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She is a dolphin

「いよいよ明日ね。爆発物の準備は出来てる?」


 ホテルの一室で、威嚇射撃に使う拳銃、錯乱させるための煙玉、お手製の爆弾……平和な日本にはそぐわない危険なアイテムの確認をしている僕ことデービッドの元へ、缶コーヒーを片手にリリィ先輩がやってきた。


「勿論っすよ先輩! これなら船に風穴だって開けられます。……でも本当にいいんですかね?」

「これもイルカのためよ。人間達には、自分達のやってきたことの報いを受けてもらわないと。それじゃあ私はもう寝るわ。貴方も早く寝なさい、敵は漁師、朝の早い人達なのだから、できるだけ早く来て交渉を有利に進められるよう、準備をする必要があるのだから」

「……」


 声も表情も迷いを残す僕とは対照的に、彼女は爽やかな声で、覚悟を決めた人間の表情で語る。おやすみなさい、と言って部屋を出て行った先輩を見送りながら、僕は缶コーヒーを開けてグイっと飲む。日本の缶コーヒーは甘ったるいが、今の僕にはほろ苦い。


「先輩とはちっとも過激な関係にはならないのに、活動は随分と過激になっちゃったな」


 僕達は観光で日本に来ているわけではない。悪名高い動物保護団体、僕達はそのメンバーだ。僕達が来ているこの町は、毎年この時期にイルカ漁をやっている。罪の無いイルカ達を守るため、僕達は明日漁師の人達と交渉をするのだ。……銃や爆発物を使って。


「昔は一緒に水族館に行ったり、幸せだったのに……」


 高校時代、一つ上の先輩に一目惚れした僕。何とかして一緒にいる時間を増やしたくて、当時先輩が入っていた環境保護活動部なんていう、植林運動をしたり、海岸の掃除をしたりする平和な部活に入った僕。先輩と仲良くなって、デートも何回かして、あの頃は本当に幸せだった。けれど、僕の先輩への恋心が増す代わりに、先輩は保護活動への熱を増してしまった。段々と活動は過激になり、当時の仲間も呆れて離れていき、今ではこうして立派な過激な団体のメンバーになってしまった。


「辞めたいなぁ……でも、好きなんだよ……」


 動物より自分を見て欲しい、だなんて気持ち悪い告白をすることもできない、当時の仲間達のように、先輩はおかしくなったんだと見限ることもできない、ただただ先輩に付き従って、先輩と一緒に罪を重ねていく。考えるのが嫌になった僕は、布団に入って先輩とデートをする妄想をして眠りについた。



「よし、皆集まったな。それじゃあバリケードを作っていくぞ」


 早朝4時。浜辺に集まった僕達は漁を妨害するために障害物を置き始める。浜辺にこんな無粋な物を置く方が、余程環境破壊だよ……とため息をつく僕の目の前で、先輩は他の保護団体のメンバーと楽しそうに喋っていた。先輩と二人で旅行に行ったりして活動ができるなら僕も喜んで今の生活を受け入れたかもしれないが、当然そんなことはない。僕の他にも男はいるし、下心メインで参加している僕と違って、他の人は先輩と同じくらい活動に積極的だ。先輩も僕よりもそういう人達と喋っている方が楽しそうだ。辛い現実に打ちひしがれているうちに、漁をするために浜辺に漁師がやってくる。


『リョーヲー、ヤーメナサイー』


 バリケードの内側から、たどたどしい日本語と共にメガホンで漁師達を威嚇する。勿論こんなことで漁が中止されるわけがない。向こうも毎年のようにこういった妨害は受けているから気にしていないのだろう、慣れた手つきで障害物をどかすと、船に乗って海へと出発してしまった。


「交渉失敗、ね。仕方ないわ、船を出しましょう」


 去年まではこれで僕達の活動は終わり。交渉が失敗し漁が行われたことをサイトにアップして、なんて日本人は残虐な民族なんだと批判する。けれど今年は違う。僕達の元へ、国内にいた協力者が小型の船と共にやってくる。


「あまり船を近づけすぎないようにね。向こうは数も多いし、ぶつかったら沈没するのはこっちだから。あくまで一定の距離を取りつつ、交渉をするの。大丈夫、日本人は銃なんて実際に見たこともない人ばかり。見せるだけでスムーズに交渉は続くはずよ。ああ、デービッド。折角船に乗って海へ来ているんですもの、イルカの写真を撮ってくれないかしら。漁をするってことは、イルカが近くにいるはずよ」

「わかりました、先輩。無茶はしないでくださいね」


 言い訳の余地無くテロリスト丸出しな発言をしながらも、脳内では交渉が成功した後にイルカと戯れているのだろう、目を輝かせている先輩。それなりに揺れる船の上で、どうにか頑張ってビデオカメラを回しつつイルカや先輩、敵の船を撮影している中、先輩と他のメンバーは懸命に交渉していた。


