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古着屋の小野寺さん  作者: 鎚谷ひろみ
sweet&salty
30/52

16A 君と僕のしるし #2


今回も読んで頂き誠にありがとうございます!



続きです。

前回の 16B HERO が 佐藤くん視点でした。

(なので一応、前回のお話を読んで頂かないとわからないところがあります。)


今回は鈴木視点に戻ります!


そういえば、鈴木が店長と偽るネタは、昔の吉本新喜劇であったネタです。


今回は躍動する鈴木をイメージして頂ければ幸いです。





16A-2 つよがりをのせて





11月の下旬……いや最後の週の土曜日。俺はボーッとした頭で冷蔵庫に冷やしている高級ゼリーを取り出した。


俺はそれを見ながら溜め息をつく。



パタンッ



静かに、冷たいゼリーをバックパックの中にしまう。カエルのキャラのキーホルダーが付いた自転車の鍵を手に取り、玄関を閉める。


「行ってきます……」







俺は店に一時間前に着いた。着いて早々、ゼリーを店の冷蔵庫に入れようと思って手に持ったが……どうせ来ないことは、わかってる……結局、自分のバックに戻した。



それから、今日の予定と店のメールを確認。そして、今日が俺発案のイベントがこの店で行われる。言うて、そんな大したものではない。


ある程度の限定の値段の商品を用意する。それと1ヶ月前から五千円分以上と一万円以上購入の方にそれぞれのビンゴカードを配布。そして、今日の昼と夕方にお客様とのビンゴ大会をやる流れだ。それに、付け加えに中学生未満のお子さまと一緒にいらっしゃって商品を購入された方には、小さなお菓子と風船と割引券or買取りアップ券をプレゼントっという、まぁ普通のキャンペーンだ。


淡々と用意してると、千里香ちゃんがオープン40分前にやってきた。田中は急いで15分前に出勤。




オープン10分前に千里香ちゃんは上のレディースコーナーに……スタッフの華と梨佳に、今日の予定を打ち合わせしている。今日は……後でうちのスタッフメンバーがある程度揃い、イベントをこなすのだ。誰一人、居なくなっては困る。大切な日……なんだ。



田中は焦って、息を切らしながら、俺に近づく。


「さっき、カエデちゃんと架純さんに駅で会ってきました。」


それを聞き、俺は作業の手を止めた。



「んで、アイツら……どうだった?」

「はい。最後に鈴木さんに……会いたそうにしてましたよ 」

「そっか……」



俺は数日前のカエデにやってしまった事で罪悪感に苛まれ、顔が下がる。だが、こんなじゃ駄目だと思い、不器用な笑顔を作った。

「今日だから、な……北海道に行く日……」

「そうですね 」


田中はおもむろに、ポケットからスマホを取り出した。せかせかと指を動かし何かの用意をしている。


「鈴木さん。実は、カエデちゃんから、どうしても伝えたいと言われて……駅で動画撮ってきました 」


田中はスマホを俺に見せる。駅前の商業施設、通る人々が賑わしい。動画の中のカエデは大人しい感じで、今日は年相応の服装で写っていた。




「はい、 OKです。カメラ回ってます 」


カエデは慣れないようで、口を少しパクパクさせる。その初々しさがやっぱり可愛い。


「ヒロちゃん!……今まで、一緒にいてくれて……ありがとう!! カエデとママは今から、北海道に行きます! ヒロちゃんは、いつも私の事を心配してくれたね。幼稚園の時、私がヒロちゃんからカエルちゃんって呼ばれてるって自慢したら、友達が馬鹿にして泣いていたら、『俺たちが楽しそうだから羨ましいんだよ』って言った後、必死に笑わせようとしてくれたよね。離れてからも、会うときには、私の大好きなフルーツゼリーを毎回、買ってきてくれて、二人で食べたよね。『お前と食べるゼリーが世界一美味しい』って…………キャッチボールもやったけど、私が下手くそ過ぎて、ダメだったね…………あぁ、私が男だったらなぁ…………でも! 私はヒロちゃんと一緒に居た時が本当に幸せだったよ! だから………………もう、私の事は気にしないで、忘れても大丈夫だから! だから、ヒロちゃんも幸せになってね! 私は……ヒロちゃんの幸せを祈ってるから!! それじゃ……バイバイ!!」





