11B 真夏の夜の夢 #2
今回も読んで頂き誠にありがとうございます!
今回も、長いです!
荻野目さん視点の続きです。
今回はガッツリ服の話で対決ものです。
楽しんでば幸いです!
11B-2 黄金の月
朝、9時35分。今、俺は普段降りなれない駅にいる。
普段持ちなれない大きめのバックを持って。
先ほどまで、エアコンの効いた車内と違い、蒸し暑さがまとわりつく。
改札を抜けて、スマホで目的の場所を出し、ある程度見当をつけ歩きだした。
スーパーと駅前の広場を横切り、中華料理屋や交番を過ぎて十字路で信号を待ちをする。
なんで、休みの日に俺は見知らぬ土地にいるんだ……とこうなった事を呪いながら、真っ直ぐ歩く。
蕎麦屋前を横切ると隣のコンビニとの僅かな隙間にまたも、蕾がほころびそうなヘクソカズラが蔓延っている。
コイツ、何処にでもいるのか……
そんな雑草を見て、溜め息をこぼしながら進む。そして大きいT字路を左に曲がり、少し歩けば、前回行った古着屋の系列店が見えた。
俺は気だるい暑さで吸いづらくなった息を整え店内に入る。
この前行った店とは違い、ちゃんとした二階建てであるようだ。
一階にはカジュアルブランドのメンズコーナーとレディースコーナーに別れていて、二階はビジネス衣類とハイブランド。いかにも古着屋らしいアンティークブランド、スポーツ系の三つのコーナーに別れているようだ。
この前の店より二倍近く大きい。
「待っていたよ! 荻野目少年!!」
聞き覚えのある声が聞こえてきた。
黒のダブルのブレザーを肩にかけ、薄手のオフホワイトのVネックのニット。黒のクロップドパンツにサーモンピンクほどの足に絡む様なエスパドリーユ。胸元には星らしいネックレスをつけ、腕にはピンクゴールドのバングル
その女は小野寺千里香! 魔女と言われる女!!
魔女は二階にあがる階段の手すりに軽く腰をかけ、腕を組んで待っている。
「あれかい? 気分は宮本武蔵かい?」
魔女は自信満々に答えた。
「いや、約束した時間の10分前ほどには着いてますし、むしろアンタが早く居ただけだろう 」
そんな俺のツッコミに関係なく、魔女は不適に微笑む。
「ふっふっふ、これは一本とられたね……さぁ! 着いてきたまえ! 我々の熱きデュエルフィールドは上の階だ!」
魔女は翻し、肩にのせているブレザーをはためかせ階段をあがっていく。
階段を上がり、右に曲がると簡易式のレジがあり、その先に左側にはアンティークブランドコーナー、真っ正面にスポーツコーナーがある。
そのコーナー二つを挟み、右側に軽く座れる椅子が並び、試着室が三つほど並べてある場所があるそうだが……
本日はそこがイベント会場となっている。
簡易的に組まれた木製のステージ。
魔女は段差をひょいっと上がり、
「さぁ! 上がって来たまえ! 荻野目少年! 」
と言われ、俺もステージに上がる。
キシッ、キシッ!
その音を足で確め、懐かしさを感じた。中学の時、そういえば演劇部の初公演の時、周りの奴らを説得してステージを組んだんだっけ……公演が終わった後、『お前のお陰で本格的な演劇になったよ』っと言われたなぁ……あの頃は良かった。
そんな思いに耽ると、切なさが心に微かに残響した。
「さて、まずは今日の審査員からだ 」
魔女は手を差し出した方向に、男三人が並んでいる。
「まず、一人目はコイツだ!!」
「審査員の鈴木です 」
あれ、このサングラスの人どこかでみたなぁ……
「鈴木はうちの店の副店長だ 」
おい、待て、めっちゃ身内じゃん! と動揺を隠しつつ、どう突っ込もうと思案してしまった。
「安心しろ、荻野目少年。鈴木は私の事を60%の割合で嫌ってる 」
えぇ! 嫌われてるのか……
「それでも今日は審査員として、それも労働として給料に加算してるし、今回負けたら私は店長を降りると言っていて、ワンチャン鈴木が店長になる可能性がある 」
一体、その条件……この魔女に何の得があって出したんだ……
「次に二人目!」
「私は小野寺千里香の兄でバイヤーをやっている、小野寺百之助だ 」
えぇ! お兄さん!! いや、ただの身内じゃん……
「ふっ、安心したまえ。兄貴は私を今の店を辞めさせたがってて、負けたら兄貴の元で仕事をすると約束している 」
いやいや、この人なに? むしろ店を辞めたがってんのか……?
「そして……三人目の」
「どうも、元ここの店の店長で……この……小野寺さんの報告で結果的に降格して、今はこの店の副店長をやっている、田崎です 」
えぇ……一体この人何をしたんだ……
「という、愉快なメンバーが今回の審査員だ~」
魔女がニコニコしながら両手を上げてる時に、後ろのお三方を見ていると、ある意味殺気に近いとものを感じた。
「んじゃ、今回のマネキン役を連れてくるから待っててね~」
魔女は楽しそうに……まるで『ルンルン♪』という擬音を乗せてるように階段を降りていった。
お三方は魔女が降りていって直ぐに俺に近寄ってくる。
「俺の出世は君にかかっている、君がよっぽどの事をしない限り俺は君に票を挙げるから」
「荻野目くんとやら、妹を元の業界に戻したいんだ。是非是非頼む。俺も君が、今回のマネキン兼モデルにちゃんとした行動をしたら票を挙げさせて頂く」
「俺はあの女に一泡吹かせたいんだ、そのモデル役の方を1人のお客様、人だと思ってコーディネイトができれば票を挙げるよ」
等々、各々が言ってくれた。
しかし、一点だけ気になり、ついつい元店長らしい人物に聞いてみた?
