プロローグ
部屋には人間が立ち並んでいた。
互いにゆったりと周囲の者との間隔をとり、何をする訳でもなく佇んでいる。
性別、背格好、老い若きの差異は様々なれども、皆、端正な面立ちをしている。
そんな彼らの様子をぼんやりと眺めていれば、じきに違和感に気づくだろう。
彼らは皆、さっきから直立不動の姿勢のまま、一切微動だにしていないのだ。
適当に誰かの前に立ち、眼前で戯れに掌を振りかざして見たとて、この者たちは何の反応も示さないだろう。
「何だ驚かせやがって。作り物の人形なのか」そう考える者は、しかし、この無抵抗たちな『人形』たちを凝視し、再び驚かされる。
本物過ぎるのだ。
その潤んだ瞳。精緻な輪郭。肌のきめ細やかさ。毛髪一本一本に至るまで。全てが本物の人間のよう。
耳を近づければ息遣いまで聞こえてくるような迫真さだ。
それは、言うなれば、『剥製』。
在りし日の人間の構造を利用し、形どって、そのまま彫刻せしめた。
だが待って欲しい。剥製とは本来生き物の内蔵物を一切取り払い充填物で代替した、冷たい模型だ。
果たしてこの様な『温かさ』を感じさせる『剥製』と呼んでも良いのだろうか。
ならばこれは何と呼べば良いのだろう……。そう思っても人は、眼の前の造形物への代替表現を思いあぐねるのだ。
『剥製』の間を縫って歩き、ふと目を留めたその中の1体。
白いドレスを纏った華奢な体つきの少女。汚れのない体。鳶色の髪。1対のサファイアの如き双眸……。
「彼女はある貴族の娘でした」と云えば、納得してもらえるだろうその風情。
それが真実ならば、何故その様なやんごときなき者が、このような場所、このような部屋に。
そのあえかな姿を在りしまま晒しているのだろうか。
この少女の事をもっと詳しく知りたいと?
ならば今日は、この娘の話をするとしよう。