最後にカエルちゃんのクシャとした笑顔で動画が止まった。


俺は茫然とその画像を見て、

「……ば、馬鹿やろう……」

ただ自分に対して、投げ掛けた。俺は出そうになる涙を止めるために、メガネを外し右手で強く押さえつけた。

「普通……こういうの結婚式とかのやつだろ……クソッ……クソッ……忘れられるわけないじねぇか……」

俺はただ、胸が苦しくなっていく。そして足の力が抜けそうになる。


「鈴木さん、二人は駅ビルで買い物をしてから、10時13分の新宿行の特急の電車に乗ります。今なら、自転車を飛ばせば、間に合います。だから……行ってきてください」

「でも、今からイベントが……」

「そんなのどうでもいいじゃなですか! 」


俺は悩み、顔をしかめる。田中はズカズカと俺の目の前に立つ。


「俺は鈴木さんのお陰で、逃げ癖が減ったんだよ。だから……あんたは大切な人から逃げんな! 早くいけよ! この親バカ!」


田中の熱い視線が俺の目を捕らえる。感情は高ぶり、自然と前に足を進めた。これが最後のつよがりだ。

「ちょっと、行ってくる……」

俺は控え室にあるバックと倉庫にあるBURBERRYのマフラーを持って、色んな後ろめたさを引き連れ入り口へと向かった。



レジの横を通ろうとすると、説明を終えて降りてきた千里香ちゃんが手を上げた。


「おう! 鈴木、説明は終わったぞ!……って、お前は何処に行くんだ? 鞄なんか持って?」

「あの、これは……」

彼女は不思議そうな顔をしながら傾げる。


「おいおい、今からイベントだぞ 」

「いや、あの、おれ……」

「お前にはやって貰わなきゃいけない事が、たくさんあるんだぞ 」


俺は今まで自分の愚行が頭に過り、言葉が出ない。田中が早足で駆け寄ってくる。

「店長! 鈴木さんは……」

「なんだ、お前まで何をやってるんだ!」

「あの 」

「仕事だ! 仕事!! お客さんには関係ないんだ!!!」


千里香ちゃんは声を大にして叫ぶ。田中もその圧で黙ってしまった。シュンとしてしまった俺たちに千里香ちゃんはお構い無く指示を出す。


「さて、鈴木。お前にはまずやって貰いたいのは……」


彼女は宅配の紙に包まれた物を出した。


「コレなんだが、どうやら本部が2駅先の店舗と間違えて、うちの店に郵送してしまったようだ。お前が届けにいけ。ビンゴ大会が始まるまでに、戻ってこい 」

「えっ」

俺は意味がわからず固まり、聞き返そうにも声が出ない。鈍感な俺に呆れて彼女は荷物を俺に押し付けた。

「もう! 何をしている! 時間が無いんだ、早くしろ! それとこれ 」


千里香ちゃんは捲し立てる様に言ってから、レジの下から綺麗なBURBERRYの紙袋を取り出す。

「えっと、」

「お前、そのままで渡すつもりなのかと思ってな。紙袋も合わせて、より価値が高まるだろ 」

「なんで……」

「私はね……テンプレが好きなんだよ。それに、今度は仲間外れは無しだ! さぁ、思う存分、行ってこい鈴木!」


向かい合う俺たち。彼女は力強く俺の右肩を押した。俺の力無い右肩は、押されて自然と揺れる。さっきまで、抱えてた荷を少し卸せた気がした。俺は嬉しくて、えずきそうになる。

「千里香……しゃん」


彼女は恥ずかしそうにしながらも黙って頷き、顎で入り口をさした。俺は嬉しさと期待で大股で入り口まで向かう。だが、ドアを開けようと外を見ると……そこには……普段では信じられないくらいのお客さんが並んでいる。

俺は咄嗟に、後ろを見た。この二人を残して……俺は行くのか……こんなとんでもない数のお客さん……普段なら嬉しい悲鳴だが……今の俺には、ただの悲鳴だ……



くそっ!