「あの……すいません。気になってることがあるのでお聞きしたいんですが……何をやって……降格になったんですか?」
そう質問すると急に恥ずかしさを込めて、にやけ始めた。
「いや……大した事ではないんだが……店の衣服の並びとか色の表記がちょっと……いや……色々と間違えてて……その事をあの女、本部に報告して、その後、色々調査が入って、忙しさとイライラが合間って、その時ちょうどクレーマーらしい人にかかり、それが問題になり……結果、去年に降格したんだよ……」
「えっ!」「えっ!」「えっ!」
他二人も、それを聞いて退いていた……もちろん俺も……
それは、自業自得……因果応報なのでは……と思った。
そんな芸人がスベらした様な空気の中、魔女は本らしきモノを脇に挟み、佐藤くんを連れて一緒に戻ってくる。
「さて、改めて今回のファッション対決の趣旨と確認のための説明をするね 」
「あぁ、どうぞ 」
「まず、今回のテーマは日本のファッションブランドだ。基本アイテムは日本のブランドなら、OK! だが、ファストファッションとセレクトショップ系の場合、使えるのは各1点づつのみ。 そして、全身のコーディネイトをする。小物、靴、その他のモノ諸々も日本のものならOKだ。演出も自由で……いいね!」
「あぁ、問題はない 」
「そして、アイテム選びは当人が持参したもの、もしくは店内のモノからチョイスをする。お互いアイテム選び含めての時間は30分。今回マネキン兼モデルである……」
そして佐藤くんの方に手を向け、
「こちらの少年に質問や要望を何回でもしてもいい。だが、質問要望はイベントが始まってからだ。では、よろしいかなぁ?」
俺は魔女からの説明に黙って頷いた。
「あと、これを……」
そして魔女が手作りらしい『脚本』らしきモノを渡してきた。
「もし、君が負けたとき、このあらすじに乗っ取って演じてもらう。だから熟読して覚えたまえ! まぁっ、君が勝ったときは君の自由にやっていい!」
そう意気揚々と渡された台本に軽く目を通す……
なっ、なんじゃこりゃ……と、そう言いたい俺の事を無視し、魔女は手を叩いた。
「では、時間になったら各自各々、配置に着いてもらうね!」
そう言って開始の準備の11時20分までの約1時間は自由行動となった。
イベントが始まるのは11時30分……
俺たちが不正をしないように佐藤くんには何人かのスタッフに監視されている……
いや、これじゃ、佐藤くんが悪い事してるみたいになってるが……というか、別に佐藤くんに質問や要望を聞かずでもピッタリのコーデは既に完成している。
俺は佐藤くんに似合うと思う服を自分のモノから、持参したからなぁ。
まぁっ、ここの古着屋で良いのがあったら使うがなぁ……
そして今の自由時間、スタッフの休憩室で待機してもいいと言われたが……気を遣うのが目に見えているので……俺は5、6分ほど歩く。
駅近くのカフェで30分ほど先ほど渡された台本を読みながら、時間を潰した。
その後、また店に戻り控え室に戻ろうと思ったが知らない場所で、変に気を使いそうなので……残り時間を店内の服を見回した。
ちょうど、魔女も店内のメンズ服を吟味している。
まさか約一時間ずっと……この女は、そんな事をしていたのか……ふっ、まさかなぁ……と思いながら俺は、茫と服を観た。
時刻は11時18分。
俺は階段を上がり、特設ステージに隠れて入るため、二階の簡易レジの後ろをくぐり抜け、ステージの後ろの隙間を通り、ステージの上に置かれた試着室に身を隠した。
反対側には魔女が入って始まって紹介されたら出てくるという流れるだ。
試着室で身を隠していると、何人かのお客さんの声が聞こえてくる。
またも俺は演劇部の時の記憶が甦る。
ドクッ、ドクッ、ドクッ……
あの時の高揚、胸の高鳴り、早くなっていく息。目を閉じながら、その空気に自分が合わせていくのを感じる。だが、流されてはいけない……俺は俺の事をやるだけだ。
時間になり、誰かがステージの上で司会を始めた。
「みなさん、この蒸し暑い中来店して頂き誠にありがとうございます。」
パチパチパチパチ!
盛大な拍手が聴こえ、より気が引き締まる。
「えーっと、今回司会を勤める。ニュートレジャーアイランドのスタッフの田中と申します。そして、アシスタントの、」
「どうも、一条です 」
えぇ……まさかの一条くん……いや、なんで君まで巻き込まれてるの……というか、一条くんがいるとは聞いてなかったんだが……
「田中さん、実は僕の友人が半年前にお洒落になりたいと言い出したんですが……」
「なるほど、でっ、どうなったんですか?」
「まぁ、お洒落にはなったのは、なったみたいなんですが……まだまだ、悩むことが多いみたいで~」
「いや、お洒落ってキリがないですからね 」
二人の淡々とした漫才のような司会は続く。
「では、今回のマネキン兼モデルに出てきて貰いましょう。」
パチパチパチパチ
キシッ!
きしめく音が鳴り、佐藤くんがステージに上がったようだ。
「どうも、佐藤です。服って難しいですよね~。何が正解か不正解か…… 色んな名称あるし。でも、お洒落を初めたお陰で、僕は……色んな人と話すことができ、かけがえのない方々にお会いしました。だから……僕は本当に感謝しています 」
「いや、少年くん。それ、なんか終わりの流れで言う言葉っぽいから。
司会の田中さんのツッコミで観客の笑い声が起きる。
「えぇっと、この子は普段。我々と知り合いで、あだ名に『少年』とつけられて呼ばれています……いや、まぁ……さてと、前置きはこの辺で……では、今回のスタイリストを紹介します……」
少し溜めが入り……何かが始まる予感が場に伝染する。
「ニュートレジャーアイランド代表……小野寺千里香」
シャーッとカーテンが開く音が聞こえる。
「続いて、『一般の部』代表…… 荻野目 武國」
シャーッと俺の方のカーテンも開く。
目の前には広がる20人以上のお客さん。思った以上、居るのに驚いた。
俺の胸の高鳴りは最高潮を迎え、目を見開く。
「そして、審査員の店員2人と、バイヤー兼ファッションコーディネーターの方です 」
審査員の扱い、雑!
