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人間剥製師  作者: 椚木梨穂
悪役令嬢
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悪役令嬢

 カトレアは面白くなかった。

 何がって決まってる。彼女の義妹のことだ。


 いつだってそう。

 あの娘、メローナはいかにも「自分は慎ましい。引っ込み思案な娘なんです」って顔してる。だけどいつも注目を浴び、皆から愛されるのは決まってあの娘。

 カトレアがどれだけ頑張って自分の道を切り開いても、何故か後ろにいた筈のあの娘が、つと行く手に立ち塞がる。しまいには肝心要のところで、一番美味しいところをかっさらっていくのだ。そしてそれは、カトレア自身が本当に手に入れたかったものも。


 幼少の子供の頃からだ。

 その日からカトレアの継母となる人に付き添われてきたあの娘。

 初めて会った時にもう1人の自分が現れたんじゃないかって驚いたくらい、カトレアと瓜二つなのだ。

 鳶色の髪。吸い込まれるような青色の瞳は本物のサファイアみたい。


 実は私と同じくらいに産まれてきたのだけども、最近になってパパの子どもだったって認知することができたんだって。

 それまでずっと自分のことを1人っ娘だっと思っていたカトレアは、新しく出来た妹の事を親身になって面倒を見てあげた。


 メローナの母親は元踊り子。街で踊ったりしてお金を稼いでいた人で、ここに来る前は住む家もなく、あちこちを転々としてたんだって。当然メローナもそれに付き従ってたのだ。

 それまでどんな暮らしぶりだったのだろう。王侯貴族という家で生まれ育ったカトレアからすれば、それは想像できない厳しい世界だった。


「貴女ここに来る前は大変な暮らししてたんだってね。玩具も何も持ってないんでしょ。これあげる」


 そんな彼女を労る思いも兼ねて。ただ何よりもずっと邸内で1人遊びだったから。遊び相手が出来たのが嬉しい余り、大切にしていたお人形を全部あげた。

 その中には、ママのママのそのまたずっと前から代々、我が家の女の子に受け継がれてきた大事な大事なビスク・ドールもあった。だってこれから同じ家で暮らすんだもの。気兼ねなく渡せた。


「早速物で釣られるとは。浅ましい娘でしたのね」と使用人。

「義理の妹だからって、古臭い人形を押し付けるとかひでぇな」これは自分と同い年くらいの子どもたち。

 後でそう周囲に陰口を叩かれていたことを知った。



 新しいママは苦手だった。

 何かにつけて「私は所詮不釣り合いの身分だから……。あなたのお母様は良い身分であらせられたのですね」一見慇懃なんだけど、実態は当てつけたような物言い。

 「自分が無礼を働くのは生来王宮の作法を身に着けていないから」とか謙遜しているけど、その実それをハンディキャップとして誇示。予防線に張って常に自分に嫌がらせにも近い行為を働いてくるのだった。義理の子供相手に。

 だけど「片親同士寂しいのはあの娘も一緒なのよ。あの娘に比べて私の方がお姉さんなんだから」って我慢した。



 おやつのお菓子も、姉妹2人で仲良く分け合った。

 宮廷で何不自由なく暮らしているからって、当然無条件に甘やかされていたのではない。毎日決まった時間に出てくるおやつだって、出てくる量は決まっていた。

 だからお菓子のケーキを半分に切ったとき、いつも大きくなった方をあの娘に分け与えた。ビスケットに端数が出来てたらいつもあの娘に譲った。だって私がお姉ちゃんなんだから。我慢しないとね。


 ある日のおやつは城下で最も有名だというパン屋のロールケーキ。お城にやって来た女店主自ら厨房で匠の腕をふるって焼き上げたのだ。

 パン生地の焼き上がる良い匂いが、庭で遊ぶ2人の元にまで届いた。


 おやつの時間がきた。出来たてのロールケーキが庭の2人の元に運ばれる。

 銀のクロシュが取り払われ、お盆の上に載せられたロールケーキが2人の眼の前に現れた。中にはクリームが一杯詰め込まれ、フルーツもぎっしり詰まってる。上には苺がちょこんと乗っている。女の子なら誰しも目を輝かせずにはいられない、綺麗なケーキ。


