表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
123/155

122.理由と運命

 サンダリオさんに案内されたのは、神殿の奥。両開きの大きな扉にはモーント様の紋章が刻印されている。扉を守るように天使が二人いたけれど、わたし達を咎める事はなかった。目礼だけして二人で扉を開けてくれる。



 開かれた先、玉座に膝を立てて座っていたのはモーント様。

 具現化する時と一緒のお姿。長い白髪(しろかみ)がさらりと肩から落ちる。深い紫の瞳がわたし達を見て眇められた。


「ただいま戻りました、モーント様」

「こんにちは、モーント様。お招き下さってありがとうございます」


 玉座の前で膝をつくサンダリオさん。わたしとアルトさんはその一歩後ろで頭を下げた。


「お帰り、サンダリオ。クレアとアルフレート君には礼を言わなければね。僕の天使を助けてくれてありがとう」

「わたしの使命ですからね。サンダリオさんが『生きたい』と願ってくれて良かったです」


 モーント様は目を細めて小さく頷く。モーント様はわたしの使命をよく知っている方だから、サンダリオさんが願った事も、それにわたしが導かれた事も分かっているのだろう。


「サンダリオ、何があったのか詳しく聞きたいんだが……」


 モーント様はそこで言葉を切ると、指をパチンと高く鳴らす。その瞬間、景色が一変してわたし達は応接室の中にいた。詠唱もなく、触れる事もなく、一瞬でこの人数を転移させるなんてやっぱり神様は次元が違う。

 玉座に座った姿勢のまま、今度は薄青のソファーに腰かけているモーント様が笑った。


「ここは僕の支配下にあるからね。これくらい簡単なものだよ。君達も座って、落ち着いて話そう」


 わたしとアルトさんは勧められるままに、モーント様とテーブルを挟んだ先のソファーに腰を落ち着けた。ふかふかだけれど座りやすくて、よく見ると青い薔薇の布地だった。縁や足は金細工で華やかさに溢れている。


 サンダリオさんが一人掛けの椅子に座ると、それを待っていたかのようなタイミングで部屋にノックの音が響く。

 入ってきたのは二人の天使だった。サンダリオさんに似た相貌で、やはり薄水色の髪をしている。二人はにこやかに、それでいて手際よくお茶を用意するとわたし達を気にした様子もなく部屋を後にした。

 立ち上る紅茶の香り。美しい琥珀色の中に、モーント様は薄切りの檸檬を沈める。長い指先に持ったスプーンで数度かき混ぜてから、檸檬を取り出してカップを手にした。


「どうぞ、ゆっくりして。口に合うといいんだけど」

「ありがとうございます。いただきます」


 わたしはお砂糖をひとつ、紅茶に落としてから頂くことにした。白いカップにも薄い青で薔薇が描かれている。美しいバラはソーサーやスプーンにも咲いていた。


「それで、何があった? 君には調べものを頼んでいたけれど」

「はい。お話します」


 サンダリオさんは少し強張った声で、話し始めた。ちらりとわたし達を伺うのは話の内容を聞かせていいのか気にしてるのだろう。わたしとしても、聞かない方がいいなら席を外したいんだけれど。……そんな様子にモーント様が気付かないわけもなく、構わないとばかりにひとつ頷いた。


「僕はルーランの西で守神のいなくなった森を調べていたのですが、そこで勇者のパーティーに遭遇しました。その中にはマティエルがいて、彼らは……僕に呪いをかけようとしたのです」

「呪い……それは勇者の彼が、かな? 彼は呪術に秀でているとエールデに聞いた事がある」

「仰る通りです。彼の呪いを帯びた赤眼に見つめられると、体の自由が奪われてしまい、彼の言葉に従わなければならないと……意識さえ乗っ取られるようでした」


 勇者の赤い瞳が、脳裏でぎらりと輝くようだ。思わず身震いをすると、隣のアルトさんに背を撫でられる。そちらを見ると東雲の瞳が心配そうに陰っていて、わたしは問題ないと笑って見せた。この温もりがあれば、本当に大丈夫だと思えるから。


「僕は全ての力を精神の防御に回して、抵抗をしていない振りをしました。そうしたら彼らは僕に……『モーント様に薬を飲ませて、暗示をかけるよう』に言ってきたのです」

「暗示?」


 モーント様がその形のいい眉を不快そうにひそめる。


「その暗示とは『戦争に賛同し、勇者の助けとなって魔族を討てと言わせるように』とのものでした」


 サンダリオさんは苦々しげに表情を歪めている。部屋の温度が下がった気がして、わたしはカップを両手で包んだ。熱が伝わらないのは、わたしの体が冷えているからか。

 アルトさんがわたしのカップをテーブルに戻し、手を握ってくれる。そうだ、最初からアルトさんに頼ればよかった。この温もり以上に落ち着くものなんて他にないのに。


「彼らは僕が従順になったと思ったのか、勇者の赤眼から呪いの力が弱まりました。その時しかないと、その場を離脱しようとしたのですが……戦闘になってしまい。さすがは勇者と、そのパーティーといったところでしょうか。そこにマティエルも加わっては、僕に勝ち目はありませんでした。それでもなんとか隙をついて逃げたのですが、力尽きて墜ちたところを彼女達に助けて貰ったというわけです」

「マティエルはまだ諦めていなかったのか、サンダリオさんのいた小島に飛んでくるものの気配がありました。それから逃げるように、わたし達は月の泉へと転移したんです」


 サンダリオさんを癒したあと、飛んでくる気配をアルトさんが感じ取った。あんな場所に飛んでくる、アルトさんが警戒するほどのものがマティエル以外にもあったら逆に恐ろしい。


 モーント様はサンダリオさんの話を聞いたあと、ふぅと深く息をついてゆっくりと目を閉じる。長い睫毛が白磁の肌に影を落としていた。



 どれだけの時間が経ったか、はっきりとはわからない。湯気立っていた紅茶が冷めるほどには、わたしの手がアルトさんの温度と同化する程には、時が過ぎていたと思う。

 わたしはアルトさんの手を一度ぎゅっと握ってから、その手を離した。カップを手にして紅茶を飲み、ソーサーに戻す。それを合図としたようにモーント様が瞼を上げた。


「ツヴァイ教は戦争反対派だからね。もちろん僕も戦争には反対だから、その意を汲んでいるんだけど……エールデ教も反対派に回ったんだっけ?」


 モーント様の視線はアルトさんに向けられている。アルトさんがエールデ教の人間だと知っているのだろう。


「はい。元々中立派でうちの神官も請われて勇者パーティーにいたのですが、勇者に殺されかけたのを機に反対派へと回っています」

「神官が勇者に……」


 サンダリオさんが唖然とした様子で言葉を紡ぐ。


「その神官も生を願ってクレアに救われている」

「そうか、それは良かった」


 アルトさんが言葉を足すと、ほっとしたようにサンダリオさんの表情が和らいだ。


「それがご縁で、わたしはエールデ教でお世話になることになったんです」

「それもすべて、意味がある事だったのかもしれないね。僕は神の立場でも運命というのはあまり口にはしたくないんだけど……それでもこれは運命なのかな、クレア。君が天使と悪魔の間に生まれたことも全て」


 意味ありげにモーント様が笑う。その笑みはどこか物悲しくて、この先の全てを見通しているような、わたしではない何かを見つめているようだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