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125.罰があたっても仕方がない

「えっと……守神様にお怪我はないですか? 少しでもあるなら、わたしが治療させて頂きますが」

『いや、怪我はない。丁度水浴びをしていた時でな、撃たれた瞬間に水に潜った』


 わたしは安堵の息をついた。怪我がないなら何よりだ。

 アルトさんは男達の側に膝をついて、その様子を確かめている。


「意識を失っているだけだな。この男達は回収しても構わないでしょうか」


 アルトさんがロープを見せると、守神は載せていた足を除けてくれる。その時に男達から「うぅ」と呻き声が漏れたのは気のせいではないと思う。意識が無くても苦しかったんだね……。


『そうしてくれると我も助かる。捕まえたはいいが、どうしたものかと思ってな。そやつらをどうする?』

「これが何者なのか、何を目的として守神様を狙ったのか調べようと思います。ここからだと魔王城が近いので、そこに連れていこうかと」

『ふむ、相分かった。狼の信用する者達だ、お前達に任せよう』

「ありがとうございます」


 守神と話しながら、アルトさんは二人の男を手際よく縛り上げてしまった。海老反りのように手首と足首が縛られている。結構えげつない拘束の仕方をするな。


「首にも掛けた方がよかったか?」


 わたしの視線に気付いたアルトさんが恐ろしい事を口にするものだから、わたしは首をぶんぶんと横に振ることしかできなかった。なんて事を言うんだ、この男は。


「では失礼します。守神様、今後もどうぞお気を付けて下さいね」

『うむ。……狼が惹かれるのも分かるやもしれぬ。狼に飽きたら我の元に来るといい』

「ご冗談を。では」


 この守神は口がうまいな。グロムにしているような物言いをするわけにもいかず、わたしはただ笑って誤魔化すばかり。

 冗談と流してくれたのはアルトさんだ。アルトさんは男達を拘束しているロープを両手に持っている。さすがに持ち上げる事はしていないけれど、この人ならできそうで怖い。

 わたしはしゃがんでいるアルトさんの肩に両手を乗せて、ヒルダの城を思い浮かべた。美しい白亜の要塞城。


「ヒルダもきっと驚くでしょうね」

「そうだな」


 思わず笑みが漏れる。アルトさんも肩を揺らした。

 両手を振って見送ってくれる巨体の熊(守神)に目礼をして、わたし達はその場から転移したのだった。

 その刹那、わたしの頬に一粒の雨が当たった気がした。




 雨が当たったのは気のせいではなかった。

 転移で移動した先は、もう顔見知りになった門番の前。転移したと同時にわたし達は大雨に降られてしまって、もう全身がびしょ濡れだ。

 それでも門番さん達が急いで城に入れてくれて、イーヴォ君に取り次いでくれたので、わたし達は見慣れた応接間に通されていた。


 メイドさんが温かな飲み物とタオルを用意してくれた。有難くそのタオルで水気を拭ってから、濡れた髪や衣服を魔法で乾かしていく。アルトさんも同じように自分を乾かして、それから拘束している男達も乾かしてくれた。風邪を引かれて悪化して……となっても困るからそれはアルトさんにお任せして、わたしは自分を乾かす事に専念させて貰ったのだった。



 リボンカチューシャを着け直して、アルトさんも男達を乾かし終えたところで、部屋に手荒なノックが響く。

 入室してきたのはイーヴォ君で、床に転がっている男達を見るとその眉間に皺が寄った。


「なんだ、こいつら」

「こんにちは、イーヴォ君。突然訪ねてしまってすみません」

「それは構わねぇんだが……何があった?」


 イーヴォ君はわたしとアルトさんの座るソファーの向かい、一人掛のソファーに腰を下ろした。それでも視線は男達に向けられていて、その視線は警戒の色に満ちている。


「守神を討とうとした男達だ。守神に返り討ちにあったところを回収してきた」

「……あ?」


 やっぱりイーヴォ君も驚いている。それもそうだよね、守神を討とうとして生きていられるのも不思議な話。それはあの熊の守神様が加減してくれたからだと思う。そうじゃなかったら圧倒的な力の差に、殺されていても当然だ。


