She is not a human
『みゃーお』
「……♪」
家の中を、何匹もの猫が我が物顔で闊歩している。その中心で、妹であるカリナが幸せそうに猫を抱いていた。俺は猫アレルギーではないとは言え、匂いは気になるし、家の中が猫ばかりになるとどうにも落ち着かない。
「なあカリナ……また猫を拾ってきたのか? いい加減にしろよ、捨て猫なら保健所に渡して里親募集すればいいだろ。ここはお前だけの家じゃないんだぞ?」
「うるさい。保健所は猫を殺す。私は猫を殺さない。お兄ちゃんは猫が殺されてもいいの? 人でなし」
カリナに文句を言うと、威嚇した猫のように睨まれる。両親を事故で失ってから1年。妹の不安定な精神を、寂しさを埋めたのは猫であった。けれども、猫への愛情がエスカレートしてしまったのだろう、今となっては自分よりも、俺よりも、人間よりも猫の方が大事といったスタンスだ。
「あ、エサが少なくなってきた。私そこのコンビニで餌買ってくるから。お兄ちゃんはこの子の看病してあげて。怪我してるの」
「俺は獣医じゃねえよ……お前、こないだみたいにまた帰りに猫を拾って来るなよ」
「何で。お金なら保険金がまだまだあるじゃない。私やお兄ちゃんと違って、人間に捨てられた猫は、怪我をした猫は、一匹じゃ生きられないの。その猫もね、きっと虐待されたんだわ。最近ね、猫の虐待事件が増えているの、きっと同一犯よ。ああ、可哀想。許せない。絶対に犯人を見つけてやる」
「……」
憤慨しながら家を出ていくカリナ。猫を保護することも、愛することも悪いことではない。けれども今のカリナは、猫のためならば人間を平気で見捨てそうで、殺しそうで、どこか危うい。俺の杞憂なのだろうかとため息をつきながら、怪我をしている猫を眺めていると、
『困った妹だな。心中察するぞ』
頭の中に男とも女とも言えない、奇妙な声が響く。突然の事に驚いて辺りを見回すが、辺りには猫しかいない。
『ここだ。ここ。お前の目の前で、苦しそうに寝ているだろう』
再び声が響く。目の前を見ると、そこには怪我をして苦しそうに寝ている猫が確かに一匹。
「……猫が喋ってるのか?」
『ああそうだ。私はお前らが言うところの神様でな。この生き物……猫では人間が理解できる言語を喋ることはできないので、頭の中に直接声を届けさせて貰った」
「神様が猫だってのか?」
『君達の言葉で言うならば、神様が一時的にこの猫に転生しているといったところか。人間の姿をしていた時もあるし、植物に宿っていたこともある。色々な姿、色々な立場となってこの世界を見ているのだ』
「なるほど……はっ、これは失礼しました。エサをどうぞ」
『うむ。相手が神様だと知り態度を改める、人間らしくて良いぞ』
説得力のある説明に、俺は目の前の猫が本物の神様であると認識し、粗相の無いようにすぐにエサを差し出す。怪我をしていたのはフェイクだったのだろう、神様は元気そうにエサをムシャムシャと食べ始めた。
「それで神様。どのような用件で俺に声をかけたのでしょうか。拾ってくれた妹への恩返しでしょうか?」
『ははは。拾ってくれた人間をこう評するのは辛いが……お前の妹は人間として間違っているぞ。人間は、人間のために生きるべきだ。自らの欲を満たすために猫を愛するのは構わん。だが、お前の妹は度が過ぎている。人間よりも猫の方を優先している』
「……」
そのまま俺が薄からず思っていたことを言ってのける神様。神様と意見が合ったことに喜ぶ一方で、妹が神様に間違っていると批判されるのはどうにも悲しい。
『私は、生き物が自分達の戦う姿を見たいのだよ。君達の言葉で言うところの、弱肉強食だ。種としての繁栄のために戦う、そんな姿に美しさを感じている。しかし人間は、人間のために戦わない。お前の妹のように猫の方が大事だなんて人間もいるし、私から見れば国が違うだの、考えが違うだの下らない理由で人間同士争う。自らが地上の頂点であると認識しているが故の傲慢な行動か? 気に食わん』
「つまり、人間同士協力して、人間のために全ての動物を家畜のように扱えと言うことですか?」
『その方が私は見ていて楽しい。とはいえ、そこまで人間全体の生き方に干渉するつもりもない。私は考えた。人間も好きで人間になった訳ではない。人間よりも猫の方が、他の生き物の方が好きならば、その生き物になった方が幸せなのではないだろうか、自然なのではないだろうか』
「……?」
あまり頭がいい方ではないので、神様の言っている言葉がよく理解できないでいると、ガチャリと家の扉が開く音がする。妹が帰ってきたようだ。コンビニで買い占めてきた大量の猫缶を持って上機嫌で部屋にやってくるカリナ。
「ただいま。大丈夫? その子苦しそうにしてない?」
「おかえり。聞いてくれよ、この猫……凄く可愛いな」
「お兄ちゃんも猫の可愛さに気づいたのね」
妹にこの猫が神様であると伝えようとしたが、口から出てきたのは全く別の言葉。どうやら神様が都合が悪いと無理矢理俺を操ったようだ。早速エサを開けて群がる猫を見ながら鼻歌を歌っているカリナを見ながら、一匹だけ俺の目の前から動かない猫、もとい神様を見やり、脳内での会話を試みる。神様なのだから、言葉にしなくても、心を勝手に読んでテレパシーで会話が成り立つはずだ。
『すみません神様。秘密でしたか』
『まあ、バラしたところですぐに無意味になるがな。さて、話の続きをしよう。私は、お前の妹を猫にしてやろうと考えている。いや、お前の妹だけではない。この世界の、人間よりも他の生き物を大事にするような連中は、いっそのことその生き物にしてやろうと考えている』
『は? 猫? 変身させるってことですか?』
『残念ながら神様もそこまで万能ではない。物理法則を無理矢理捻じ曲げて、人間を猫に変えることは非常に難しい。百聞は一見に如かず。さあ、世界を変えようではないか』
妹を猫にする。人間の言葉を解する猫となった妹と暮らす生活を想像したが、どうやらそうではないらしい。神様が世界を変えようと言った瞬間、それまで鼻歌を歌っていた妹が急に喋らなくなる。
「どうしたんだカリナ?」
「……」
「カリナ?」
様子が変だと妹に近づいて声をかける俺。カリナは俺を見るとその場で四つん這いになり、俺を睨みつける。
「フーッ!」
「……お、おい、まさか……カリナ? わかるよな? 人間の言葉、わかるよな?」
とてもではないけど人間がとるとは思えない彼女の行動に狼狽えながら会話を試みるが、彼女は猫のようにこちらを睨みつけながら威嚇するばかり。神様の方を見るが、まるで普通の猫になってしまったようにその場をゴロゴロとするし、頭の中に声も聞こえてこない。神様が先ほど言っていた言葉。変わってしまった妹。
「は、ははは……お、おいカリナ、エサだぞ。身体は人間なんだから、ちゃんと人間の飯食わないとな」
動揺しながら、一緒に彼女が買ってきたであろうパンの包みを開けて彼女の方に投げると、地面に落ちたそれをムシャムシャと食べ始める。どうやら、本当に妹の精神は、人間よりも猫の方が好きな妹が属するべき生き物は、猫になってしまったらしい。




