Is she a cat???
「……」
目の前には、ついさっき俺が殺した子猫の残骸。近所をうろついていたのを餌付けして、信用させて、ついには部屋に持ち帰って、ネットで話題になっていた色んな方法で始末した猫のうちの一匹。猫の死体を前に、俺はひどく興奮していた。もうここ何年も、こういった行為を続けている。きっかけは、野良猫が目の前でトラックに撥ねられて死んだこと。周りの人間がキャーキャーと騒ぐ中、俺には猫の命の輝きがたまらなく美しく思えて、数日後には自分で猫を轢き殺していた。その後もどんどん行為はエスカレートしていき、気づけば猫を誘拐しては殺害するような哀れな男と化していた。きっと逮捕されるまで、いや、逮捕されたって辞めることはできないのだろう。俺はそういう人間なのだ。深夜に猫を庭に埋めながら、既に次のターゲットのことを俺は考えていた。次に見た猫をターゲットにしよう、今度は毒エサで殺してやろう、そんなシミュレーションをしながら毎日を送っていたところ、とうとう俺の前の前に哀れな次のターゲットが現れた。現れたのだが……
「にゃーん♪」
「……」
道端でゴロゴロと寝転がっているのは、猫耳も生えていないし尻尾もついていない、どう見ても猫ではなく女子中学生。人間が突然動物のようになってしまった、なんて事件は勿論知っている。目の前にいる女子中学生はきっと猫が好きすぎて猫になってしまったのだろう。問題はそこではない。俺は彼女を人間として扱えばいいのか猫として扱えばいいのかだ。とりあえず俺はカバンからねこじゃらしの玩具を取り出すと、彼女に向かって振り始める。
「……! ……♪」
彼女は目の色を輝かせ、ねこじゃらしにぺしぺしとパンチを繰り出し始める。その様子は誰がどう見ても猫だろう。だとしたら、俺は彼女を殺さなければいけない。例え法律が彼女を人間だとして扱ったとしても、俺にとっては彼女は猫なのだ。次に見た猫をターゲットにすると決めた以上、俺はやらなければいけないのだ。今度は魚肉ソーセージをカバンから取り出すと、それを剥いて彼女に差し出す。クンクンと匂いを嗅いだ後、後ずさりし始めた。どうやら中身は猫でも、身体は人間だった頃の好き嫌いを覚えているのだろう。きっと彼女は人間の頃、魚肉ソーセージが苦手だったのだ。苦手な物を差し出されたからか、彼女は俺に背を向けると、四足で走り出して逃げ出してしまった。あの調子だと、また定期的に外で出会うことになるだろう。食べて貰えなかった魚肉ソーセージを頬張ると、彼女を手なずけてどうにか連れ帰るための作戦を考えるのだった。
その日から俺と彼女の戦いが始まった。これが野良猫なら、出会った場所で待機していればそのうちまた見つかるだろうが、ホームレス女子中学生や家出少女が日本の女子中学生の何%かを考えれば、彼女は飼い猫娘であり普段は家の中にいるはずだ。家族が猫になってしまった少女を一人でどこかに出歩かせるとは思えない、おそらくは俺と出会ったあの日、彼女は家族が仕事なり学校なり不在の時に、一人で勝手に出かけてしまったのだ。俺も普段は仕事をしている身分、仕事が終わって二匹目の泥鰌を狙うが如く、女子中学生と再び出会わないかとその辺をうろうろするという不審者まっしぐらな日常を謳歌すること3日。
「おいカリナ、ケーキ買ってやるから二足歩行してくれよ。俺が変態みたいじゃねえか……」
「なーお……」
兄妹と思わしき男に連れられ、しぶしぶ四足歩行から二足歩行に切り替えた、散歩をしている彼女と遭遇する。俺は通行人を装いながら、こっそり彼女たちの後をつける。幸いにも今回の人間が動物のようになってしまうという事件のおかげで、俺のようなただのストーカーは不審者のふの字にも入らない。彼女の家を特定した俺は、家族構成等を極秘裏に調査。彼女に両親はおらず、兄と二人暮らし。その兄もほとんど学校で平日は家におらず、数匹の猫では番犬にはなりえないだろう。数日後、有給を取った俺は彼女が一人でゴロゴロしているであろう家へ、女子中学生の好きそうなケーキやらマカロンやらを持って行く。
「まーお……」
『にゃーお……』
