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127.覚悟はあるか

 とうとう一の月(アインス)へ向かう夜が来た。

 部屋の窓から覗いた空には、半分ほど満ちた二の月(ツヴァイ)がひとつのみ。雲もない、冴え渡る程に寒さの厳しい夜だった。


 わたしは黒の膝丈ワンピースに黒ブーツと、何となく黒一色で纏めた自分の姿を見下ろした。それに黒いローブを羽織る予定。髪に飾ったリボンカチューシャだけが白く異彩を放っている。

 潜入――となればやはり目立たないもの、とレオナさんと相談して服を決めたのだけど。ブローチの効果で姿が消えるんだから、何でも良かったんじゃないかと今になって思う。


 わたしはフードのついたローブを纏い、その襟元に水色のブローチを着けた。これも改良が加えられている。

 同じ魔導具を着けている者同士は、魔力を流して姿を隠している間も視認できるようにしたのだ。そうでなければ連携も何も取れないし、危ないもの。


 先日の魔導具を作った時の事を思い出して、わたしの頬に熱が宿る。

 物思いに耽りそうになったわたしを引き戻したのは、控えめなノックの音だった。



「用意は出来たか」

「はい、いつでも行けます」


 ドアを開いた先に居たのはもちろんアルトさん。アルトさんもわたしと同じ黒いローブを羽織っている。いつもの赤と黒の飾り石がついたベルトに、しっかりと剣が携えられていた。ローブの襟元には、水色に輝く魔導具のブローチ。


 アルトさんは少しの間、無言でわたしを見つめていた。どうかしたかと首を傾げて見せると、優しく笑ってわたしの頭を撫でてくれる。


「頑張ろうな」

「……はい」


 わたしの緊張が溶けていく。全て見透かされているようで恥ずかしいけれど、安心するのも本当で。わたしも笑うと、どちらからともなく手を繋いだ。

 目的地はモーント様の月の泉。今日はきっと、あの泉に綺麗な二の月が映っているのだろう。



 転移で飛んだ先、月の泉の(ほとり)にはモーント様とサンダリオさんが居た。

 モーント様が居たといっても実体ではないようで、月明かりを映す泉がその体の向こうに透けている。モーント様が人の世に具現できるのは月神祝の時だけだから、今回はきっと無理をしてくれているのだと思う。


「今日は宜しくお願いします。……モーント様も行かれるんですか?」

「そう。君達が姿を消していても、転移の魔力までは隠せないからね。僕が一緒に転移して、姉上への取り次ぎを願う。断られるだろうけれど、それでいいんだ」


 つまり、陽動してくれるという事。

 ……神様にそんな事をさせてしまうのは、心苦しいというか恐れ多いんだけれど、それでも非常に助かる。何者かが転移してきたという事実は隠せないから、警戒される中を行こうと思っていたのだ。


「何から何までありがとうございます」

「いいんだ、僕にはここまでしか出来ないからね。危険なのは君達だ。……二人とも覚悟は出来ているかい?」


 覚悟。

 一の月(アインス)で何があるかは分からない。帰ってこられる確約もない。魔導具を使っていても、見つかるかもしれない。そうなった時に、一体どうなるか。


 それでもわたしは、一の月(アインス)に行かなければならないと思った。

 行けるのはわたしだけだと思うから。……でも、もし何かあって、逃げ切れないと思ったら、アルトさんだけでも――。


「いったい!」


 わたしの思考はそこで止まった。アルトさんがわたしの額を、思いきり指で弾いたからだ。またやられた、本当に痛い。


「ろくでもない事を考えているな?」

「心を読むのはやめてくださいよぅ!」

「二人で帰るぞ。いいな?」


 二人で帰る。

 そうだ、またわたしは逃げようとしていたのかもしれない。何かあっても、二人で抗えばどうにかなる。何か起きる前から、足掻く前から、諦めていてどうするんだ。


「大丈夫そうだね、二人とも」

「はい、何があっても大丈夫です。何を見る覚悟も、受け止める覚悟も出来ていますし、必ず二人で帰ってきます」


 わたしの返事にモーント様が満足そうに笑う。

 ひりひりする額を擦りながら、わたしも笑った。


「モーント様、そろそろ……」


 サンダリオさんが声をかける。その顔はどこか緊張しているように強張っていた。

 モーント様は小さく頷くと泉に向き直り、片手を翳す。それに応えるように泉がざわめき、輝きだす。

 輝きは踊るような飛沫となり、段々と高さを増しても尚も舞う。またそれが月光を浴びて煌めいている。美しい、幻想的な光景だった。


 光を受ける飛沫が奔流となって一際高く天へ吹き出すと、一瞬でざわめきが消えた。そこにはただ光の柱だけがそびえている。


「行こうか」


 モーント様の後に続き、わたし達は揃って泉へと足を乗せた。水面は固く、しっかりとした足場になっている。

 澄んだ泉はその奥まで透けて見えそうで、少し怖いほどだった。


「クレア、魔導具を」

「そうでした。それではモーント様、わたし達は姿を隠します」


 アルトさんの声に、魔導具の事を思い出した。

 わたしとアルトさんがそれぞれ魔導具に魔力を流すと、一瞬でわたし達の姿が消えたようでサンダリオさんが驚きに目を見張った。


「すごい……まったく、気配が感じられない……」

「うん、大丈夫だね。クレアは魔導具師としてもやっていけるよ」


 モーント様にも見えていないようで、わたし達の視線は重ならない。

 わたしからはアルトさんがしっかり見えているんだけれど、アルトさんからもわたしを確認出来ているようだ。これなら大丈夫だろう。


「じゃあ、飛ぶよ。クレア、アルフレート君、充分気を付けるようにね」


 モーント様が言葉を紡いだその瞬間、景色が一変した。

 浮遊感も何もなかった。揺らぐ感覚も、何もなく。


 わたし達は満天の星空の下、砂漠の中に立っていた。

 


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