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オレを好きな最強属性ヒロインたち  作者: 雨宮桜桃
第一章
3/28

第二話 恋と勉強とQED

 最近では地球温暖化の影響で五月中旬でも外に出れば汗が溢れ出てくるぐらいまで気温が上がる。

 さらに今は梅雨のせいで湿度も高く、もはや我々は地球というせいろの中で蒸されているようだ。

 そんな中オレたち生徒会役員は会長の緊急召集によって生徒会室に集められていた。

「暑いな、クーラーはつけれないのか? 」

「教育委員会の許可が出てないからまだつけれないらしいわよ」

「まじか……。生徒の判断でつけさせてくれねえかな、事件は会議室じゃなくて現場で起こってるんだ、的な感じで」

「そうね、たしかにこの暑さだと、会議するにしても全然集中できそうにないわ、会長が来たら懇願してみましょう」

 みんなが生徒会室に集まって五分。まだ来ない会長をオレたちは自分の席に座って待つ。

 クーラーもついていない部屋に五分も居るとだんだん汗が体中から出てくる。

 オレ以外全員が女子なこともあって汗臭くないかと心配で周りを見回すと、左隣に座る辻野は額から出る汗をハンカチで拭い、どこか息苦しそうにしている。

 汗ばんで顔が火照っている辻野を見てオレが抱いた感想。なんか色っぽい……。

 さらに視線を左に向けると、オレの右斜め前で完全に溶けて、机と一体化している心菜の姿があった。

 なんであいつはスライムみたいになってるんだよ……。

 そして一番恐ろしいのはオレの目の前で汗一つかかずに笑顔でいる神無月だ。

 なに? この暑さで汗一つかかないとかオレたちと体のつくりが違うの? ほんとに人間?