庭でかつてペットだった、今では仲間となった猫達と一緒にのんびりと日向ぼっこを楽しんでいる彼女の姿。猫達に騒がれないようにキャットフードをその辺にばら撒く。普通の猫達は喜んでそれを食べ始めたが、彼女は興味深そうに匂いを嗅ぐも、人間だった頃の理性が残っているのか、本能的に人間の身体には合わないと考えているのか食べようとはしない。
「ほら、おじさんは怪しい人間じゃないよ。ケーキとマカロンをあげよう」
「……! ……♪」
評判のお店のケーキやマカロン、おまけにタピオカミルクティーを見せてやると、彼女は目の色を輝かせてこちらに駆け寄り、ケーキを奪い取るとそのまま手づかみで食べ始める。猫になって随分と知能は低下しているようだ。
「美味しいかい? おじさんの家にくれば、もっと美味しいものが食べられるよ」
「……? ……」
誘拐犯の決め台詞を投げかける。もっと美味しいもの、という言葉に反応した彼女だが、流石に知らない人についていくのがまずいことくらいは知っているようで、仲間の猫の方を見る。恐らくは意見を求めているのだろう。その猫達は、先ほど俺が与えたキャットフードに夢中になっているのだが。しばらく俺と猫の方を交互に見た後、
「……♪」
俺を信用してくれたようで、とことことこちらに四足歩行でついてくる。こんなにうまくいくとはな、とほくそ笑んで、彼女と共に俺の家へ向かおうとしたところで、
『猫のような人間に、特殊な感情を抱く人間がいることは知っていたが、こんなことになろうとはな。純潔を散らすことになるのか、もしくは……あの男にどう言い訳したものか』
脳内に渋い声が聞こえてくる。誰かいるのかと振り返ったが、そこには猫達がいるだけ。一匹だけキャットフードに夢中になっていない猫がこちらを見つめていたが、ただそれだけだった。良心の呵責が幻聴となったのだろうか、今まで罪悪感すらロクに覚えていなかったこの俺が? 馬鹿馬鹿しいと自分を鼻で笑うと、彼女と共に家へと向かう。女子中学生を四つん這いにさせたまま連れまわす男は、ちょっと前なら通報ものだっただろう。だが、今となっては誰がどう見ても、娘か妹か、猫になってしまった家族と一緒に散歩をしているお兄さん。この兄妹に家族がいたのなら、交友関係がもっとあったなら、兄では無く別の男が連れまわしていると誰かが気づくかもしれないが、そんなことはなく俺の家まで到着してしまった。
「ほら、約束通り、美味しいケーキだ」
「……! ……♪」
追加のケーキを振舞うと、嬉しそうにそれを食べ始める。カロリーを気にする年頃だろうが、猫になって元気に駆け回っているのなら、そんな心配はないだろう。もっとも、今日でそんなことについて悩む必要は無くなるのだが。ケーキを数個平らげて、満腹そうにその辺へ寝転がる彼女。混ぜておいた睡眠薬の効果か、単純にお腹が一杯になったからか、すやすやと寝息を立て始めた。そんな彼女の寝顔を見ながら、俺は台所から包丁を取り出す。最初は毒エサで殺そうなんて考えていたが、猫サイズならともかく人間サイズをあっという間に殺せる毒なんてそんな簡単に手に入らない。折角人間の姿の猫を殺せるのだ、どうせなら包丁を突き刺して、今まで猫で満足していた嗜虐心を満たしてやろう。
「……」
幸せそうに眠っている彼女の首筋へと包丁を持って行く。後はこれをすっと一突きすれば、彼女は命を輝かせ、虹の橋を渡ることになるだろう。地震は起きていないのに、包丁を持つ手がガタガタと震える。
「彼女は猫だ。猫だ。猫だ猫だ猫だ猫だ猫だ猫だ猫だ猫だ猫だ猫だ猫だ猫だ猫だ猫だ猫だ猫だ猫だ猫だ猫だ猫だ猫だ猫だ猫だ猫だ猫だ猫だ猫だ猫だ猫だ猫だ猫だ猫だ猫だ猫だ猫だ猫だ猫だ猫だ猫だ猫だ猫だ猫だ猫だ」
壊れたラジオのように小声でぶつぶつと呟き始める。彼女は人間の姿をしているだけで、仕草だって、鳴き声だって猫じゃないか。今まで数えきれないほどに殺してきたというのに、何故今になって躊躇うんだ。
「猫だ猫だ猫だ猫だ猫だ猫だ人間だ猫だ猫だ猫だ猫だ猫だ猫だ人間だ人間だ猫だ猫だ猫だ人間だ猫だ人間だ猫だ猫だ人間だ猫だ人間だ人間だ」
頭がぐるぐるする。速く終わらせなければいけないのに。どれだけ時間が経っただろうか、俺は手汗でびしょびしょになり、今にもずり落ちそうな包丁を振りかざすと――




