We are humans!
「カリナ、今帰ったぞ……ってなんだこのケーキの山は?」
「みゃーお♪」
家に帰ると、リビングでカリナが美味しそうにケーキを頬張っていた。その横にはケーキ屋のロゴが入った箱が3箱もある。今の彼女に自力で買い物にいける知性はないはずだ。
『先ほど怪しい男が来てな、この子を連れて行ってしまったのだ。お前達の言葉で言うところの『誘拐』だな。結局何もしなかった、いや、できなかったようで、お詫びのつもりかは知らんが、この子を返すついでにケーキを山のように置いて行ったがな。流石に一人でこの量を食べることは難しいだろう、毒は入っていないからお前も食べたらどうだ』
その横で一匹の猫が、キャットフードをもしゃもしゃと食べながらテレパシーで解説をする。なるほどなと納得しながらケーキを貰おうとし、
「誘拐!? ふざけるな、大事じゃないか! 神様の癖に黙って見てたのか!?」
相手が神様であることもお構いなしに、テレパシーでの会話では怒りが伝わらないからと怒鳴りつける。
『必要以上に世界に干渉するのは避けたいのでな。まあ、拾って貰った恩を返すために、何かあったら時を戻すくらいはしたかもしれんが』
『くそっ、こないだも一人で家を抜け出してたみたいだし、カリナを檻の中に入れるしかないのか……?』
『なかなか狂気な発想をするのだな。まあ、脱走する飼い猫への対応としてはそれが正しいのだろうが。それより、今更その子を猫にした張本神がのこのこと戻ってきたことに疑問は覚えぬのか?』
まるで毎日のように俺達と会話をしていたかのように振舞う神様だが、実際にはあの日、カリナが猫になったきり行方をくらましていた。改めて俺は神様を睨みつける。
「ああ、そうだった。今すぐカリナを元に戻してくれ」
『そうだな。私もここしばらく、変わった世界を眺めていたよ。随分と世界は混乱してしまったな。この子のように危険な目に遭うことも少なくない。だから私はどうするべきかを決めるために、ここに戻ってきたのだ』
「だったら話は早い。すぐにカリナを、世界を元に戻してくれ。時を戻せるって言ったよな? 全部無かったことにするんだ」
ただの女子中学生でしかないカリナが猫になっただけなら、一種のほのぼのとしたコメディとして世界は受け入れられるかもしれない。けれども実際には、それなりの人間が人間を辞めてしまって、周りの人は迷惑をしていたり、人間の言葉で会話が出来なくなって辛い思いをしている。こんな世界は終わらせなければならないんだ、と一種の使命感からか相手が神様だというのに強気な口調でお願いをするが、神様はため息の代わりなのか大きくにゃーおと鳴くと、
『良いのか? 少なくともその子は、人間だった頃よりも幸せに思えるぞ』
今まで俺が受け入れて来なかった現実を突きつける。神様の言う通りだ。人間だった頃のカリナは、両親を失い、猫に依存し、依存するがあまり周りの人間からどんどん距離を置かれ、彼女もまた猫を優先しない周りの人間を憎み、ますます猫に依存するという、とてもじゃないが真っ当な人生を歩むことは難しい状況だった。それが今となっては、幸せそうに毎日ゴロゴロと日向ぼっこをし、にゃーにゃー鳴きながらご飯を食べて、すっかり仲間となった猫達と遊んでいる。こんな幸せそうなカリナは、しばらく見ていない。他の人達だってそうだ、周りの人間は迷惑を被っていても、当人達は身体がたまたま人間なだけだとばかりに、人間のしがらみから解放され、動物の人生を謳歌している。そんな多様性を受け入れることこそが人間の社会なのかもしれない。それでも、
「カリナの……一部の人間嫌いな、人間より動物の方が好きな人達のために、大勢の人間に負担させるわけには行かないんだ。だって俺は人間だから……自分が人間に産まれてしまったことへの悩みと向き合うから、人間は成長できるはずなんだ」
それでもこんな馬鹿げた世界は終わりにしないといけない。俺はカリナを抱きしめる。人間の頃だったら変態だと突き飛ばされたかもしれないが、猫になってしまった彼女は俺のことをすっかり飼い主として信頼しているのか、甘えた声で俺の胸に頬ずりをする。
「すまないカリナ。お前をまた苦しい日常に戻してしまう。けれどもお前は一人じゃないんだ。お前が今みたいに、心から笑える日が送れるように、俺は全力でサポートするから……だから、さよならだ」
カリナをぎゅっと抱きしめて離した後、事態をよくわかっていない彼女の目の前で、猫に向かって、神様に向かって、お願いしますと深々とお辞儀をする。それに応えるように、猫はにゃーおと大きく鳴くと、世界は眩い光に包まれた。
…
……
………
「それじゃあお兄ちゃん、私先に学校行って来るから。ちゃんと鍵閉めてよ? 猫が脱走したら大変なんだから。あ、後帰りにペットフード買っといて」
「ああ、わかったよ。ついでにケーキも買ってきてやるよ」
「何突然。まあ、買ってきてくれるなら食べるけど」
二足で立ち、人間の言葉を発する、人間としては当たり前のことをしているカリナが学校へと出かけるのを見送る。世界は元に戻った。まるで最初からそんな事件なんて無かったかのように、テレビをつければやっているのは危険なウイルスの話題ばかりだ。俺だけはかつて世界がどうなったかを覚えているようだが、果たしてこの記憶も本物かどうか怪しい。実は全て俺の妄想なのかもしれないと、かつて神様だった猫を見るが、そこにいるのはただの猫。
「おのれ漁師共……イルカが味わってきた苦痛を、連中にも味合わせてやりたいわ」
「先輩、あんまり無茶なことはしたら駄目ですよ?」
今日もどこかで人間より動物の方が大事な人達が人間を攻撃しているし、
「~~♪ はぁ、植物はいいわねぇ……」
「おーい、植木鉢が届いたぞ、どこに置けばいい?」
「あら、ありがとう。それじゃあそれは……」
表面上は幸せな、お互いを一番に愛し合っている夫婦であっても、実際にはそうでなかったりするし、
「次のターゲットは……君だ! よーしよしよし、おじさんの家で美味しい埠頭駅定食をご馳走しよう」
人間じゃないからと好き勝手に自分の欲望を満たすための玩具にしている人は一向に減らない。
「ま、全部ひっくるめて、人間らしさってか?」
凄くそれっぽいことを言いつつ、どんなケーキを買ったらカリナは喜ぶかななんて考えながら、俺も人間としての人生を謳歌するために家を出た。