 そんなことを考えていると廊下から人が来る気配がし、みんなの注意が入口の扉に集まる。

 ガラガラ。生徒会室の扉が開き、姿を見えたのはオレたちの予想通り、生徒会長の七星渚だ。

「みんな、待たせてごめんね。先生にクーラーをつける許可をもらいに行ってて遅くなっちゃった」

 会長はそう言うとオレと辻野の後ろを通り抜け、自分の席の後ろにあるクーラーのスイッチに手をかけた。

 すると、天井についているエアコンから涼しい風が出てくる。

 あぁ……ここが天国か。

 その涼しい風は一分程で室内を満たした。

 室内が快適になり、オレたちが復活した頃合いを見て、会長がオレたちを集めた理由を話し出した。

「今回、みんなに集まってもらったのはどうしても改善したいことがあったからなのよ」

 会長はそう言うと立ち上がり、ホワイトボードの前に移動した。

「今回の議題は生徒会の今後に関わる重大なものなの」

 会長は神妙な面持ちでホワイトボードにくっついているマーカーを手にした。

 いつになく真剣な会長の表情にオレたちも緊張が走る。

「今回の議題は……」

 そう言うと会長はホワイトボードにスラスラと何かを書き始めたが、会長の体がホワイトボードと重なって見ることができない。

 そんなこんなしているうちに書き終えた会長はこちらに振り返り、ホワイトボードをオレたちに見せる。

 ホワイトボードには大きな文字で『呼び名』とだけ書かれており、オレたちの頭の上にははてなマークが浮かぶ。

「みんな、ピンときていないようね。いいわ、簡単に説明してあげる」

 そう言うと会長は自分の席の方へ歩いて行き、机にバン、と勢いよく手を着いた。

「つまり、私はみんなに会長って呼ばれるよりも彩乃みたいに渚先輩って呼ばれたい! 」

 一瞬、生徒会室に沈黙が訪れ、オレは理解に及ぶ。

 今回の緊急召集は会長の個人的な問題で発令されたことだということに。

 会長は言ってやったという満足気な顔をしているが、役員たちは既に呆れて、スマホを課題を取り出している。

 結局、会長の呼び名問題は会議することもなく、終わったのだった。


1



 中間テストを来週に控えた五月末。

 オレは隣の席の辻野玲奈に放課後デートに誘われた。

 これは今から十分程前の話だ。

 ――授業が終わり、いつも通り帰りの支度をしていると、制服の袖が引っ張られる感覚がした。

 オレは反射的に袖の方へ目線をやると辻野がオレの制服の袖を掴み、上目遣いでこちらを見ていた。

「ど、どしたんだ? 」

「そ、その……放課後って空いてるかしら? 」

 辻野はどこか恥ずかしそうにオレに聞く。

 先に言っておく。辻野は普段、とてもクールな女の子だ。

 頭脳明晰でいつも冷静で、そんなところを会長に買われ、生徒会の副会長を務めている。

 そんな辻野が顔を赤らめ、放課後の予定を聞いてくるなど、デートの誘いに間違いないだろう。

「べ、別に、よ、予定とか、な、ないけど……」

 漫画やラノベの鈍感系主人公のように素っ気なく答えようと思ったのに、声が震えてしまった。

 変に思われてないか不安になったが、辻野の表情は依然変わりないので大丈夫だろう。

「そうなの、空いてるのね、じゃあ、帰りにちょっと寄り道して帰らない? 一緒に……」

「べ、別にいいけど」

 はい、放課後デート確定! やったね。

「ち、ちょっと待っててもらっていいかしら? 先生に提出しなければいけない書類があって」

「おう、わかった、ここで待ってる」

 辻野はそう言うと教室を足早に出て行った。――

 以上、回想終了。そして現在に至るのである。

 思い返せばこれは人生で初めてのちゃんとしたデートかもしれない。

 これまで、彼女がいたことのないオレは妹の琴美と幼なじみの心菜以外に異性とどこかに行くことすらなかった。

 琴美は妹だし、心菜もほぼ家族みたいなものだから二人でお出かけしたとしてもデートとしてはノーカウントだろう。

 そうなると、やはり今回の辻野との放課後デートが初めてのデートとなるわけで。オレはなんとも言えない高揚感に包まれた。

 どこ行くんだろうなぁー。カラオケ? ファミレス? 初めてだから無難にクレープでも買ってショッピングモール内を色々見て回ったりするのかな。

 これから始まるであろう、人生初デートにオレが思いを巡らせていると今日のヒロイン(デート相手)の辻野が教室に戻ってきた。

「待たせたわね、さぁ、行きましょう」

 辻野は自分の席からカバンを取るとそそくさと教室を出ていく。オレもそんな辻野の背中を追いかけるように教室を後にした。



2



 女の子はずるいと思った……。

 学校を出て、オレと辻野が向かったのはカラオケやショッピングモールではなく図書館だった。

 最初は借りてた本を返却しに来たのかと思ったりもしたが、辻野は椅子に座るなり、カバンの中から勉強道具を取り出した。

 え? 勉強するんですか? 

 オレが呆気に取られていると辻野は隣の椅子をポンポンと叩き、オレに座るよう指示する。

「あの、今どういう状況? 」

「は? どういうもなにも勉強しようとしてるでしょ」

 どうやらデートというのはオレの早とちりだったようで辻野は勉強会にオレを誘っただけみたいだ。

「なんか、違う想像してたみたいだけど、来週から中間テストなのよ」

「はい、わかってます……」

「まさか、生徒会の制約のこと忘れてるわけじゃないわよね? 」

「はい、忘れてません……」

 生徒会の制約。

 そもそも、うちの学校は生徒会長以外の役員は選挙で選ばれた者ではない。

 うちの学校では生徒会長だけを選挙で選び、役員は会長の任命によって決められる。

 もちろん、優秀な人間が任命されているはずなのだが、会長の身内びいきで役員を決めている可能性も捨てきれない。そこで学校側が生徒会、主に役員に対し、いくつかの制約を設けたのだ。

