73.今日も今日とて人助け-二人の冒険者②-
本日2話目です。
7時にも更新しています。
わたしは空間収納を大きく開くと、中から屋台を引っ張り出す。
白と赤を基調とした、可愛らしいわたしの屋台。幌を上げてカウンターテーブルを上げる。スツールを並べて、準備は完了。
コートと手袋を脱いで白いフリルが可愛いエプロンをつける。屋台の中に入って、大鍋にお湯を沸かし始めたところで、女性がゆっくりと近付いて来た。
「本当に屋台が……」
「屋台引きだって言ったでしょう?」
「引いてないじゃない」
「ごもっともですねぇ」
スツールを目で示すと、彼女は大人しくそこに腰を下ろした。物珍しげに屋台を見回している。
「あなた達は冒険者ですか?」
「ええ、そうよ。この森で魔物が暴れてるから何とかして欲しいって依頼を受けたのはいいんだけど、それがまさか大毒蛾だったなんてね」
彼女は薄茶色の髪をかきあげて自嘲気味に笑う。
わたしはカウンターの上に温かな紅茶を出した。ミルクと砂糖も置いたけれど、彼女は何もいれずにそのまま楽しんでいる。
「それよりも、あなたよ。こんなところで屋台……というか、それ、空間収納でしょう? そんな特殊スキルを持った人は初めて見たわ。それにこの結界。強度も凄いし、そんな結界を幾つも同時に張るだなんて。ただの屋台の店主ってわけないでしょ」
「それが、本当にただの屋台の店主なんですねぇ」
へにゃりと笑って見せるも、彼女は誤魔化されてくれない。
「いいじゃないですか、妖精さんの気まぐれってことで」
「……あなた、妖精なの?」
「違いますけど」
『何でそんな嘘をつくんだ』
滑らかな低音が聞こえるのは幻聴だ。彼はわたしが適当な嘘をつくと、いつも呆れたように笑ったのだ。目の前の彼女は怪訝そうに眉を寄せている。
「そちらの方は大丈夫そうですか?」
「あなたのくれた薬のお陰でね。あの薬も何? 今までに見たことがないくらいの効き目なんだけど」
「天使の秘薬ですねぇ」
「……またそれも嘘なんでしょ」
大袈裟な程に溜息をつかれるけれど、これは本当の事。まぁそれを教えるつもりもないけれど。
わたしは作っていた、サーモンとモッツアレラチーズのサラダを彼女の前に置いた。交互に並べた彩が美しいと自分でも思う。籠に入ったカトラリーと、これまた籠に山盛りにした白パンも添えた。
「……食べていいの?」
「ええ、お腹空いているでしょう」
「じゃあ遠慮なく」
フォークを手にした彼女は、サーモンとチーズを重ねて口に運ぶ。美味しい、とその唇が動くと嬉しくなってわたしは思わず笑みを零した。
さてさて、メインはペンネにしようか。美味しいトマトを、先日、町で購入しておいたのだ。トマトをたっぷり使ったペンネにしよう。
にんにくを多目の油で揚げてから、輪切りにした唐辛子を加える。にんにくの香りって、どうしてこうも食欲をそそるのだろうか。そこに、湯剥きしてから手で潰しておいたトマトを入れて……塩で味を調えて。
「いい匂い。……さっきまでは死ぬかと思っていたのに、まさかこんなところで食事をしているとは思わなかったわ」
「あの男性に、生きていて欲しいと願ったでしょう? それに応えて、わたしは来たんですよぅ」
「……そんな事が分かるだなんて、あなたやっぱり何者なの」
「悪魔かもしれませんねぇ」
「もういいわ」
わたしが誤魔化していると思ったのか、彼女は肩を竦めて見せる。どこか呆れたような様子だけれど、それ以上追求してこないのは、彼女なりの気遣いなのかもしれない。というか悪魔の半分は嘘ではないんだけどな。
「アイツはね、私をかばって燐粉を浴びたの。あれだけの量を浴びて、無事ではいられないって分かっていただろうに、ホント馬鹿よね」
「あなたの怪我は?」
「逃げる時に、別の魔物にやられたの。それは何とか切り伏せられたんだけど、後ろからは大毒蛾が迫ってきているし……本当に死んだと思ったわ。でもそんな状況でもアイツは、わたしに逃げろって言ったの。自分を置いて逃げろって。……そんな事出来るわけないのにね」
手元のトマトソースを木べらでゆっくり掻き混ぜながら、彼女の話を聞く。彼女を守って、彼は毒に侵された。……彼女はそれを自分の責任だと思うのだろうか。
「だからあなたが来てくれて、本当に助かったわ。そうでなければ、私達はあの大毒蛾に捕食されていたでしょうね」
「ふふ、どういたしまして」
大鍋にお湯が沸いた。塩を入れてから、ペンネを入れる。底にくっつかないように、掻き混ぜる。
隣のフライパンでは、トマトソースがぐつぐつと煮えている。……彼がもしこの場にいたら、何の話をしてくれるだろうか。そんな事を考えている自分に、苦笑いが漏れた。