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怪物は愛を受け取れない  作者: 咲良社
16/18

エピローグ 物語の終わりは、己の尾を噛む蛇のように⓵

九月二日


 月ノ樹丘学園の学園祭が始まると、早朝から学園中が人だかりで満たされる。こと、この日のように目玉の舞台がある日は特に。朝露がなくなる前から校門の前には人が並び始め、それが解放される直前には長蛇の列となる。

学園祭の催し物はヴィエだけではない。部活動単位で出される模擬店は様々で、毎年それを目当てに訪れる者も少なくない。

 年齢層も様々だ、学生たちの親族が一堂に会することもあれば、同じ紫藤市にある日ノ出ヶ辻学園の生徒も訪れる。普段は訪れる機会のない者達が、右往左往目的地を目指しては他に目移りしてそれを楽しむ。由緒正しき祭の印象に違いない。


「えーと、どこだろう。むーん」

 そんな中、一人の少女が他の誰もと同じように学園内で迷っていた。彼女は早朝どころか夜明け前から校門前に陣取り、今日の予定されているすべての公演のチケットを受け取っていた。

 白地と濃紺の装飾のセーラー服。胸元には「一」の字をデザインしなおした校章が見え隠れしている。(この少女は紫藤市第一中学の生徒だった。)

 ハッキリとした、活発な瞳と若々しいショートヘアをさらさらと揺らしている。スカートは行き交う人ごみでもみくちゃにされてはいてもくたびれることはない。


「やっぱり、有名な舞台ともなると人でいっぱいだぁ。スタンディングは嫌だから、早くいかないとぉ。それにしても……」

月ノ樹丘学園広いよーと、少女は頭を抱えてうずくまる。セーラー服がくしゃくしゃに丸まって可愛らしさを感じる。

「きみぃ。どうしたの、こんなところで」

 金髪に日に焼けた肌、細くも輪郭のはっきりとした身体を、ぴったりと包む派手なティーシャツとダメージ入りのジーンズで包む若者が、少女に声を掛ける。

 一人ならば、彼女も話を聞こうと思ったところだが、そんな若者が三人もよれば恐怖の方が先行してその場から後ずさってしまう。

「な、なんですか、アナタたちはっ」

 少女は警戒心をむき出しにして、子猫のような牙をむく。若者たちはソレを可愛いと思ったのか、かまわず彼女に近付いていく。

 そして―――

「ちょっと、やめて、やめてくださいよぉ」

 頭をグシグシと撫でて、少女がそれを止めようと腕をあげたところを抱き上げる。

「お、イイの持ってんじゃん。今年のメインイベントなんだろ? そのチケット、レアなんだよなぁ」

「マジで? ねぇ彼女、俺らもソレ、一緒に行っていい?」

 若者は口々に言う。けれども、ヴィエを観ることができるのはひとりだけで、それを少女が口走ると、「じゃあさ、舞台は放っておいて俺たちと楽しもうぜ?」と言い返される。

「い、嫌です、人を呼びますよ。叫んで喚きますよ」

 威勢のいい言葉でも漏れ出す声は弱々しい。それゆえに、当たりにいる人々も、彼女と若者のことなど気にはしないし、したところでじゃれ合っているようにして見えていないのだろう。

「俺。ここの卒業生だからいい場所知ってるんだ。体育沿うことか、案外開けっ放しなんだぜ。そこ、いこうよ」

 少女はその言葉の意味を即座に理解できなかった、そのために若者たちは彼女の手を引いて歩き出す。

 今までにないほど乱暴に腕を引っ張られると、次第に恐怖がこみあげてくる。だからと言って、声にあげられるほど彼女は擦れてもいなかったし、強気でもいられなかった。

「ほらほら、俺たちイイことしようね。お友達も何人か連れてくるから、きっと楽しいよ」

 いかがわしさがあふれ出る声音で、若者の一人が言う。

「おいおい、あんまり脅かすと怪物と間違われるぞ。怪物の殺人って、被害者は全員女なんだろ? ホラ、もう泣きそうになってる。大丈夫だよ、俺たちは怪物みたいに君のことお切り刻んだりしないからね」

 その裏には、もしかしたらそれよりもひどく苦しめてしまう欲望を秘めている。また、少女からすれば、彼らの言葉はある種の脅し文句に聞こえていた。

『いうことを聞かなければ、殺してやるぞ』

 そんな風に。

 そう感じた少女は、瞳に涙を浮かべて、今までの人生に別れを告げる準備さえしていた。

『怖い、怖い』

 その感情で彼女の身体は硬直し、若者たちが持ち運びやすい状態へと固定されていった。人気がだんだんとなくなっていく。もうすぐ酷いことをされてしまうのだ、殺されてしまうのだ。彼女はそう思わずにはいられなかった。

