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第1部:リスタート-1

1;リスタート


 一人の中学教師の犯罪を明らかにし、そして学校の体質そのものの問題を世間に知らしめた事件は、加害者側と被害者側双方に一人ずつ自殺者を出すというショッキングな結末を迎えたが、時とともに事件は風化していた。

 まさに当事者のアキラとカズヤは、不本意な形で巻き込んだ神森の五人に対し、新聞の切抜きを同封した短い手紙一つと電話の一本で説明を済ませ、双方受験という事情も手伝って、殆ど連絡を取り合うことはなかった。

 それでもカズヤはそれなりに連絡を取り合っていたようだが、アキラに至っては皆無と言っても差し支えない。でも誰もが「アキラだからねぇ」と、笑って済ませていた。


 努力の甲斐あって神森の五人は、数少ない市内の共学校の中のトップ校に入学した。

 別に申し合わせて同じ学校に行こうとしたつもりはないのだが、別学の学校はレベルも高く、何より校風が馴染めそうもない。気が付くと、仲良し五人組は同じ学校を受験していたというわけだ。

 でも、一番死ぬ気で頑張ったのはカズヤだ。

 その存在が近くにありながら、違う中学に通っている欲求不満を勉強にぶつけ、アキラと同じ学校に行きたいとの一念だけで、都内随一の公立高校に合格したのだ。

 その学校には《SIN》のメンバーが数人いる。当然知らぬ顔などできるわけがない。しかしかつての呼び名は封印したアキラとカズヤの事情を知っている彼らは、ちゃんと本名で呼んでくれる。

 現在のリーダーは神宮司。シンは引退し、アキラはただのメンバーでしかない。


 神森で鍛えられたアキラも、肩の力を抜いて学校生活を送っている。

 やはり入学当初は『美人の俊才』と注目を集めたが、騒ぎを起こすことなく、静かに一般学生に紛れている。ただあの頃と違うのは、彼女の周りに一人の男子がいることだろう。

 相変わらず彼女は基本一人だが、クラスメイトの誘いを拒否せずに群れることもある。そしてその傍らには、まるで子犬のように纏わりつくカズヤがいる。今となっては、アキラよりもカズヤが変人扱いだ。

 怖がられるようなことはしていないのに、それでも近寄りがたいアキラのオーラを全く無視し、彼氏扱いされなくても、めげずに『好き』だと公言できるのは、かつての空気読めない天然パーの名残なのか、単に一途なのかは本人たちにも解らない。


 でもカズヤは一生懸命アキラの傍にあり続けようとしたし、アキラはそれを拒否するわけでもなく、彼の好きなようにさせている。彼女を知る者からすれば、そのこと自体が奇跡だ。無理して入学した学校の勉強についていけないカズヤの面倒をちゃんと見ているし、誘われれば好物の白玉ぜんざいを食べに行く。

 アキラに『デート』しているという感覚がなくても、それでもカズヤは満足なのだ。

 デートに誘った先でバカにされたくないから、一生懸命勉強だってする。

 以前のカズヤなら、トップの学校でビリでも、全高校生から見れば上位に入ると言い訳をして、現状に甘んじただろう。

 それほどまでに、恋の力は凄まじい。


 神森の五人も、高校生活を楽しんでいる。

 コメチは迷わず全国レベルの吹奏楽部に入部し、ナミは地道に卓球を続けている。シキは学校内でも地味な弓道部を選び、ポンは相変わらず柔道部だ。相変わらず彼らは仲良く学校帰りにつるんで街を歩いていた。ただ一人を除いては。


 サキは、一人で不幸な生活を送っていた。

 勿論トップで入学したサキは、入学式で新入生挨拶を任された。普通なら、そんな息子を持った親は鼻高々というものだが、彼の家はそうではない。

 サキはずっと親と上手くいっていない。


 生まれながらに病気持ちのサキを父は疎み続け、母は父に頭が上がらない。サキの両親は健康で凡庸な彼の弟を溺愛していた。

 サキの弟は五才年下だ。未だ幼い弟は、兄を取り巻く家庭の事情を知るべくもない。


 サキの父は、彼が県一番の進学校を選ばずに、少し下の共学校を選んだことを、嫌味ととらえていた。そこで新入生挨拶をするなど、ただ目立ちたいだけだと受け取っていた。

 長男のことを何一つ見ずにいたのだから、息子の本心など知るわけがない。

 でも愛されたい息子は、その父をずっと見ているのだから、父の思惑に気付かないわけがない。

 サキは入学式の挨拶を終えた時、極度の緊張で倒れた。

 そしてそれから入退院を繰り返す生活。

 成績優秀であることは変わりがないので、出席日数を辛うじてクリアして進級してきた。


 ストレスも原因だろうが、思春期独特のホルモンバランスの変化も原因ではある。元来弱い内臓機能が狂いだし、最早どうにもならない。原因不明の鉄欠乏性貧血も進行して、薬漬けの毎日。放っておいたら全身酸素不足で脳死になりかねないと脅されても納得してしまう。

 サキは本当のことを知らなかった。だから、自分が病弱の所為で疎まれているのだと信じていた。

 しかし、父親はもっと彼の本質を疎んでいた。きっと彼は、もうすぐそれを思い知らされる。否応なく現れる、彼の『真実』を。


 痩せて尖った顎。日焼けを忘れた白い肌。速く伸びる髪。半眼の切れ長の目。

 まるで死にゆく星の最後の輝きのような儚い美しさなど、男の彼は望んでいない。


 気が付けば、それぞれが高校三年生になっていた。

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