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怪物は愛を受け取れない  作者: 咲良社
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再び、舞台へ

 第十話 八月二十五日

「よぉ。久しぶりだなぁ、奥路」

 異口同音にクラスメイト達が奥路を迎える。彼らの表情に落胆の色はない。それどころか、奥路が舞台に立てないことを謝ろうとすれば「そんなこといってんじゃない」と笑い飛ばした。確かに、奥路なしにはローリエに届く手は伸ばせない。けれども、奥路が立つ舞台を準備する者たちや彼の代役をはじめとする演者たちは、何があろうと自身の役割を全うすると心に決めているのだ。だから、彼らにとって奥路の謝罪は、彼の傲慢以外の何ものでもなかった。

「全く、やっと姿を現したか。どうだ、私達の舞台を観ていけ。特等席を用意してやる」

 御堂はそう言い残して、クラスメイト達に練習の再開を伝える。



 そして、奥路のいない舞台が始まる。

 その、直前だった。

「となり、座ってもいい?」

 藍那由記が彼の前に立っていた。堂島の死が発覚した日以来の再開だった。

「あ、あぁ。でも、委員長が部外者を入れたがらないかも……」

「大丈夫よ、了解はすでにとっているから。そうじゃないと、奥路君の隣にいられないからね」

 照明が落とされる直前、藍那の可愛らしい顔がハニカムのが分かった。

 舞台におろされていた幕があがる、そんな錯覚を覚えた。照明は本番と同じ通りにすでに調整されている。だから、そのせいなのだろう。

 フランケンシュタイン博士は、己の野心と探求心から怪物を作りあげた。死体の切れ端を集め、それらをつぎはぎして。けれども、出来上がったのは醜い姿の化け物だった。

 巧妙な照明演出で、博士一人のはずの舞台にもう一人の影が浮かび上がる。博士は絶叫し、怪物はその場から立ち去る。そこから始まるのは怪物の苦難。人々に恐れられ、嫌悪され、もはやこの世に自分の居場所はないと悟るに至って、それでもどうにか、それが欲しいと懇願する。

 博士は苦悩していた。自らが生み出した怪物に。それを罪と思い、恐怖と後悔の渦中にいた。そして怪物と再会し、問答する。

「私は、愛さえあれば人になれるのだ」

 怪物に恐怖し、ソレの望み通り、ソレと同じでソレを受け入れるためのつがいを想像する約束をする。


 けれども――――


 それは二人目の怪物を生み出すことになるのではない?

 その可能性に思い当たった瞬間、博士は創りかけの怪物を破壊してしまう。

「こんなモノ、創ることが間違いだ。こんなもの、あることが間違いだ」

 その破壊を行う瞬間を、怪物は見ていた。激昂する怪物は博士に復讐を誓ってその場を去る、そして博士は、自らが怪物に行った行為の代償を受けとる。彼は、伴侶となる女性を殺された。

 こうして、博士と怪物の物語は終わった。

 奥路は舞台のあいだ中震えていた。繰り返される怪物の凶行と博士が抱く恐怖と怒りは、そのまま自身の孤独を再確認されるものだったから。けれども、もう彼はひとりでおもいなやむことはないのだと知った。

「奥路、君」

 藍那は舞台のあいだ中、彼の手を握っていた。

「私が、いるから。私だけは、どこにもいかないから」

 幕間で、藍那は奥路にそう告げた。奥路は黙って、彼女の手を握り返して、潤んだ声で「ありがとう」と言った。

 照明が消えると、二人は黙って行動を後にした。篠木と御堂がその行く末を見守っていたような気がしたが、このときばかりは藍那と二人でいようと、藍那が与えてくれるだろう優しさを一身に受けたいと、そう願っていた。


 奥路と藍那が行動を去って間もなく、三組の舞台練習が開始された。

 舞台では深窓の令嬢たる刻浄静がその圧倒的な存在感を放ち、女性版のフランケンシュタイン博士を演じている。

『あぁ、私はなんということをしてしまったのか』

 三組は原作を大きく改変し、独自の『フランケンシュタイン』を作りあげている。

 フランケンシュタイン博士を女性とし、怪物もまた彼女のことをひそかに思っていた女性とした。

 博士は不慮の事故で無くなったヒロインを復活させるが、ヒロインは自身の醜さに絶望しすでに許嫁と婚姻を交わして幸せな家庭を築いた博士に復讐を誓い彼女の家族を皆殺しにした。

 結果、博士は己の失敗を恥じて怪物を迷いなく殺す復讐者となり果ててしまう。

 耽美的でもあり、愛と憎悪に満ちた物語だった。




「藍那さん。君は舞台練習に出なくてもいいの?」

 不思議に思った奥路が問いかける。

 真夏の日差しが灼熱の輝きで緑が深い葉を照らしている。この日は空を流れる雲は早く、木漏れ日の光も風に乗ってその模様を変えていた。

 半袖のシャツと制汗剤。

 藍那はサラサラとした、肩口まで切りそろえた髪をかき上げて、奥路を上目遣いにみる。

 彼の背後には講堂の壁。迫ってくる藍那から後ずさるように、奥路はもたれかかっている。

「今日はいいの。久しぶりに奥路君と会えたから、他の人が代わりに出てる」

 藍那はクルっと、スカートをひらめかせて(瑞々しい太ももをチラリと見せて)奥路の問いに答える。

「そうなんだ……。でもよかった。藍那さんは元気そうで」

 悲しげな顔で、友人の壮健を喜ぶ。そんな奥路の口元に藍那は指先を当てて。

「お願い、悲しんでもいいから、堂島さんのことを忘れてもいいから。私のことは由記って呼んで……」

 それが一つ目の懇願だった。奥路は承諾して言い直す。

「由記、元気そうでよかった」

「私も、久也に会えてよかったわ」

 見つめ合って、その瞬間に藍那は奥路の唇を奪う。

 奥路は眼を見開いて驚く。

「ごめんなさい。でも、こうでもしないと奥路君はこのままずっと、何もできないでいる。どこにも、いけないから……」

 その声は愛おしさに満ちていて。けれどもそれは思い余っただけのものではなく、目の前にいる人を心の底から想うものだった。

「久也。もう悲しまないでなんていうことは言えない、でも……」

「私のことをほんの少しでも想うなら、ほんの少しでもいい子だと思うなら、私の思いを受け入れて。私のために――ううん、楓さんのために、舞台に立って……」

 藍那は涙ながらに訴えかける。

「ごめんね、こんなときにわたし、不謹慎だよね。自分勝手だよね……」

 その言葉には後悔めいたものが見え隠れしている。最愛の人を失くした隙に言い寄る自分のことを嫌悪しているそんな声音……。

 奥路は、そんな藍那を抱きしめて、「ありがとう」と一言。

 そして――――

「わかった……」

 それだけ呟いて、奥路は藍那に口づけを返した。


 そのとき、講堂の中から声が響いた。刻浄静演じるフランケンシュタイン博士が言い放つ。

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