「それじゃ、お互い心意気を……では、小野寺さん」
「どうも、本日午前の部にお集まり誠にありがとうございます。午前の部はメンズファッション、日本のブランドを盛り上げようというテーマで決めさせて頂きました。たしかに、ファストファッションやセレクトショップ系列のブランド、もしくは海外ブランドもたくさん良いのはあります。ですが改めて、ドメブラや日本のデザイナーズブランド等に注目し、日本のブランドを盛り上げていきたいと思います 」
魔女は場馴れしてるように落ち着いたトーンで分かりやすく説明をしている。彼女の演説は全体を巻き込み吸い込まれる感覚に、俺含め観客も引き込まれる。
その凛と美しい姿に不覚にも相手ながら惚れてしまいそうだ。
「と言うわけで……」
彼女は堂々とした余韻を残してから少し顔さげて、
「まぁ、難しい事は気にせずに楽しんでください! きゃぴ!」
とピースを横にしてポーズを取った。
少し、客側は唖然となったが小さい数人の子供たちが笑いだし、大人を巻き込み笑いが起きる。
魔女は満足そうに頷いた。
「では、荻野目くん。どうぞ 」
俺は先ほどまで何を言おうと悩んでいたが、こうなれば出たとこ勝負だ。
「荻野目です。今回はお誘い頂いて、参加いたしました。胸を借りるつもりで……やります 」
そう言い終わると、拍手が起きる。でも、悔しいがこの流れを作ったのは、魔女だ……だが、勝てば良い。
俺は緊張を押さえるために拳に力をこめた。
そこから、田中さんはお客さんにルールを説明をする。
そして、田中さんはさっきまでクールに説明していたが急にレフェリーらしいポーズをとり、一条くんがスマホを持つ。
「と言うわけで、ファッションファイト……Ready…………GOOOO!!」
カーン!っと戦いの火蓋が切られた。
魔女はまず、ステージの真ん中に座っている佐藤くんに近寄り彼の微笑みかけた。
「では、少年! 今日は熱いね~」
「はっ、はい 」
そんな佐藤くんも少なからず緊張しているようだ。
それはそうだ、こんな壇上に居すわされ緊張しない人間はいないだろう。
「それじゃ! 質問、いくよー!」
「はい! 」
魔女は意気込みに、佐藤くん答えるように返す。
「好きな色は、なーに?」
「えっ、えっと……白、黒、青色……デニムみたいな青ですね
」
「なるほど……次に挑戦したい色とかってあるかい?」
「えっと……ピンクとか、あと明るめのカーキーとかですね……あとは、少しデザインが変わったモノとかも挑戦したいです 」
「うんうん、そう言えば出身はどこだっけ?」
「えっと……」
彼は少し考えてるように左上に目線をやり、それから恥ずかしそう何かを思い出したようだ。
「兵庫県なんですが神戸の横にある、すごい田舎なんですよ! だからたまに出身聞かれたら神戸ですって言っちゃうんです 」
彼は少しづつ楽しそうな顔をほころばせる。
「いいね! 神戸。お洒落だし海が見えるし、パンやケーキ屋さんが美味しいんだよね。あとコーヒーも!」
「そうなんですよ! 僕、兄がいるんですけど、神戸辺りで就職してて、昔、実家に戻ってくる時にいつも神戸のケーキ買ってきてくれてて……あっ、それと一緒にお洒落な服のお下がりをくれるんですけど当時の僕は服に興味が無いし、太ってて……くれたパンツが入らなかったりしたんですよ~。懐かしいなぁ……綺麗なカーキーのパンツだったなぁ……あっ、すいません! 質問と関係ない事までベラベラと」
「いやいや、君の意外な事を聴けて私は嬉しいよ! あと、最近気にしている所は?」
「最近は楽に着られるものがいいかなぁ~っと」
そんな嬉しそうな彼の返答に魔女は満足そうにしている。
俺はとりあえず、その情報を元に自分の持ってきた衣服からチョイスし、足したいものがあれば店から借りようと思った。
数人のお客さんは魔女に付いていき、魔女のトークで盛り上がってるようだ。
俺はある程度のメインのアイテムを選び、とりあえず形だけでもアイテム探しに行く。
俺にも2、3人ほど付いてきたが俺は黙々と観てるので、飽きて、2、3人は戻っていった。
魔女はよくも……何人ものお客さんにトークを披露し、楽しませる事できるなぁっと感心してしまう。
そして、制限時間10分を残し俺は先に佐藤くんに衣装を渡して、着替えて貰うことにした。魔女もちょうど、選び終わり戻ってきたようだ。
「では、これにてchoice of clothes……終了~!! 先に、少年くんに渡した荻野目選手の衣装の発表になります!!」
田中さんもこの賑やかな空間に、気分が乗ってきたようだ。
「着替え終わりました~」
「では、どうぞ!」
BGMが全体に鳴り響く。
BGMは有名な洋楽、お笑い怪獣御殿のエンディングで流れる曲だ。
お馴染みのギター音でカーテンは開き、佐藤くんはステージの真ん中まで歩いてくる。
彼は先に指示されたようにモデルポーズぽいのをとらされる。BGMが止まり、そして俺の説明だ。
「こちら、まず、上から説明をさせて頂きます! トップスはレアセルというブランドのTUCK LOOSE DENIM JACKET ボトムスも同じく TWIST WAVE TAPERERD DENIM まず、『rehacer』とはデンマーク語で『塗り替える、作り直す』という意味で、 その言葉が表現するように、オーセンティックな既存のものをレアセルなりの感性で、”色”をつけ、全く新しい物へと昇華させることをブランドのテーマに掲げているそうです。パンツはその名の通りねじれて波打ったようなデザインが特徴的で左右非対称のラインが面白くアシンメトリーになっています。ワイド型でテーパードになっており、ゆったりと楽に着こなす事ができます。上はバンドカラー型のシャツジャケットでデニムのイメージをそのままに優しく着心地の良い感じになっております。そして、抜け感を出すために中にはName.の半袖のポケットTシャツ。スニーカーはムーンスターのオフホワイトと青色のALLweatherスニーカーにしました。そして、より無骨さを表現するためPORTER ショルダーバッグをチョイス。 これによりデニムのセットアップ。そして、男らしさ、ラフさを表現したコーデになっています 」
田中さんは俺の説明に納得した様子。
「では、着てみた感想をどうぞ。少年くん 」
「いや、デザインが珍しいし。デニムで男らしさが演出できていいですね~ 。かっこいいです。シルエットも今流行りのビックシルエットだし……あと、デニム独特の固い生地を感じず、以外に柔らかく着やすくて……いいですね! 」
「ちなみに、荻野目くん。このコーデのテーマがあれば!」
「まぁ、恣意と言えば……『ハード ウィズ シンプル 』ですかね。」
佐藤くんは満足そうに服を試している。俺はようやく久々に彼の笑顔を見る事ができて、自然と口角が上がってしまう。
まぁ、似合って当然だ。このイベントが決まった日から俺は真剣に佐藤くん……君に着て欲しい服をチョイスしたんだからなぁ。やはり、俺の見立て通りすごく似合っている!