『リョーヲー、ヤーメナサイー、イルカハー、ワタシタチトオナジー、チセイアフルル、イキモノデス』


 精一杯メガホンで向こうの船に対して発言を続けているのだが、完全に無視されている。我々の日本語が下手できちんと伝わっていないのか、陸と違いお互い船に乗った状態では、声がそもそも聴きとれないのか、アホな連中が何か言いおると相手にされていないのか、向こうの船達はイルカを追い詰めていた。その光景を動画に取っていると、顔を真っ赤にして、怒りを隠しもしない表情で先輩が近づいてくる。


「デービッド! 煙玉! 船に向かって投げるわよ! 向こうは集団で漁をしているの、1つ潰せば連携が取れなくなって、そのうちにイルカは逃げられるはずよ」

「先輩、この距離じゃ向こうの船にピンポイントで投げるなんて無理ですよ。海の中に大量に煙玉を沈めることになります。環境破壊もいいとこですよ。今回は諦めましょう、その代わりにこの漁の光景を動画にしてアップするんです。そうやって残虐なことをやっているなと皆に思わせて、世論を味方につけましょう」

「そんなのダメよ! イルカが死ぬのを黙ってみているなんて! 貸しなさい!」


 漁を止めるために武器を使おうとする先輩。先輩を過激な行動の実行犯にはしたくなかったので必死に止めようとするが、聞く耳を持たないようで僕が持っていたカバンをひったくると、中から拳銃を取り出す。空に向かって威嚇射撃でもするのかと思ったが、構える先は水平だった。


「ちょっと先輩! それかなり威力高いんですよ!? 当たったら洒落になりませんって!」

「今まで人間がイルカに与えてきた痛みを、味わってもらうだけよ。放しなさい、邪魔するなら貴方も撃つわよ」


 煙玉を投げて妨害、からいきなり漁師を銃撃するにエスカレートしてしまい、慌てて止めに入るが本気の目と声と共に銃口を向けられてそれだけでへたり込んでしまう。先輩の本気の様子に他のメンバーも感化されたのか、気づけば僕以外のメンバーは銃を手にし、漁師達に狙いを定めていた。先輩が引き金を引けば、他の皆も撃ち始めるだろう。当たらないことを祈りつつその時を待っていたのだが、いつまで経っても先輩は引き金を引こうとしない。寸前になって思いとどまってくれたのだろうかと声をかけようとした瞬間、先輩は銃をカランと船の上に落とすと、


「キュウウウウウウウウウン!」


 突然奇声を発し、海へと飛び込んでしまった。


「お、おいリリィ、いきなりどうしちまったんだ?」

「キュウ! キュウ!」

「先輩! そっち危ないですって!」


 唐突すぎる行動に狼狽える僕達。先輩はイルカのような鳴き声を発しながら、海をすいすいと泳いでいき、イルカ達の方へと向かっていく。向こうの方から男達の声が聞こえる。日本語はよくわからないが、声色からして慌てているようだ。漁をしていたら突然イルカに混じって女性が現れるのだから当然なのだが。向こうの船の動きが乱れ始め、やがて追い込まれていたイルカ達が脱出をし始める。しばらくするとこちらの船の方へ、イルカの集団と先輩がやってきた。


「凄いじゃないですか先輩! まさかあんな方法でイルカを助けるなんて!」


 完全に漁を妨害してしまい、僕達の団体の悪名は更に増すことだろうが、ひとまずは先輩が物騒な事をせずに済んで良かったと胸を撫でおろしながら、船に近づいてきた先輩を引き上げようと手を伸ばすが、


「キュウ! キュウ!」

「ちょ、どこ行くんですか先輩!」


 先輩は船に戻ろうとせず、そのままイルカ達と共に海の向こうへ行こうと泳ぎ始める。勝利の余韻に浸る間も無く、僕達の団体は先輩を捕まえる為に奔走するのだった。





「キュウウウウ! キュウウウウ!」


 2時間後。イルカと一緒に泳いでいたが、段々と体力が無くなってきたのか溺れ始めた先輩をどうにか全員で救出し、また海に飛び出さないよう紐で縛る。そんな先輩の横で僕はスマホを見ながら大きなため息をつく。どうやら世界中で人間が動物のようになってしまう事例が多発しているらしい。きっと先輩はそれでイルカになってしまったのだ。いくらイルカが好きだからって、自分がイルカになってしまうなんて。人間を捨てるくらい、僕との思い出を捨てるくらいイルカを愛していた先輩のことなんてもう忘れるべきかと思いつつも、今の状態の先輩を見捨てる気分にもなれない。


「キュウウウウ……」

「お腹空いたんですか先輩? イルカって何食べるんでしたっけ、生魚でしたっけ。でも先輩の身体は人間なんです、そんなもの食べたらお腹壊しちゃいますよ。焼き魚、買ってきますね」


 もしも先輩が元に戻ったら、こんな活動辞めさせよう。動物を好きになるのも程々にしてくださいよと、僕達が先輩のせいでどれだけ苦労したか語りながら説教してやろう。そしてちゃんと気持ちを伝えよう。少しだけ勇気が湧いた僕は、イルカの餌をスマホで調べながら、近くのスーパーへと向かうのだった。

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