 2人はロールケーキをおやつに、庭園でそのままティータイムとすることにした。


 たまたまその日は、「お義姉さんは苺が好きなんですよね」ってメローナの勧めがあり、苺が生地の上に乗っていた、大きい方を手に取ったカトレア。

 おやつの時間の後、お稽古ごとが待っているカトレアは真っ先にロールケーキに手を付ける。お稽古ごとの時間が後回しのメローナはゆっくりとお茶をすすった。


 取り分けたロールケーキは、フォークで切り崩され1口ずつ口の中に運ばれていった。


 お皿の上のケーキも残り少なくなり、口に残る甘い味が名残り惜しくなってきた頃。

 さっきまで庭でこの日の料理人として立ち会っていたロールケーキのパティシエール。お店の店主さん。


 姉妹の父親と談笑をしていた彼女が、街に帰る段になって2人の元にまでやって来た。女店主はメローナのまだ2,3口しか手を付けていないロールケーキを見やり、彼女の傍らに立つと、

「あら、妹さんのケーキ、随分小さいわね。苺も乗っていないじゃない。大きい方はお姉さんが取っちゃったのかな? 妹さんなのに我慢して偉いわねー」

 そう言って、手提げから丁寧に包んだロールケーキを取り出すと、丸ごと1つをあの娘に上げたのであった。

……それは、元々2人が分け合った物より大きく、そしてフルーツがぎっしり詰まっていた。


「また2人で分けましょう」とメローナは義姉に語るも、これからカトレアはお稽古ごとの時間なのだ。

 もうおやつの時間を切り上げて邸宅に戻らなければならなかった。


「良いわよ。貴女に与えられた物でしょ。貴女が手を付けなさい」

そう言ってカトレアは庭を後にした。


……結局その日、カトレアは追加のロールケーキにありつけなかったのだ。



 邸宅の外で他の子供たちのイジメから、メローナの事をかばったこともある。


 もちろん女一人の腕力じゃどうにもならないから、方策を凝らして男児たちを手懐けて、兵隊として扱うのだ。

 知恵を振り絞って男子同士をいがみ合わせて、喧嘩に導いたこともあった。


 そんな事をしているうちに、自然カトレアの行状は知れ渡り、カトレアと周囲の子どもたちとの仲はいつしか険悪なものに。それでも必死に手練手管で味方を作って、辛うじて自分の居場所を築くのであった。

 向こうは男の子なのだ。腕力の差は歴然。怖い思いをする事だってある。心無い悪口を言われて傷つく事だってある。

 四面楚歌は寂しいけど、義妹のためと思って我慢した。


 寂しくなった時カトレアは、いつも自分の小部屋で引き出しから取り出した小さなママの肖像画に向かい合って励ましてもらった。


 私が物心付く前に、早くして亡くなっちゃったママ。

 元々は王様の「側室」の1人で、とても美しい方で在らせられたそう。

 当時騎士団に加わっていた若いパパは、そんなママに大層惚れ込んで身の程知らずにも求愛。

 やがてパパは自ら志願して前線に出て獅子奮迅の活躍。褒美として王から新しい領地の代わりに、ママの事を下賜されたそうな。

 こうして結ばれた2人だったのだけども、私を出産したママは、産褥でそれから程なくして亡くなってしまったらしい。(「下賜」だの「産褥」だのといった難しい言葉は、後年になってからそれとなく意味を知った)


「私の身代わりになって死んだママ。ママの分まで頑張るから天国で見ててね」


 そうやって誓いを立てて眠りについて、また明日から元気を出して頑張った。


 相手の子どもが年の離れた兄に告げ口して、助太刀として喧嘩の場に呼び出すこともあった。その助太刀。褒められるような風体ではない年かさのいった若者が、睨めつけるような目でカトレアを見渡し、彼女のことを暗がりに連れ込んで、それは酷い目に遭わせようとした事もあった。

 

 そんな時は宮廷の「影」の人達が何処からともなく現れて、事を迅速に処理してくれたけども。それでもまだ幼い彼女にとっては衝撃の出来事であることには変わりなかったら、破れた服の胸の部分を押さえてただ呆けるだけだった。結局その後「影」も子供同士の諍いに関しては、ノータッチのままであった。


