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20.冷たい手

 静まり返った室内に、薪が爆ぜる音だけが響く。暖炉の近くにいる筈なのに、わたしの体は温まらない。紅茶のカップを両手で包むけれど、指先は氷のようだ。


「リュナ様は一の月(アインス)に宿る女神ですね。リュナ様は大地と月とを繋ぐ役目を持たせる天使を生み出しました。そのうちの一人がわたしの母、メヒティエルです。堕天したのでメヒティルデと名前を変えましたが」

「天使様のお名前なんて初めて伺いました……」


 わたしの隣でレオナさんが小さく呟いた。

 それもそうだろう。遥か昔の神話の世界。人間の世界には伝わっていない事も、伝わって忘れ去られた事も多いのだ。


「リュナ月教がどういった思惑で支援しているのか、そこにリュナ様の意思があるのかはわたしには分かりません。……すみません、ちょっとその名前を聞いて動揺してしまっただけで」


 わたしは冷めた紅茶を一気に飲み干すと、取り繕うように笑って見せた。リュナ月教には出来れば近付きたくないなというのが本音だけれど、まぁ近付く事もないだろう。

 アルトさんはまだ気遣う視線を送っているが、わたしはその視線に気付かない振りをした。


「そうか。クレアちゃん、君が構わなければでいいんだが、悪魔であるお父上の事を聞いてもいいかい? いや、これはただ単に僕の好奇心だから、答えたくなければいいんだ」


 ヴェンデルさんが言葉を選ぶように問うてくる。別に秘密にしている話ではない。ただ話す相手がいなかっただけで。


「悪魔とありますが、実際は神の使いです。悪魔を使役しているのは夜神ドゥンケル。冥界と地底も管理しているので、その補佐にあたっているのが悪魔というわけで。わたしの父は多数いるうちの悪魔の一人でオスクリタと言います」

「人を堕落させたりという悪魔ではなく、補佐官ということ?」

「はい、なんで悪魔と呼称されて、本人達も自称しているかは分からないんですけど」

「いやぁ、勉強になるな。まだまだ知るべき事が沢山だ」


 ヴェンデルさんの目がこどものように輝いている。

 彼は神話の世界に興味があるのだろうか。エールデ様に聞いたらいいと思うけれど……聞いても話すかどうかは分からない。神託を告げて人を導く事はあっても、神々の話を伝えるとは聞いたことがないからだ。……わたしとしても、エールデ様が酔い潰れた話はしたくない。


「話がずれたね、すまない。…勇者の祖の件については僕の方でも調べるよ。クレアちゃんは引き続き、外出する時は必ずアルトをつけるようにね。それで……ずっと気になってたんだけど、そのクレアちゃんのペンダントさぁ……アルトのお手製だよね?」


 ヴェンデルさんが先程までの真剣な表情を一転させてニヤニヤと笑う。わたしの隣のレオナさんまで「まぁ!」と頬を赤らめる。


「これも魔導具です。というか、皆さんにお渡しした腕輪もアルトさんのお手製ですよ」

「そうだけど、随分と可愛らしく手の込んだペンダントだなぁってね」


 ヴェンデルさんのニヤニヤ顔が戻る気配は無い。レオナさん、お前もか。


「毎日着けるなら、多少可愛らしさがあってもいいだろう」


 アルトさんが呆れたような視線をヴェンデルさんに向ける。盛大に肩を竦めているが、ヴェンデルさんとレオナさんは知らん振りだ。ライナーさんといえば興味がないようで、書類の束を片付け始めている。マイペースすぎる。


「そうです、ちょっとこの魔導具の効果を見てくださいよぅ!」


 三人には魔導具が何かを説明していなかった。ここはわたしの傑作魔導具で驚いて貰わないと。折角作ったのだから、見てもらいたくなるのも仕方がない。

 わたしは魔導具に魔力を込める。深青の光が体を包み、先日試した時と同じようにわたしの髪は艶めいた茶色へと変化していた。この分ならちゃんと目も茶色に変化しているだろう。


「えっ、ちょっ……どうなってるの」

「クレアさんの髪が! 目が!」

「認識阻害とは違うんですね。色自体を変えているんですか? それともそう見せているだけ?」


 驚くヴェンデルさんとレオナさんを尻目に冷静に分析するライナーさん。わたしとしてはもっと驚いて欲しかったんだけど、二人がいい反応をしてくれたから良しとする。


「これならわたしだって、分からないでしょう? 外に出る時にはこの姿にしようと思っているんです」

「それはいいね。アルトもその格好だとこないだ邂逅した護衛だって勇者に気付かれるからさ、そのマントをやめてローブにしなよ」


 確かにわたしの色が変わっても、護衛のアルトさんは同じ姿なのだから、そこからバレてしまうかもしれない。ローブで身を隠せば、旅の魔導師・旅の冒険家ってことでやり過ごせるかも。

 わたしの分のローブも手配して貰うことにして、今日の会合は終わりを告げた。



 レオナさんは執務室を出るなり「温泉んんん!」と一目散に向かってしまったし、ライナーさんは「食べ足りない」と食堂に足を向けてしまった。

 必然的に残されたわたしとアルトさんは、一緒に廊下を歩く事になる。向かっているのはわたしの部屋だから、きっとまた送ってくれるのだろう。なんせ気遣いの鬼だから。


「大丈夫か?」

「はい?」


 何のことだろう。アルトさんが何を心配しているのか分からずに首を傾げると、彼はわたしの手を取った。体温が高い。冷え切った指先にアルトさんの熱が滲んでいく。


「月女神の話が出てから、顔色が悪いままだ。体も冷えているんだろう」

「あー……はい、まぁ……ちょっと色々あったもので。でも大丈夫ですよ」


 へらりと笑って見せるけれど、アルトさんの表情は晴れない。それにしてもアルトさんの体温は高いな。冷たかった手が温まって気持ちいい。こっちの手も温めてくれないかな、なんて思ってわたしの手を取る彼の手に、冷たいままの手を重ねる。うん、手の甲でも温かい。


「……随分冷えているな」

「なんでしょねぇ、急に寒くなっちゃって。部屋に戻ったら温かくするので大丈夫ですよ」


 アルトさんの手で暖を取っている状態では説得力もないが、もう少し温まるまではこのままでいさせてほしい。そんなわたしの願いが通じたのか、アルトさんは両手でわたしの手を包み込んでくれた。え、懐炉でも仕込んでいたのかな? そんな事を思うくらいに温かい。


「アルトさんの手は暖かいですねぇ」

「お前の手が冷たすぎるんだ」

「懐炉でも持ち歩いた方がいいでしょうか」

「冷えたらまた、こうしてやる」


 それならいつでも暖が取れる。

 約束ですよ、と笑うと、アルトさんもようやく笑ってくれた。


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