77.いくじなしと
ジュディスさん達に諭されてから、もう二週間も経ってしまった。
あの直後は、神殿に手紙でも書いて謝ろうかとか、色々考えていたのだけど……時間が経過するにつれて、その気力が無くなってしまったのだ。
簡単に言えば、また不安に襲われている。
勝手に離れて(逃げて)、また勝手に戻るだなんて、それは自分勝手すぎるよなとも思っている。
うぅん、自分で自分のうじうじ加減に嫌気が差すけれども、きっとこれがわたしなのだ。どれだけ明るく振舞っていても、人生経験に乏しいこども。いや、実年齢は高いけどね。精神的に未熟なんだと思う。
なんて自己分析はどうでもいいのだけど……はてさて、どうしたらいいものか。
この山にも具現化できるはずの、エールデ様も音沙汰なしだ。神殿を離れた直後は、正直エールデ様を一番警戒していた。彼女に連れ戻されるのではないかと思っていたけれど、それは私の自意識過剰だったようで。
時折グロムと念話で話をするけれど、怖いくらいに神殿の事には触れてこない。気遣いなのか何なのか。それを有難く思っている事も、きっと見透かされているのだろう。
この山に居れば安全。勇者達が訪れられるわけもなく、マティエルが降り立つ事も出来ない。
いままでと同じ。使命を果たす時と、買い出しの時には山を降りる。それ以外はこの山に引き篭もって静かに暮らす。それでいい筈なのに、心の片隅ではそれでは良くないとわたしが叫ぶ。寂しい気持ちが溢れそうになる。
会いたい、と。
結局わたしには勇気がないだけなのだ。
勇気が出る魔導具とかないのかな……なんて、馬鹿な事を結構本気で考えている毎日だった。
相変わらず食欲はない。というか、自分の情けなさを実感してからは更に減った。魔力が無くなると困るし、生きていくには食べなければならないから、軽食程度つまむけど楽しくない。
今晩も味気ない夕食を果物で済ませ、手持ち無沙汰に小説を手に取った。眠れないから小説に逃げるのも、いつもの事。先日の買い出し時に手に入れた冒険活劇だけれど、頁を捲っても文字が頭に入ってこない。その場面も思い浮かばない。
さて困った。何をして時間を潰そうか……。なんて溜息をついた時、幾重にも重ねた防御結界が揺らぐのを感じた。
瞬間的に立ち上がったわたしは、傍らに置いていた杖を手にする。
結界が破られたわけではない。そう、これは転移で誰かが結界内に侵入してきた感覚に近い。しかし、誰がそんな事を出来るというのか。
わたしに戦う力はないけれど、ここは守らなければならない。この家は、両親が帰る場所なのだから。
杖の先端に飾られた赤い魔石に目をやる。あと何度かは火炎魔法を発動できるだろう。どれだけの効果があるか分からないけれど、相手が怯めばそれでいい。その隙に強制転移でお帰り頂くしかない。
わたしは深呼吸を繰り返すと、扉へと近付いた。気配を探ると、一人、誰かが外に居るようだ。勘違いであって欲しかったけれど、誰かが転移してきたのは間違いない。出来れば会いたくないあの二人の、どちらかではありませんように。
早鐘を打つ心臓が喧しい。背中を嫌な汗が伝う。
わたしは大きく息を吸うと、薄く扉を開いて外の様子を伺った。
月明かりに照らされていたのは、見慣れた群青色の髪と東雲色の瞳を持つ彼だった。
「……アルトさん?」
思わず外に出て歩み寄るも、すぐにそれを後悔した。
今までに見たことが……無いわけではないけれど、わたしには向けられた事の無い程の怒りを、その瞳に浮かべていたから。
やばい。あれはやばい。
視線だけで人を殺せるって、こういう瞳の事を言うんだね。というか、いまわたしが死んでしまいそうなくらいに怖いです!
黒いオーラを纏う、だなんて小説の一節であるけれど、こういう事を言うんだろうな。オーラというか、纏う空気が凍て付いている。
今すぐに家に飛び込んで逃げ出したいけれど、その視線はわたしが動くことを許してくれない。
地面に足が縫いとめられているような錯覚さえ覚える。知らぬ間に止めていた息をゆっくりと吐き出す。未だに鼓動が跳ねているのは、恐怖なのか、嬉しいからなのか。わたしには分からなかった。
彼は無言で近付いてくると、わたしの手を強く引いて……わたしはアルトさんの腕の中に囚われていた。伝わる温もりが体に馴染む。
持っていた杖が滑り落ちたけれど、そんなのを気にしている余裕なんて無かった。
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