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30.悪夢ーハーフー

 雨が窓を叩く音がする。

 この雨でまた秋が深まるのだろう。そうして冬がきたら、きっと綺麗な雪が降る。


「側に居ると言っておいて悪いんだが、何か飲み物を取ってくる。すぐに戻るから待てるか」

「何を言ってるんですか。わたしの能力をお忘れです?」


 わたしは手を翳して空間を開くと、コーヒーセット一式を取り出してテーブルに並べた。今日はプレス式にしよう。まずは豆を……と思うとアルトさんに取られてしまった。


「お前ほど上手くはないが、今日は俺がやろう」

「……ありがとうございます」


 確かに手が悴んでいて、指先はまだ震えている。今日はもうお任せしたほうがいいかもしれない。

 アルトさんは慣れた手付きでコーヒー豆を挽いていく。結構な重労働なのに、彼に掛かればあっという間だ。

 温めたサーバーに粉を入れて、ポットからお湯を注ぐ。砂時計を返す指先が綺麗だと思った。立ち上るコーヒーの香りが、心の奥にざわめく不安を落ち着けていくようだった。


 ぼんやりとその作業を見ていたはずなのに、気付けば目の前にはカップに注がれたコーヒーが置かれていた。


「ミルクと砂糖は?」

「お願いします。……甘いのが飲みたいです」


 至れり尽くせり。砂糖をふたつと、ミルクをたっぷり注がれたカップを両手に取ると、指先まで温まっていく。少し吹き冷ましてから口をつけると、心地よい苦味がミルクと合わさってとても美味しい。


「……美味しい」

「そうか。……お前が淹れた方が美味いと思うが、そう言ってくれてよかった」


 膝を抱えたまま、珈琲を楽しむ。お行儀が良いとは言えないけれど、今夜くらいはいいだろう。両手に包んだカップを膝の上に乗せて支えた。

 ふと隣のアルトさんに視線を向けると、ヘアバンドをしていないからか、いつもより顔がよく見える気がする。それにいつもは隠されている耳の先も……尖っている?


「アルトさんって、エルフだったんですか?」


 尖った耳はエルフの特徴。でもエルフには金髪が多かったはずだけど、彼の髪は群青色だ。

 アルトさんはわたしの言葉を受けて自分の耳に触れた。ヘアバンドをしていない事にやっと気付いたようで、眉を下げて笑った。


「エンシェントエルフとのハーフなんだ」

「エンシェントエルフ」


 また随分と希少種だ。驚きを隠せず、馬鹿みたいに言葉を繰り返してしまった。


「それはまた珍しい……」

「天使と悪魔のハーフに言われたくはないが」

「ごもっともで」


 確かにそうだ。天使と悪魔のハーフなど、この世界でもわたしくらいしかいないだろう。

 しかしアルトさんがエンシェントエルフの血を継いでいるなら、その超人的な身体能力にも納得する。


 エンシェントエルフとは、エルフやハイエルフよりも古代の存在。神々が作り出したのではなく、異界の地より舞い降りたと言われている。

 その魔力は他と比類できない程に強大で、その身体能力もずば抜けている。この世界で唯一、神と肩を並べられる程の強さを持つとも言われている。

 しかしその力故に迫害もされ、いまではその身を隠し、一族のみでひっそりと暮らしていると聞くけれど……。姿を見た者もなく、幻の存在だ。


「初めてお会いしました、エンシェントエルフに」

「ハーフだけどな。俺の父親は少々変わり者でな、この世界を旅していたんだ。それで行き倒れているところを、ここで神官をしていた母親に拾われて結婚した」

「突っ込みどころがありすぎて、どうしていいのやら」


 唖然とするわたしを見て、可笑しそうにアルトさんが笑った。家族の話をしている彼の表情はいつもよりも柔らかい。暖炉の灯りに照らされた頬が、美しいと思った。


「エンシェントエルフが行き倒れって、どんな事をしたらそんな状況になるんですか」

「知識欲の塊みたいな人でな、街の図書館に毎日通って食事も取らずに本を読んでいたらしい。そのうちに栄養失調になってふらふらしているところを、母に拾われたとか」

「エンシェントエルフも栄養失調になるんですね」


 高潔で気高いイメージがどんどん崩れていく。


「結婚した後、ふたりはここの神殿にいたんだが、父親が里に帰らないといけなくなって母親を連れて行った。俺も連れて行くつもりだったようだが、俺はここでの生活を選んだんだ」

「それはまた、どうして……?」

「もう十五になっていたしな。こっちでの生活しか知らないのに、エンシェントエルフの里に行って馴染めるかもわからなかった」


 アルトさんなら馴染めそうだけれど。そんな事も思ったけれど、彼が里に行っていたなら、会うこともきっと無かったのだろう。

 いつもより饒舌な彼の話は楽しい。他にも幼馴染であるヴェンデルさんとの話を聞いたりしていると時間があっという間に経っていく。

 少し冷めてしまったコーヒーを飲み干す頃には、体にまとわりついていた嫌悪感や恐怖心はすっかり消えてなくなっていた。


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