76.今日も今日とて人助け-二人の冒険者⑤-
「友人ですよ。彼も友人って言ってくれたし」
「そうなの? でもあんたの口振りだと恋人みたいに親しい感じだったから」
「友人の一人は女の子ですよぅ」
「傷付けられた友人ってのは男なんでしょ? 恋人じゃないの?」
「違いますぅ」
尚も食い下がるジュディスさんに、苦笑いを返しながらわたしはまたミルクをたっぷり注いだミルクティーを口にした。悴んだ指先にカップの温かさが染み入るようだ。
「彼はわたしの護衛だったんで、その分傷付けられやすい立場にいたといいますか……」
「護衛かぁ、クレアちゃんって実は偉い人だったりする?」
「いえいえ。知り合いのお姉さんがつけてくれた護衛ってだけで、わたしはただの平民ですよぅ」
紅茶の香りを楽しんでいたクエントさんが、護衛という単語に反応する。あまり世間に出ないから分からないけれど、護衛って一般市民はつけないものなんだろうか。……まぁ一般市民はそんな危険に晒される事もないのか。
「その護衛ってどんな人なの?」
ジュディスさんはカウンターに両腕を乗せて、身を乗り出してきている。やっぱり女子は恋愛話が好きなんだねぇ。恋愛脳の妹神官を思い浮かべて笑みが零れたけれど、あの神殿ではエールデ様を始めとしてヴェンデルさんも恋愛脳だった。
「気のいい優しいお兄さんですよ。面倒見が良くて、何でも出来て、かっこいいお兄さん」
「恋人にしちゃえばいいのに」
「いやいや、だから友人ですってば。……そういえばお二人は恋人なんですか?」
恋人って、そうしようと思って出来るものなんだろうか。引き篭もりの恋愛未経験者には難しすぎる。
わたしの向けた問いに、クエントさんの頬が赤くなる。対するジュディスさんは悪戯に片目を閉じて見せた。
「どうかしらね。彼は私の事が好きなんだけど」
「……クエントさんはジュディスさんが好き」
「クレアちゃん、はっきりと言葉にするのはやめて。恥ずかしい」
照れた様子のクエントさんは、その目元を片手で隠してしまった。ジュディスさんは可笑しそうにくすくす笑っているけれど、その視線はひどく優しい。……これは、ジュディスさんもクエントさんが好きなんじゃないの?
そういえばわたしは、ジュディスさんの願いに導かれてやってきたのだ。彼に生きていてほしいという、強い願い。
「……私もそろそろ、はっきりしなきゃいけないかもねぇ」
「え、それって」
ジュディスさんの柔らかな呟きに、クエントさんが反応する。おお、まさかのここで恋人になるとか、そういう感じ?
他人事ながらわくわくする。……これはレオナさんが恋愛話が好きなのも、分かるかもしれない。
「さぁね。でも、私を庇ったあんたは格好良かったわよ」
「……そっかぁ」
ジュディスさんの言葉に、クエントさんは破顔する。その幼いような表情に、ジュディスさんの頬がうっすらと朱に染まったのが分かった。
クエントさん、恥ずかしいのかそっぽを向いているけれど、絶対見逃しちゃいけないやつだったと思うよ!
「クレア、ちゃんとお友達と話しなさいね。あんたが一人で居て、もし命を落としたら……お友達は間違いなく自分を責めるわよ。それはきっと一生涯、そのお友達を苦しめる枷になってしまうもの」
「……そう、ですね」
分かってはいるが、神殿には帰りづらい。手紙でも出してみようか。でもきっと、怒っているだろうなぁ。わたしの顔なんてもう見たくないかもしれない。
「気まずいのも分かるけどね、きっと大丈夫だよ」
わたしの心を読むように、クエントさんが笑ってくれる。
本当にこの人達は優しい。……山にひとりでいた頃はわからなかったけれど、この世界は優しい気持ちに満ちている。
「さて、それじゃあそろそろ行きましょうか。クレアも一緒に山を降りる?」
「いえ、わたしは別ルートで。道は分かりますか?」
「まぁ大丈夫でしょ」
立ち上がったジュディスさんに、ポケットから道照の魔石を取り出して渡した。同じく立ち上がったクエントさんは、興味深げにその魔石を覗き込んでいる。
魔石は強い緑の光を大地へ伸ばし、その道を照らしていた。
「この光の通りに行けば、麓まで降りられますよ。役目が終わったら魔石は崩れるので、捨ててください」
「……あんた、本当に何者なの」
「可愛い屋台引きですってば」
どこか引いた様子のジュディスさんに、にっこり笑って見せる。
「クレアちゃん、これ、ほんのお礼」
「いらないですよぅ」
「そう言わずに受け取って」
クエントさんが差し出してきたのは、わたしの両手に乗せられるほどの、大きな銀塊だった。また群青色のシルエットが浮かぶ。
「前の依頼で手に入れたものでさ、銀細工師にでも売ろうと思ってたんだけど。なかなか上質なものらしいから、クレアちゃんにあげる」
「確かに上質ですねぇ。これならちゃんとお店で売った方がいいですよ」
「これでも命を助けて貰ったお礼にはまだ足りないよ」
「そうよ、大人しく受け取っておきなさい」
ジュディスさんにまでそう言われて、わたしは両手でその銀塊を受け取った。すぐにでも加工に使えそうなほど、上質な銀だった。
「あんたの側に腕のいい銀細工師がいるでしょ。もしかしたら、それがお友達かもしれないけれど」
何で分かったんだろう?
首を傾げると、ジュディスさんはわたしのブラウスを指差した。少し開いた胸元には銀細工の薔薇が飾られている。
「そんな上等な銀細工、なかなか無いもの。あんただったら、この銀も上手に使ってくれるでしょ。お友達へ謝る時の手土産にしたっていいしね」
「……ありがとうございます」
全て見透かされているようで、気恥ずかしささえ感じる。わたしは銀塊を抱えると、素直にお礼を言った。
「こちらこそありがとう。俺たちは王都ギルドに所属してる。何かあったらいつでも声を掛けてくれ」
「時間は短かったけど、あんたは私達のお友達よ。何かあればいつだって手を貸すわ」
「ふふ、ありがとうございます。お話を聞いてくれて、助かりました」
二人は揃って笑みを浮かべると、手を振って山を降りていった。
まだ恋人未満らしいけれど、気持ちは通じ合っているのだろう。それが窺えるような雰囲気で、わたしの胸まで何だか温かくなるほどだった。
助けられて良かった。
わたしは洗い物を済ませ、スツールを片付けて幌を畳む。いつも二人でやっていたこの片付けも、ひとりだと物寂しい。
大きく開いた空間収納に屋台をしまうと、忘れ物がないかを確認して山に帰る。
……それが凄く寂しくて、会いたいなと思った。
あけましておめでとうございます!
本年も頑張りますので、どうぞ宜しくお願いします。
素敵な一年になりますように。