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83:キラリと輝く雫が流れた。




 将軍の死を知らされた二日後、朝からジワリジワリとした腹痛を感じました。

 お手洗いに行き、「あぁ、やっぱり、ストレスで遅れていただけだったのね」と、落胆とも安心ともいえない不思議な感情を抱きました。

 テオ様に伝える気にはなれず、黙っていたのですが、夜のお風呂の時には気付かれてしまいました。


「何で、黙ってた?」

「……」


 何でと言われ、なぜ伝える気にならなかったのか、考えていました。


「ミラベル、何でだと聞いているんだ」

「……伝えたら、笑顔で『ミラベルを苦しめるものが、この世からひとつ無くなった』と言われそうでしたので」

「言うはずが、ないだろう? 私は、楽しみに…………していたんだよ?」


 テオ様のお顔がクシャリと歪みました。


「そう、だったな…………私は、嫌われているものな」


 テオ様が、泣きそうなお顔でそう呟くと、ソファに寝転がり、こちらに背を向けられました。

 どうやらソファで寝られる気のようですが、夜はまだ肌寒いのでお風邪を召されるかもしれません。


「テオ様、毛布を――――」

「……私は、ミラベルに相応しくないのだな」


 急に、震えた声で、そんな事を言われてしまいました。


「え?」

「今回の事は、全て私が悪い。私の行動の全てが悪手で、ミラベルを傷付けた。嫌われるのは…………当たり前。閉じ込めて、見張って、大切に抱きしめても、何の意味もない。そうだろう?」


 ――――え?


「どんなに愛していても、どんなに想っていても、嫌悪感を抱かれているものな。…………気づいていたんだ、ミラベルが……私の事も『気持ち悪い』と思っていると」

「っ⁉」


 確かに、あの日から、男性が怖かった。

 あの男じゃないとわかっているのに、怖かった。

 自分が穢れたモノに思えて、テオ様にまでそう思われるのが怖くて、震えていました。


「…………すまなかった」

「テオ、さま?」

「ミラベルと私の未来は……もう、無くなってしまったのだな」


 テオ様の背中が、微かに震えていました。

 大きいはずの背中が、とても小さく見えます。

 そっとテオ様に近寄り、背中に手をあてると、ビクリとされてしまいました。


「もう、好きにしていいよ。ミラベルが幸せになるのなら、全てを受け入れる」

「…………私が出ていったら、テオ様はどうされるのですか?」

「……さぁ? どこかの令嬢でも充てがわれて、ソレと結婚するのだろうな」


 王族だから、誰かとは結婚せざるを得ない、と全てを諦めたような声で呟かれました。


「私以外の女性に、触れるのですか?」

「…………あぁ。ミラベル以外を愛し、ミラベル以外を抱く」

「テオ様の……通訳はどうされるのですか?」


 そんな事を聞きたいわけではないのに。


「……ミラベルじゃなくても、いい」

「っ、そうですか。テオ様は、私を――――」


 ――――切り捨てるのですね。


 そう言い掛けたところで、自分中心の考え方や、浅ましさに慄きました。


 そうしたくないから、色々と動いて下さっていたのに。

 繋ぎ止めようと、必死になられていたのに。

 ずっと待っていて下さったのに。

 最後まで私の事を想って下さっている。


 部屋から出ようと思えば簡単に出られたのに、そうはしなかった。

 私はあの日からずっと、テオ様や皆に甘えて、全てをテオ様のせいにして、ただ楽をしていただけでした。

 テオ様を傷付けて、何がしたかったんでしょうか。

 

「テオ様」


 よしよしとテオ様の頭を撫でました。


「触るな」

「嫌です」


 無視して撫で続けました。


「…………襲われたいのか?」


 低くかすれた声で言われました。

 こちらに背を向けていたテオ様が、仰向けになられて、片手で目を覆われました。


「っ……すまない、堪え性がなくて、根性がなくて。いつまでも、側で見守り続ける気概が、持てなくて」


 仰向けになったテオ様の頭を、更に撫で続けました。


「ミラベル、触らないで。期待を、持たせないで……」


 テオ様の手の下から、キラリと輝く雫が流れました。

 心臓が、ギュウギュウと握りしめられているかのように痛いです。


 唇がカサカサな気がして、少し舐めて、潤いを持たせました。

 そうっとそうっとテオ様に顔を近付けて、柔らかな唇に、ふにゅりと自分のそれを重ねました。


「っ!」


 手は震え、嫌な考えが、記憶が、頭の中を巡るけれど、グッと抑え込んで、ゆっくりと唇を離し、にこりと微笑んで、今度はテオ様の涙を舐め取りました。


「ん……塩っぱいですね」

「…………っ、ミラベルっ」


 テオ様がガバリと起き上がって、するりと手を伸ばしてきました。

 私の首に手をかけると、優しく引き寄せて、柔らかく抱きしめて下さいました。


 何も話さず、ただ抱きついて、私の肩に顔を埋めるテオ様の頭を、ゆったりと撫で続けました。




 本日は複数回更新の後、完結です。

 次の更新は、18時、21時頃です。

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