俺は心中、欣喜雀躍で審査員を見た。三人は満足そうに佐藤くんを観ている。
これはいけるかもしれない……俺の口角はより上がっていった。
そして会場も納得しているようだ。
「では、次は小野寺さんの番です!」
そう言われ、魔女はいくつかのアイテムを佐藤くんに渡し、その一つを見て佐藤くんは驚き魔女を二度見をした。
その目はまるで……子供が期待を応えて貰ったような、そんな爛々とした目だった。
数分が過ぎ、
「着替え終わりました~!」
と聞こえたのでBGMが流れる。
これまた、懐かしくもかっこいい、王道の洋楽ロック。昔キムタクのドラマのテーマ曲に使われた曲だ(再放送で観たことがあったのでそのイメージだ)。
シャーッと、カーテンが開く。
彼は出てきた瞬間に、笑顔と自信が溢れたそんな感じで歩く。
スキップっと、まではいかないが足取りが軽い。そして、また伝えられたポーズをとる。
だが、あのトップスの特殊な形のシャツ……なんか観たことあるし、それと中のTシャツは……
そしてBGMが止まり、魔女の解説が始まった。
「では、まず先ほど彼が言っていた昔の話で、綺麗なカーキー色のパンツと言われてたので、私はPHLANNÈLのフランス軍モデルのモーターサイクルパンツをチョイスした。フラネルは『着る人と共に育まれていく服でありたい』と言うコンセプトなんだ。優雅でありながらデイリー。普通と特別の中間。さまざまなアーカイブを感じさせながら、絶妙なバランスの「点」を捉える物作りが魅力的だ。このパンツは軽い素材が使われて、ロングシーズン可能。シルエットもストレートよりのワイド型で無理なく履着こなせる。ベルトもオプションで付いており自由に変更できるのも特徴だね。 少し和テイストっぽいのもすごく良い。そして……上のトップスは無印良品の白のチャイナシャツだ!」
「むっ、無印良品だと!」
そうか、一時期ツブヤイターやインスタで話題になっていた、あれか! 道理で観たことあると思った。
「そう、今回のルール上……ファストファッションとセレクトショップ系統のブランドは各自一点は入れても良いというルールだからね。あえて、私は使ったのだよ!」
俺は、まさか本当にファストファッションを使ってくる事に度肝を抜かした……が、俺はより確信した。
勝った! 勝ったぞ!! 小野寺千里香! 所詮は古着屋の店長! お前がこの後、負けて俺に詫び、そして服従するのが浮かぶ!
この様なイベントは特別なモノ(衣類)だから意味があるんだ。ファストファッションの様に大量生産されたもの誰でも知っているから、興味など今さら湧かないだろう。
俺は勝ちに近づく事で、引き上る口角を隠すのに、手で抑えた。
「この無印良品のチャイナシャツはもちろん、観客のお客様の中でも知ってる方々もいるだろう~」
魔女の親しみやすい投げ掛けに観客は頷いている。
「こちらは正式には『結び釦スタンドカラーシャツ』と言われている。シルエットは身幅にゆとりを持たせて直線的に仕立てで身体の線を拾わないだけでなく、リネン素材によってシャツと身体の間を風が抜けるような涼やかな着心地が特長なんだ。本当に流石は無印良品。素材の良さがこのシャツ一枚で伝わる。また、この透け感が良いんだよね。もちろん中はアンダーシャツでも構わないし、Tシャツでも良い……でっ、今回は私もレアセルの黒のボタニカル刺繍Tシャツを使わせて貰った 」
なんだと!!
「このシャツは綿100%の天竺素材を使用していて、肌触りがシャリ感のある空紡糸を使用し、湿気の多い日本において着心地がいいんだ。デザインも両胸に大胆にボタニカル柄の刺繍を入れたインパクトのあるカットソーは刺繍が丁寧に加工を施されている。このチャイナシャツから少し透けて見えるのが、さりげないお洒落を演じてくれるんだ。そして、靴はREGAL の ブラウンのコインローファー 。そして、腕時計はORIENT STARの自動巻きの茶色革。ちなみに、某ファッション漫画等でも言われているがローファーは『怠け者』と言われている。それくらいサイズがピッタリなのを選ぶと、とても楽な靴なんだ。そして……」
彼女は取って置きの事を披露する様に言葉を溜める。
「この茶色のレザーのショルダーバックは『バギーポート』と言うブランドのバックだ!」
バギーポート? 聞いたことがない……
「バギーポートは神戸発のブランドで、『道具を入れるとはどういうことか……』という、バッグの原点に立ち返りつつ、職人とデザイナーがぶつかり合いながら、日々ものづくりをしている。まだ新しく、知名度がそれほど高くないから、誰かとカブることを嫌う人にはおすすめなんだ。デザインもさることながら、素材も良く、そして知名度が高くないからこそコスパが良いのを出している 」
「なるほど……小野寺さん! 何か、このコーデのテーマは……」
彼女は腕を組ながら少し考え、そして目を見開く。
「うーん、今回……洋服選びでブランドが日本のであり、チャイナシャツや軍パン……いわば、和洋折衷ならぬ、和洋折中! 和テイスト、洋風テイスト、中華テイストが混ざったハイブリットだ!!」
その魔女の圧に押され、田中さんは退いている。
「なっ、なるほど……少年くん着てみてどうかなぁ?」
佐藤くんの感情はすでに顔に出ていた。そう気持ちが華やいでいるようだ。
「いや、この服スゴいんですよ!! 素材感が優しくも軽いし、動くと空気を纏ってるような気がして気持ちが良いんです! そしてこのパンツも軽いし……昔、履きたかったパンツの記憶を思い出さしてくれる、そんなような……」
「申し訳ないね。ブランドがわからないから……でも、せめて今の君が喜んでくれそうなのをチョイスしたよ」
「いえ、嬉しいです。それと、このバギーポートってブランド、神戸発祥なんですね。すごく、欲しくなってきました! あと、腕時計と革靴、鞄が色が統一されて、それと茶色のアイテムが大人っぽくてカッコいいです! それとそれと、なかのTシャツが花柄刺繍で可愛くて……」
「うんうん、私は君のその顔を観れただけでも満足だよ!」
彼女の佐藤くんに向けたコーデは彼を興奮させる。
たしかに、悪くはない……だが今回の判断基準は審査員だ! まだだ、まだわからない。
「では、小野寺さん説明は以上でいいですかね?」
「待って欲しい、あと一つ……ここで魔法を使いたい 」
まっ、魔法だと……何を言っている……この女?
