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119.今日も今日とて人助け―砂浜の……①―

 転移した先は、砂浜だった。波音が耳に響いて、陽光を受けた飛沫が輝いている。


「アルトさん、あそこ!」


 鼻を擽る潮香に目を細めたのも束の間の事、下半身が水に浸かって倒れている男の人の姿が見えた。わたし達は揃って駆け寄ると、膝をついてその人の様子を確かめた。


「よかった、まだ生きてます。アルトさん、回復薬をお願いします」


 うつ伏せだったその体を、海から引き上げたアルトさんが仰向けにしてくれる。わたしは収納から回復薬を取り出すと、それをアルトさんに渡した。何度も繰り返したやり取りだから、彼も慣れた様子で薬を飲ませてくれる。

 わたしはその間に男性の状態を確認した。腹部からの出血が一番酷い。これは刃傷だろうか。両手を翳して治癒魔法をかけていくと、緑の光がその傷口に吸い込まれていく。飲ませていた回復薬の効果も手伝って、傷は綺麗に塞がっていった。


 海水に浸かっていたのもあって、体が冷えている。わたしはその場に大きな結界を張ると、気配さえ遮断するようその結界に魔力を込めた。

 何があったかわからないけれど、誰かと争って傷ついたのは間違いない。この人の意識が戻ったらこの場所をすぐ離れた方がいいかもしれない。出血は多かったけれど、回復薬を飲んでいるから次第に血液も復活するだろう。

 それにしても……。


「矢傷と刃傷か。……嫌な組み合わせだな」


 男性の衣服を熱風で乾かしながら、アルトさんが苦笑した。……矢傷も?


「矢傷もありました?」

「足に受けていた。矢は抜いたようだが、残っていれば誰に襲われたか分かったかもしれないな」

「分かりたくないですよぅ……」


 矢傷と刃傷だなんて、マティエルと勇者にやられたみたいではないか。

 でもそれも、有り得ない事ではないな。だって……このひとは。


「アルトさん、このひと、天使です」

「……天使?」

「はい。どの神様に属しているかはわかりませんが、纏う気配は天使のものですね」


 そう、この男性は天使だ。

 衣服は町人のものだから、なにか使命を受けて人界に降り立っていたのかもしれない。そこでトラブルに遭った。


「起こした方が早そうだな」

「手荒な事はしないで下さいよ」

「お前は俺を何だと思っているんだ」

「超人ですが、対天使となるとちょっと不安要素が出てくるんですよねぇ」


 軽口を叩いている間に、男性の睫毛が揺れる。肩まで伸びた水色の髪と同じ色をした睫毛が震えて、彼はゆっくりと目を開いた。瞳も同じ水色で、空を映したように美しく澄んでいる。


「……っ!」


 男性は意識を取り戻すと、わたし達から距離を取る。身を低くして明らかに警戒体制だ。まぁそれも仕方ないとは思う。


「大丈夫ですか?」

「……何者だ」

「あなたが倒れていたから、助けただけですよ。危害を加えるつもりは一切ありません」


 警戒心露な男性に、両手を肩の辺りに上げて敵意がない事を示す……のだけど、隣の超人護衛も警戒しているから、意味がないかもしれない。


「……確かに傷が癒えている。すまなかった、命の恩人を疑ったようだ」

「いえいえ、お気になさらず。それで、誰にやられました?」


 ここが一番大事なところ。勇者とマティエルの名前なんて出てきたらどうしようか。


「それは……。それよりも、ここはどこだろうか」

「ここですか? ……どこでしょう」


 へらりと笑って見せるけれど、怪訝そうに眉を寄せられた。うん、それも仕方がないね。でもここがどこなのか、本当に分からないんだもの。

 ちらりと隣のアルトさんを伺うと、周囲を見回してから落ち着いた声で言葉を紡ぎだした。


「恐らくブラウ島だろう。遠くに島影が見えるが、あの形は魔王領にある岬だと思う。位置的にはブラウ島が一番確率が高いな」

「おおっと、大陸を出ていましたか」


 ネジュネーヴェやシュトゥルム、魔王領などがあるロウト大陸。そこからすぐ近くの無人島が、ブラウ島だ。

 というか、わたしには岬の影なんて全く見えないけれど。この人の視力は本当にどうなっているんだろう。


「ブラウ島、そうか……。君達はどうしてここに?」


 何か納得したように頷く男性は、尚も怪訝そうな視線を向けてくる。


「わたしはあなたの『生きたい』という願いに導かれて、ここにやってきました」

「願いに……」

「あなたは誰に仕える天使なんですか?」

「……っ!」


 問答が面倒になってしまって、直球の質問をぶつけたのだけど。男性の警戒心を更に煽ってしまったらしい。アルトさんに軽く頭を小突かれて、溜息までつかれてしまう。


「……君は、人間じゃないな? そっちの彼もただの人間じゃない。君達は一体……」

「わたしは天使と悪魔のハーフです」

「エンシェントエルフと人間のハーフだ」

「な、っ……!」


 男性が言葉を失ってしまう。まあ希少なのは自覚している。


「……まさか、君がメヒティエルの娘なのか?」

「あら、母をご存知で?」

「直接の面識はないが、悪魔との恋を実らせた彼女は有名人だからな」

「まぁ珍しい事だろうなとは思ってますが。それで、おにーさんはどこの天使なんですか?」

「僕は……モーント様に仕えている。名をサンダリオという」


 二の月(ツヴァイ)に宿る月神モーント。

 わたしがマティエルに殺された時に、救ってくれた神様。月神祝(つきかみいわい)の夜には、わたしを地底に案内してくれるひとでもある。


「モーント様のところだったんですね。わたしはクレア、こっちのおにーさんはアルトといいます。それで……どうしてこんなところで倒れていたんですか?」

「ある命を受けて降りていたんだが、ちょっとトラブルに巻き込まれて。応戦したんだが敵わなくてね、離脱して飛んでいたんだがここで力尽きたらしい」


 サンダリオさんは背中に白い翼を広げる。風切羽の端が薄い水色に染まっているのが特徴的だ。


「ああ、翼も治っている。ありがとう」

「どういたしまして。……あの、巻き込まれたトラブルの相手を伺っても?」


 わたしの問いにサンダリオさんは口ごもる。言い辛そうに、迷うように視線を砂浜に彷徨わせた。

 波音だけが響く。耳に残りそうなほど、穏やかで力強い音。


「……勇者と、君の母の兄である――」

「やっぱりー! またマティエルー!」


 サンダリオさんの言葉を遮る形で叫んでしまったけれど、叫びたくもなるわ。

 その場に蹲ったわたしの背を、宥めるようにアルトさんが撫でてくれたけれど、また関わってしまった事に正直泣いてしまいそうだった。


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