俺はどうにかできないかと考え、咄嗟に思い付いたことを二人に投げ掛けた。

「今日、高橋は急遽出れないの?!」

「高橋も今日、重要な事があるらしい……」

「くそっ、こんな時に使えねぇ。高橋!」



俺は透明のガラスの前で膝を折り右手で軽くガラスを叩く。そして頭を下に向け必死に考える。目の前の大勢のお客さんの先頭の人が不思議そうに、俺に視線向けてるのを感じた。今の俺に絶望と希望がせめぎ合っている。


あの子の元へすぐに向かいたい……だが、散々振り回した仲間を置いて行くのか……でも、最後のチャンスなんだ。いや、これで何か起こってしまったら? 実際の責任は千里香ちゃんが被らなきゃならない。



なんで、俺はただ、娘に会いたいだけなんだよ……



すると……大勢のお客さんのめんどくさそうな嫌そうな声がちらほら聞こえる。後ろの方から慌ただしい声が聞こえた。


「すいません、通してください! すいません、僕はスタッフなんです! 」

お客さんを掻き分けて自称スタッフと、名乗ってるやつがこちらに向かってきてる様なそんな声が聞こえる。目の前の自動ドアが手動で開き、誰か俺の前に立っているようだ。


「千里香さん! お待たせしました! 魔女の弟子として、今日は手伝わせていただきます! 時給、弾んでくださいよ!」


俺は驚き顔を上げた。

「少年くん!? えっ……」

「実は……」


彼は少し、申し訳なさそうに照れくさそうに笑う。


「あの事以来、僕にできる事を考えたんです。そこで、鈴木さんが休んでる日に千里香さんに頼んで、多少研修を受けたんですよ…………鈴木さん、あの時は本当に失礼な言動、ごめんなさい……だから、今度はこんな僕ですが、力にならせてください!」


入り口のドアから陽射しが彼を、照らしてるようだ。普段は……情けない感じの彼が今は頼もしく見える。



「すまねぇ、少しの間、店を頼む……」

俺は蚊の鳴くような、声しか出ない。


「健闘を祈ります 」


彼は小さくも力強く答えてくれた。





俺は外に出て、何も考えず目の前の目的の為に、お客さんを掻き分け自転車を担いで階段をあがる。そして、右足に力を入れて走り出した。







必死に走らせた結果。10時5分に着き、駅の北口にあるコンビニに自転車を停めて、駅の改札まで向かう。電車に乗りもしないのに切符を買い、改札に入り、俺は放たれたかの様に走り出す。


あがる息……苦しい……


長いエスカレーターを周りを巻き込まないように降りて、4番線乗り場を細かく探し回る。


いない…………違うっ。


口の中は渇いていき、周りの人が不自然そうに見て、俺を避ける。何度も似たような母親の子連れに声をかけそうになり、それでも見当たらない。



『まもなく、四番線 新宿 特急 行 が発車します。』



プルルルルル



発車のベルが鳴り、より心が焦る。ふとっ目の前の10メートル先の親子に目がいった。声を出そうにも息があがり、苦しくて出ない……彼女たちは、電車の中に入っていった。



「あっ……」



俺は彼女たちの乗った所まで、不様な姿で走る。呼吸は荒くなり、まともに息を吸う感覚を忘れ、頭がくらくらとしてきた。



『発車します』



プシュー



ちょうど目の前で扉が閉まり、安全対策のゲートも閉じて電車が走り出した。俺は力が抜けてゲートに手がつく。



『危ないのでやめてください』



その言葉で、ゆっくりと仰け反るように手を離す。フラフラとした身体を何とか支え、俺は目を瞑り、ようやく大きく息を吸った。



あぁ、こんな終わり方か……



ゆっくりと消えていく電車のケツのランプを見送り、口を大きく開けた阿保面で鈍い頭に浮かんだのが……神様だ。


神様は、俺が自分の子供にあんな事をしたのを怒ってるんだろな……神様……これで何回目だよ……俺の人生を邪魔するの……あぁ……俺の人生って……今まで色んな人に迷惑掛けてるし……現に今も皆に、迷惑かけてるし……呆然と頭に出てきた事は……



『……そうだ……仕事場に戻ろう……』




俺は俯きながらフラフラの足を叩いた。悔しさで早足になり、そして改札を抜けた。


改札を抜け、力んでた身体を休ませるため壁に凭れる。左を向くと楽しそうに写る親子のポスターが貼ってあり、自身の惨めさに嫌気が差し顔を上にする。上のライトが眩しくて、目に刺さる様だ。


あぁ、神様、俺はもうアンタに願うのをやめるよ。結局嘲笑ってるんだもんな。だったら、悪魔や……魔女にこの魂を売って叶うなら……寿命が短くなってもいい。もう一度だけ、あの子に会わせてくれ!