「魔法ですか……?」
「うん、魔法だ! 」
彼女は自信満々で答えたあと、御客さんたちに柔らかい笑顔を向けた。
「すいません、この中に匂いに敏感な方? もしくは香水等苦手な方はいらっしゃいますか?」
観客たちは回りを見回すが誰も答える人はいない。
そして、一人の子供が
「ねぇー! 魔法見せてくれるの?」
「あぁ、凄い魔法ではないが小さな魔法さ!」
「みたーい!!」
子供が頑張って台に手を付きはしゃぐ!
「それじゃ、皆さんよろしければ……拍手をお願いします!」
パチ……パチパチ、パチパチパチパチと大きくなった。
「それじゃ、一条くん、田中! 例のヤツを頼む!」
そう言われ一条くんはサーキュレーターと謎の装置を持ってきた。田中さんと何人かのスタッフは、小さなビニール傘を配っていった。
「では……」
魔女は瓶をもち、ステージの上でプシュっと振りかけてた。それは優しく、ふんわりとゆっくりとその霧状のモノは揺らめいでいる。
「さぁ! 少年その霧をくぐり抜けるんだ!!」
咄嗟に彼は霧をくぐり抜けた。
フワッ
彼はその霧を通ったあと、顔色を変えた。
「すごく、良い香りですね! 爽やな香りといいますか。柑橘系?」
「そう、これは舞妓夢コロンの柚子さ! 舞妓夢コロンはどちらというと金木犀の香が有名なんだが今回は柚子を選ばせてもらったよ。柚子は 初夏に花を咲かせ、冬に熟す。そして、ある意味色んな使われ方をする何度美味しい植物だよね。柚子の香りには気分をリフレッシュし、ポジティブな気持ちになれる効果があると言われてるんだよ 」
会場は、「へぇー」と一斉に共感している。
「香水だと……」
俺は予想だにしない流れに、ついつい呟いてしまった……そんな驚き呆然していた俺に魔女は、ニシシッとウインクを俺に贈る。
「今回、日本のブランド衣類関係ならっという事で、ルール上の『その他諸々』に含まれるんだよ。これは私の考えだが、匂いとは見えないお洒落だと思っている。嗅覚の情報は視聴覚の情報と違い、本能的な行動や感情、直感に関わり脳にダイレクトに届くのが特徴。そのため香りを嗅ぐと、何の香りかを判断する前に感情が動くそうだよ。香りの情報は人間の生理的な活動をコントロールする自律神経系・ホルモン系・免疫系に影響を与えるため、心身のバランスを整えることもある。そして、香りは一瞬にして脳を活性化し、感情をリセットするのに有効な手段でもあるんだ。ちなみに、香水の付け方として 香りを、強く出したいときは上半身の方に、ふんわりと香らせたいときは下半身の方にと言われている。そして、今回はどちらかと言うと香りを纏って欲しいと思い……一度、空に吹き掛けて、くぐり抜ける方法を取ったんだ 」
そう言うと会場はまたも、共感している。
「ねぇー! 魔法は?」
「あぁ、すまない! 今からだよ、レディ?」
子供に囃し立てられ、より嬉しそうにしている。
「では、皆さん! その傘をさしてください!」
会場はビニ傘だらけになる。では、そして会場横には軽いし仕切り……そして、サーキュレーターが回り、謎の機械も回転し始めた。
フワフワ、フワフワ……いくつものシャボン玉が空に舞う。
「うわー、綺麗!」 と会場から声が上がり子供たちも、はしゃいでいる。
サーキュレーターが止まり、パチッ パチッパチッと割れていく。
全部割れて数秒が経ち、微かに柚子の香りがする。会場一面は軽い柚子の香りに包まれた。
会場も観客たちも大はしゃぎだ……若い親子、カップル、学生、まして、老夫婦……年齢男女関係なく盛り上がっている。
悔しいが俺も目の前の魔法に心が踊ってしまった……
「私の知り合いにお願いして作ってもらった。しゃーぼんさん1号と、ベタつかない微かな柚子の香りシャボン液はどうだったかなぁ~」
彼女はマイクを御客さんに向け、会場は沸き上がった。
彼女は本当に魔女なのかもしれない……っと思ってしまった……
田中さんはその会場の空気に和んでたが、仕事を思い出した様だ。
「でっ、では、そろそろ審査の結果を出しましょうか! 小野寺さんが良いと思った方は魔女の札。荻野目くんがいいと思った方は挑戦者の札を挙げてください!」
審査員たちは真剣な顔で悩んでいるが……各自頷き、答えが整ったようだ。
「では、審査員の方々。良いと思ったほうの札を上げてください!」
ドゥルルルルルルル……
一条くんが持っているスマホからドラム音がなる。
ダン!
審査員たちは一斉に札を上げた。
鈴木 魔女
小野寺兄 魔女
田崎 魔女
「勝者は……小野寺千里香ぁぁぁぁ!!」
パチパチパチパチパチパチ!!
