れてようやく、この御方の大切さがわかったんだ……


私は呼吸が苦しくならないように、顔を上げて、大きく息を吸い込み、吐いた。


「喜んで、こんな不束な弟子ですが……もう一度、宜しくお願いいたします 」

「千里香……」


彼女はもう一度、今度は勢いよく抱きしめた。


「ありがとう……ありがとう……」


何度ども何度ども彼女は泣きながら伝えてくれた。力は強くなっていく。


「マスター……痛いです……」

「あんた、私の事……老けたと思ったやろ……」

「そんなことないです……」

「ウソや……ええもん、最近日本の若い子に40代半ばって言われたもん……」

「マスター……そんなに関西弁でしたっけ?」

「日本に来る前に、アカシヤのサンちゃんで勉強したから……」

「いつまで、こっちに居ていただけるんですか?」

「明日までやねん……」

「そうですか……」




拙い会話である程度、私たちの感情が収まりつつある時にスマホの着信が鳴る。

「すいません、マスター。電話みたいで……でます」

『千里香ちゃん! 俺俺! 店決まって飲んでるよ~!!』

「鈴木、悪いが……」

『えっ! 何?』


そう言われ、私は考えながら黙ってしまう。

「ちょっと待って、保留にする……」

保留音を鳴らした。


「どうしたん?」

「いや、さっきまで誕生日を祝ってくれた友人達が二次会の誘いに……」

「それは大変や!」

「でも……あの、よかったら……マスターも二次会に来ませんか? アイツらすごくいい奴らで……」

私は少し考えながら、マスターを誘ってみた。だが、彼女はゆっくり首を振る。


「あかんよ。私なんて行ったら他の方々が困るやん……今は、その人達が大切なんやろ? 無碍にしたらあかんよ 」

「でも……」

「私は、千里香に会えただけで幸せやから……ほら、ボーッとしてないで、早よ行くって言いなさい 」


そう言われ私はスマホをぎゅっと握る。それから保留を解除した。


『んで、千里香ちゃん来れる?』

「悪い、鈴木! 私は…………今からもう1つ大切な用事のがあるんだ!」

「千里香?!」

「すまない……」

私は電話口で誠心誠意、相手に頭を下げた。


『……しょうがねーなぁ~! こっちは俺が盛り上げとくよ!! 気にすんな!! ただ、みんな酒が飲みてぇだけだからさ!! なぁ! みんな~!!』

『いぇーーい!!』

『 店長~! 』

『 千里香さーん! また一緒に飲みましょ~!』


向こうでみんなの温かい声が響いた。

「みんな……すまない、今度は絶対飲むから!」

『絶対ですからね~! 』

『あっ、鈴木さん早速盛り上げてください!!』

『よっ、カラオケの切り込み隊長!! 』

『バツイチ親バカ!』

『バツイチ親バカは余計だよ!! でも、えっ、俺?!……もう、しょうがねーな!……一番、鈴木!! [ ザ ペロウズ ] で [ゼッテー負けない]~! ……アウイェー!!』


プツ……ツーツーツー……


電話の向こうでは物凄く盛り上がっている様だ。



「なんか、すごい賑やかなお友達やね 」

「いや、普段はまともな奴らですよ……でも……えぇ、纏めるのが大変です 」

「あんた……なんか、すごく優しい顔になったね!」

「そうですか?!」

「学生時代からちょっと前まで、どっちかっていうとキツい顔してたし……」

「そうかもですね……」

「あっ、それで、何処に行くん?!」

「そうですね……」


私が悩んでいると兄貴がポケットに手をいれ、セダンにもたれる。


「なら……マスターが泊まってるホテルに行こう。あそこなら夜中までやっているラウンジもあるし……そこから一緒の部屋で女子トークをすればいいさ!」


『……いいさ!』っと言うと同時にいつの間にかポケットから出した右手の人差し指と中指を立て、此方をさす。

「兄貴が『女子トーク』って言うと、なんかキモい……」

「モモ……あんた、昔からそういうキザな素振りは変わらんな……」

「マスターまで、ひどくありませんか?」


そんな、兄貴をいじり私たちは笑う。そう、あの頃に戻ったようだ……


「とりあえず、車に乗って! 二人とも!」


その声で私たちは車の後部座席に乗り込んだ。そして、車が走り出す。


「なんか夜やし、車やからBGM欲しいな~」

「んじゃ、何か洋楽でも……」

「はい! 私、聴きたい曲があるからBluetoothで飛ばすね!」



タタン! タタン! タタン! タタタタタタン! タタン! タタン! タタン! タタタタタタン!……



「この曲なんなん?!」

「今、私の友人がカラオケで歌ってる曲!」






それからホテルに着き、三人でラウンジでお酒を飲みながら昔の下らないことを話す。

兄貴は酒に弱く、空いている部屋に泊まりにいった。二人になっても話しは止まない、それぞれが歩んでいた約三年間はきっと一晩じゃ語り尽くせないだろ……


もう少しで0時になる。私の最高の誕生日は終わるのだ。本当に最高の誕生日だった……

だからお願い……ゆっくりと過ぎて欲しい……この時間だけでも……


そして、ラウンジが締まり、私たちはマスターの部屋で話をする。


楽しい事や例の件の事……でも、やっぱり楽しい話しに戻ったり……マスターは頬杖をついて、うんとうんっと聞いてくれている。

ホント私たちは血は違えど親子の様なんだ……と思い、気が付くと二人とも寝ていた。






そして、翌日のお昼すぎ……兄貴と二人で、マスターを空港に見送りに行った。


「それじゃ、行くわ!」

「はい! 」

それでも、一向に動こうとしない私たち……兄貴は気を遣ってか少し距離をとって我々を見守っている。


「千里香? 」

「はい! 」

「もし、あんたが嫌じゃなければいつでもええから、アメリカに戻ってこーへん?」

「えっ!」

「一緒に服作ろ? 今は私のブランドも落ち着いたし……新しいデザインも思いつきそうやし、余裕もあるから……デザイナーとして良いポストも用意できるし……今後、あんたに後継いで欲しいねん 」


