97.月神に捧げる獣
「出来たぞ」
「こっちも刻めました」
アルトさんの手元には両手で抱える程の、大きな馬のような動物がある。その額には角を飾るための窪みがあり、精悍な顔付きは今にも嘶きを響かせそうなほど。銀で出来ているのに鬣は風を感じるほどに優雅で、その筋肉質な肢体も美しい。思わず溜息が漏れるくらいに。
「相変わらず見事な細工ですよねぇ。……うん、角もぴったり」
わたしは額の窪みに、出来上がった角を乗せる。恐ろしい程にぴったりなのだけど、この人はいつだってわたしの魔石に合わせてくれる。今更驚くことでもない。
「押さえていてくれ。固定する」
「はぁい」
一角獣と魔石を両手で押さえると、わたしの手を包むようにアルトさんが手を重ねる。アルトさんが魔力を篭めると、応えるように銀が揺らめいて魔石を固定していった。
「では魔力を流しますね」
「俺も流そう。これだけの大きさなら、どれだけの魔力を持っていかれるか分からんからな」
「そうですね、お願いします」
アラネアの時にも、アルトさんはわたしと魔力を合わせている。問題はないだろう。
わたしは両手を一角獣に翳すと、魔力を流していった。その波長に合わせてアルトさんも流してくれる。魔石は魔力を受けて、ぼんやりと光り始めた。
どれだけ時間が経ったのか。
流しても流しても、魔力が満たされない。魔石が壊れる様子はないから、式が失敗しているわけでもない。
わたしは思わずアルトさんと顔を見合わせた。
「……アルトさん、まだ大丈夫です?」
「ああ。お前は?」
「大丈夫です、が……魔力を結構喰いますねぇ。もう少し強めようと思うんですが、いいですか?」
「合わせる」
アルトさんがそういうなら大丈夫だろう。涼しい顔をしているしね。
ふと、こちらを窺うイーヴォ君と目が合った。心配そうに眉を下げる様子は珍しいものがある。
「大丈夫ですよ。ちゃんと完成させますから」
「……別にそれを心配してるわけじゃねぇ」
「あら、もしかしてわたし達の心配を? イーヴォ君はいいこですねぇ」
「うっせぇ!」
ふいと視線を逸らされてしまった。
漏れ出そうになる笑みを押し殺し、わたしは魔石に流す魔力を強めていった。アルトさんもそれに合わせて魔力を流してくれる。
魔石は先程までよりも強い光を帯び始めた。
キィン……! と高い音が響く。
それはどんどん音を高くして、そして途切れた。その瞬間、強い光が収束して一角獣全体が淡い紫に輝きだす。額の角は一際濃い、紫色。モーント様の瞳と同じ色だ。
「……出来ました」
「大丈夫か?」
気遣わしげな視線を向けてくるイーヴォ君に、にっこり笑ってみせる。正直疲れてはいるけれど、問題ない。魔力全てを喰われたわけではない……けれど、アルトさんが手伝ってくれなかったら厳しかったかもしれないな。
「大丈夫ですよ。これでオアシスが浄化されるといいですね」
「おう。……ありがとな」
「どういたしまして。わたしにも出来る事があって良かったです」
アルトさんの様子を伺うも、相変わらず平然としている。この人の魔力値ってどうなっているんだろう。わたしも結構、値は高いほうだと思うんだけど。
「アルトさんは大丈夫ですか?」
「問題ない。この大きさだからか、特殊な鉱石だからか、随分と魔力が必要なんだな」
「神様の力をお借りするのも一苦労ですねぇ。でもこの一角獣はとてもいい出来ですからね、モーント様もお喜びになると思いますよ」
「それならいいが」
紫に輝く一角獣を抱え、イーヴォ君に差し出す。ベルベットの布でそれを受け取ったイーヴォ君は丁寧に包んでいった。
「その内、また城に来てくれ。礼をする」
「お礼なんていいですよぅ。お友達の頼みですもの」
「それとこれとは話が別だろ。ヒルデガルト様も同じように言うと思うぜ」
「ふふ、では近いうちに。ヒルダにも宜しく伝えて下さいね」
「おう」
イーヴォ君はアルトさんに近付いて、手を上げる。それに手を合わせたアルトさんは、パチンといい音を立てている。
「ありがとな」
「ああ。気をつけて帰れよ」
「子どもじゃねぇっつーの」
イーヴォ君は盛大に肩を竦めると、ポケットから折り畳んだ紙を取り出す。それを広げると、そこには魔法陣が刻まれていた。
床に落とすとそこに魔力が立ち上り、転移陣が発動する。
「じゃあな」
「またね」
わたしが手を振るとイーヴォ君はその陣に足を踏み入れて、光と共に消えていった。後には何も残らず、魔法陣を記した紙もない。
「いまのが転移陣ですか?」
「そうだ。行き来する事が増えるかもしれないから、固定の転移陣を作っておいてもいいかもしれないな」
「転移陣にも色々あるんですねぇ」
「お前には馴染みがないだろうな」
陣が無くても転移できるからねぇ。
それにしても疲れた。うん、と両手を天に伸ばして大きく伸びをするとアルトさんが笑ったのが見えた。
「疲れたな。何か食べに行くか」
「いいですねぇ」
失った魔力を補うには食べるのが一番。わたしはいそいそとその場を片付け始めたのだった。
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