 その中の一つが『定期テストで全教科八十点以上』という超絶難易度の高いものだ。

 ただでさえ高校のテストは難易度が高く、教科によっては平均が五十点を下回るものもある。

 その中で全教科八十点以上を取るというのはほぼ不可能みたいなものだ。

 定期テストの八十点がどれほど難しいとかいうと成績表で評定五が付くのが、テストで八十点以上からだと言われている。

 つまり、生徒会は成績表で全教科評定五を取れ、と言われているのに等しいのである。

 ちなみにこれがオレが昨年、生徒会に入れず、お手伝いをしていた理由だ。

 何教科かは八十点を超えることができたがどうしても苦手な教科やテストの難易度によって点数に波ができてしまう。オレはその波が七十点から九十点だったため、生徒会入りはできなかった。

 だが、今年はその波も八十点前後で落ち着き、会長に勉強をさらに頑張るということで生徒会入りを許された。謂わば、親ライオンに崖から突き落とされた子ライオンのような状態なのだ。

 そんなオレとは違って辻野と心菜は昨年、一年間この制約を乗り越えたというのだからすごいものだ。

 神無月も噂によれば入試を満点で合格したらしい。

 わかってはいたが、この中で一番ピンチなのはオレだな……。

 オレも真剣に勉強しようと教科書を開くと辻野がオレに数学の教科書を見せてきた。

「どうした? 」

「ここ、教えてくれないかしら」

 辻野が指さしているのはちょうど積分のページだった。

「あー、積分か。たしかにこれは数学の力だけじゃなくて、想像力みたいなのも必要だもんな」

「ええ、それが全く分からなくて……」

 どうやら、今回オレを誘ったのはこれが目的だったみたいだな。

「分からないって全くか? 」

「基礎はわかるのだけど証明とかになるとさっぱり……」

「なるほどな」

 それから小一時間ほど教えたが辻野はそれでも理解度五十パーセントといったところだろう。

「なぁ、積分の証明の完答はある程度諦めて、他の部分で点を稼ぐっていうのは無理か? 」

「んー、いけなくはないでしょうけど、もし、積分の証明の配点が大きかったり、他で数問ミスすると二十点なんてすぐに落としてしまうからそれはあまりしたくないわね」

「そうだよな……」

 やっぱり積分をマスターしないと制約を乗り切ることは難しそうだな。

「辻野、今週の土曜か日曜空いてたりするか? 」

「ええ、勉強するつもりだったし、特に予定はないわ」

「じゃあ、どっちかに俺の家で勉強会開こうぜ、積分教えてやるよ」

「そんな、悪いわよ」

「その代わり――俺に他の教科教えてくれ」

「そんなの割に合わないわ、私だけ教える量が多いじゃない! 」

「じゃあ、この話はなかったってことで」

「ちょっと待ちなさいよ、わかったわよ。それでいいから教えてちょうだい……」

 こうしてオレたちは次の勉強会の約束をし、今日は解散となった。



3



 辻野とのデート(勉強会)の翌日の昼休み。

 オレは今日も今日とて白夜と教室で一緒に昼食をとっていた。

「なぁ、お前、昨日辻野と一緒に帰ってなかったか? 」

 白夜はパックの牛乳を啜りながら何気なしに聞いてきた。

「ん? ああ、そうだけど、お前それどこで聞いた? 」

 辻野の話題に自然と視線を隣の席へとやったが、今は席を外しているみたいだ。

「今朝から結構話題になってたぞ。クルービューティの辻野がテスト期間中に男と夜のお勉強とかなんとか」