 こうした彼女の懸命の努力をヨソに、メローナのイジメの問題は彼女の預かり知らぬところで解決していた。

 近所の悪ガキたちの親分、ヨシュア。端正な顔立ちの彼が、メローナに懸想したのだ。ヨシュアはメローナのことを2度といじめる事がないよう、周囲の男児たちに話をつけたのであった。彼の説得を受けた男児たちは、穏健に彼の指示を了承するのであった。……一度彼らと事を構えてしまったカトレアは、もはや周囲とは険悪な関係のままなのである。


「見てメローナに付き従うヨシュア君。騎士みたい。あぁ羨ましいわ。……お姉さんに付き従うのは小物ばかりなのね」

 それからというもの、街でメローナと彼女に3歩離れて付き従う悪ガキの事を指さして、周囲の女子たちはそんな事を噂した。


 これだけなら幼い頃の苦い話で済んだかも知れない。


 学園に入ってからも、こうした状況は続いた。


 既に学園に入る前の「周囲の子供たちを手懐けて~」という行状が、学園の同級生たちにも知れ渡っていた彼女。

 学内においても徒党を組み、派閥の一角として地位を築くのだろうと、早くから噂された。違うのだ。あの頃のあれは必要があって動いただけで、本人がそうした地位振る舞いを望んでいる訳ではないのだ。


「あの娘は気に食わないと見定めた相手に、策を弄すらしいよ。気をつけてね」なんて評判も立っていた。……ちょっと待っ。確かに必要があってそうした行為に及んだことはあったけども、初めから存在の知れ渡った策士なんて存在するものか。自分が策士と喧伝する策士など存在するものか。全くの言い掛かりなのだ。


 評判がマイナスに寄っている訳ではないし、王侯貴族という立場もあるから、周囲からあからさまに除け者にされた訳でもない。努力の甲斐もあって学内でもそれなりの立場も得て、人も集った。この頃になると、宮廷の「影」についても、かつての受動的な享受と違い、自ずから扱えるようになるから、明確な悪意に対してはこちらから対処できた。

 ただし、前述の事情もあって、彼女の元に集まってくる人の性向はどこか偏っていた。


 それからというもの、学内ではカトレアが頑張る度、結局空回りの結果に終わり、それどころか「やっぱり浅ましい行いをすると当人に返ってくるのね」なんて目で見られる始末。

 対称的に妹は、何かが起こっても、まるで不思議な力にでも加護されているかのように、あるべき様に納まった。メローナの評判はうなぎ登りに高まっていった。


 世間では「心の優しい妹とそれを妬む意地悪な姉」という図式が、いつしか出来上がっていた。



 それは学内でのダンスパーティーでの事。


 今までも頑張ってきたのは言うまでもないけど、今度ばかりは本当に頑張った。

 かねてより懸命にデザインの勉強をして、雇った腕前の良い仕立師とも幾度も相談を重ねたカトレア。


 そうやって出来上がったドレスはまたとない出来栄えに仕上がった。


 元々母親の美貌を引き継いで、学内でも屈指の美貌を誇る彼女なのだ。これを着てダンスパーティーに参加すれば、殿方の眼は釘付け。ダンスを申し込んでくる相手に絶えず、今までの悪評も一遍に払拭されることだろう。

 一方のメローナはいつもの受け身体質で、ダンスパーティーの準備もてんでしやしない。


「お義姉さんは、それ程迄にダンスパーティーを愉しみにしていらっしゃるのですね」なんて呑気に言っている始末。


 しかも、だ。


 ダンスパーティーの前日。この日は豪雨。洋裁店で最終的なフッティングの最中、有ろう事かメローナは自らが着る筈だったドレスを泥で汚してしまう。

 何故かと問い詰めると、「だって。お店の前で妊婦さんが馬車から降りてくるところを目にしたから、足を水で濡らすわけにはいかないから、思わず駆け寄って地面に布を敷いていたわ。持っていたドレスもその中に含まれてたの」