私はその嬉しい提案に息を漏らした。

「嬉しいです……マスター」

「それじゃ 」

「でも、すいません……もう少しだけ考えさせてもらえないですか?」

「考えるって?」

「私、日本に来て……最初の頃引きこもってて……誰の事も信用できなくて……それでも、生きる事を選ばなきゃいけないから……『普通』にならなきゃって必死に模索してたんです…………アメリカの頃は自分が一番だったと勘違いしてたから……周りに合わせる事ができなくて、気が付いたら……ポツンと一人になってたから…………でも実際には行動に移せなくて……だけど、こっちに来て……立ち直り方をラジオから流れてくる、当時は顔も何も知らない日本人が教えてくれたんです。その次はちゃんと『普通』になりたいから、誰かと関われる事をしたいと思って、今の仕事を始めて…………最初は空回りで誰の為にもならなくて、馬鹿みたいで……それでも、私の事を必要としてくれる人ができたんです。それが嬉しくて嬉しくて……すると周りのみんなや色んな人達も私の事を認めていってくれたんです。私は『普通』にならなくてよかったんだって……私を受け入れてくれる人達が、ちゃんと居た事が嬉しかったんです。だからもう少しだけ……私はこの国でやれる事を……将来の事を模索してみたい! っと思ったんです 」


マスターは私の顔を見て、溜め息をついた……


「そっか……」

「あっ、でも、将来的にはマスターの側で支える道を……」

「ええよ、ええよ……距離は遠いけど、今やったら何時でも顔見れるから!」

「はい! 」

「というか、あんたをそこまでこの国に居させたいと思わす根元が知りたいわ……」

「えっ、だから……」

「男やろ!」

「違います!」

「あれやろ、初恋やった佐々木てつ……」

「だから、違います!!」



『大変お待たせ致しました。成田航空にてニューヨークへご出発のお客様にご案内いたします…………』



綺麗な声のアナウンスが鳴り響く。それは別れを知らせる最終合図に、相応しい気がした。私たちは同時に息を吐いた。



「それじゃ、そろそろ行くな!」

「はい!」

「またな! 千里香!!」

「マスターもお元気で!!」

「モモ、また!」

「俺の場合、いつでも会えますからね!」


私たちは、彼女が小さくなるまで見送った。ただ、帰りの彼女の姿は少し昔のように元気な歩き方だった。




ふと……マスターの後ろに、女の子がちょこちょこっとついて行ってる様に見える。


黄色い合羽を着て、オレンジの手袋、緑のレインブーツ、紫のカチューシャ、小さなピンクのポシェットにレインボーカラーのカメレオンのぬいぐるみを持った小さな女の子。



あれ? どこかであの子……



「兄さん! あの子ども? マスターの後ろにいる、黄色い合羽でポシェットと、カメレオンの?」

「はっ、そんな子供いないぞ……何言っているんだ?」

「えっ!」


兄貴にはそんな子供は見えていなく驚いたが、咄嗟に思った。

そっか……きっとあの少女は私だ……

学校で浮いてしまって、周りと馴染めなく、強く出てしまったり、天才だと勘違いした……色の合わせ方がわからない可笑しなカメレオン。

変われる場所を探しても、ダメで……隠れる森を探しても見つからない……媚を売っている人たちと知っていて気にせず付き合い、それでもただ大切な人に愛されてればいいと思ってた悲しいカメレオン。

傷は癒えなくて、今までの事が嘘で、大事な一人が去ってしまって……その温もりにしがみつこうとした……私。

でも、きっと幻でも暖かかったんだ……

少女はこっちを振り向き、笑顔で手を振る。その顔は憑き物が落ちたように純粋無垢の様。私は彼女を見て自然と笑みが出た。



『うん……今までありがとう。バイバイ! ストレンジカメレオン!!』



私もその少女に小さく手を振り、彼女はゆっくりと消えた。






後日、店でいつもの様に働く。そして毎度の如く少年が来る。だがその日はちょっと違った。


「千里香さん! 見てくださいよ~!」


少年は、ダブルスのカマーベストを差し出した。左右非対称のデザインでカラーも明るいグレーと黒。バックのベルトループも3つあり、上下にわかれている。


「なんだ! そのデザイン? えっブランドは?!」

「それがブランド名が表記されてなくて……いや、一時期よく来てた常連さんが世話になったからってプレゼントしてもらったんですけど……」

「いや~すごいなこれ……生地もいいの使ってるし……造りもしっかりしてる……ボタンもこれまた……君……何やったんだ……?」

「いや、何もしてないんですけど……着こなし方がわからなくて…………」

「確かに、コイツは難しいな…………」



私のそんな日本での日々は、もう少し続きそうだ。





今回も読んで頂き誠にありがとうございますm(。_。)m!


一応、描きたい事を描けたつもりです!


今回で千里香さんの過去との因縁はついた事になっています。

千里香さんの過去に何があったかは、次のお話のsweet&saltyの最後のお話で詳しく書きたいと思っています。


個人のテスト勉強も挟むので、ゆっくりと描く事になりそうですが……


今回も長いのに読んで頂き誠にありがとうございました!!

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