48.今日も今日とて人助け-雪山の猟師①-
はい、今日も今日とて人助け!
わたしは火の魔石を懐炉に入れて、ワンピースのポケットにいくつも突っ込んだ。魔導具で色彩を茶色に変えて、丸眼鏡をかける。厚地のコートをしっかり着込んで、毛糸で編まれたレオナさんとお揃いの帽子をかぶって、編み上げブーツを履く。忘れず手袋も持たないと。
部屋から出て向かうのはアルトさんの自室だ。
彼はわたしを探しては、その都度何処に行くかを教えてくれる。それは図書室だったり修練場だったり、庭に作られた温室だったりするんだけれど。声を掛けられていないから、きっと自室にいるのだと思う。
――コンコンコンコンコン!
連打すると、扉向こうで苦笑する気配がした。やっぱり部屋だった。
アルトさんは厚地のコートに腕を通しながら部屋から出てくる。その表情はやっぱり苦笑い。
「連打するな」
「わたしだって分かるかと思いまして」
「ノックせずに入ってきても良かったんだが」
「お着替えしている最中だったら困るじゃないですか。きゃーって、アルトさんに悲鳴をあげられちゃう」
「悲鳴をあげるのは俺か」
「なんで見たほうのわたしが悲鳴をあげるんです?」
軽口を叩いているあいだに、アルトさんの支度は整ったようだ。皮手袋を手にはめている。
「では行きましょうか」
「ああ」
手を繋いだわたし達は、共に転移をする。今日はどこかな。そんなに寒くないと有難いんだけどな。
なんて、わたしの希望は叶えられることも無く。
わたし達が飛んだ先は猛吹雪の中でした。
「さっぶ! 寒い寒い! 死んじゃう!」
「実際死に掛けているヤツがいるんだろう。どこか分かるか」
「びっくりするくらい冷静!」
わたしはアルトさんと自分に結界を張る。気休め程度だけれど、風雪の影響を少しでも減らせたらいいなと思って。
視界は相変わらず悪いけれど、吹き荒ぶ雪からは身を守られた。寒いのは仕方ないな。
「うぅん……あっちですかねぇ。アルトさんは分かります?」
「俺もその方向だと思う。一人……だな」
二人で同じ方向を指差す。
雪で埋まって非常に歩きづらい。アルトさんが先導して道を作ってくれるそうなので、わたしは有難くそれに従うことにした。わたしだと雪に埋もれてしまうからね。
火魔法で溶かしちゃだめかなぁとも考えたけど、この吹雪だとすぐに凍ってしまって結局もっと歩きにくくなりそうだ。
「いたぞ」
アルトさんの後ろから顔を覗かせると、うつぶせに倒れている人が見える。猟師さんかな? 手には銃を握ったままだ
「……意識を失っているな。凍傷が酷い」
「こんな吹雪の中じゃ屋台も開けないですねぇ」
「山から降りるしかないな」
「その前に回復薬を飲ませましょう。運んでいる間に、凍傷の手足がもげたら困りますし」
空間を開き、回復薬を取り出す。母特製の万能回復薬。
アルトさんはわたしからそれを受け取ると、慣れた様子で口に含ませてくれた。口に入ればそれだけで浸透していく。嚥下出来なくても問題ない。
「洞窟があるかもしれん」
「……この吹雪の中で見えるんですか?」
「向こうの奥だが、気流がおかしい。何かに風が流れ込んでいるようだ」
「アルトさんに何が見えても驚かないって決めたんだった」
「普通の人間じゃないみたいに言うなよ」
「普通の人間に気流なんて見えませんからね」
言い合う間にもわたしは猟師の手足に回復魔法をかけている。
これですぐに、凍傷した箇所がどうこうする事はないだろう。ついでにポケットから懐炉を一つ取り出すと、猟師の懐に放り込んでおいた。
それを待ってアルトさんが猟師を背に担ぐ。猟師も中々に上背のある体格のいい男なのだけど、彼は苦労する様子もない。エンシェントエルフってこんなに別次元の存在なんだろうか。
男を担いだまま先導してくれるアルトさんの後を歩く。吹雪のせいでわたしの距離感が狂っていたようで、目的地はそう離れてもいなかった。そしてそこにはアルトさんの言うとおり、こじんまりとした洞窟があった。
「この場所に向かおうとして、力尽きたのかもしれないな」
「拠点にしてたみたいですねぇ」
収納から取り出したランプに明かりを灯す。
入口から少し離れた奥に、焚き火の跡が見えた。消されてから時間が経っているようだ。薪はないようなので、収納から薪を取り出してアルトさんに渡すと上手に組んで火をつけてくれる。用意しておいて良かった。
入口に風雪を阻むよう結界を張る。けれども換気口は開けておかなければならないので、上のほうを少し歪ませた結界にした。
さてさて、それでは開店です!
手を翳して大きく空間を開く。
屋台を出すには手狭なので、またもや簡易キッチンの出番。ニーナちゃんの前で出したやつだ。
遭難したというより、この猛吹雪で低体温症になっているのだと思う。
わたしはお湯を沸かしつつ、毛布を出すとそれをアルトさんに投げ渡した。アルトさんは既に焚き火の側に猟師を寝かせ、火魔法と風魔法を組み合わせて衣服を乾かしている。それから受け取った毛布を猟師に被せてくれた。
回復薬を飲ませたから、体内からも復温が始まっているはず。
「呼吸が落ち着いた。凍傷も問題ないだろう」
「良かった。大丈夫そうですね」
コートを脱いで、帽子と手袋も外す。代わりに着けたフリルの可愛いエプロンは、レオナさんが選んでくれたものだ。アルトさんの脱いだコートも受け取り、まとめて収納しておく。
ミルクを温めておいて、いつでも飲めるようにしておいたら、ではでは! 温かなスープでも作りますか。
取り出すのは、じゃがいも、にんじん、玉ねぎ、キャベツ、ベーコン。全部を角切りにしてお鍋に入れる。あとはコトコト柔らかくなるまで煮る。
シチューにしてもいいし、豆を入れたりしてもいいけれど、回復したばかりなら優しいものがいいだろう。食べられるようなら、他にも用意すればいい。
その間にわたし達用のコーヒーを準備する。
アルトさんには敷布とローテーブルを用意してもらった。
洞窟内にコーヒーのいい香りが広がる。薪の爆ぜる音が聞こえる静かな空間。
結界のお陰で吹雪もこちらには届かない。結界の向こうは真っ白な嵐だけれど、この場所だけは穏やかで安全だった。