18:もしかして⁉
王城の小サロンで殿下と二人きりで向かい合って立ち……無言の時間が過ぎていきます。
「ハァ…………取り敢えず、座ってもよろしいでしょうか?」
「…………」
――――え、そこも無言ですか⁉
レディを立ちっぱなしで放置など、マナーの教師に叱責されるレベルですが。
「…………座っていい」
「ありがとう存じます」
「っ!」
お礼を言うと、殿下が何かを言おうとして、また口を噤まれました。
一体何なのでしょうか。
「殿下も座られたらどうですか?」
「……あぁ」
殿下が生返事でふらりと歩き、私の真横に座られました。
「えぇっ⁉」
てっきり向かい側に座るものだと思っていたのです。だから、ちょっと非難めいた声が出たのは……。
そう、驚いたからです!
驚きの声だったのです。
他意はないはずです。
ですが、殿下は眉間に皺を寄せられ、あからさまに不機嫌になられました。
しかも、「あの男を愛しているのか?」と謎めいた事まで仰られました。
「はい? あの男、とは?」
「廊下にいる……ミッ、ミラベルのパートナーだ」
「ロブですか?」
「ハッ、呼び捨てにする程の仲か」
「敬称を付ける方が変ですわ――――」
護衛なのですから、と続けようとしていたのに、その言葉は、セオドリック殿下の口の中へと消えてしまいました。
「っ、んっ……」
ちゅ、と軽いリップ音を立てながら、殿下の顔が私から離れて行きました。
その音と感触と顔の近さで、殿下に唇を奪われたのだと気付きました。
「ミラベル、なぜ私を裏切る」
「……うら、ぎる?」
唇を奪われた事よりも、殿下の言葉が衝撃すぎて、思考回路が停止気味です。
裏切るとは?
殿下は何を言いたいのでしょうか?
「このイヤリング……」
「え? っ⁉」
右の耳たぶをピッと引っ張られました。
殿下の手のひらにキラリと光る何かが見えたので視線をやると、私が耳に着けていたはずのブラウンダイヤのイヤリングがそこに転がっていました。
「私が贈った宝石はどうした? ……チッ」
「でっ、殿下?」
左耳のイヤリングも同じように外されてしまいました。
「え、あの……何故外すのですか」
「何故だと? 解らないのか?」
解らなすぎます。
前世の記憶を総動員しても解らなすぎるのです。
何故に横に座るのですか!
何故にキスして来たのですか!
何故にイヤリングを外すのですか!
何故にネックレスも外し投げ捨てるのですか!
何故!
そう言いたいのに、殿下がまた唇を重ね、私の言葉を奪ってしまいました。
再びふにゅりと重なった唇がゆっくりと離れ、セオドリック殿下が頬を少し赤く染めつつ、私の目をじっと見つめて来ました。
「ミラベル……」
――――も、もしかして⁉
「我が赤き果実よ、我との契約は切れてはいないのだぞ?」
「……はい?」
「全く、五年もの間いじけて連絡も付かぬようにするとは。赤き果実は我の婚約者という自覚が無いのか? 今後の事が心配だ。今日より王城に住まう事を特別に許してやろう」
「…………」
殿下は何を仰られているのでしょうか?
私、言語に不自由したことは無いはずですが、気の所為だったのでしょうか?
今現在、進行形で、殿下の話す言葉が理解できません。
長らく離れていたので、殿下の迷言を意訳できなくなったのでしょうか?
殿下からの謎の攻撃ラッシュにポカンとしていましたら、殿下が「む、もうこのような時間か。ホールに向かうぞ」などと宣われました。
「ほら、我が赤き果実の為に作ったものだ。着けろ」
グイッと渡されたのは、妙に見覚えのある豪奢な水色のジュエリーでした。
「なんだ? 付けてほしいのか?」
「いえ、自分で着けれはしますが…………」
やはり殿下からだったのですね。
殿下が初めてジュエリーを用意して下さった、という事実に少しの嬉しさがポワッと生まれましたが、ドレスとの兼ね合いを全く考えていないという事実にも気付いてしまい、ポワッがへションとしてしまいました。
そして、何故キスしてきたかとか、そこらへんの説明を一切しようとしない殿下への落胆で、気持ちが更にべシャンと潰れてしまいました。
次話も明日21時頃に更新します。