「まあ、後半の方はお前の嘘だとして、まじか……」

 どうやら壁に耳あり障子に目ありとはこういうことを言うんだな。まあ、やましいことは何も無いが、これは辻野の評判に関わる重大な問題かもしれないな。

「で、本当はどこまでいったんだよ」

「別に、ただ図書館で一緒に勉強しただけだ」

「へー、図書館デートだ」

 最近は大体、場所の後ろにデートと付ければそれで言葉として成立してしまうのだから末恐ろしい。そのうちしりとりは、ト攻めが主流するんじゃないだろうか。

 まあそんなことはどうでもいいのだ。

「デートねぇ……」

「次のデートの約束とかしてねぇーの? 」

 こいつ、余程この話が楽しいのか、随分掘り下げてくるな。次の約束か……。

「デートじゃないけど、今週の土日のどっちかにオレの家で勉強会することにはなった」

「なるほどな……お家デートだな」

 ほんとデートって単語はなんにでもくっつくな。これはいよいよトから始まる単語のレパートリーを増やさなくては。

「そんなことより、お前は勉強しなくていいのかよ」

「ん? 俺? 俺は天才だから勉強なんて授業聞いてればいいんだよ」

「授業中も寝てるじゃねぇーか」

 だが、こいつ、ほんとに天才なのは天才なんだよな……。

 オレたちの代の学年首席はこいつ、清水白夜だ。辻野と心菜も勉強がかなりできるが、昨年一年間、こいつが学年一位を譲ったことは一度もない。

 ちなみに三年の首席が会長で一年の首席が神無月だ。

 代々その学年の首席が生徒会に入る風習みたいなのがあったのだが、こいつはクズで不真面目なことから生徒会入りは見送られた。

「なんで神様はこいつにこんな優秀な脳みそを……勿体ない」

「お前、時々俺より酷いこと言うよな」

 オレが悲しみに浸ってると教室の扉が音を立てて開き、笑顔な心菜が入ってきた。

「ねえ、たっちゃん。今時間あるかな? 」

 あの……目が笑ってないっす。

「えっと……今、白夜と飯食ってるから、なっ」

「いや、俺もう食い終わったし、話があるならこいつ連れてっていいよ」

 逃げる口実として、白夜に助け舟を求めたがこの状況を楽しんでいる白夜はむしろ、退路を塞いできやがった。

 そうだった。こいつクズなんだったわ……。

 こうしてオレは対抗もむなしく今は誰も使っていない生徒会室へと連行されたのだった。

「で、玲奈との噂の件だけど」

「いや、やましいことなんて何もないぞ! 」

「本当に……? 」

「ほんと、ほんと。ただ、一緒に勉強してただけだから。ほら、生徒会の制約あるだろ、分からないところ教えてもらってたんだよ」

 本当はオレが教えていたんだが、辻野は心菜じゃなくてオレを頼ってくれた。それはきっとオレが辻野の他の人に知られなくないことをバラさないと信頼してくれていたからだ。だからオレは辻野の信頼に応えるため、少し内容を変えて教えた。

「へー、つまり放課後に勉強デートしてたってことだよね? 」

 ほんとなんにでもくっつくな! デート! 

 今にも殴りかかってきそうな勢いでオレとの距離を詰めてくる心菜に内心ヒヤヒヤしながらこの場を収める言葉を探す。

 あっ……ダメだ。さっき、辻野を庇うために自分が勉強を教えてもらったと言ったせいで誘ったのもオレじゃないと辻褄が合わなくなってしまっている。辻野がオレの勉強をいきなり見てやるって言う姿なんて想像もできない。