拍手喝采が鳴り響く。
俺は自然と唇を噛み締めた。
「では、審査員の方々から説明を」
「私から……」
小野寺兄が手を挙げた。
「今回、どちらのコーデも素晴らしかったと思う。ちゃんと少年くんの体格を理解している。ただ、着せたいモノと着たいもの差があったね。もちろんどちらもの感覚が必要で……でも、やはり一番は着る人がどう反応するかが一番だと私は思う 」
「では、次に俺から」
鈴木さんが手を挙げた。彼はサングラスを一度くいっと得意気に上げる。
「個人的には両方、甲乙付けがたく、それぞれが違うコーデってのが面白かった。ただ、やはり少年くんからあの顔を出させたのは、でかいかなぁ。あと、やはりどうしてもデニムの濃い色合いと見た目で、今からの夏の時期だと暑そうに見えるんだよね。だから、小野寺さんの方は今の時期、今からの時期でも爽やかに演出できてるのが大きいね。荻野目くんのコーデは個人的には好きなんだけど 」
「では、最後に自分から……」
田崎さんが軽く数度頷き、ゆっくり言った。
「私自身も両方いいと思った。だが、申し訳ないが店員目線……店長目線でお客様に寄り添う事って本当に必要なんですよね。『ただ、お客様に喜んで頂きたい』という気持ちを彼女に思い出させられた。あの演出も……まぁ、片付けとか大変だし、衣料品の方に飛んだらどうしようとかクレームになったら……と思ったけど、対策も打ってあるし……そして、改めて目の前のお客様を信じて演出するという所に感動してしまった。すまない、個人的な感想で……でコーデの面では色合いや素材感、装飾の細かい所を意識することが素敵だったと私は思った 」
各々感想を述べた。
悔しいが、ぐうの音がでない……
「では、小野寺さん感想をどうぞ!」
「えぇっと、今回関わったスタッフ方々、モデルの少年、審査員たち、来て観て頂いたお客様方、そして対戦相手の荻野目くん……みなさんが合っての午前のイベントとなり……誠にありがとうございました!! 今から、両方のコーデの服を飾ります。もし、よろしければ近くで観て、素材感等を楽しんで頂ければ幸いです! さぁ、荻野目くんもどうぞ!」
魔女はこちらを見て振る。その目には『さぁ、台本を演じてもらおうか!』っと感じた……
ああ、わかったよ! 演じてやる!
「えぇ……今回はイベントに参加させて頂いて本当にありがとうございます!!」
俺は勢いよく会釈をした。
「今回、小野寺さんに負けました。だけど次は負けません! 次、また同じイベントがあった場合、またリベンジをやってやろうと思います!」
俺は魔女に拳を向け伸ばした。
「次は、絶対に負けねぇからなぁ…………ライバル!!」
そう熱く言うとなぜか、BGMが流れる……プロレスのテーマポイやつだ(後々、一条くんに聞いたら、有名な黒いサングラスが似合う悪役プロレスラーのテーマ曲だそうだ )
「あぁ、もちろんだ! 何度でも受けてたつよ!!」
彼女も熱く返す。そして、何故か客席から手拍子が鳴り響く。
俺はそこから舞台を降り、階段の方に歩きながら、
「覚えてろよ~」
「あぁ、もちろんだ!」
「ガァッデム」
そして、敗者の俺は階段を降りていった……
とりあえず居場所が思い当たらず店の外に出て、店裏側の駐車場に座り込む。
さっきまでの緊張と、負けて去ったのと……演じた恥ずかしさから解き放たれ、体の力が抜ける。
そして外は改めて暑い……でも少しの間、今は誰にも顔を見られたくないと思い……
顔を隠しうずくまった。
「こんな暑い中、何処に行ったと思ったら……こんな所に。控え室でいいって、書いてあっただろ……まぁっ、ナイスファイトだったよ 」
俺はその弾む声で顔をあげる。
「いや、何となく、外の空気を吸いたくなったんで」
魔女は俺に冷たい炭酸飲料を差しだし、俺は考えずそれを受け取った。
「どうも」
「暑い中、一仕事終わった後に飲む、キンキンに冷えたコーラは上手いよ~」
「おっさんかよ」
プシュ!
俺は開けたコーラに口をつけた。
ゴクゴクゴク……
本当に身体に染み渡るようだ。
「ふふん、悔しかったのかなぁ」
「いえ、あんなクソダサい脚本にしたがったって演じたら恥ずかしくなったんだ」
「えぇ~まぁまぁの自信作だったのに~」
「いや、なんだよ。アレ?」
「あぁ、プロレスとかでも退場であんなのあるだろう。なんか面白いかなぁってね!」
「何? 俺。また、アンタにリベンジしなきゃいけないの? それと生まれて初めて、相手に『ライバル』って言ったわ。それと……『ガッデム』って……」
「うんうん、君が楽しそうに演じてくれたから、お客さんも最後に盛り上がったんだ。ありがと!」
「俺が……楽しそうだと……」
「うん! とても楽しそうだったよ。やっぱり君は演者として良い役者だよ!」
「はぁっ!」
俺は……その後どういう事か理解できず、口を閉じた。
魔女はひと息ついて、一度頷く。
「まぁ、君が言いたくなかったら、それでいい……ただ君の発声や滑舌や、台詞をすぐ覚え、流れをちゃんと演じて私は確信したんだよ。役者をやっていた……もしくは、役者志望だったのか……」
俺は魔女にその事を言われ……口を開いてしまった。
「昔の事だ……」
俺はなぜか言葉が漏れだした。
「今はただの……いや今も、ただの高校生ですよ。ただあの頃は必死だった……勉強をやって、芝居の事だけ考え、演じて……俺は、ただ……認めて欲しい人がいるだけなのに……」
「うん……」
魔女は受け入れるように優しく頷いた。
「でもね、荻野目少年。それは良いことでもあるが……悪いことにもなってしまう……かもしれないんだ……『相手を認めさせたい』ってのは自分の向上には繋がるが、下手したら……いや、飛躍した話だが相手を服従させたいっともなる事もある……」
俺はその言葉を聞き、いくつかの過去の断片が過り言い訳をしたくなった。
「いや、違う! 俺はただ……正しい事を言っただけなんだ。アドバイスのつもりで……相手が良くなるように……何度も何度も!」
俺は感情が少し高ぶり、我儘な子供の様になっていく。
「うん、そうなんだよね。でも、これは究極の話なんだが『相手に自分が思う正論を言うのは、相手への否定』なんだよ……だから、私たちは伝え方を考えなければならない。それは普段からの関係性しかり、時には感情が邪魔したり……自分だけでもいっぱいいっぱいなのに、相手の状態、立場でも大きく関わって違ってくるんだ……だから、できるだけ共感を得られるように努力をしなくちゃいけない! っと私は思う……」
魔女の言葉で、今まで関わってきた人との記憶が溢れだし、呼吸が早くなる。
頭に過る今と昔の事……
部活の仲間に酷いことを言ってしまった事。
佐藤くんの色んな事柄を否定した事。
信頼してた人たちが離れて行った事。
佐藤くんが悪口を言われていた事。
父と母が辛そうな俺に対して、気を遣わせてしまった事。
俺はただただ……全てを良くしたかっただけなんだ……なんでみんな俺から離れる……俺はあの舞台を諦め……佐藤くんはあの舞台に立っていた。
色んな幻影は姿を変え、俺を見る……それらは、怒りの目。憎しみの目。恨みの目。嘲笑の目。哀れみの目。
見るな! 俺を見るんじゃない!
