35.悪夢ー蜘蛛の巣ー
本日2話目です。
7時にも更新しています。
収束した光は、淡く穏やかな輝きを保っている。
八つの頂点と、蜘蛛に宿る黒の魔石。
「……成功したみたいです。アルトさんのおかげですね」
「お前が魔式をうまく刻んだからだろう。よく頑張ったな」
「わたしの魔力じゃ足りなかったから、アルトさんが魔力を注いでくれたから……」
だめだ、すっごい眠たい。
魔導具作りで疲れたからか、安心して気が抜けたのか、もうこの睡魔に抗える気がしない。
「俺がいる。安心して眠るといい」
わたしの様子に、いまにも寝てしまいそうだと気付いたのだろう。あやすような声で囁かれる。
そうだ、アルトさんが側にいれば、魘されたとしても起こしてくれる。それなら何も心配する事はない。
わたしは口元が綻ぶのを自覚しつつ、背中側にいるアルトさんに体を預けて眠りに落ちていった。
夢を見た。
いつものように勇者が両手を開いて、わたしを迎え入れようとする。
その赤く美しい髪をなびかせて、赤く輝く瞳でわたしを見つめる。口を開けば紡ぎ出されるのは詠うような愛の囁き。
またこの悪夢だ。
でも対抗策を講じたはずなのに。それが何だったのか、いまのわたしには覚えてはいないけれど、あの人と一緒に作ったはずなのだ。でも、今目の前にいる勇者はにっこりと微笑んでいる。いまにも距離を詰めて、わたしの事を抱き締めようとしている。
そうしたらいつものように唇を寄せられて、わたしの抵抗なんてものともしないで……ああ、だめだ。もう無理だ。
「心が折れるってのは、こんな感じか」
どこか他人事のようにわたしが呟くと、勇者はニヤリと厭らしく笑った。
「さぁ、僕に身を委ねて」
響く声は甘ったるくて、わたしの体を蝕んでいくようだ。
近付いてくる勇者がわたしに手を触れようとした時、わたしと勇者を遮るようにして姿を現したのはアルトさんだった。
「……え?」
「お前、彼女の隣にいた護衛だな」
勇者の声が低く、冷たいものに変わる。振り返ったアルトさんは群青色の髪に東雲の瞳。マントの襟元で口を隠し、尖った耳もヘアバンドで隠れている。
まぎれもなくアルトさんだ。しかしいま、彼の名前を呼ぶことはまずいと思った。この状況で冷静な判断を下せた自分を褒めたい……って、屈服しそうになっていたのに、心に力が戻ってきている。うん、わたしはまだ大丈夫。
アルトさんはいつもの穏やかな笑みを浮かべると、その姿を巨大な蜘蛛に変える。
…………蜘蛛? ……蜘蛛!
「おま、え……まさか、アラネアか!?」
勇者が驚愕の声を上げる。
そう、これはわたしとアルトさんが作った魔導具だ。アルトさんが姿を変えた蜘蛛はその脚で勇者の体を両断した。そこに一瞬の躊躇もなかった。
「くそ……っ……」
悪態と共に、勇者の瞳から輝きが消える。
夢の中で迎えた死は、現実世界ではどうなるのだろう。
そんなことを考えていると、蜘蛛がこちらを振り返る。うん、大きい。八つのお目目で見つめられると圧迫感が凄い。
悪夢を食べる蜘蛛だから、あの勇者の残骸も食べてしまうんだろうか。ちょっとそれを見るのは遠慮したいな。
わたしの願いが通じたのか、蜘蛛は勇者ではなくその空間に牙を立てる。ばりばりと、高いんだか低いんだか訳のわからない音を響かせて。
蜘蛛が足元の空間を半分ほど食べると、その下に現れた真っ白な美しい空間にわたしの体は落ちていった。
浮遊感はあるけれど、怖くは無い。ゆっくりと体が沈んでいくのは心地いいくらいだ。
眠気に耐えられず目を閉じる間際、わたしが落ちた空間の穴には、美しく均整のとれた銀色に輝く蜘蛛の巣が張られていた。
それを確認して、わたしは眠りに落ちていった。
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