ギフト~ホンの気持ちですから
彼との出会いは高校からだった。高校は普通科よりも、専門科クラスを選択して通常では味わえない勉強と内容を学ぶのを楽しみにしていた。ひとクラス自体の人数は多くは無かった。その為、クラスの人とは比較的早くに仲良くなれたことを覚えている。
「あ、どうも、鈴代香です」
中学は学区違いだったし、そもそも高校がある地区には、電車で通うことになったからせめて自分の名前だけは、フルネームで教えとこ。くらいのホンの僅かな気持ちを込めて名乗った。
対する彼も、まるで営業のごとく腰を低くして何度も頭を下げながら、名前を名乗った。
「田本文英と言います。俺の事はタモトって呼んでいいからね」
最初から馴れ馴れしかった。今思えばそれが彼の生き方であり、やり方なんだと実感できた。他にも数人はすぐに仲良くなって、私と他のみんな、そしてタモトを含めていつもどこかに遊びに行くようになった。
初めの頃はそれを気にすることが無かった。彼はすごく丁寧で、気持ちを込めるものだとばかり思って疑わなかった。私も他のみんなも、彼が手にしたギフトを初めて目にした時は、なんて高校生っぽくない人なんだろう。皆思ってた。
「これ、俺のホンの気持ちだから。みんなで食べてよ」
「あ、いいの? じゃあ、遠慮なく」
タモトが最初に持ってきたギフトは、コンビニのレジ上の棚に置いてある、滅多に売れないであろうギフトを持ってきた。
「これ、高くね?」
「あぁ、俺、コンビニでバイトしてっから、安いよ」
あ、そうなんだ。くらいの気持ちをみんな抱いていた。私もそんなに深くは考えなかった。とりあえず、タモトはそういう気持ちを持って、私達と仲良くなりたい男なんだと思っていた。少なくとも2回目位までは。
それが段々と、普通のことじゃないと思って来たのは、みんなで適当なファーストフードに行った時だった。安く済ませる……というよりかは、高校生の自分らが使える金額って知れているし、楽に集まれる所って大体は、ファーストフードだったから。だからそこに行って、時間とか潰していたのが普通だった。
「みんな、コレ、受け取って」
彼がそう言って、一人一人に手渡したもの。それは、高そうな個包装に包まれた小さな箱のギフト。中を開けると、高級バーガーのようなものが一つだけ。自分たちは安くて集まれて、みんなで適当に時間を使うためにここに来ていた。これにはさすがにみんなで言葉が出て来なかった。
「タモト、コレ、何?」
「ん? あー、直送で買った現地のバーガー。マジでうめえし、みんなの分も買っといた。遠慮しないで食えよ」
みんなの分を買って、食べさせるとか、それはもう普通の高校生じゃない。あり得ない。このことがきっかけとなって、彼と友達をやめることになったのだけれど。
でも、彼自身に言うわけじゃ無い。だって、同じクラスだから。だから、止まらなかったし止められなかった。彼からのギフトは、段々とエスカレートしていく。
「香、これやるよ」
「これ、何?」
「気持ちだ」
「もらえないし。てか、私、彼氏いるから。だから、もういいよ。タモトからのギフトはもらえない」
彼氏なんてもちろん、嘘。でもそうでも言わないと、彼はギフトをやめない。彼は人に何かを贈る。それが何の気持ちかは分からないけれど、そうやって人の気持ちを自分から離れないように、必死につなぎ止めようとしていた。ずっとそう思っていた。でもそうじゃなかった。
「お前、何様のつもりだよ? せっかく俺があげようとしてんのに、何で受け取らない? 理由は何だ?」
「いや、だから彼氏――」
「関係ねえよ! そんなんじゃねえし、それとも俺からの贈り物は受け取らない。そういう気持ちか?」
もう何も言えなかった。もう無理。同じクラスだろうと話も出来ないし、したくない。彼からどう思われようとも、近付きたくない。そうして、タモトに近付くことなく彼も近付いて来ないまま、高校は無事に卒業出来た。結局、何の目的でギフトを贈り続けていたのかなんて、誰も分かることが無かった。
でも、彼とは再び出会うことになる。社会人となって、再び……理由の無いコトをしてくるようになる。それはいつまでも恐怖という気持ちを根付かせる為だったのかもしれない。
そう、彼は後に……食事を奢る男として、私の前に現れるのだ。
このお話は、短編「奢る男」の男の話です。実話を元にしたフィクションです。
思えば高校の時からだったなと思い出して書きました。