混雑する意識……見えないヘクソカズラの蔓が首という首に絡みつく。
その悪夢を振り払いたく必死に手をバタつかせ、見えない蔓は……ブチッブチズチっと音を立て切れた。そして俺の周囲を悪臭が漂い、蕾は咲かず代わりに瘤が割れる。割れた中から無数のコバエが俺の周りを飛び回る。
うるさい……うるさい!……うるさい!!
そして目が眩み、俺の感情はぐちゃぐちゃになっていく……
「でも、でもっ!……彼には俺とはまた違う、芝居!……うっ……俺とは別の演技の才能がある……俺と彼を結ぶ……共通点……」
支離滅裂無茶苦茶な事を言ってると途中で気付き、声が小さくなってしまう。
そんな俺の姿を見て、彼女は諭すように落ち着いた声を掛けた。
「うん、彼も昔……そういう事柄をやっていたのだろう 」
「なんで、なんで何も言ってくれないだ! 教えてくれないんだ!!」
「彼にとって……演技や芝居がどういうモノなのかはわからない 」
彼女は下を見て考えてから、もう一度、俺を見た。
「荻野目少年、大人はね……言いたくなった時に言うんだ……君にはその言葉の意味がわかるよね 」
俺とは違いシンプルな問に自身の頭でっかちさが情けなくなる。魔女の目に映る憐れな自分に……その魔女の言葉で目線を下げてしまう。
浅くなる息をどうにか落ち着かせようと意識的に呼吸をする……だが止まらない……
近寄ってくる幾つもの幻影と蔓と蠅。そして幻影たちは俺を囲み掴む。そして、身体全身を黒いモノが覆い絡んでくる。
あっ、この幻影たちは……俺が他人に吐いてしまった言葉と感情……後悔だ。
このまま、この黒い言葉と感情と後悔の樹海に埋もれてしまう気がした。
心に痛み。肺に苦しみ。全身と胃に圧迫。自身に嫌悪。
これが、俺が他人にしてきた罪……今、償わされているんだ…………
トストス、トストス……ササッ……
膜を張り見辛くなる視界で捉えるより、先に汗をかいている頭に、優しくやわらいモノを感じた。
「大丈夫!! 君は今からすごく伸びるよ。人の感情を理解したり想いやる気持ちがあれば、良い役者にも良いスタイリストにもなれるよ 」
白昼夢…………朧気だった俺の目に映る魔女は屈託の無い笑顔を向ける。
しっかりとしてるが暖かみと深みのある声……彼女は俺の頭を小さな子供の様に撫でた。
ちゃんと見た彼女のその目は、まるでタイガーズアイの様に美しい。俺は引き込まれそうになるが、その綺麗な笑顔に恥ずかしくなり目を反らした。
息もしだいにゆっくりになっていく……あれ、前にもこんな事が……
「さて、と……だ!」
力無い俺は魔女を見つめる。
「荻野目くん……私と契約しないか?」
「契約?」
俺はどういう事かわからず、首を傾げた。
「……ああ、あれか、佐藤くんとやっている師弟関係の契約か?」
魔女は笑いながら答える。
「いや、君みたいな、ふてぶてしい弟子はいらんよ 」
さっきまでの聖女の様な振る舞いと違ったので、少しムカッとした。
「んじゃ、なんの契約だ?」
魔女は考えながら、腕を組んで指でトントンとしている。
「うーん……そうだなぁ……ハタッ!」
彼女はあからさまに思い付いた様にポンッ!と手を打つ。
「うん! あの少年に降りかかる……悪意……から守る魔法のような存在……そうだ! 彼の悪魔として私と契約しないか?」
「悪魔……?」
その悪魔という意味を理解するより、俺はその提案を面白く感じた。
かつて、妖精王オベロンを演じようとしいた俺が悪魔か……
俺はその馬鹿らしい思いつきに、フッと息を漏らした。
「ふっ、ふはははは! わかったぞ、魔女! 契約しようではないか!! 」
あぁ、乗ってやるよ。アンタのくだらない契約に!
