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38.愁ー二つの月ー

 秋の終わりに降った雪はすぐに溶けてしまったけれど、その日を境に一層寒さが厳しくなった。冬の訪れを告げる白い虫がふよふよと飛んでいる。

 神殿の周りを囲む森も冬木立となり、降り落ちた白い結晶は根雪となって土を凍らせる。そうして雪は降り積もっていった。


 今年は厳冬になるな。それを感じ取ったわたしは、自宅から冬の衣服も持ってきていた。レオナさんと一緒に買い物に行ったりして、荷物は増えていくばかり。

 この神殿にずっと居られるわけでもないのに。



 レイル王国で起きた内戦は、革命軍が王を討った事で終結した。

 勇者はその戦いでも武勲を立て、レイル王国……いや、レイル民主国でも英雄として囃し立てられているそうだ。

 レイル王国は解体され、民主国家として生まれ変わった。レイル民主国は勇者を支援し、共に魔王を打ち倒す事を宣言している。


 元々のレイル王国は魔王との戦争に及び腰だったそうだ。その王家を討つのに協力する勇者……うぅん、きな臭いよねぇ。誰かの意図したところで、すべてが巡っているような、そんな気さえしてくる。


 わたしは読んでいた新聞を綺麗に畳むと、談話室のラックの中に戻した。もう夜も更けている。部屋の中にはわたし以外誰もいない。みんな、もう休んでいるのだ。周囲に人の気配がない事を確認してから、わたしは部屋を出た。

 暖炉の火はつけたままでいいと言われている。もう冬も深まっているからね。



 目の詰まったウールのコートを着込んで、庭に出る。

 空に浮かぶのは望月がふたつ。一の月(アインス)二の月(ツヴァイ)。この二つが共に満ちるのは年に一度しかない。今日はその、一年に一回しかない特別な夜。

 

 雪に伸びる影は蒼くて綺麗。晴れた夜空は二つの月が輝きすぎて、星の姿はあまり見えない。

 わたしはサクサクと、ブーツを履いた足で雪を踏みしめながら、裏手の森へ向かっていた。


「クレア」

「ひぃっ!」


 不意に掛けられた声に飛び上がる。心臓がばくばくと喧しい。ゆっくり振り返ると、そこにはどこか不機嫌そうに眉を寄せるアルトさんがいた。


「……アルト、さん……」


 悪戯が見つかった子どもの気分。

 アルトさんはいつものヘアバンドで群青色の髪を留め、暖かそうな紺色のコートを着ている。その腰にはしっかりと剣が携えられていて、身支度はばっちりだ。


「出掛けるなら俺をつけろと、今更それを言わせるつもりか?」

「いや、その……」

「勇者は今この国にはいないが、何があるか分からない。一人での外出は避けるべきだろう」

「はい……すみません……」

「分かっているのなら、なぜ声を掛けない」


 怒ってるー。いや、声を掛けないのはわたしが悪かったんだけど。それにしても圧が凄い。いままでこんな風にアルトさんに怒られた事がなかったので、身が竦む。


「……今日はちょっと、特別でして……」

「俺が共に行けない程にか」


 そういうわけでもないんだけど、うぅん……これはわたしも決断しなければならない時だな。困ったようにへらりと笑って見せると、アルトさんは呆れたように盛大な溜息をついた。


「ごめんなさい、アルトさんを連れて行きたくないわけじゃないんです。今日はお仕事じゃないのと、まぁ危険のなさそうなところに行く予定だったので、声を掛けなかっただけで」

「いや、謝らせたかったわけではないんだ。……すまない」


 わたしを威圧していた事に気付いたのか、アルトさんがその雰囲気を和らげる。元はと言えば黙って出たわたしが悪いのだから、怒られても仕方ないのだけど。


「アルトさんが謝っちゃだめですよぅ。では付いて来てくれますか?」

「ああ、もちろん」


 アルトさんに外出が知られたのに、森まで隠れて転移をする必要はない。この勘のいい男に気付かれないよう離れた場所で転移をしようと思っただけで、気にしなくてもいいなら神殿の中から飛んだって良かったのだ。


 わたしはアルトさんと手を繋ぎ、意識を集中させて転移をした。目的地は月の泉。二の月(ツヴァイ)に宿る月神モーントの力が満ちた泉である。


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