She is a plant
「ここは以前まで有名なドッグブリーダーのお宅でした。しかしある日を境に、彼はまるで犬のようになってしまったのです。犬に餌をやり訓練をするどころか、今では犬と一緒に走り回っています。信じられませんが、今全国各地でこのような事件が多発しているのです。以上、現場からの中継でした」
「レポーターの方ありがとうございました。それにしても不思議な話ですよね、今回はゲストに生物学者の吉田先生と、心理学者の田中先生をお招きしています。早速ですがお二人とも、この件についてお考えをお聞かせ頂きたく」
「どういう人間が動物のようになってしまったのかを調べたところ、以前からその動物と密接に関わって来た人が多いようです。動物と密に触れ合うことで、いつのまにか動物に蔓延していたウイルスのようなものが付着してしまったのではないでしょうか。それが一斉に発症してしまったと」
「動物を好きすぎるがあまり、自分を動物だと思い込んでしまった人間というのは、稀ですが見受けられます。最初に動物のようになってしまった人間が誰かはわかりませんが、テレビでそれを大々的に放映した結果、『自分もそうなのかもしれない』と思ってしまう人間が続出してしまったのではないでしょうか」
テレビでは毎日のようにそんな馬鹿げたニュースをやっていた。動物のようになってしまった人間の数はそれほど多くないからか、最初は国の一大事だと騒いでいた人達もすんなりと受け入れ、身体の大きなペットとして扱っていきましょうなんて人も出てくる始末。当事者の身にもなってみろと苛立ちを隠しきれずテレビの電源を切ると、色とりどりの花に囲まれて幸せそうな、ベッドでずっと眠っている妻を眺める。
「……」
妻はあの日から、ずっと目を覚まさない。呼吸はしているがどれだけ声をかけても、身体をゆすっても、何の反応も起こさない。思い当たる節は1つしか無かった。
「これぞまさに植物人間、ってか……笑えねえ」
妻はガーデニングが趣味の優しい人間で、いつかは花屋をやってみたいと言っていた。植物を愛でる彼女に惹かれていた部分があったし、将来花屋をやることだって反対もしなかった。けれどもこんなことになるとわかっていれば、ガーデニングも程々にな、と止めたことだろう。犬を愛していた人は犬のようになって、猫を愛していた人は猫のようになった。妻は植物を愛していたから、植物のようになった。あまりにも単純かつ、救えない話だ。妻が目を覚まさないことよりも、何も喋らないことよりも、
「俺はお前を世界一愛していたつもりだったよ。でもお前はそうじゃなかったんだな。人間の生活をあっさりと捨てるほど、植物の方が好きだったんだな」
自分が一番にはなれなかった。自分が一番にはなれなかったから、彼女を守れなかった。その事実がただただ重くのしかかる。妻が元に戻ったとして、果たして俺は彼女をこれまで通り愛することができるのだろうか? 動かなくとも幸せそうな妻とは対照的に、俺は今にも死にそうだ。
「……嘆いてたってしょうがないよな。お前の一番になれなくても、俺の一番なんだよ。一生元に戻らなくなって、ずっと面倒見てやるからな」
「……」
すぐに辛気臭い表情を辞めて、にこやかに笑いながら妻に語り掛ける。その言葉が果たして本心なのか虚勢なのかはわからない。早速俺は妻がよく読んでいたガーデニングの本を読み始める。妻はもう人間ではない、人間の形をしているだけで植物なのだ。人間の常識は捨て去らないといけない。
「やっぱり植物だからな……土に埋めて顔だけ出す方がいいんだろうか……ただ、身体は人間だからな……縦に埋めたら、ずっと立ちっぱなし状態だし身体に悪いだろうし、構図を考える必要があるな……」
植木鉢から首だけ生えた女性を育てるゲームが脳裏を過ったが、妻は首から下もしっかり存在しているのだ。ホームセンターに向かい、大きめの水槽とたっぷりの土を買う。大きすぎて家には入らなかったが、植物なのだ、外で日の光に当たりながらの方が良いだろうと庭に水槽を設置し、土を入れていく。ある程度土が入ったところで、家から妻を運び出して、服を脱がして土の中に、顔だけ出るように斜めに寝かせた。客観的に見れば、俺は無言の女性の服を脱がし、土の中に埋める猟奇的な人間だ。この時点で俺は既にショックで狂っていたのかもしれない。
「野ざらしはまずいよな、変な男にこの状態の妻を見られたら、何をされるかたまったもんじゃない」
自分の事は棚に上げつつ、再びホームセンターに向かいビニールハウスを買ってくる。妻が外から見えないように、ビニールハウスで周りを囲う。これで不審者や虫の対策も大丈夫だろう。
「一人じゃ寂しいよな、ちょっと待ってろ、お前が育ててきた連中を持ってくるよ」
ガーデニングに目覚めたというわけではないが、ビニールハウスの中に妻が一人というのも味気ない。彼女が今まで育ててきた、名前もよくわからない植物を運んでは、彼女の傍に置いてやる。サボテンを掴んでいるわけでもないのに、運ぶ度に心がチクチクしたのは、植物に嫉妬したからだろうか。
「ふぅ……お、どうした、笑ってるのか?」
植物を運び終えた頃に彼女の顔を見ると、さっきよりもにこやかな表情になっていた。快適な空間を用意されて、辺りを友達に囲まれて嬉しいのだろう。苦労した甲斐があったもんだと、そんな彼女を見て満足気に頷く。
「ああそうだ、水をあげないとな」
肝心の食事を忘れていたことに気づき、コップに水を汲んで持ってくる。彼女の顔にそれをかけるために、彼女の顔を覗き込むように身を乗り出し、まじまじと彼女の顔を眺める。
「……うっ、ううっ……」
ぽつぽつと降ったのは雨ではなく俺の涙。自然と手からコップが離れ、ガシャンという割れた音と共に自分の靴が水浸しになるが、気にも留めずに妻の顔に涙を落としづつける。
「頼むよ……戻ってくれよ……俺はお前がいないとダメなんだよ……」
植物に塩水をあげてはいけないことくらいは知っているが、涙を止めることなど出来ない。映画のように、涙が落ちても奇跡は起こらなかった。




