十、……美しく
真っ赤な陽が沈んでいく。
幽鬼は眉間にしわを寄せ、不満げな視線を俺に投げかけていた。目元を縁取る隈は黒く滲み、歪んだ人相はおよそ正気を保ってはいなかった。
終わるのか、と問われた。
吹けば飛ぶような砂が窓の桟に積もっている。俺は少し考えてから、分からない、と正直に答えた。
鬼が目を伏せる。そして、奴は鈍い手つきで薬を傍に置き据えた。俺は緩慢に立ち上がり、影を引き摺るようにして窓辺によった。
荒く凍えた桜の枝の中、大きくも痩せた鬼の姿が目の前に立っていた。
こいつが何のために存在し、どうして生きているのか。
それはきっと誰にも分からない。知れることは永遠にないだろう。
すべてはこの桜と何も変わらず、桟の塵とも違わない。人であることも、生きていることも、決して特別なことではない。
ただ降り積もり、折り重なり、崩れ、また繰り返す。
その一つ一つは途方もないきめ細かさで描かれ、やがて流砂のように不安なグラデーションをなして色を帯びていく。
時折、風が一筋の色を付けることもあるだろう。瞬きの次には消えてしまうような、儚い軌跡を。
救いのない絵なのか。
終わりもなく、安らぎもないゆえに。
…………いや、違う。
春になれば、また柔らかな花びらがこの部屋に舞い込むだろう。その時俺の姿は時間の中にあり、その頃にはあの女も、どこかで濃紺色の夜空に溶けて、白く瞬いていることだろう。
どんなものでも、流れていくうちにいつかは透明になれる。
軽く、白く、冷たくなれる。
それは美しいことだ。
最期の夕陽を浴びて、茶褐色の瓶が鮮烈に輝いていた。
幽鬼が手を伸ばす。
ふとその時、俺は老木の根元に、女が立っていることに気が付いた。
白い肌がここからでも分かるぐらい透き通っている。瞳は蒼く輝き、雪結晶のように凛としていた。
今、陽が完全に落ちる。
女は言った。
「あなたに、会いにきました」




