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怪物は愛を受け取れない  作者: 咲良社
18/18

エピローグ 物語の終わりは、己の尾を噛む蛇のように⓷

 夜も更け始め、わずかになった月明りが月ノ樹丘学園の保健室に差し込み始めた。その光は白く、青く、この病的にくすんだ部屋を照らし始めた。

 例年、学園祭の間の月ノ樹丘は不夜城だ。けれど、怪物の出現によって今年は閑散としている。そんな静寂の中、コツコツとリノリウムを叩く足音が近づいてくる。

 茜は手にした煙草を杖のように振って、保健室に張った人払いの結界を解く。

 すると入ってきたのは世界から自身の存在を切り取るような黒髪をなびかせる、刻浄静だった。

「珍しいですね、いつもは不敵と不遜を絵にかいたような茜さんが、そんな風に不味そうに、煙草をくわえているだなんて」

 目ざといな。

 茜は思った、けれど仕方ないのだ。あんな風に無防備に、他人の悪意に触れてしまうだなんて、そんなことは刻浄が彼女の使い魔になってからはなかったのだから。

「あぁ。怪物事件、なんてふざけた一連の出来事の発端がわかってしまったよ。まったく、気味が悪いくらいに悪趣味にできている茶番だ。この世界に神様ってやつがいるなら、こんなくだらない話を書いて悦に入っている奴がいるのなら、胸倉を掴んで一言言ってやりたいね」

 刻浄はいつもと違う香りに気が付いた。

「茜さん、飲めないんだからほどほどにしないと。仮にも養護教諭が、二日酔いで仕事ができませんでした、なんてことになったらクビになってしまいますよ」

 茜がいつも使っているデスクの上には、おそらくそれなりの値段がするだろうワインが置かれていた。色は赤、脂ののった、甘くも辛くもあり、そして口の中と味覚を刺激して抉りだすようなコクとうま味を濃縮した肉料理に適しているであろうその一本。

 茜はソレをワイングラスになみなみと注いで、ひと息に飲み干す。いつから彼女が飲み始めたかは知らないが、ボトルの中身はすでに三分の二ほどがなくなっている。

「いいかげんにしてください。私は貴女の嫌味を聞くのも、酔っ払いの後始末をするのもゴメンですよ」

 思わず声を荒げてしまう。

「あぁ、君にはそんなことは期待しちゃいない。けれどね、せっかくだ、君にもコレをあげよう。私は怪物の記憶を集めないんだがね、今回ばかりはソレをしておけばと思ったよ」

 なぜそんなことを言うのか、刻浄には見当がつかなかった。

 またバカなことを言っているな、くらいに茜を見下げている刻浄。その額に、人差し指があてられる。同時に、茜の思考が、彼女が今日知った情報が流れ込んでくる。

 暁海という名の最初の被害者、奥路久也、堂島楓、これら三人の関係性と、それぞれの思いが。

「あぁ、こんなの。確かに茜さんには毒でしょうね」

 お酒を飲みたくなる気持ちも分かります、と刻浄は言う。

「でも、私は未成年ですから、そんな気持ちは知ったことじゃありません」

 そう言って彼女は保健室から去っていく。

 怪物事件の表向きの顛末は、迷宮入りだった。怪物は八月十七日の殺人を最後に、姿を消した。その後に起こった、奥路久也と藍那由記の失踪事件は別件として扱われ、二人の行方は未だに知れていない。

 そして、この年のローリエに輝いたのは、行方不明になった藍那由記が所属し、『深窓の令嬢』たる刻浄静を擁した三年二組だった。何でも、フランケンシュタインと女同士の愛憎劇という組み合わせが観客の趣向に沿ったものだったらしい。


 きっと、誰も知ることはないのだろう。誰も彼も、確証を得ることはないのだろう。

 けれども、刻浄静は知っていた。奥路久也を愛していた女達は皆怪物に目覚めようとしていたことを。つまり、怪物事件の発端には女同士の愛憎で、その最後には『フランケンシュタイン』めいた相似があることを。

 そのうえで、この事件で最も怪物らしい哀れで、悲しみを背負い、愛されていながら愛を受け取れず、自分が抱いた愛を受け取ってもらえなかった存在をあげるとするならば、刻浄は『奥路久也』という男の名前を、口にするだろう。

 そうとわかる彼女だからこそ、奥路久也を殺すことができたのだから。


『怪物は愛を受け取れない』 了

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