17.この護衛は何でも出来ちゃう
本日2話目です。
7時にも更新しています。
ふう、と息を吐く。
苦手な割には上手く出来たようだ。魔式を書き込んだ四つの碧石が崩れる気配はない。
今度はその碧石に魔力を注いでいく。母がやっていたように、細く、強く。
碧石に刻んだ魔式が発光したのも束の間、その光はゆっくりと収束していった。割れてない、成功だ。
「出来たぁ……」
思わず両手を上に大きく伸びをする。くつくつと低く笑う声にそちらを向くと、アルトさんが笑っていた。そうだった、ひとりじゃなかった。随分と気の抜けた姿を晒してしまった。
「こっちも出来たぞ」
アルトさんがわたしの前に、土台となる腕輪を並べてくれる。蔦をモチーフにした繊細な仕上がりで、銀細工師としての腕は確かなようだ。
「わ、凄い。綺麗ですねぇ」
「気に入ったなら良かった。魔石を嵌めるんだろう?」
「はい。……あ、ぴったりっぽいですね」
促されるまま、出来た魔石を腕輪に嵌めてみる。台座と魔石に大きな差異はない。
「押さえていてくれるか。固定する」
「分かりました」
腕輪と魔石が動かないように両手でそれぞれ押さえると、アルトさんはわたしの手を覆うようにして魔力を篭める。魔石を囲うように台座の銀が動いて、ぴったりと綺麗に固定された。うん、本当にいい腕前。
それをあと三つ作って、腕輪はおしまい。
「これは何の魔導具なんだ?」
「防御結界を張る魔導具です。発動条件は二つ。一つは装着者が無防備状態で、悪意ある攻撃を受けると自動で発動。もう一つは装着者自身の意思によって発動させる事が出来ます」
「それでこんなにも複雑な魔式が刻まれているのか」
「良い点だけではないんですけどねぇ。強力な結界なので攻撃を通さない代わりに、それを解くまで装着者も結界から出られないんです。でも命を守るのが最優先って事で」
言いながらどんどん腕輪を完成させていく。最初からその仕上がりだったのかというくらいに、碧石と腕輪はデザインも大きさもぴったりだった。
これは……合わせてくれたんだな。わたしが鉱石を加工させているのを見て、アルトさんが台座の大きさを揃えてくれたんだと思う。
「さて、次は指輪なんですが……これくらいの石になります。これを三十個。大丈夫ですか?」
「俺は問題ない。お前は大丈夫か?」
「今度の魔式は至極単純なものなんで」
小指の爪を指し、大きさの指定をする。気遣ったつもりが気遣われてしまった。いや本当に大丈夫かな?銀をあそこまで自由自在に扱うには、技だけじゃなくて集中力も必要だと思うんだけど。本人が大丈夫だと言い切るなら、まぁいいか。
わたしは橙色や黄色の鉱石を選び取ると、先程と同じく水を纏った風刃で小さな球体に形を整えていく。大きさが揃ったら、研磨しておしまい。……なのだが流石に数が数なのでちょっとくたびれた。しかし今度はこれに魔式を刻んでいかなければならない。
アルトさんに負けてはいられないので、頑張らないと!
今度の魔式は非常に単純だ。先程の腕輪のように複雑なものではない。
指先に魔力を篭めて、ちょちょい。ちょちょい。ちょちょい。……失敗するほど難しくはないけれど飽きてくる。
アルトさんの様子を伺えば、口元を綻ばせた余裕の表情で銀を操っていた。銀の隅々まで魔力の量を整えて、銀自体が淡い青に発光しているように見える程。
さーて、わたしももう少し頑張りますか。
「出来ましたぁ……大量生産も疲れますねぇ」
「魔式を刻む対象が小さいからな。気疲れするだろう」
「いやいや、指輪にこれだけ細かい模様を刻むアルトさんの方が疲れたでしょうに」
アルトさんの用意してくれた指輪は土台となる場所が窪んでいる。魔石よりも少し細めというだけで幅広に作られた指輪には、美しいエールデ紋様が装飾されて刻まれていた。芸術の域だな。
「もう少しだ、頑張ろう」
手伝って貰ってる立場なのに、逆に励まされてしまう始末。
まぁ確かに頑張らないと! わたしは頷くと指輪に魔石を嵌めてみた。……恐ろしい程にぴったりだな。技術者としても高い腕前……本当に目の前のこの人は何者なんだ。
わたしが胡乱な視線を向けている事に気付いていながらも、その銀は乱れない。口元に描いた弧は深まるばかりで、わたしはもうアルトさんに対して考えるのをやめた。
この人が何者なのか気にしたって仕方ないし、気になるのなら聞けばいいのだ。しかし聞いたところで誤魔化されるのも何となく目に見えている。だから聞けない。……そんな堂々巡りをするのなら、もう考える事を放棄してしまってもいい。
そんな事を考えているうちに、三十個の指輪はあっという間に出来上がってしまった。
「アルトさんに手伝って貰えてよかったです。わたしが一人で作るとなると、台座に合わせて魔石を微調整しながら削っていかないといけないので」
そうなのだ。こんなにも出来上がりが早いのは、アルトさんが魔石に合わせてくれているから。わたし一人で作るなら三日は掛かると思っていたのに、まだ昼食の時間にもなっていない。材料費の他に作業代も払うつもりだったけど、それにだいぶ色をつけないと。つけるだけの価値は勿論ある。
わたしは指輪の数と仕上がりを確認して、何となく色合い順に並べていった。うん、綺麗。こういうところが気になってしまうのよねぇ。母には神経質だと笑われたけれど。
神経質なのではない、母が大雑把なだけなのだ。父もいつもそう言って笑っていた。
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