「言い訳すらしないってことは認めたってことでいいわよね? 」

 そう言う心菜の顔から既に笑顔は失われていた。

「ちょっと待て心菜、話し合えば分かり合える。だから、その手に持ってるカッターを置いてくれ! 」

 後日談を言うと、やがてオレの必死の説得はうめき声に変わり、その後三日は左の手に包帯が巻かれ、まともに使えなかった。



4



 テスト前、最後の休日。

 オレは朝のスーパーヒーロータイムが始まるよりも早起きをし、テストに向けての勉強……ではなく家の掃除をしていた。

 何せ、今日は辻野がオレの家に勉強をしに来る日なのだから。

 心菜以外でオレが家に女の子を招待するのは初めてなもんで、少しでも綺麗にして良く見られたいというのは誰しも少しは思うものだろう。

 最近は妹の琴美がよく神無月を家に招いているようだが、それは琴美の家に遊びに来たという感じで、オレが誘って家に遊びに来るとのは来る家は同じでも、意味が異なる。

 今回、辻野はオレが家に招待しオレと勉強するために家に来る。つまり、辻野からしてみれば、妹のいる男友達の家に来るということだ。

 神無月がもし仮に『この家汚くなありませんか? 』といったとしたらそれは『琴美の家が汚い』と言われているのであって、そこにオレは関係ない。つまり、逆もまた然り。

 琴美はまだぐっすり夢の中だが、昼前に神無月の家で勉強を見てもらうらしいから、昼過ぎに辻野が来る頃にはオレと二人きり。

 別に勉強を教え合うだけで何も期待なんかしてないんだからね!

 玄関やリビング等の辻野の目に入りそうな場所を中心的に掃除し、ついでに自分の部屋も掃除をした。

 十時を過ぎると琴美も自分の部屋から降りてきて、出掛ける準備を始めた。

 まだ出掛けるまでまだ一時間弱もあるというのに、女の子というのは忙しないものだな。

 オレは琴美がせかせかと家中を駆け回るのを横目に遅めの朝食を用意する。といっても今日の朝食は焼いたトーストとヨーグルトなので別に手間の時間もかからない。

 トーストを焼き、ヨーグルトを冷蔵庫から出して食卓に置くとちょうど琴美も準備ができたようで共に席につき朝食をとる。

「晩飯までには帰ってくるのか? 」

「ん」

 琴美がスマホはいじりながらだが返事をした。どうやら今日は機嫌がいいようだ。

「何? 私が帰ってくる時間そんなに気になる? まさか女でも連れ込む気じゃないでしょうね」

 ……言い方は悪いがオレがさっきの質問の裏に秘めた意図を完全に当てられて一瞬言葉が詰まる。

「――そ、そんなわけないじゃないか我が妹よ」

「そーよね、あんたがそんなことできるわけ――って、今の微妙な間は何! 口調もおかしくなってるし、まさかあんた本当に……」

 こいつ、ほんとこういうところだけは鋭いんだよな……。

「そんなわけないだろ! ほら、そろそろ家出た方がいいんじゃないか」

「ちょっ……」

 これ以上の話しているとポロッとボロが出そうなんで会話を切り上げるために琴美を外へ追いやる。

「ふぅ、これで邪魔者はいなくなったな」

 現在の時刻は十一時前。辻野が来るまであと二時間ぐらいだろうか。

 ……さっきのやり取りで冷や汗をかいてしまったし、オレもお風呂に入ろうかな。

 その後、オレは辻野が来るまでに女の子並みの身支度をしたのだった。



5



 ピポン。十二時半過ぎ、ちょうど昼食を食べ終わったオレが食器をキッチンに運ぼうと立ち上がった瞬間に家のチャイムがなった。

「はいはーい」

 完全に気を抜いていたオレは恐らくチャイムを鳴らしただろう人物の思ったよりも早い到着に動揺したが玄関に行くまでになんとか平静を取り戻す。

「……よし!」

 人生初の異性(心菜除く)を家に招待する最後の心の準備をし、オレは玄関の扉に手をかけた。

 ガチャッ。扉を開けると、これぞ休日の昼下がりだ! と感じさせるほどのきびやかな太陽の光がオレの視界を白く染める。

 眩しさを誤魔化すように細めた目を凝らし、扉の向こう側へと焦点を合わす。

 視界が良好になり始めて、最初に目に飛び込んできたのは辻野の背中まで伸びた艶やかな黒髪だった。風に吹かれ、揺れるその姿はどんな美術作品よりも美しく感じた。

 ようやく外の光に目が慣れたオレは玄関先に立つ辻野の全体像を見るなり、思わず声にならない声が漏れてしまった。

 辻野のトレードマークとも言える美しい黒髪とそれを引き立たせる白のワンピースが最高にマッチしており、佇まいなどからは普段のクールな印象を受けるがゆったりとしたワンピースはそれとは反対に女の子らしいキュートさを感じさせる。

