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80.月神祝の時の話

7時にも更新しています。

 わたしは湯気の立ち上るカップを両手で包んでいる。

 話を始めたばかりだったのだが、余りにもアルトさんが辛そうな顔をしているので一時中断してコーヒーを淹れたのだ。

 久し振りに淹れたけれど、体が覚えているのか仕上がりはいつもと同じだった。


「大丈夫ですか?」

「ああ、気を遣わせたな。……美味い。やっぱりお前のコーヒーは美味いな」

「そう言って貰えると嬉しいですねぇ」


 わたし達はそれぞれカップを持ち、再度ソファーに並んで座っている。

 お砂糖を一つ落としたコーヒーを口に運ぶと、心地よい苦味が広がった。うん、美味しい。



「あれは今から十七年前の、月神祝(つきがみいわい)の時でした」


 月神祝とは、月神であるリュナ様とモーント様への感謝の供物を捧げる日。一の月(アインス)二の月(ツヴァイ)が共に満ちる、一年にただ一度の日。

 いまでは、わたしが両親に会える唯一の日。


「両親はいつもその日に、天満花(あまみつばな)を捧げていたんです」

「月気の下で咲く、大輪の白い花だな」

「そうです。リュナ様はその花が大好きなのだと、母は言っていました」


 天満花を両手に抱えて、嬉しそうに笑う母。そんな母を優しく見守る父。

 カップから伝わる熱に、また手が冷えている事を自覚する。それを誤魔化すように、わたしはカップを口元に寄せた。


「あの日は、わたしが天満花を摘みに行きました。妖精の里から近い場所に、天満花が沢山咲く丘があるんです。わたしの転移で行けば一瞬ですからね」


 なんだか寒い。暖炉に目をやると、真っ赤な炎が揺れている。火力は申し分ないのに、寒気がする。温かいコーヒーをまた一口飲むも、体が温まる気配はなかった。

 アルトさんはそんなわたしを見かねたのか、わたしの手からカップを取ってテーブルに置いてしまう。自分のカップもテーブルに置くと、わたしの肩をまた抱き寄せてくれた。


「……すみません。……天満花を摘んで帰ろうとした時に、母の名を呼ぶ優しい声がしました。『メヒティエル』と、堕天する前の母の名を愛しそうに呼ぶ声が」

「マティエルか」

「はい。わたしの色彩は母と同じですし、後姿だと分からなかったんでしょう。……思わず振り返るとわたしだと認識したようで、あの人は激昂してしまって……。元々、父の事を憎んでいると聞いていましたし、その娘であるわたしも憎いんでしょうね」


 アルトさんは何も言わなかった。わたしはそれに甘えて話を続けることにする。触れ合う場所から伝わる体温に、先程まで冷えていたわたしの体は落ち着いたようだ。


「彼は何か呪詛の言葉を口にしていたと思うんですが、それは覚えていません。その尋常じゃない様子が恐ろしくて、急いで転移で帰ろうとした時に、ここを弓で射抜かれました」


 わたしは胸元、水晶が埋め込まれている場所を指で示す。


「だからマティエルの矢を見るのは嫌いなんですよねぇ。胸に刺さった矢羽をまじまじと見てしまったから」


 銀羽根に、少し乗せられた紫。その美しい矢が自分の胸に刺さっている光景は、当然ながら気分が良くない。


「胸の矢を引き抜くよりも早く、次は額に矢を射られました。わたしはそれで事切れたようです」


 アルトさんが、抱き寄せる腕に力を篭める。逆手でわたしの前髪をかきあげて、額を確認しているけれど、既にそこに傷はない。


「もう傷はないですよ」

「そう、か……。痛かっただろうな」

「もう昔のことですからねぇ。死ぬ瞬間は覚えてないんです。額を射られて即死だったんでしょうか」


 それは幸いだったと思う。いまのマティエルなら、わたしを甚振ってから殺すだろう。それも嬉々として。


「わたしが次に目を覚ました時、わたしは地底界に居ました。ドゥンケル様とモーント様、エールデ様に囲まれて。……三人の奥には、黒水晶に繋がれた両親の姿がありました」

「まさか、お前の両親が犯した禁忌とは……」

「ええ、わたしを蘇らせる事です」


 そう、わたしを蘇らせる為に両親は禁忌に触れたのだ。わたしに『生きていて欲しい』から、自分達の命さえもその代償に捧げて。


「ここからは聞いた話です。……月神祝の日にはモーント様も具現化します。モーント様は天満花の中で死んでいるわたしを見つけて、すぐに山に運んでくれたそうです」

「マティエルは?」

「いなかったそうです。花畑の中にはわたしだけだったと」

「そうか……」

「両親はわたしが死んだ事で、酷く嘆いて悲しんだとモーント様はおっしゃってました。そしてわたしを殺したのがマティエルだというのは、わたしに刺さったままの矢から簡単に分かった事でしょう」


 ふぅと深く息を吐く。

 幻痛に胸を押さえるも、そこには水晶が触れるばかり。アルトさんは宥めるように頭を撫でてくれている。その温もりに、わたしは気持ちが落ち着いていくのを感じていた。


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