1:第二王子殿下
――――この世の全ての光を反射するかのように眩いプラチナブロンドの長い髪をたずさえた男が、重厚かつ洗練された漆黒の軍服と、王族のみに着用が許された豪奢なマントをその高貴な身に纏い、悠然と庭園を歩んでいた。
その男は、庭園で咲き誇っているどの花よりも美麗で華やかだった。
自信を満ち溢れさせ、悠然と歩く姿は、まるで巨匠の産み出した一枚の絵画のように荘厳でもあった。
その男は、セオドリック・アドリアヌス・ラドバウト・ファン・デル・フォレスター四世といい、この国――フォレストリア王国の第二王子であった。
セオドリックは、庭園の四阿で一人不安そうに立ち尽くしている、柔らかに波打つ赤髪をもつ女の前で立ち止まると、幼少の頃にディアボロスに受けた呪いにより闇色に変色し疼き続ける右の瞳を、聖鎧を着けた右手で押さえた。
セオドリックがアクアマリンのような左目で女に視線を送ると、一瞬で甘き赤い果実のように頬を染め、金色の瞳を潤ませて、これから訪れる幸せな未来を期待するかのように破顔した――――。
――――と、ここまでの全てが、殿下の独り言でした。
ある麗らかな昼下り、第二王子殿下に王城の庭園の四阿に呼び出されました。
指定の場所でお待ちしていましたら、いつものごとく全身黒ずくめの軍服を着た御年二十二歳の殿下が颯爽と現れ、自力でマントをバサリとはためかせながら、先程の独り言をのたまったのです。
右手のみに鈍く光るガントレットを着け、見目麗しいお顔をその手で半分だけ隠し、ニヤニヤとされています。
因みに視線は明後日の方向ですが、どこを見ていらっしゃるのかしら?
全く、今度はどんなアホな事を言……ゲフンゲフン。
今度はどのような御用かしら? と思っていましたら、先程まではニヤニヤと緩めていらした見目麗しいお顔をキリリと引き締められ、厳かな雰囲気を醸し出しながら、右手をズバッとこちらに突っ張るように構えられました。
「……どうやら我のウェリタスを知ってしまったようだな。フッ……ならばやむを得まい。我が赤き果実よ、溢れるほどのカーリタースをその身に纏い、レジーナとなる栄光を授け――――」
「――――お断り致します」
「ぬぁっ⁉ 何故だぁぁ! ハッ、そうか、今回は流石に伝わらなかったのだな?」
驚愕した第二王子殿下は、先程のセリフをもう一度、少し噛み砕いてのたまって下さいました。
「……どうやら我のウェリタス――――」
まぁ、レジーナを女王に変えて下さっただけでしたが。
「大変光栄ですが、お断り致します」
「ぬぁぁぁ⁉ またもや⁉ いったい何が……ハッ、そういうことか、そういうことなんだな! ……暗き闇の底よりいでしディアボルスよ、我がミラベル・メヒテルト・イルセ・デ・アップルビーを解放するのだぁぁ!」
再度お断りすると、殿下はオッドアイの黒い右目と青い左目を大きく見開き、プラチナブロンドの靡く頭を抱えて、蹲り……かけて、こちらをビシィッと指差したかと思うと、変な方向に覚醒しくさって下さりました。
「殿下、私は『ミラベル・アップルビー』です。変な名前にしないで下さいませ、と何度注意すればよろしいのですか。あと、悪魔には憑かれておりません」
「っ! ミラベル・メヒテルト・イルセ・デ・アップルビーの方が格好良いではないか! ならば何故に私のき……き、ききききゅきゅきゅ求婚んんっを受けぬのだ!」
「ハァ……」
麗らかで温かな陽射しの中、柔らかな風が吹き、花の蕾は綻び、春の訪れを寿ぐように伝えて来る美しい王城庭園にて、私は厨二病全開の第二王子殿下に求婚されました。
――――全く、なぜこんな事になったのでしょうか。