83.妹神官が可愛い
軽食をご馳走になってから、新しく宛がわれた部屋へ向かう。
わたしの新しい部屋は、ペールグリーンを基本にライラックが挿し色になった柔らかな色調で纏められていた。
客間よりも広く作られていて、ベッドやクローゼット、本棚や書き物机なども大きくなっている。座り心地の良さそうなソファーとローテーブル。据付けのドレッサーも可愛らしく、非常に居心地の良い部屋だった。
「……こんな素敵なお部屋を、わたしが借りてしまっていいんでしょうか」
「借りるんじゃなくて、ここはもうクレアさんのお部屋ですよ」
わたしの様子に満足そうにレオナさんが笑う。それは、ここにずっと居ていいと、そういう事なのだろう。わたしは改めてお礼を言ってから、彼女と一緒に荷物を解いていった。
「クレアさんがいなくなって、大変だったんですよ」
「大変、とは?」
わたしはクローゼットに服を並べている。広くなったから、靴やカバンなども纏めて入れておけそうで有難い。
レオナさんはわたしが持ってきていた小説や画集を、本棚に並べてくれている。
「アルト様の機嫌が物凄く悪くて、近付けなかったくらい」
「えぇ……心配させちゃったんですねぇ」
「図書室で古い文献を調べたり、実際に山の麓に向かったりしていたんですから」
「わぁ、それは……非常に申し訳ない」
「愛ですねぇ」
「お友達ですよ」
相変わらずの恋愛脳。何だかそれにも安堵する。
「えー、だってエールデ様が声を掛けて下さったのに、わざわざ自分で迎えに行くくらいですよ? これはもう、愛以外の何物でもないですってぇ」
「有難いですよねぇ」
尚も言い募るレオナさんも相変わらず。くすくすと笑いながらも、わたしを迎えにきてくれたという事実が嬉しいのも本当で、思わず機嫌も良くなってくる。
うぅん、それにしても眠たいな。寝ないでずっとアルトさんとお話していたから……そういえばずっとアルトさんに触れられていた。もちろん嫌なわけじゃないし、落ち着くんだけど……何だか胸の奥が苦しい。アルトさんは距離感が近いんだな。わたしだから良いものの、あれは他の女子にやったら誤解される。あとで釘をさしておいた方がいいかもしれない。
――コンコンコン
クローゼットの扉を閉めて、ふぁ……と欠伸を噛み殺した時にノックが部屋に響いた。
歩み寄って扉を開けると、そこには疲れ知らずの超人護衛の姿が。
「荷物は解き終わったか?」
「もう少しですねぇ。レオナさんが手伝ってくれているので、早々と終わりそうですが」
「そうか、そんな時に悪いんだが……ヒルデガルトから鳥が来ている」
「とり」
鳥。
……鳥?
不思議そうに首を傾げるわたしに、アルトさんは苦笑するばかり。引き篭もりなんだから仕方ないでしょうに。
「連絡手段だ。魔力で練った鳥が、用件を伝えてくれる」
「え、すごい。それって前からありました?」
「ああ」
「……二十年近く引き篭もっているだけで、この技術革命ですか」
「お前は使う事もないだろう」
「何でですか、友人がいなかったからですかぁ。ぼっちの傷をまたそうやって抉るんだから」
「お前なら転移できるから、用件を飛ばす事をしなくてもって話だ」
「そうですけどぉ、鳥で遣り取りするなんて楽しそうじゃないですか」
軽口のやりとりも楽しい。
レオナさんは本棚に全ての本をしまい終えると、手をぱんぱんと払ってからこちらに歩み寄ってきた。
「ふふ、仲良しさんなんですからぁ」
「わたしはレオナさんとも仲良しですよ」
ニヤニヤしているあの表情は、恋愛スイッチが入ったのだろう。レオナさんはわたしとアルトさんの隣をすり抜けると、悪戯に片目を閉じて見せた。うん、可愛い。
「荷物を解くのは、またお手伝いしますからね。まだ本棚に隙間があるので、わたし特選の恋愛小説を持ってきます。友人から恋愛に発展するものだとか、鈍感な女の子が溺愛される話だとか」
「おい、レオナ」
「アルト様、クレアさんはまだ疲れているでしょうから、無理をさせないで下さいね」
「……分かっている」
レオナさんは肩越しに手を振ると、姿勢も良く、美しい立ち姿で廊下を曲がっていってしまった。
うぅん、それにしてもわたしは大事にされているなぁ。そう思ってアルトさんを見上げると、彼は何故か天を仰いでいた。