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夜と春  作者: Cessna
10/12

十、……美しく

 真っ赤な陽が沈んでいく。

 幽鬼は眉間にしわを寄せ、不満げな視線を俺に投げかけていた。目元を縁取る隈は黒く滲み、歪んだ人相はおよそ正気を保ってはいなかった。

 終わるのか、と問われた。

 吹けば飛ぶような砂が窓の桟に積もっている。俺は少し考えてから、分からない、と正直に答えた。

 鬼が目を伏せる。そして、奴は鈍い手つきで薬を傍に置き据えた。俺は緩慢に立ち上がり、影を引き摺るようにして窓辺によった。

 荒く凍えた桜の枝の中、大きくも痩せた鬼の姿が目の前に立っていた。

 こいつが何のために存在し、どうして生きているのか。

 それはきっと誰にも分からない。知れることは永遠にないだろう。

 すべてはこの桜と何も変わらず、桟の塵とも違わない。人であることも、生きていることも、決して特別なことではない。

 ただ降り積もり、折り重なり、崩れ、また繰り返す。

 その一つ一つは途方もないきめ細かさで描かれ、やがて流砂のように不安なグラデーションをなして色を帯びていく。

 時折、風が一筋の色を付けることもあるだろう。瞬きの次には消えてしまうような、儚い軌跡を。

 救いのない絵なのか。

 終わりもなく、安らぎもないゆえに。

 …………いや、違う。

 春になれば、また柔らかな花びらがこの部屋に舞い込むだろう。その時俺の姿は時間の中にあり、その頃にはあの女も、どこかで濃紺色の夜空に溶けて、白く瞬いていることだろう。

 どんなものでも、流れていくうちにいつかは透明になれる。

 軽く、白く、冷たくなれる。

 それは美しいことだ。

 最期の夕陽を浴びて、茶褐色の瓶が鮮烈に輝いていた。

 幽鬼が手を伸ばす。

 ふとその時、俺は老木の根元に、女が立っていることに気が付いた。

 白い肌がここからでも分かるぐらい透き通っている。瞳は蒼く輝き、雪結晶のように凛としていた。

 今、陽が完全に落ちる。

 女は言った。

「あなたに、会いにきました」

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