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75.今日も今日とて人助け-二人の冒険者④-

 わたしは屋台の中で椅子に腰掛けると、ミルクをたっぷり入れた紅茶で満ちたカップを両手に包む。

 カウンターの向こうでは、ジュディスさんとクエントさんが何も言わずに待ってくれていた。


「大した話じゃないんですけどねぇ……。初めて、友人が出来たんです」


 そう、あの人達は紛れも無くわたしの友人。初めて出来た、大切な人達。


「でもわたし、ちょっと厄介事に巻き込まれてまして」


 マティエルの事を思い浮かべるだけで、体が震える。冷たくなる手が、ミルクティーの温もりを奪っていく。あの人はわたしが何を考えて体を震わせているか、どうして手が冷たいのか、すぐに察してくれたっけ。


「その美貌だもんね、男関係?」

「そんなんじゃないんですけど……」


 揶揄う言い方をするジュディスさんは、きっと敢えてそうしているのだろう。苦笑いをすると、少し気持ちが解れた。


「わたしの事を忌み嫌っている人がいるんですけど、その人に殺されそうになっているんです。いままではひとりだったけれど、今は大事な友人が居て……その人はわたしの友人も傷つけるような人なんです。友人たちは優しいけれど、きっと何度も巻き込まれたら、わたしの事を嫌いになってしまうでしょう?」


 自嘲めいた言葉は、ミルクティーと一緒に流してしまおう。カップを勢いよく煽るけれど、余計に苦しくなるばかり。温くなっていたミルクティーに眉を下げる。


「だから離れたんです。……わたしと一緒にいなければ、彼らが傷付く事はないだろうから。というのも先日、わたしを殺そうとしている人に、友人が傷付けられたんです。彼はそれでもわたしに優しくしてくれたけど、それが続けば……きっと嫌になる。彼は優しいし、責任感が強いから、わたしが嫌になっても、自分からそれを口には出せないだろうから」


 だから、わたしから離れた。

 もう彼らが傷付かなくていいように。


 黙ってわたしの話を聞いていた二人は顔を見合わせた。揃って盛大な溜息をつくものだから、思わず笑ってしまう。


「あんたねぇ、それは離れたんじゃない。逃げたっていうのよ」

「逃げた……」


 そうなのだろう。わたしは逃げただけなのだ。

 彼らを傷付けたくないのも本当だけど、それよりも……その事で自分が傷付く事が怖いから。


「クレアちゃん、逆の立場だったらどうかな」

「逆、ですか?」

「そう。君の友人が狙われて、君がそれに巻き込まれたとしたら……君は、その友人を嫌いになる?」

「それは、嫌いにはならないです。わたしじゃ力にならないかもしれないけれど、わたしの出来る全てで、友人を守りたいと思います……」

「君の友人も、きっとそう思っているんじゃないかな?」

「でも。……でも、わたしがそうだからって、他の人もそうだとは……」


 もし、彼らが何かに巻き込まれたとして、命の危機に晒されたら。わたしは自分の持てる全てで、彼らを守るだろう。彼らの力になりたいとは、逃げた今でも変わらずに思っているのだから。


「うん、分からないよね。だからこそ、君の友人達にクレアちゃんの気持ちを伝えるべきじゃないかな」


 優しく言葉を紡ぐクエントさんの声に、友人達の姿が浮かぶ。

 目頭が熱くなってきて、それを押し殺そうと瞬きを繰り返すけれど効果はなかった。


「あんたのお友達は、多少命を狙われたくらいで、あんたの事を嫌いになるような人達なの?」

「……いえ、きっと……違います」


 ジュディスさんの表情も声も柔らかい。カウンターに頬杖をつく彼女は、とても穏やかな眼差しでわたしを見ている。

 レオナさんはマティエルを前にしても物怖じしないで、怒ってくれそう。ライナーさんはきっと冷静に対峙するけど、目の前でわたしが傷付いたら泣いてくれるかもしれない。ヴェンデルさんはいつもの調子で悪態をついて、わたしを庇ってくれるだろう。そしてアルトさんは、この間と同じようにわたしを守ってくれると思う。


 希望的観測かもしれない。でも、きっと間違いない。


「あんたその様子だと、お友達に言わないでいなくなったんでしょ」

「……正解です」

「戻ったらきっと怒られるわよ。でもまぁ、怒られなさい」


 くすくすとジュディスさんが笑う。わたしもつられるように笑うと、浮かんだ涙を手の甲で拭ってから再度紅茶を淹れるべく立ち上がった。

 少し気持ちは楽になった。まだコーヒーは飲めなさそうだけど。



「ねぇ、その友人って本当に友人なの?」

「はい?」


 友人だと思っているし、友人だといってくれたけれど……違うの?

 わたしが戸惑っていると、クエントさんが助け舟をだしてくれた。


「すまない。ジュディスが言いたいのは……友人じゃなくて恋人なんじゃないかって事だ」


 おおっと。

 まさかの予想外な展開。わたしは三人分の紅茶をポットに用意すると、空になったそれぞれのカップに注いでいった。


本年は大変お世話になりました。

どうぞ来年も宜しくお願いします。


良いお年を!

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