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144.願いが叶う時

 地底牢獄では、既にドゥンケル様が待っていてくれた。

 牢の中には変わらずの黒水晶。そしてそれに繋がれた両親の姿。何も変わらなかった。


『来たか、お嬢』

「ドゥンケル様……どうして」

『牢を開けられるのは俺だけだからな』


 わたしはアルトさんに抱き上げられたまま、ぼんやりと視線を彷徨わせる。相変わらず胸の水晶が熱くて、もう余裕がないのだ。いまにも爆発してしまうんじゃないかと、そんな不安さえ感じさせるくらいに、熱い。


「クレア、大丈夫か」

「うぅ……大丈夫ではないですー。……熱くておかしくなりそう」


 アルトさんが気遣わしげな視線を向けてくるけれど、頭まで沸騰しそうなくらいにぼんやりとする。


 音もなく牢の扉が開いた。それもいつも通り。月神祝の夜と変わらない。

 アルトさんがわたしを抱いたまま、その中に入る。

 既に自分で立ち上がれないわたしは、アルトさんの腕の中で両手を組んだ。そして、目を閉じ祈りを捧げる。


 どうか二人の罪を許してください。

 どうか二人を解放してください。

 この生命の輝きで、どうか――許しを。


 パキン、パキン――高い音が響く。

 それを合図にわたしは目を開けたのだけど、思わず目を瞠った。その光景に傍らのアルトさんも息を飲んでいる。


 わたしの胸にある水晶から放たれる、虹色の光。それは光の線となってわたしと黒水晶を繋いでいた。

 黒かったはずの水晶が、いびつに色を歪めていく。そして虹色へと移り変わった。


 ――キィィィィン


 耳が痛くなるくらいの振動音。音の高さはどんどん上がって、もうわたしの耳には何も聞こえない。それでも空気が震えているのが分かる。


 唐突に、その時は来た。

 虹色にその身を変えた水晶も、拘束していた鎖も消えていく。細かな光の粒子が立ち上って、その後には両親だけが残っていた。


「父さん! 母さん!」


 支えだった鎖を失い、その場に崩れ落ちる二人。アルトさんの腕から飛び出したわたしは両親を受け止めようとするけれど、結局は三人で倒れ込んでしまった。

 打った側頭部が痛いけれど、そんなの気にしていられなかった。抱き締める二人から、確かな鼓動が伝わってくる。


 わたしは声を上げて泣いた。

 子供のように、わんわんと。やっと二人を解放できたのだ。喜ばないでいられるわけがない。


「クレア、良かったな」


 アルトさんがわたしの側に来て、膝をつく。

 その優しい声や、穏やかな瞳に涙腺が刺激されてしまうばかりで、わたしは更に泣くばかりだった。


『良くやったな、お嬢』

『おめでとう、クレア』


 牢の向こうからドゥンケル様とエールデ様も声を掛けてくれる。そちらを見ると二人とも嬉しそうに笑みを浮かべていて、そんなのを見たらわたしの涙が際限なく溢れるのも当然で。


「ありがとうございます……っ!」


 わたしは十七年ぶりの両親の温もりを離したくなくて、ただぎゅっと抱き締めるばかりだった。手が痺れても、声が涸れても、離したくないと思った。




 それからわたし達はエールデ様のお力で、大神殿へと戻った。もちろん両親も一緒にエールデ様が運んでくれた。

 話を聞いたヴェンデルさんは快く神殿の一室を貸してくれて、両親はそこで眠っている。エールデ様曰く、命に別状はないらしい。衰弱はしているけれど、直に目覚めるだろうと。


 両親の部屋から離れたくないわたしを慮ってくれたヴェンデルさんは、その部屋に簡易ベッドを運び入れてくれた。そしてわたしの食事も。

 一連の出来事はアルトさんから話をしてくれるというし、わたしはそれに甘えて食事を摂っていた。


「本当に無事に帰って来てくれて良かったです。それにご両親も解放されて良かったですね」


 食事をするわたしの前で、お茶を淹れてくれているのはレオナさんだ。温かな花茶からはジャスミンがふわりと香っている。『クレアさんも疲れているでしょうし、何かあったら大変ですから側にいますね』と言ってくれたレオナさんに、すっかり甘えてしまっていた。


「アルトさんは帰って来られないところだったんですよ」

「え、何があったんですか?」

「わたしを庇って混沌の中に落ちちゃったんです」

「ええっ!」


 大きい声を上げたレオナさんが、慌てたように口を押さえて両親を伺い見た。別に構わないんだけどな、起きたら起きたでいいんだし。それでもその気遣いが嬉しかった。


「それで、どうやってアルト様は……」

「混沌の中に転移して、引っ張り出してきました。わたし、結構頑張ったと思いません?」

「頑張ったというか無茶をしたというか……愛の力ですね!」


 にっこり笑うレオナさんを恋愛脳だと揶揄(からか)う事も出来なくて、わたしはただ笑うばかり。


「え、もしかしてクレアさん……アルト様と一線越えちゃったんですか?」

「越えてないです!」


 わたしは飲み込むところだったふかふかのパンを、思いきり詰まらせるところだった。顔をうっすらと朱に染めているレオナさんは一体何の想像をしたのか、わたしには聞く勇気がない。

 わたしは食事に集中しようと、ココットサイズのミニグラタンにスプーンを入れた。サク、と程好く焦げたチーズが沈む感覚。掬って口に運ぶと、コクのあるホワイトソースと塩気の強いベーコンが絡み合って……美味しい!

 メインだったチキンのトマト煮も美味しかったし、本当にここの料理人さん達はいい仕事をするなぁ。


「クレアさんはご両親を解放するために、人助けの使命を果たしていたんですよね」

「そうですよ」

「その願いが叶って……このあとは、おうちに帰ってしまうんですか?」


 スプーンを口に運ぶわたしの手が止まった。

 そうだ、わたしの願いは果たされた。元々ここにお世話になっていたのは、勇者に目をつけられたからで……その理由ももう無くなって。

 アルトさんもわたしの護衛をする必要が無いし……じゃあ、もう一緒には居られないのかな。


 わたしの動揺を感じ取ったレオナさんが、わたしの座るソファーの隣に移動してくる。

 動けないでいるわたしの肩を抱いてくれるから、わたしは甘えて体を預けた。


「クレアさんが決めていいんですよ、きっと。私はずっとクレアさんのお友達ですし」

「……ありがとうございます、レオナさん。あなたはわたしの、初めてのお友達なんです」


 わたし達は顔を見合わせて笑った。レオナさんのサファイアみたいな綺麗な瞳に涙が滲んでいる。それはきっと、わたしも。

 わたしの、初めての、大切なお友達。これからどんな道を進もうともそれは変わらなくて、そんな人に出会えた事がわたしは嬉しくて――レオナさんに思いきり抱きついたのだった。



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