「こんにちは……」

「……こんにちは」

 お互い挨拶を交わすが、お互いに緊張していることをひしひしと感じる。

 玄関でずっと立って向き合っているのもおかしいので、オレは辻野に中に入るよう勧め、リビングへと案内する。

「……飲み物麦茶でいいか? 」

「……ええ、ありがとう……」

 辻野は麦茶を受け取ると一気に飲み干した。

 緊張とこの時期の昼間に外を歩けば喉も乾くだろう。

 オレは空になった辻野のコップに麦茶を注ぎ、クーラーの温度を二度下げた。

 そして、椅子に座り、パタパタと手で自分の顔を扇ぐ辻野を見て気がついたことがある。

 今日の辻野は薄らとだが、メイクをしているように見える。それに、汗をかいているはずなのに辻野からはシャンプーのようないい匂いがしてくる。

 そのとき、俺の脳裏に一つの仮説が浮かんだ。

 ――もしかして、辻野も琴美のように出掛ける前に時間をかけて準備をしてくれたんじゃないかという仮説だ。

 もし、この考えが合っているなら、それに気づいて気の利く一言でも言わないと男としていけないんじゃないか。

 部屋の温度に二度下げたはずなのにオレの額から汗が滲み出てくる。

 天国達也、十六歳、童貞よ、今こそ女心のわかる男になるべきなんじゃないのか! 

