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31.悪夢ー再来ー

 雨が強い。いつもは明かりが灯されていて、窓から見えるはずの庭は真っ暗闇に包まれている。時計を見ると、もう朝が近付いてきているのに。

 今日は一日中天気が悪いのかもしれない。アルトさんの瞳のような東雲色が見られないのは残念だと、少し思った。



 穏やかな時間だった。

 互いの、少し声を抑えた会話の合間に、ぱちりと薪の爆ぜる音だけがする。


 アルトさんがソファーを離れ、暖炉に薪を足した。火挟みで形を調整している後姿を見ていると、なんだか急に睡魔に襲われてきてしまった。

 心地よい雰囲気に、緊張感も消えてしまったのかもしれない。夢への恐怖心も薄れていた。

 いけない、と思いながらも瞼が下がっていく。とても重くて、目を開けていられそうにない。……目を閉じるだけだから、と自分に言い訳をしている内に、わたしの意識は遠ざかっていった。




『また会えた』


 ……眠らなきゃ良かった。わたしの脳裏にはそれだけが浮かんでいる。


 何もない空間で、優雅に足を組んでいるのは先程までも夢に出ていた勇者だった。


「……わたしの夢から出て行って」

『君だけの夢じゃない。僕と君を繋ぐ、ふたりだけの夢だ』

「夢なら一人で見させてください」

『どうして? せめて夢でだけでも逢いたいんだ』

「わたしはそう思ってない」

『つれないね、君は』


 勇者は楽しそうにくすくす笑う。

 長い足を組みかえるけれど、椅子に腰掛けているわけではない。まるで見えない椅子があって、そこに座っているようだった。


「もう目覚めることにします」

『どうやって? さっきは逃げられたけれど、もう逃がさないよ』

「さっき出来たんだから、また出来るでしょう」

『僕はさせないと言っている。……ねぇ、君は僕の事を知っているよね? 僕にも君の事を教えて。名前は?』

「教えません」

『じゃあ僕が名前をつけてもいい?』

「だめです。それはわたしの名前にならない」


 わたしに名前をつけて、わたしがそれに返事をする。そこに縁が生まれてしまう。そんなのは絶対に避けなくてはいけない。これ以上縁が深まるのはごめんだ。

 勇者は立ち上がると、ゆっくりとした歩調でわたしに近付いてくる。思わず後ずさるけれど、認識出来ない壁に背中が当たってしまう。これ以上は下がれない。


「……ここはあなたの支配下にあるんですね」

『勘がいいね。そういう子は好きだよ』


 横に逃げようと足を踏み出すも、背後の壁に手を突かれて阻まれてしまう。両手をついてわたしを捉えた勇者は愉しそうに目を細めている。わたしは全然愉しくない。この人、ほんっとに距離が近くて嫌になる。

 両手の平と両肘を壁に押し付け、わたしに覆い被さるように身を寄せてくる。ほんとに近い。勘弁して。


『君は僕のものだよ』

「違います」

『君が(いと)ってもそうなる運命だから』

「運命なんて不確かなものは嫌いなんです」


 勇者は愛しいものに触れるかのように、そっとわたしの髪に唇を寄せてくる。その唇は耳に滑り落ち、高い音をわざとらしく立ててそこに口付けた。擽ったさと嫌悪感に身を捩る。気持ち悪い。


『僕のところにおいで。目が覚めたら、きっと君はそうしたくなるよ』

「絶対に行きません。どうしてわたしなんですか。あなたの側には露出過多な美人が沢山居るでしょうに」

『やきもち?』

「やだこの人。話が全然通じないんだけど」


 吐き捨てるように悪態をつくも、勇者は尚も可笑しそうに笑うばかり。虐げられるのが好きな人なんだろうか。わたしは遠慮しておきたい。


『君がいいんだ。君を一目見た時から、欲しくて仕方ないんだ』

「諦めてください」

『僕は勇者。欲しいものは何でも手に入れる』

「勇者ってそういうものじゃないでしょうに」


 わたしは勇者の両肩に手を置いて、これ以上物理的な距離が縮まらないよう全力で押している。触りたくないけれど仕方がない。本当にこれ以上近付かないで欲しい。誇張表現でなく、現実的に吐き気がしているのだ。これ以上近付かれると吐く。そんな自信まである。

 勇者はそんなわたしの抵抗を嘲笑うかのように、片手でわたしの両手を押さえ込むと後ろの壁に体重をかけて押し付ける。逆手をわたしの顎に掛けて上げさせるから、この後起きようとしている事は簡単に予想が出来た。キスされる。本当に無理!


 顔を背けようとしても、体を捻ろうとしても、拘束されたまま動かない。わたしの足の間に勇者が体を押し入れてきている。ふざけんな、触んな。


『屈服させるのも愉しそうだね』

「……ざっけんな!」


 ――クレア!


 わたしの名を呼ぶ声がする。聞こえているのはわたしだけのようで、勇者はなんの反応もしない。わたしを見下ろしてニヤニヤと笑うばかり。


 ――クレア!


 この声はアルトさんだ。わたしを呼んでいる。

 そう気付いた瞬間、わたしの体は背後の壁を通り抜けて拘束から逃れられた。此方に手を伸ばす勇者が遠ざかっていく。ざまあみろ。そんな事を思って、わたしはゆっくりと目を閉じた。あとはこの温もりに身を委ねればいい。わたしを抱き締める、優しい腕の温もりに。


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