 「即座に行動に出られるのは良いけども、それにしたってドレスはないでしょ」カトレアは頭を抱えた。



 そんな中、学園に突如現れた仕立師。東方から来たというこの伝説の仕立師は、メローナに対して「君の為にドレスを仕立てよう」と宣言するや、瞬く間に1着のドレスを縫ってみせた。

 魔法の針で瞬く間に胸元から袖口までレースが刺繍されていく。それはシャンデリアの照明に照らされ、宝石のように綺羅びやかだった。


 はっきし言ってカトレアが自分で拵えたドレスは、それに比べたら随分見劣りした。


 約束通り連れ立ってダンスホールに誘われるカトレアとメローナ。そのドレス姿を見れば、カトレアは義妹の引き立て役なのは衆目にも明らかだ。

 気後れしたカトレアは、尻込みしてしまい、とうとうダンスパーティーの結果は散々なものに終わった。そんな彼女を励ましてくれる人はいなかった。

 何故自分の努力はこうも報われないのだろう。

 何故彼女ばかり都合よく助けの手が差し伸べられるというのだろう。


 ダンスパーティーの後、仕立師に「何故こんな手助けを?」と尋ねたメローナに対して、この東方からやって来た仕立師は

「君の持っていたあのビスク・ドール。あれの着ている服を拵えたのは僕の遠いご先祖さまでね。実際には目にしたことが無いのに、何故かつい懐かしさに目を細めてしまったよ。当時お人形の服を専ら縫っていたご先祖様はね、それが目に留まって偉い人たちが子女に与えるビスク・ドールの服を作製することになる。ご先祖様が作ったビスク・ドールの服を人形の愛好家様たちはたいそう気に入られてね。宮廷でも大分評判になったのさ。それをキッカケに後々人間の服職人としても身を立てることができた訳なのさ。つまり今の僕がこうしてここにいるのも、そのお人形があったから。そんな由緒あるお人形を大事に扱ってくれた君が困っているのを見たら、僕も手を差し伸べないわけにはいかなかったよ。これからも大事にしなさいよ」

そう告げるのであった。こうして何処へと旅立っていく仕立師。


「あのビスク・ドールは本当は私の物だったのよ」


 それを横で聞いてしまったカトレアは、悔しさで胸が痛くてたまらなかった。




 ダンスパーティーの後、メローナの様子が何処か変。

 妙によそよそしい。


 あら、あの娘にしては珍しい態度ね、なんて思ったのだけども、今までの事がある。また気が付かない間に何かを「奪われる」のは癪だったから、こっそり後をつけてみた。


 校内の約束の地として呼ばれる大樹の下。

 そこにいたのはメローナと、ああ、私の想い人だったケリー。


 密かに胸に焦がしながら、しかし思いは伏せた。


 実のところ両者の家は家格が見合った同士で、年の見合った子弟同士、縁談がやって来るのも時間の問題だった。

 その時がきたら、「こんな話があるんだ」と切り出すパパ。

 対して私は歓びながら、しかし奥ゆかしく「はい……」って頷くつもりだった。


 だから黙って(自分の事だから想いを口にした途端、また『ツキ』に見放されてしまう気がしていたから)その時が来るのを待った。


 なのに何で。あの娘は私の全てを奪っていくというの。


 一体どうしてこんな事に。

 あの2人が出会ったのは? それまで接触はなかったから、間違いないあのダンスパーティーの時だ。

 ダンスパーティーにおいてメローナが面目躍如だったのはあんなに立派なドレスで着飾る事が出来たから。

 あのドレスを仕立てた裁縫師は語った。「僕がドレスを縫ったのは君がそのビスク・ドールを持っていたからだ」


 じゃあ何。そもそもの始まり。私があの娘にあれをあげた時、既にツキに見放されていたというの?

 時代を越えた受け継がれてきた、ママの忘れ形見。大切なビスク・ドール。


 あの娘を思って上げたお人形だったのに、まるで私がゴミを押し付けたように言われて。思えばそこからケチがついたんだった。いつも私の善意は裏切られ踏みにじられる。


 何だ。私は初めから全て見放されていたんだ。



 その事を思った時、カトレアの感情の塞がれていた堰が決壊した。

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