ザザザ……ザザ……



マイクの雑音の様な音が聴こえた。


『ただいま、明大前で人身事故、人命救助のため各電車の運行を停車いたします。』



その放送が流れた瞬間、スマホが鳴る。

「はい 」

『鈴木さん! カエデちゃんに渡せましたか?』

「いや……もう少しのところでダメだった……」

電話の向こうで田中が一度黙るが、思い付いた様に短く息を吐く。


『そう言えば、カエデちゃんが乗ってる電車止まったそうですね。LINEが着ました』

「あぁ、人身事故とかで……だな……あいつらも、ツイてないな……」

『一応、今、トンネルを出る手前で電車が停まってると、カエデちゃんからラインが着ました!』

「あぁ、だから……」

『たぶん、この調子だと、30分くらいは動かないと思います! それと、調整間隔も合間ってたぶん、トンネルを抜けてのところで、また長時間止まるかもしれない……と思います 』

「トンネル抜けた所って…………ああ!」





新宿からこの私鉄を使って、ここの駅まで来るユーザーは……気になってる人は、気付いてる事なのだが……その事を俺は思わず、声に出した。



「2駅先のトンネル抜けた『用水路と小川と小さな橋』!」

『2駅先のトンネル抜けた『用水路と小川と小さな橋』! そうです!!』


田中も同じように、同じワードを言った。


「えっ、でも、何? そこで何をどうすれば……あそこで何をするんだよ……」

『無謀かもしれませんが……鈴木さんなら、できるかもしれません』


田中は、その無謀な所載を俺に述べた。まるでそれは悪魔が俺に契約を持ちかてるかのよう話だ。


「いや、無理だろ……尋常じゃねぇ。下手したら……」

「えぇ、何かしらの罪で捕まるかもしれませんね……でも、焚き付けるような事かもしれませんが……あの子は、最後に鈴木さんに会いたがってました。だから、せめて顔だけでも、見せてやってください! カエデちゃんの方にも俺から指示を出します 」

「ホントにすまねぇ……」

「謝るのはやめてください。無事戻って仕事が終わったら、酒飲みましょ 」

「あぁ 」


俺はもしかしたら、人生を捨てるかもしれない選択する。俺は必死に、階段をかけ登り、コンビニに戻り自転車を進路へやる。


あそこまでだと飛ばして……15分かからない……事故に遭った人、巻き込まれた全員には悪いが……これがホントに最後のチャンスなんだ。


俺はまた自転車を飛ばした。思いの外、道路を飛ばす車が多く……下手したら俺自身が事故を起こすか、巻き込まれるかもしれねぇ……向かい風や、突風に負けそうになるが……今はそんなの関係ない。




飛ばす中、カエデとの事が頭に甦る。


酷い事を言ってしまった事。

一緒に色んな所に出掛けた事。

久々に会って驚いたが、すごく嬉しかった事。

たまに会ったときにフルーツゼリーを二人で食べた事。

お互いの呼び名を決めた事。

離婚の時に寂しそうな顔をさせてしまった事。

小学校に入学した時の事。

黄緑色のドレスが似合っていた事。

家事が苦手な俺の手伝いをしてくれた事。

幼稚園の時に、友達にからかわれて泣いていた事。

初めての幼稚園で別れるのが辛そうなだった事。

初めて、キャッチボールをした事。

家族三人でお出かけした事。

初めて歩いた事。

初めてパパと言ってくれた事。


そのどれもが……愛おしい。






そして、例のランデブーポイントに着いた。右には線路があり、左は住宅。100m先には左に曲がる様になっているガードレールと何本かの木。ガードレールの先には用水路兼、小川。俺は自転車から降りて、田中の指示通り準備をする。それから、その時が来るのを待ち構えた。


だがトンネルの周りには電車らしき姿は現そうとしない。


もう、行ってしまったのか……俺は確認をするため、田中に電話を掛けた。

「すまねぇ、電車は?」

『いえ、まだトンネルの中で、車内アナウンスによるともう少しで動くそうです。カエデちゃんにはもう、指示は出しています。9号車に乗って、座ってるようです。だから左の窓を見てっと、伝えました 』