 自問自答を繰り返し、オレは決心した。

 ――やめとこう。

 こういうのってセクハラになる可能性もあるしな、うん。

 オレは自分に言い聞かせるように言い訳を心の中で唱えた。

「……勉強始めるか……」

「そうね……」

 結局何も起こることはなく、オレたちは今日の目的である勉強を始めた。



6



「なるほどね、完全に理解したわ」

 勉強を始めて三時間。ずっと数学をやっていた辻野がそう呟いた。

「積分、攻略できたのか? 」

「ええ、今解いた問題集も全問正解だったわ。あとは繰り返し問題を解いて、絶対にミスしないようにするだけだわ」

 積分をマスターし、滾っている辻野とは対象的に苦戦を強いられていたオレは既に意気消沈気味だ。

 気がつけばさっきまで家の屋根で見えなかった太陽もリビングの庭に繋がる掃き出し窓から見えるほど沈んでいる。

「さすがに疲れたし一旦、休憩にしないか? 」

「そうね」

 勉強で疲れた脳は糖分を欲し、オレをキッチンの方へと向かわせる。

「ショートケーキがあるんだが、飲み物は紅茶かコーヒーどっちがいい? 」

「紅茶をいただけるかしら、砂糖はいらないわ」

「了解」

 オレは二人分の紅茶とケーキを持ってリビングに戻り、二人でちょっと遅めのティータイムへと洒落込んだ。

 オレと辻野はクラスや生徒会が一緒ではあるが、あまり積極的に話したりすることはない。

 だが、空気感と目の前のおやつせいか、お互いの昔話で会話が弾む。

「――それでさー」

 ドンドン! 楽しく紅茶を飲みながら話の続きをオレが話そうとした時、庭の方の掃き出し窓が音を立て、オレたちの視線を奪う。

「――っ! 」

 オレたちが視線を向けた掃き出し窓の外に立っていたのは幼なじみで隣の家に住む心菜だった。

 心菜は人差し指を上にクイクイとして、オレに窓の鍵を開けるように指示する。

 命の危機を感じたオレは首を横に振り、拒否してみたが、心菜の顔が笑顔から親の仇を見るかのような顔に変わっていくのを見て、窓が割られる前に急いで鍵を開けた。

「たっちゃん、これはどういうことかな? 」

 心菜は庭で靴を脱ぎ、入ってくるなり辻野を指差した。

「それは私から説明させてもらうわ」

「玲奈は黙っててくれないかな、私は今たっちゃんと話してるの」

 心菜は辻野が立ち上がろうとしたのを制止し、オレとの距離を詰める。

「それで? こっちゃんも居ないみたいだけど、辻野さんと二人で何しようとしてたのかな? 」

「と、とりあえず落ち着け、オレたちは勉強会をしていただけだ」

 オレは事実を説明するが心菜はそれでも納得してはくれない。

「勉強会って、ケーキ食べながら楽しそうにお話することだっけ? 」

「今は休憩中で……」

「問答無用! 」

 心菜はこっちの説明に聞く耳を持たず、テーブルの上にあったケーキのフォークをオレに突き立てる。その既視感のある光景にオレの治りかけの左手が疼く。

 どうやら、あの時のカッターで切られたことがトラウマになっていたようで、オレは思わずその場で尻もちをついてしまった。

 心菜はそんなオレに跨り、フォークを振りかざす。

 もうダメだと思い、オレは目を瞑って心菜から視線を外した。

 だが、いつまで経ってもフォークをオレに刺さらない。状況が気になり、恐る恐る目を開けると、そこに広がっていたのは予想外の光景だった。

 さっきまでフォークを振り上げていた心菜がフォークを床に置いて、泣いている。

「どうして……どうして、私はずっと昔から好きなのにっ! 」

 心菜はオレの上から退くと泣き崩れた。

「何回も告白しようと思って……でもなかなか勇気が出なくて……やっと告白する勇気が湧いて……告白したら他にもいっぱい……私の方が昔から好きなのに……たっちゃんもたっちゃんで他の子にデレデレしちゃって……こんなにも愛してるのに……」

 ……。

 中学の頃から知っていた心菜の気持ち。

 だがオレは長年の気持ちを告白して泣き崩れている心菜になにも声をかけることができなかった。




7



 その晩、オレはベッドに横になるもなかなか寝付けなかった。

 結局あの後、心菜はしばらく泣き続け、落ち着いたら逃げるように家に帰ってしまった。

 辻野も心菜の帰った後、場の空気を察してフェードアウトするかのように家に帰った。

 二人が帰り、一人になったオレに忽然とすごい罪悪感が押し寄せてきた。

 感情が渋滞を起こしていたあの時はその罪悪感の原因がわからず、気持ち悪い感覚に襲われたが、冷静になった今ならわかる。

 ゴールデンウィークの前日。突然七人の女の子に告白されて舞い上がってしまったオレは、今まで誰に対しても中途半端な態度で、全員を弄んでいるような状態にしてしまっていた。

 その証拠として、オレはまだ誰にも告白の返事をしていない。

 このことに気づいた時、オレはさらなる罪悪感と自分に対する嫌悪感が湧いてきた。

「最低だなオレ……」

 散々白夜のことを罵ってきたが自分も同じようなものだ。むしろ、このままじゃダメだと心のどこかで気づきながらも今までなにも誠実な行動をしてこなかったオレの方がよっぽどクズではないのか。