俺は左腕を右腰に回し、右腕を顔にやり、手で覆う。
そして、右の人差し指と中指から左目が出るポーズをとった。
「俺は佐藤一成を守る悪魔として……この荻野目武國! 悪魔ベルゼブブのように彼を守ろう!」
彼女はまたも顔を変え、少女の様ないらずらな笑顔向ける。
「よろしくね! 荻野目くん!」
ああ……そうか……俺はこの言葉を聞き、かつて俺を導いてくれた先生の姿と魔女が重なったんだ。胸が熱くなる。嬉しくもあり、寂しくも感じた。
だが、もしかしたら……彼女もどこかへ消えてしまうのかもと……
俺はそんな邪念を振り払う。
俺はさっきの事とは別に、魔女との約束を思い出した。
「そういえば、俺……負けたから……アンタの勝ったときの賞典はなんだ……もしかして、さっきの契約か?」
「いや、違うよ。私の賞典は君が負けて、あの台本を演じてくれることさ 」
「はぁっ! そんな事だけのために……」
「まぁ、あれはあれで面白かったからいいじゃないか~」
あんなくだらない事でいいのか……
「でも、アンタが負けてたら……」
「うん、まぁね……でも……君の本当の望みは違っただろ?」
彼女のトーンが下がる。それは真剣に、真実味をました声だ。
俺はその言葉を聞いて、咄嗟に真意を感じドキッとする……
「それって……」
「君の本当の望みは少年と仲直りしたいんだろ」
俺は言葉を詰まらせた……
「君は……あの少年に対し、ただならぬ、感情を抱いている……そうじゃないのかと……ね 」
「どっ……どういう意味だ 」
「ふぅ……はっきり、言って欲しいのかい?」
俺は疚しい気持ちになり、彼女から顔を反らすしかできない。
でもなぜか、俺はまた無闇に言葉を紡いでしまう。
「俺は……前に、彼に一度触れたとき、彼の事を思い出しそうになったのと……それとは別に……幾つもの言葉を探して、この気持ちに答えを出そうとした……彼が他者と楽しそうな話したり……まして、女性と話してる姿を見ると苦しいんだ。誰かにヒドイ事を言われたり、傷ついたりすると……胸が痛いんだよ……」
俺は魔女に、次何かを言ってしまうと答えが出そうで恐くなり言葉を止めた。
彼女は俺の隣に回りこみ、顔を寄せる。
「荻野目くん。君が少年にどんな気持ちを抱いてるのかは私には、正確にはわからない。友情なのか愛情なのか恋心なのか……でも、若いうちは友達同士や家族でもヤキモチは焼くよ。君の感情や想いは、君だけのモノ。私や、まして他者が決めるものではない。だから……これから君がもう少し時間を掛けて……その感情や想いに名前をつけてあげれば、良いんだよ 」
俺は魔女の言葉で、視界が開けた気がした。
そっか……俺は答えを急ぎ過ぎていたのか……
「それに、今回は私が勝ってしまったから、君の本当の願いを叶える事はできない。でも、その願いは……自分自身でどうにか叶える事はできるんじゃないのかなぁ?」
俺は彼女の真っ直ぐな瞳に「はい!」と力強く答える。
それから彼女はくるんっと回り背中越しで、親指を立て俺を招く。
「さぁ、早くおいで!! 今から午後の部もあるんだ!!」
「ふっ、わかったよ! 行きますよ 」
俺たちは店に戻った。
店の入り口に入ろうとすると……
カシャ、カシャカシャ
どこからか微かにシャッター音の様なものが聞こえた気がしたので振り返る。だが、何もない。俺は一度首を傾げた。
「荻野目くーん! 早く!!」
「あぁ、すまない!」
俺は気になったが取り敢えず店に入った。
店の階段を登ってると、すれ違い様にさっきの観客達が階段を下りている。
一人の子供が、「あっ! さっきの『ガッデム』お兄ちゃん!」と言われ振り返る。
魔女のせいで変なアダ名を付けられたものだ。
その子供は俺に近づき一礼をする。
「ガッデムお兄ちゃん! お兄ちゃんの服……私凄い、好きだったよ!! カッコ良かった!! あのね! 今からね。お兄ちゃんが選んだ服みたいなのをママに買って貰うの! ありがとう!! お兄ちゃん!」
無邪気な少女のその言葉で目頭が熱くなった。
そっか。俺を見てくれてる人はいるんだと……
俺は目の前の少女に「あっ、ありがとう……」と小さく感謝をした。
そんな俺を魔女はニヤニヤして見ている。その顔がやけに腹立だしい。
「なっ、なんだよ……馬鹿にしやがって……」
「いや~君も素直に言えるじゃないか~」
彼女は目を細め猫の様な顔で言った。
「ふっ、今の『馬鹿にしやがって……』がとても低い声で言ってて、面白かったよ。これから私も人に誉められた時に使わせて貰うよ! ……『馬鹿にしやがって……』こんな感じかなぁ~」
「はぁ!」
階段で魔女と戯れる。目の前の大人の様な少女に、俺は心を許してしまったんだなぁっと……
その後、俺と魔女は戻り午後の部の準備をして、終わったら片付けをして結局……一日中、こき使われた。
あの魔女め……人使いが荒いもんだ。
もう、夜だし……まぁ、楽しかったか……久々に人と盛り上がり、何かスッキリしたし……でも、結局……佐藤くん目も合わせてくれなかったし、話しかけても余所余所しかったし……
「はぁ……」
もちろん、わかってる。今までの俺の行いの積み重ねだ……
俺は歩きながら天を見上げた。少し雲がかかってる……
だが、夜空には濃く黄色く輝くものが浮かぶ。
「……黄金の月、の様だ……」
俺はそれに、見とれ想いに更けた。そして、その月光に照らされて……前に見た建物の間のフェンスのヘクソカズラに目がいった。
ヘクソカズラから少し毒々しいが、可愛らしい小さな花が咲いている。その光景につい見とれてしまう。
『誤解を……解きたい……いや……』
一生許してくれないかもしれない……でも、俺にできる事をやろう。
俺はスマホを取り出した。
独り歩く帰り道……纏わりつく闇と湿気を振り払うように、俺は前を歩く。
今回も長いのに読んで頂き誠にありがとうございます!
今回も如何だったでしょうか?
若い時って、仲のいい友人をとられるんじゃないか……という感情と、自分は相手の事を知りその事を話して欲しいという事柄、もしかしたら恋愛感情かもしれないという動揺……
それらが混ざって描いてみました。
若い時は、答えを急いでしまうから失敗してしまうのかも、と思ったのが今回のお話です。
次回、佐藤くんと荻野目さんメインのお話は終わりです。
次回も読んで頂けたら幸いです。
今回も誠にありがとうございましたm(。_。)m!




