54:痴女
初めて踏み込む夫婦の寝室は……とても落ち着いた雰囲気でした。
全体的にダークブラウンで統一されており、差し色としてターコイズディープのソファセットが置いてあります。
ベッドの寝具は少し濃い目のアイボリーで清潔感と穏やかさがあり、とても素敵な寝室です。
きっと、この部屋を気に入ったでしょう、普段の私なら。
…………テオ様がベッドに座り暗黒の雰囲気を醸し出していなければ。
「「……」」
新しい部屋特有の木の匂いかします。
あぁ、安らぐいい匂いなんでしょうか、などと現実逃避をかましていましたら、無情にもパタンと背後でドアの閉まる音が聞こえました。
そして、ガチャリと施錠までも。
「……何の用だ」
テオ様がベッドに座った状態で俯いたままで、こちらを見ずにそう言われました。
意味が解りません。
このような恥ずかしい格好でこの部屋に押し込められたのは、テオ様の計画なのだと思っていましたが。
どう答えようかと迷っていましたら、テオ様が頭を上げてこちらをチラリと見て、目を見開いていました。
「っ⁉ 何だ、その格好は」
「二人に着せられました」
「……ふ、ふん」
あら? テオ様のお顔がどんどんと赤く……。
あ、耳まで真っ赤ですわね。
あ……今度は段々と目つきが鋭くなってきました。
完全に不機嫌ですわね……。
テオ様が赤面したり不機嫌になっていくさまに気を取られていましたら、自分がどんな格好をしていたのかを軽く失念していました。
テオ様の視線がえらく鋭いなぁ、とかのほほんと考えていたお馬鹿さんはどこのどなたでしょうね。
まぁ、私ですけどね。
「誘っているのか?」
「……⁉ いえ、テオ様が着せるように言ったのですよね?」
「言うわけないだろう」
言うわけ、ない、のですか……。
テオ様が着させたと思っていたから、目の前で恥ずかしがるのも癪だな、と思って堂々と立ち……立ち尽くしては、いましたが。
違うとなると、ただ単に裸同然の薄着でテオ様を誘惑しに来た痴女という事になります。
「……失礼いたしました。部屋に戻ります」
「ミラベル」
振り返ってドアノブを握りましたがドアが開きません。
そういえば鍵を掛けられていましたね。
「ミラベル」
「なんでしょうか?」
テオ様に背を向けたまま返事をしつつ、ドアノブをガチャガチャと無駄に動かしてみます。
ザラとリジーが気付いて開けてくれたらいいなぁ、なんて。無駄な希望を抱いて。
「ミラベル、こっちを向け」
「…………」
「ミラベル」
「……はい」
恥ずかしくて、何だか悔しくて、とってもいたたまれない気持ちになって、両腕を抱きしめるようにして胸を隠しながらそっと振り向きました。
テオ様は何故かグッと息をのみ、片手で目を隠して天を仰がれました。
「テオ様?」
「それは…………駄目だ」
「えっ、な、何がですか⁉ この格好⁉ で、ですよね! 変態な痴女のようですわよねっ!」
妙な焦りと、羞恥心とでいっぱいいっぱいになってしまい、叫ぶように話しつつ、どうにかこの部屋から逃げないと! と思い、廊下へのドアへ走ろうとしましたらテオ様に呼び止められました。
「ミラベル! 逃げるな!」
「っ……だ、だって、こんな格好で……テオ様をっ…………」
体で誘惑なんて、しようとしているみたいで。
テオ様はそんな私は『駄目』だったわけで。
いくら私が自らこのような格好をしていないと言ったところで、テオ様にとっては裸同然で押しかけて来た『駄目』で淫らな女なわけで。
色々な事に限界を迎えてしまって、気付いたら子供のようにしゃくり声を上げながら泣いてしまっていました。
次話も明日21時頃に更新します。