 そんな考えが一晩中堂々巡りしていたが、オレは男としてしっかりとけじめをつけるべく、ある決断をした。



8



 中間テストが終わり、テスト返却も今から返されるこの数学で最後。

 ここまで全ての教科で八十点以上を取れている。

 つまり、生徒会に残れるかどうかはこの数学のテスト結果で決まるということだ。

 だけど、今の私に不安は全くない。むしろ、自信で満ち溢れている。

 テスト返しは出席番号順に返され、もう少しで私の番だ。

「辻野」

 先生に呼ばれ、私は席を立ち教卓へと向かう。

「さすがだな。学年で満点なのは辻野だけだ」

 そう言って渡されたテスト用紙を受け取り、自分の席に戻る。

 席に戻り、テスト用紙を開いて満点なのを確認すると机の下で小さくガッツポーズをしてしまった。

 ふと我に返り、ガッツポーズをやめてクールに振る舞う。

 放課後になって学年の掲示板に掲載される学年順位を見に行くとまたしても私は二位だった。

 だけど、今回は学年二位の悔しさよりも数学満点の喜びが勝り、なんとも言えない達成感に浸っていた。

 けど、私は余韻もそこそこにこの後、私。というより恐らく私()()と会う約束をしている彼が待つ校舎裏の中庭に向かうべく、私はその場を立ち去った。

 中庭に着くと既に私以外の女の子六人は来ており、あとは彼が来るのを待つだけだ。

 あの日、あの告白の日以来となる、この七人での顔合わせ。

 彼からのこういった呼び出しも初めてのことでみんなどことなく緊張の表情が見受けられる。

 私がそんなことを考えていると校舎の方から足音がし、彼が現れた。

「みんな、待たせてごめん」

 そう言ってみんなの視線を奪った彼、天国達也からは何かを決意した真剣な表情が見て取れた。彼のその真剣な表情に彼女らも何かを察したようで、ソワソワとしたり、覚悟を決めた顔になったりしている。

「今日はみんなに聞いて欲しい話があって集まってもらったんだ」

 彼はそう言うと地面が土の中庭に跪き、私たちに頭を下げた。

「ごめん。俺、みんなが勇気を出して告白してくれたのに、それに対して不誠実な態度を取ってしまって、みんなに嫌な思いをさせてしまった。本当にごめん」

 彼の行動に驚いている者、困惑している者がいる中、私が感じた感情はそのどちらでもない納得だった。

 私は正直、あの日なぜ彼に告白したのかが自分でもわからなかった。

 彼とは一年生の頃から生徒会で一緒になることがあったりしたけれど、仲良く話したりなどはなく、どちらかというとお互い無干渉だった。

 けれどあの日、大橋さんが彼に告白すると言う話を聞いてなぜか私は嫌な気持ちになった。そして気がつけば、ろくに話したこともない彼に告白してしまっていた。

 告白してしまった日、家に帰ってからもなぜあんなことをしてしまったのかがずっとわからなかった。なんというか、体が勝手に動いてしまったみたいな、そんな感じだった。

 だけど、彼の今の行動を見て、私はなぜあの日、体が勝手に動き、告白をしてしまったのかがわかった。

 一年生の時、正式な生徒会役員でもないのに、仕事を誰よりも頑張って、二年生こそは、と足りない勉強も頑張っている、そんな何事にも全力の彼を見て、私はそんな彼にいつの間にか恋してしまっていたようだ。

 きっと彼ならこの後――。

 彼は私の考え通り、膝を地面につけたままもう一度私たちに向き合い、そして頭を下げた。

「正直、今の俺はみんなの中から一人を選んでその人と付き合うなんてことは出来ない。本当にダメなやつでごめん。けど、これからはもっとみんなのことを知るために努力する。もっとちゃんとみんなと向き合いたいんだ! だから、この一年。おこがましいのはわかってる。だけど、俺にけじめをつける時間をくれないか」

 彼は一年生の時からこんな人だ。こんな人だから私は好きなったんだ。

「たっちゃん……」

 彼の前に真っ先に経ったのは幼なじみの大橋さんだった。

 彼女は跪いている天国くんと目線を合わせ、イタズラな笑顔でこう言った。

「それってつまり、誰にするか、これから一年かけて考えるってことだよね、それじゃあ……いっぱい愛を伝えるから覚悟していてよね」

 こうして、正式に私たちの主人公を巡ったヒロインレースが始まった。

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