「9号車って、どこだよ!」

『とにかく前の方です!』


そう話しているとトンネルから電車が顔を出した。


来た……


ゆっくりと俺の前を過ぎ、それに合わし俺も早足で歩きながら確認する。そしてまた、電車は停まった。

ふと窓が少し開き、こちらを呆然と見ている少女を見つけた。息が整い、今度は声が出る。



「カエデェェェェェ!!!」



俺は腹の底から、大声を上げた。彼女はこちらに気付き、窓を頑張って開けようとするが半分より、少し上までしか開かない。



「パパーーーー!!!」



カエデも俺の叫びに答えてくれた。窓から少しだけ体を乗り出そうとする。俺は頷き、それから二回横に首を降った。カエデもその意味を悟ったらしく、乗り出そうとするのを止め、後ろに身構えるポーズをした。



陽射しが強くなり、頭の中に声が聞こえる……





『さぁ、これで守りきれば、まだチャンスがある。 ピッチャー、鈴木。大きく振りかぶって……』



あの懐かしい甲子園でのアナウンスが響く。


うるせぇな……なんで、こんな時に流れるんだよ! ……はっ、なんか俺、大切な場面なのに、笑っちまってるよ……自然と緊張は抜け、ただ目の前の事に心酔していく。そして、ニヤッと口角が上がっていく。


俺は、天才とか地元の英雄とかそんな肩書きはいらねぇわ。ただ、俺は……アイツにとってのパパ……ヒーローでありてぇんだよ。


俺は先ほど用意した、少し大ぶりの『特性ボール』を持ち、大きく振りかぶる。



頼む! この先の幸せなんて、とりあえずどうでもいい! 俺はコイツを……カエデに渡したいんだ! 今だけでも……もってくれよ、俺の肩。あの現役だった頃の……最高だった感覚を!


そして、俺はボールを前に放つ。指から離れる時、前へ前へと押すように力を入れて……ボールは思った以上のスピードで前に飛んだ。



バン!!



『ストライク!! バッター、三振!! スリーアウトチェンジ!!!』




ボールはカエデの胸元で収まった。カエデはその大きなボールをぎゅっと強く抱きしめる。そして、カエデは俺を見た。


だが、電車はゆっくりと動き出し、加速していく。


アイツに言わなきゃ。大切な事を……伝えなきゃ……

俺はまた大きく息を吸い、有り余る力、全てを込めて放つ。



「カエデェェェェェ!!! 愛してる!!!!!」


カエデもまた、少し顔を窓から乗り出す。


「パパ! パパ!! ッ、パパ!!!!」


泣きじゃくりながら、叫んだ。お互いグシャグシャな顔、かすれた汚い声。



俺は電車を追いかけるように歩き、早歩き、走りへと変わる。そして、突き当たりのガードレールに体を乗り出し、カエデを乗せた電車を見送る……


俺たちの叫びは、ただ虚空へと、帰るのかもしれない。だが、その想いはお互いへと届いた。俺はそう信じる。


電車は、今にも泣いてしまいそうな俺の……情けないつよがりすら乗せて走り去り、小さくなり……また見えなくなった。


だが今度は……その見えなくなる中で、最後に頭に過る記憶は……





あの子が生まれてきてくれた日……病院の分娩室で、頑張ってくれた架純と一緒に……初めてあの子と……あい……俺の小指を……あの子の小さな不器用な五本な指で掴まれた時……俺はあの子の前で、初めて……震えるほど嬉しくて泣いたんだ。


その鼓動が俺の人生に意味をくれたんだ……




今回も最後まで読んで頂き誠にありがとうございます!


『しるし』『HERO』の内容は元ネタがございまして、『星になれたら』と同じく、元ネタにさせて頂いているドラマの内容をオマージュさせて頂いてます。


元ネタの方でも娘と久々に再会するのですが、娘が音楽で留学するという流れで、ハンガリーに行ってしまいます。


そこで、娘の為に突き放します。


それでハンガリーに行く日に、やっぱり自分のメッセージを伝えたいとなり、娘が乗る飛行機の空路の下の学校のグランドで、仲間と一緒に白線で大きいメッセージを書くと言う展開です。


その時の父親役が阿部寛さんでスゴく素敵だったので私も近いものを描きたいとなり、こうなりました!



今回も読んで頂き誠にありがとうございましたm(。_。)m!

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