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37.母神、あなたもですか

本日2話目です。

7時にも更新しています。

 『レイル王国で内戦が勃発』


 ある日のこと。

 わたしは談話室で、過激な見出しが踊る新聞を読んでいた。

 引き篭もっていたから社会情勢には疎い。こうして神殿で暮らすようになってからは、出来るだけ新聞に目を通して情報を仕入れる事にしていた。


 レイル王国といえば、ティアナさんとニーナちゃんを保護したあの国だ。

 確かに治安は悪いとティアナさんも言っていたし、国の情勢も宜しくはなかったようだけれど……まさかこの短期間で内戦まで勃発してしまったのか。

 もう内戦への道筋は、あの時には出来ていたのかもしれない。そう思うとティアナ親子を保護できてよかったと思う。


 聖職者の行方が分からなくなる事件が多発し、治安は悪化。店を畳んで国外へ出る商人が増えて物流も乱れた。

 農村地帯でも水害により作物への被害が甚大だったが、王からの支援はなく、餓死者が増加。民衆はレジスタンス活動に身を投じ、賛同する勇者の協力を受けて革命軍を結成。


 ……勇者の協力ねぇ。国を正そうとしているのか、それとも乱そうとしているのか。正義の味方のように書かれているが、その本意がどこにあるかは分からない。勇者が協力という事は、シュトゥルム王国が協力しているのと同じだろう。

 まぁこれ以上考えても仕方がない。……仕方がないよね、うん。



 サイドテーブルに用意していた、コーヒーで満たされたカップを手にする。口に含むとフルーティーな酸味が広がって、うん、今日も美味しい。さすがわたし。

 ひとりで飲むコーヒーを褒めてくれるのは自分以外にはおらず、わたしは内心でではあるが美味しいコーヒーを目一杯に褒めた。

 そう、この談話室には現在、わたししかいないのである。



 レオナさんは神官としての仕事があるらしく、朝から姿を見ていない。アルトさんはきっと図書室か修練場にいるのだろう。

 ここ最近の『夢騒ぎ』でわたしの側にはいつも誰かの存在があったから、こうして一人の時間を持つと何だか違和感さえあるほどだ。

 でも、元々わたしはひとりだったのだ。最近、ちょっと賑やか過ぎただけで。寂しい、だなんて随分とこの神殿に絆されてしまったなと苦笑した。



 それは唐突だった。

 神気が収束し、淡い緑色の光となっていく。光はやがて、ふわふわとその場に浮く、美しい少女の姿になった。


『息災か、クレア』


 母神エールデだった。


「おかげさまで。それにしても随分簡単に具現化するんですねぇ」

『私は神々に希少性を持たせずとも良いと思っているからな。ある程度の線引きは必要だが、姿を見せるくらい良かろうて』

「それにしても、何でそんな子どもの姿なんです?」

『私ほどの美女が現れたら神々しすぎるだろうよ』

「自分で言っちゃいますか」


 当然とばかりに言葉を紡ぐものだから、自然と笑い声が漏れる。わたしの前でふよふよ浮かぶその姿は、何が可笑しいとでも言いたげに眉を寄せている。


『ここでの暮らしはどうだ?』

「楽しく過ごさせて貰っていますよ。ちょっと賑やか過ぎるくらいに」

『ひとりの時間にはもう飽きたであろう? 私に感謝するが良い』

「そうですねぇ……ええ、感謝してますよ」

『……なんだ、随分と素直だな』


 不思議そうに母神は目を瞬くが、わたしはいつもそんなに捻くれているだろうか。それは納得がいかないけれど、それを論議するのも時間の無駄だ。


「楽しいのも本当ですからね。自分で思っていたよりも、わたしはずっと……人恋しかったようです」

『メヒティルデ達がいた頃はあの家も賑やかだったがな……』

「わたし一人で、皆さんをおもてなしする事も出来ないですからねぇ。それにわたしは禁忌の子です。……そう思うと、エールデ様の保護下に入るのも宜しくないのでは?」

『禁忌の子と言っているのはお前達(・・・)だけだ。私達やお前の両親は禁忌だとも思わぬし、忌み嫌う事もしておらん。それに私は母神であるぞ? すべてを慈しみ受け入れるのが務めだ』

「……ありがとうございます」

『お前は昔から考えすぎるのだ。もう少し楽に生きられぬものか』


 浮かんだままエールデ様は近付いてきて、わたしの頬を軽くつつく。感じた温もりが擽ったくて目を細めた。手を伸ばしてその白銀の髪に触れてみる。絹糸のような柔らかな手触り。


「そんなに深く考えてはいないんですけどねぇ。あ、そうだ。エールデ様、あの勇者って何者なんですか? ……ただの人間ではないですよね?」

『それを私から答えることは出来ぬ。不要な干渉にあたるのでな』


 それは同意しているということだろう。やはり勇者は普通の人間ではない。


『今回は相当危険な目に遭ったようだな。アルトをつけておいた、私の采配が見事だったということか』

「助けてくれてるのはアルトさんですからね、そんな得意げにしないでくださいよぅ」

『この神殿の者は幼き時より私の神気を受けている。しかしあやつはその出自からか特別でな、神気を吸収しているとも言っていい。あやつの側にいれば私の加護が強くなる』

「さすがはエンシェントエルフの血を継ぐだけありますねぇ」

『なんだ、知っているのか』

「耳が尖っていたので」


 なるほどな、と一人ごちたエールデ様は、先程までの凛々しい表情を一転させてニヤニヤしている。神様がする表情ではないんだけど、大丈夫かな?あんなのを他の人に見られたら信仰心も吹っ飛ぶわ。


『クレア、失礼なことを考えていないか』

「考えてませんよぅ」

『まぁいい。して……お前はアルトをどう想っておるのだ?』

「面倒見が良くて気遣いが出来る、気のいい銀細工師のお兄さんだと思ってますが」

『そうではなく! そうではなくてだな……』

「何ですか、まさかエールデ様も恋愛脳ですか」

『……この引き篭もりのおこちゃまに恋など早かったか』

「神様に比べたら皆、お子様ですよ」


 自分が愛する夫とラブラブだからって、恋愛脳を拗らせているんじゃないだろうか。わたしだって恋愛小説くらい読むし、両親の仲睦まじい姿を見ているから、恋愛が何かくらいは知っている。経験があるかは別としてもだ。


『……口の達者なヤツよ。まぁ良い。……お前の心が安寧ならば、私はもう何も言わんよ』

「ありがとうございます。それはもう、エールデ様には感謝しているんですよ」

『覚えておくようにな。お前は両親に愛され、私達にも愛されている。お前を慕う者はお前が思う以上に居るのだよ』

「……勿体無いお言葉で」

『ではまたな、クレア。お前に祝福を』


 その姿がだんだんと薄くなっていく。光が弾けて母神の姿が消えた後も、室内には清浄な神気が漂っていた。

 すっかり冷めてしまったコーヒーを一気に煽る。窓向こうには立待の月がひとつ、上弦の月がもうひとつ。ふたつの月が夕暮れ空に浮かんでいた。



明日からは7時の1回更新になります。

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