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怪物は愛を受け取れない  作者: 咲良社
3/18

小休止

 第三話 八月八日


 早朝。陽の始まりごとに太陽は大気を熱することをやめはしない。朝の冷たさをじわじわと犯す熱はけれど、月ノ樹丘学園の生徒にとっては活力の源なのだろう。午前六時を回ろうかというときに至って学園の全校生徒の三分の二ほどがすでに登校していた。

 彼らの目的はもちろん、学園での催し物の花形、ヴィエ、その舌準備だった。

「小道具班、足りない材料はないか?」」

「本番を乗り切るためにはまず体力だ。走り込みに行くぞ」

 気合も十分な、それこそ極彩色ともいえるほどに鮮やかな声が飛び交っている。

 これだけを切り取るならば、今年のヴィエも例年と変わりないのだろう。そんな風に感じる。しかし、この活気は準備に時間をかけられないことの裏返しだった。八月に入ってから今日にいたるまで、怪物は殺人を繰り替えしている。そしてそのたびに、学園は生徒たちに門限や下校時刻の遵守、果ては学校施設の使用制限を課さなければいけなかった。

 それによってヴィエの準備スケジュールは大きく圧迫された。新たな練習場の確保、舞台セットの簡略化、そもそもの練習時間の確保など。それぞれの学年、クラス単位でこれらの問題を解決しなければいけないのだ。

 本来の月ノ樹丘学園祭、その下準備たる夏休みの準備期間は夜通しで行われることも珍しくはない。というよりも、それが当たり前だった。けれども、この年に限ってはそれが許されず、学生たちはヴィエの舞台に立つよりも前に、悔しさを感じているのだった。


 そして、それに似た苦しさを感じているのは学生たちだけではなかった。

 事件が起きるたびに警察は警戒の度合いを引き上げ、戒厳令の一歩手前のような厳しい警備を行うこともあった。

 紫藤市の住民達も、互いに疑心暗鬼になるとまではいかなくとも、見慣れない人物に対しては極度に不愛想になっていた。


 けれど、八月八日をもって怪物による殺人は小休止を迎えることになる。

 最後に殺された女性は、指をねじ切られた後に胸を開かれ、身体の中身を撹拌された後に鳴ってようやく四肢を斬り裂かれ、絶命していた。

 絶命後、頭蓋は真っ二つに割られて、そこに張り付いた半分だけの表情は、恐怖と絶望に打ちひしがれていた。


 *


「あ、あなたは、いったい……」

 そう叫ぶや否や、彼女の声帯は機能を停止した。それ以前に、彼女の身体は血まみれだった。両手の指先はあらぬ方向によじれ、いくつかはねじ切られている。ちょっと近くに買い物に行こうかという装いのロングスカートも、サンダルも、ズタズタに引き裂かれている。それらの傷はすべて、鋭利な刃物によるものだった。

 一閃

 それと共に彼女が羽織るジャケットが、下着とともに裁断された。そこから零れ落ちる形のいい胸は、重力に逆らおうと跳ねる。それを気に食わないとでも言わんばかりに、またしても刀による一撃が彼女を襲った。

「お前こそ、一体なんなんだ」

 胸部の傷口に手を刺しこみ、あばらから皮膚を剥ぎ取りながら、刻浄静は半裸で肉と骨が露出した女に問いを返す。

「わ、私は、私はただ――――――」

 その先のことに刻浄は興味がなかった。今にも殺されようとするこの女が仕出かしてきたことは、刻浄の推測を邪魔するものでしかなかった。

「私だって、私だってこんなことにはなりたくなかったのに、どうして、どうして」

 女が一言話すごとに、彼女の四肢は切り取られていく。無邪気な子供が羽虫を芋虫に作り替えるように、丹念に、的確に。躰という幹から生える枝を捥いで、削いで、削ってゆく。

「お前がどうなろうと知ったことじゃない。私はお前を殺さなければならない。死すべきものは、殺すべきものによって死に至らなければならない。お前みたいなのは、あってはならないんだ」

 間違っても、生まれてくるべきじゃなかった、それはとても不幸なことだから。

 刻浄は心の中で繰り返す。けれども、その怨嗟には何一つの後悔も、同情も、悲しみもない。あくまで非常、あくまで冷徹。彼女は、彼女がなすべきことに迷いがない。

 瞬く間に、女の身体は解体されていく。これまでの怪物による殺害と寸分の違いもない。まるで家具のように、彫像のように設置していく。ここは紫藤の街の住宅街。そこに隠された袋小路。例外なく、血みどろの赤い部屋へと変貌していく。

 女の表情は半分だけ残されて、あばらの器の中に心臓と共に入れられて、肉は削がれて微動している。それらはさながら生け作り。

 もはや、人の所業ではない。それは、まるで――――


『怪物の様だ』


 この殺害現場を最初に発見した中年の男はそう言った。彼は翌朝になって異臭を嗅ぎつけてこの場所に辿り着いた。そこから先は、最初の事件の第一発見者がたどったのと同じだった。

 慌てふためいては地に足を滑らせ自身も血に塗れては、後から来た人々は死体にはもちろん、そのそばでのたうち回る第一発見者にも度肝を抜かれることとなった。

 警察は連絡を受けてすぐさま到着し、ブルーシートで目隠しをはっては、すぐさま状況の検分を行ったのちに死体を持ち帰り、可能な限り復元した。

 もはや報道が規制できる段階を越えていた。この事件の報は瞬く間に紫藤の街に広がり、その影響が各所に及ぶこととなるのだった。



 これが、八月八日未明に起こった事件の顛末。刻浄は女を始末した後、すぐさま現場を後にした。姿を見られないようにと暗がりを選んで自宅に戻り、返り血は熱いシャワーで洗い流して洋服は処分した。痕跡は何一つ残ることはない。

 刻浄静がおこなう殺害は、この後も誰の仕業か明らかにされることはないだろう。


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