「この男達が首謀者なのか、それとも操られたのか。操られていたなら、それを指示したのが誰なのか。分かるかなと思って」


 わたしは言葉を紡いでから、温かな紅茶を頂いた。カップを両手で包むと熱がじんわりと染み入ってくる。


「へぇ……いいのを持ってきてくれたな。任せておけ、洗いざらい吐かせてやるよ」


 イーヴォ君は楽しそうににやりと笑う。うん、非常に目付きが悪い。


「俺にも手伝う事はあるか?」

「あー……っと、いや。そいつに見せるもんでもねぇしな」

「そうか。分かったら教えてくれ」

「もちろん。ヒルデガルト様もお喜びになるぜ」


 わたしに見せられないような、そんな取り調べをするのだろうか。それよりもイーヴォ君がわたしを気遣っている……! いや、イーヴォ君が優しい子だというのは分かっていたけれど、改めて本当に優しい子だな。


「これを縛ったのはアルトか?」

「ああ」

「こんな縛り方、どこで覚えんだよ」

「首にも掛けるかと言ったらクレアに断られた」

「お前……ほんとにとんでもねぇな」


 やっぱりえげつないよね? わたしは自分の感情が間違っていなかった事に内心で安堵するばかりだった。

 ゆっくりと飲み干した紅茶のお陰で、お腹がぽかぽかしている。


「ではすみませんが、お任せしてもいいですか?」

「ああ、任せて――」


 イーヴォ君が言葉を途中で切る。扉へ目を向けたのは彼だけではない、わたしもアルトさんもだ。

 なんだか非常に騒がしい。止めるようなどこか悲痛な声まで響いている。これはもしかして……。


 賑やかな一団は真直ぐに応接間まで近づいて、そして勢い良く扉が開かれた。

 先頭で扉を開いているのはヒルダで、その後ろには見覚えのある文官さんが悲痛な表情で汗を拭っている。そのまた後ろには知らない人達。ふとイーヴォ君を見ると頭を抱えていた。


「ヒルデガルト様、会議中じゃなかったっすか……」

「クレアが来ているのに、会わないだなんて失礼じゃないか。なぁ、クレア」


 ヒルダは会議中だったにも関わらず、わざわざわたしに会いに来てくれたらしい。それは有難いし今日もとびきり美人なんだけれど、後ろで疲れた顔をしている文官さん達の事を思うと何とも言いがたい。


「こんにちは、ヒルダ。あの、この人達なんですが――」

「守神を狙ったらしいです。返り討ちにあったとか。……全部吐かせてやりましょう」


 わたしの言葉を継いだイーヴォ君がにやりと笑う。それを耳にしたヒルダもまた、にやりと口端を残酷に歪めた。美しいのに、少し怖いくらいに。


「ありがとう、クレア。こやつらの事は私達に任せてくれ。……誰の指図か、背後が誰なのか全てはっきりさせようじゃないか」


 そうだ、もしこれがシュトゥルムの手の者だったら。勇者に関する者だったら。

 この戦争もひとつ、重大な局面を迎える事になるかもしれない。


「悪いようにはしないから、安心してくれ」


 にっこり笑うヒルダに、それ以上わたしが言える事もなく。これも守神を狙うだなんてした罰なのかもしれないなと思うばかりだった。

 わたしの心を読むのが上手なアルトさんも、苦笑いをするばかり。


 わたし達は男達をヒルダに任せ、そそくさとその場を後にした。

 熊の守神様が無事だったとグロムにも教えてあげなくては。


 転移の刹那――窓の向こう、雨雲の中に稲光が走るのが見えた。雨音に世界が塗り替えられていくように。

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