46.兄天使
本日2話目です。
7時にも更新しています。
ノックをしてから入ってきたのは、神殿で働いている使用人の人々だった。
二人がかりでテーブルを運び入れると、続いて大皿に盛り付けられた料理が何人もの人達の手でたっぷりと運ばれてくる。あっという間にテーブルが料理で埋まる。驚くべきはその料理の全てが大盛りだった事だ。
いいにおい。お腹空いた。……あー、本当にやばい。
そういえば勇者に魔力も奪われていたんだった。その状態であの魔法を使うのはちょっと無謀だったかな。でもさっさとやらないと、また勇者が出てくるしなぁ。
なんて、ぼんやりとしていたら、扉を閉めたアルトさんがわたしを見て目を瞠った。
「おま……っ、……嘘だろ」
何が嘘なんだか。それよりもこの料理は、先程の神官見習いの女の子に頼んでいたのだろうか。気遣いの鬼だな。崇め奉ろうか。
「……クレア」
「はい?」
「羽根が出ている」
「はね」
羽根?
アルトさんの示すわたしの背後を肩越しに振り返ると、そこには白と黒で一対の羽根が現れていた。
「あー、魔力を使いすぎたからですねぇ。それより食べましょう」
「そう、だな」
アルトさんはわたしとテーブルを挟んで座ると、小皿に料理を取り分けて渡してくれる。うん、やっぱり崇め奉って毎日祈ろう。
このローストビーフ美味しいー! 柔らかいのに噛むたびに旨味が溢れてくる。相変わらずパンはふかふか、マッシュポテトも滑らかで美味しい!
「羽根はいつもあったのか?」
「あるんですけど、必要ないので出していないんです」
「今、出ているのは?」
「体にしまうだけの魔力が無くなっちゃったんですねぇ」
白翼は左の肩甲骨辺りから、黒翼は右の腰辺りから生えている。目立つし邪魔なので、いつもは体内にしまって出していない。
これを羽ばたかせて飛ぶ事だって出来るけど、目立つからやらない。短い間なら、羽根を出さなくても飛ぶことが出来るしね。
「それを見ると、本当に天使と悪魔のハーフなんだなと思う」
「目立つだけで使い勝手は良くないんですけどね」
わたしのお皿が空になる度に、アルトさんがまた料理をよそってくれる。なんだろう、給餌かな? 彼も勿論食事をしているんだけど、その合間にわたしの世話まで出来るなんてやっぱり超人なんだろうか。
「さっきの魔法は何だったんだ? 古代魔法とも違う、不思議な詠唱だったが」
「神術をわたしでも使えるように、組み直したものです。勇者は影から空間を繋いでいたので、その空間を強制的に閉じたんです。影はわたしのものですから主導権は握れますしね。まぁ剣術や魔法では負けますが、空間を操作する事なら絶対に負けない自信がありますねぇ」
「美しい詠唱だったな」
「ありがとうございます。ついでに道を繋いだ術式を引っ張り出して潰しておきました」
「あの黒い煙がそうか?」
「はい。アルトさんのナイフで、二度と道を繋げないように鍵もしたので、もう大丈夫だと思います」
「それは、それだけの魔力も使うわけだな」
「わたしもやる時はやるんですよぅ」
先程の種明かしをしながら食事を進める。お腹が膨れると魔力が少しずつ満たされていくのがわかる。
神術とは字の通り神々が扱う術の事で、人間は勿論、魔力の高い魔族やエルフにも使う事は出来ない。わたしも特化している空間系の神術をアレンジして使えるだけで、他は欠片も使えないけれど。というか言葉が詠唱として認識されない。
山のように用意された料理の数々は、あっという間にわたしとアルトさんのお腹におさまってしまった。ごちそうさまでした!
お腹が満たされると今度は眠くなってくる。寝ないで動いているしね。でもいまはそれよりも、話しておかなければならない事がある。
ふと肩越しに背中を伺うと、魔力が満たされてきたのもあって羽根はすっかり消えていた。
「アルトさん、わたしの母は一の月の神であるリュナ様が生み出した天使の一人だと、前に話したのを覚えていますか?」
「ああ、覚えている」
「リュナ様が生み出した天使は数多いますが、わたしの母には兄がいました。兄はマティエルといいますが……今朝の勇者からは、どうも兄天使の気配がしたんですよねぇ」
「兄天使がこちらの大地に干渉してくる事はあるのか?」
「天使達の役目は大地と月を繋いで月神の補佐をする事ですから、降り立つ事がないわけではないのですが……うぅん、それとはまたちょっと違うんですよ。もっと直接的に勇者に介入しているような……。でもそれだとまずいんですよねぇ」
ノックの音がして扉が開くと、また使用人さん達が現れた。早業としかいえないような見事な手捌きでテーブルの上を片付けると、食後の紅茶を用意していった。至れり尽くせり。あとで何かお礼をしよう。絶対にしよう。
「……まずいとは?」
使用人さん達の気配が遠ざかるのを待って、アルトさんは口を開いた。わたしは紅茶にお砂糖を一つ落としてからカップを手にする。
「わたしの母は、悪魔である父と恋に落ちた事でリュナ様の怒りを買って堕天しました。でもリュナ様よりも激怒したのが兄天使のマティエルだったと聞いています。あの人はわたしの事を憎んでいるので……勇者側に与しているとなると厄介かなぁと」
「それは、お前が悪魔との子だからか?」
「そうです。マティエルは母の事を異性として愛していたそうなんですよねぇ」
「兄妹でもか」
「母にその気はなかったそうですよ。神様達はほら、その辺りは奔放ですから」
ふぅふぅと吹き冷ましてから紅茶を口に含む。うん、美味しい。綺麗な琥珀色に浮かんだ波紋に視線を落とす。
「両親の禁忌にもまぁその辺りが関わってくるんですが、まぁそれは追々」
「昨夜、モーント様とお会いしていたが……リュナ様とは……」
「お会いした事はないですねぇ」
「そうか……。他の神々は、天使と悪魔の恋については寛容なんだな」
「……これはわたしがそう思っているだけなんですけど、リュナ様の怒りを買って堕天したっていうのはちょっと違うのかもなって」
アルトさんは首に角度を持たせると、視線だけでそれを促す。そういえばこの人、勇者とあれだけ斬り合っていたのに疲れた顔を見せないな。超人認定して間違いないな。
「悪魔との恋を、天使のままで成就させるのは難しいです。だから堕天させたんじゃないかと。リュナ様の怒りを買ったにしては、他の神々が寛容すぎる気もするんですよねぇ。でもマティエルはそれを良しとしなかった」
目を閉じると、いまも両親との楽しい思い出が浮かんでくる。美しいけれど大雑把で明るい母、目つきは悪いけれど手先が器用で穏やかな父。牢獄で一年ぶりにその姿を見たからだろうか。胸の奥が苦しくなる。
だめだ、やめよう。これ以上両親の事を思うのはまずい。視界を開いてふとアルトさんに目をやると、気遣う視線を送ってきていた。気遣いの鬼は健在のようだ。