10.今日も今日とて人助けー林での遭難者①ー
本日2話目です。
7時にも更新しています。
神殿に身を寄せて、数日が経った。
わたしの『仕事』は毎日あるわけではない。誰かが生命の危機に晒されて『生きたい』と願わなければ駆けつける事も出来ないのだ。わたしの勘が働かない。
何もしていないのも暇なので家に居た時と同じように過ごしているが、変わった事も数点ある。
ひとつ、趣味でしていた刺繍の図案が、エールデ紋様になった事。神殿の収入源でもある刺繍をわたしも手伝う事にしたのだ。幸いにして手先は器用だから、これなら売り物になると太鼓判も貰えた。
ふたつ、朝は神官見習いの少年少女と共に、掃除に勤しむことにした。さすがは大神殿、とても広いので掃除をしているといい運動になる。元々掃除は好きだから、綺麗になるのを実感すると気持ちがいい。
みっつ、レオナさんと一緒に過ごす事が多くなった。彼女は神官だから神に仕える他にも色々やるべき事があるのだろうとは思うし、わたしの相手をしていていいのかと申し訳なく思う。しかし勇者パーティーに出仕していた間の休暇のようなものだと言っていたので、有難く面倒を見て貰っている。彼女と一緒に刺繍をしたり、一般的なレシピの回復薬を作ったりするのはとても楽しい時間だった。
ふむ、今日も今日とて人助け。
わたしの勘が告げている……が、やはりアルトさんも一緒に行くのだろう。
今日はヴェンデルさんと双子神官は王城へ行っている。レオナさんの件について王様に抗議をしにいくらしい。レオナさんが生きている事が勇者に知られてしまう事になるけれど、エールデ様に助けられたという事で話を押し進めるらしい。まぁ押しの強さに定評のある彼らだ。問題はないだろう。
「アルトさん、いますか?」
彼は大抵、図書室に居る。ここに居なければ修練場だけれど……幸いにも一発で見つかった。日当たりのいい窓辺に置かれた椅子に腰掛け、本を膝に置いて眠っている。
そう、眠っているのである。そっと近付き様子を伺うと、長い睫毛が影を落として、規則正しい寝息が聞こえてきた。……これは起こすのが申し訳ないな。
わたしはそう思うと、近付いた時と同じようにそーっと離れる事にした。足音を忍ばせ踵を返し……。
「何をしている」
びっくーーーーん!!
唐突に話しかけられ飛び上がってしまったのも仕方がない事だと思う。ぎぎぎ、と音が鳴りそうな程にぎこちなく振り返ると、未だ眠たそうなアルトさんがぼんやりと此方を見ていた。
「出掛けるのか」
「いや、違う、違わないんですけど……よく寝ていたから」
「遠慮せずに起こせばいい」
「それが憚られる程、気持ちよさそうだったのですよぅ」
アルトさんは本を閉じると、目当ての場所にさっさと向かった。所定の棚に本をしまうと、髪を留めるヘアバンドを軽く直した。腰に携えている剣を確認すると、よしとばかりにわたしに手を出してきた。転移慣れしてきてやがる。
「では、お願いします」
これ以上問答をするつもりはない。わたしの勘に寄れば、助けを求めている人がいるのだから。
わたしは固くて大きな手を取り、意識を集中させた。
今日、辿り着いたのは町から然程離れていない、林の中だった。
すっかり空気が秋めいている。これは夜になったら寒くなるだろうな。
「ここに、瀕死の奴がいるのか?」
「言い方はアレですけど、そんなところです」
ううん、もっと奥かなぁ……わたしの勘はそう告げている。今日は待っていても行き会えなさそうだ。わたしはアルトさんを連れての初仕事をするべく、林の奥へと進むことにした。
魔物の気配は無い。穏やかな昼下がり。木漏れ日から差し込む光が、穏やかだ。鳥の囀りもどこか遠くで聴こえている。
そんな静かな林の中、沢近くの崖の下に、救いを求める人を見つけた。
気を失っているようで、身じろぎしない。上下に動く胸部が、彼がまだ生きている事を示している。きっとこの崖から落ちたのだろう。足が変な方向に曲がっている。
「怪我を治さないと。アルトさん、この薬を飲ませてあげてください。口に含ませるだけで浸透していきますから」
空間収納を開いて、母の作った回復薬を取り出す。アルトさんに渡すと頷いて、倒れている男を抱えるようにして飲ませてくれている。
さて、それでは屋台を開店しますか!
両手を翳し、大きく空間を開いていく。開ききった大きな口に両手を突っ込み、中から屋台を引っ張り出すとそれは抵抗無く現れた。
白と赤を基調にした、可愛らしいわたしの屋台。幌を上げ、カウンターを出してスツールをセットする。
屋台の中に入って、まずはお湯を沸かす。きっとあの人は崖から落ちて動けなくなり、衰弱したのだろう。そうなると暫く食事は取っていないはずだから、まずは水分を取らせて……ミルク粥なら食べられるだろうか。とろとろに煮込めばきっと大丈夫。
「飲ませたぞ。呼吸も落ち着いている」
「ありがとうございます。目が覚めるまでもう少し掛かるでしょうし、そこに座っていてください」
スツールを指差すとアルトさんはそこに腰掛ける。そして物珍しそうに屋台を眺めた。
「凄いな。これだけの物まで収納できるのか」
「空間能力に特化してるって、こういうことですよぅ。コーヒーと紅茶、どちらにします?」
「コーヒーで」
この護衛はコーヒーがお好みのようだ。その準備をしつつ、お茶請けに甘さを抑えたアーモンドクッキーを出す。これは昨日、レオナさんと一緒に厨房を借りて作ったものだ。なかなかに美味しく出来たと思う。
「はい、どうぞ。お代わりもありますからね」
頷いたアルトさんは、ありがとうと小さく添える。そして懐から一冊の小説を取り出すと栞を挟んでいたそれを読み始めた。
わたしはミルク粥の準備を始める。パンを取り出して、一口大にちぎって鍋に入れる。牛乳と蜂蜜を入れてゆっくり混ぜていくだけだが、わたしはここで魔力も注ぐ。ほんの少し、糸を垂らす様にして注いでいくのだ。そうすれば回復が早くなる。
甘い匂いが漂ってくる中、焦がさないようゆっくりと、わたしは木べらを動かしていった。
明日からはまた、7時の1回更新に戻ります。
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