 それもそのはずだ、彼女はゴールデンウィークに姉を、つい二週間ほど前に姉の友人を怪物に殺されているのだから。

 そして、いよいよ人気は消えて、喧騒の中の空白地帯へと三人は辿り着いた。

 少女は指先の一つも動かすことができなくなっていて、若者たちはこれ幸いと彼女の身体を弄り始めていた。スカートの上から、シャツの上から、胸とお尻を撫でまわす。

 ここまでされても、彼女は恐怖に支配され切って抵抗をすることもない。

「なぁ、いっそここでヤっちまわね?」

「それいいな。この子も初めてが外で、なんて貴重な体験ができるし」

 若者は彼女を性欲のはけ口としかみていない。名前すら聞くこともなく、木陰へとさらに移動する。

 建物と木陰でここは暗い。人気も他にはいないし、誰かが来ることも望み薄だろう。

 けれど――――

「あれ、なんだか煙草臭くないか?」

「まさか、誰かいるのかよ。ったく、ついてねぇな」

 少女には嗅ぎ慣れない、若者たちには慣れ切った匂いが漂ってきた。そして、少女が連れ込まれようとしていた木陰から、赤にも見える髪を結んだ、白衣の女性が現れた。

「ついていないのはこっちのセリフだよ。いいや、そこの少女の言葉かもね」

 ゆっくりしていたのに、とぼやいて茜杏子は姿を現した。

「な、なんだお前。ここのセンセーかよ」

 口元の煙草を指摘する前に、いで立ちから最悪の事態を警戒する若者たち。そんな彼らの周囲を紫煙が漂い始める。

「紫煙は魔女の妙薬なんだぜ?」

 茜はそう呟いて、指先をヒョイと指揮棒のように操る。すると紫煙は若者の口と鼻をふさぎ始める。

「な、なんだこれ。気持ちわりい」

「あ、でもなんかいいにおいがする」

「じゃなくて。お前、保健のセンセーだろ。いいのかよ、校内でタバコなんて吸っても」

 各々好きなだけの言葉を残して若者たちは昏倒した。彼らに担ぎ上げられていた少女は地面に向かって真っ逆さまに落ちてゆきそうになる。

「おっと、その子は手荒くしてはいけないな」

 そう言うと、少女の落下は緩やかになり、葉か羽根のような静かさて地面に降りた。

「では、この不届き者たちは早々に学園祭からは退場してもらおう。私はここの養護教諭だからね」

 この世からの退場、という風にしなかったことは茜の恩情か、それとも魔女としての合理的な判断か、きっとそのどちらもだろう。

パチン

 指を鳴らせば、三人の若者は紫藤川の畔、喫茶『陽光』から窓を覗けばわかるところに瞬時に移動した。

「次は、この少女の開放だな。おや、コレは」

 茜は少女を抱き上げるときに彼女が握り締めているモノに気が付いた。それは、ヴィエを観劇するためのチケットだった。

「時間はまだまだ先か……。まぁ、この子にはそれなりの席を用意するとして。しかし、目当てはきっと二組と、もしかしたら三組も、か……」

 彼女は知っている。二組の主演たる奥路久也と、三組のメインキャストの一人である藍那由記が死んでしまっているということを。

「この子には可哀想なことをしてしまったなぁ」

 茜は再び魔法を行使する。いくらこの学園の養護教諭と言っても、学外の(気絶した)少女を抱きかかえたまま人前に姿を見せるというのは目立ちすぎる。少女が気絶している原因を追及されれば、彼女が先ほど排除した三人の若者のことについて何かしらの調べが及ぶかもしれない。(もっとも、茜はその程度で自身の正体がばれるとは思っていないし、このような思考が考えすぎであるということも承知している。要は、彼女はわざわざ少女を抱きかかえて移動するのが面倒なのだ)

 茜が瞳を閉じで、もう一度開けると、彼女は少女を抱きかかえたまま自身の住処に到着していた。

 白を基調にした天上と壁、そしてくすんだ緑のリノリウムは床。経年であせた純白のカーテンを開ければそのには空のベッドがある。

「外はまだ人でいっぱいだ。舞台のことは心配せずに、少しの間ここでゆっくりとしていなさい」

 茜はそう言って、少女を横たえる。彼女が背負っていたリュックサックはベッドのわきの籠に入れた。

リュックサックの口が開いている。おそらく若者たちに弄られていただろうときに、そのはずみで。そこから、一枚の写真が見えた。綺麗な装飾に囲まれた写真立てに入れられている。そして、そこに映っているのは、二人の女性だった。

「おや、コレは――――」

 茜は顎に手を当てて考え込む。

 そのころヴィエの舞台裏では、近年まれに見るイレギュラーが発生していた。

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