第8話 『大会の後日談』
ヘリル王国は人間種最大の王国である。
人間の領土はヘリル王国を中心として展開され、
東西南北に村や町を作り、
国の重鎮を置き、統治をしており、
この体制は既に数千年続いている。
統治しているのは英雄の血筋で、名門貴族である、
ハーキュリーズ家である。
数千年前の国王が、
ハーキュリーズ家の4兄弟に、
統治させたのが始まりである。
北の サーマの血筋、
南の ヤジュルの血筋、
東の アダルヴァの血筋、
西の リグの血筋である。
-----
国王ブレイダル・ヴェーダ・ヘリルは、
西で起こった問題について考えていた。
数日前、西の領土で大竜巻が起こったのだ。
その様子は王国内からも見えるほどで、
王国も微量ながら被害を受けた。
竜巻はすぐに消えたが、
大規模な魔力を感じた。
他国との戦争の始まりかとも思い、
ギーモンに連絡を取ろうとしたが、
向こうの連絡石が壊れているようで、
連絡がつかずにいたのだ。
下手をすれば王国を人間種を脅かす脅威が、
すぐ近くに来ているかもしれないと思うと、
国王は居ても立っても居られくなった。
しかし思い過ごしだった場合は、
大量の金を無駄に浪費し、
大損害が生じ、国家存亡の危機となる。
手を出すべきか出さぬべきか、
検討し、数日が経ったある日、
ギーモンの使者と名乗る者が謁見を求めて来たので、
西の災害の情報を聞くため、通した。
王を悩ませた災害は他国の攻撃ではなく、
簡単に言ってしまえば、
ギーモンの孫娘が学校主催の武闘大会で、
全魔力を放出させてしまったらしい。
予想よりも可愛らしい事実だったが、
被害は可愛いものではないという。
近くの森を吹き飛ばす程の魔力だったらしく、
進路が悪ければ、
王都も破壊されたかもしれないと話した。
国王は唖然として、
事実は小説より奇なり、と考えた。
ギーモンの孫はまだ3歳であるはずで、
あれほど巨大な魔法を使うとなれば、
王宮魔道士3名程度では足りないだろう。
恐ろしい実力を持った子が生まれた。
王は緊急会議を開くため、
4人のハーキュリーズを集め、
緊急の会議を開くことにした。
ギーモンの孫が人間種にとって脅威かどうか判定するためだ。
会議は1年も先に開催されることとなったが、
こうした緊急の会議が開かれるのは、
数十年ぶりである。
会議の開催を知った国民は、
稼ぎ時だとお祭り騒ぎになっていた。
ロメディア・ハーキュリーズ。
ブレイダルはその名を心に刻み込んだ。
-----
目がさめると、アルクが顔を真っ赤にしていた。
「お父さん?どうしたの?」
愚問だった。
「どうしたもこうしたもあるか!
お前が放った魔法はこの村どころか、王国にまで、被害を被るような恐ろしい魔法を対個人に使用したんだぞ?ダグラス君は重傷を負った!お前はやりすぎたんだ!」
やりすぎた。父の言葉が胸に突き刺さる。
確かにあんな威力を出す必要はなかった。
「お前のせいで、怪我人が相当出たんだ!幸い死者は出なかったが、相当な大災害が起こったんだ!村の大半は壊れ、機能を失いかけた!」
「だ…だけど、あいつが…」
「言い訳なんかいらねぇよ!
お前が魔力の供給を切れば、すぐ消えただろ?
なんでしなかったんだ?
していればこんなに怪我人がでなくて済んだのによ!」
村の大半が壊れ、相当数の怪我人が出た。
事の重大さは身に染みてわかって来た。
実は俺の魔力じゃあんな竜巻は起こらない。
ズルしたんだ。生前の知識を使って、
自然現象を無理矢理起こしたんだ。
結果として想像していた以上の大きさになってしまった。
「何故供給を止めなかった!一体何を考えてるんだ?」
「アルク…そこら辺にしといてあげて?」
「ふざけるな!こいつが魔力の供給を辞めてれば、済んだ話なんだ!」
親が喧嘩を始めた。
夫婦喧嘩など、生まれて初めて見た。
おしどり夫婦と評判な二人は、
今まで俺の前で喧嘩などしたことがなかったのだ。
俺のしたことで、大喧嘩に発展させてしまった。
気付くと俺は大泣きをしてしまっていた。
ごめんなさいと言い続け、
武闘大会で起こった粗方の事を、
叫び、ぶちまけていた。
ダグラスに押されて、焦っていた事。
挑発され、自分を、そして何より仲間を馬鹿にされた事。
ついカチンとして、やってしまった。
粗方の事を言うと、父は黙り込んだ。
「そうか…魔力の供給を止めときゃ良かったのによ…」
アルクは戸惑ったように吐き捨てると、
部屋から出て行った。
母も追いかけるように、出て行った。
俺はずっと泣いていた。
一瞬キレただけだったのだ。
挑発に乗ったのが間違いだった。
ズルをしたのも間違いだった。
その一瞬が、大量の命を奪うところだった。
そう考えると、もう誰にも会いたくなかった。
ドアをノックされた。
俺は答えない。
しかしドアは勝手に開き、メリッサが入って来た。
「お嬢様、こちらは優勝の賞品である、
魔術教本 〜召喚編〜です。」
武闘大会前の俺なら飛び跳ねて喜んだだろうが、
今の俺は魔法が恐ろしく怖いものとなっていた。
メリッサは俺を膝の上に乗せた。
「お嬢様。今回は確かに、やりすぎたかもしれません。ですけど私は生まれて初めて、あの様な巨大な魔法を見ました。あんなに美しい竜巻は、お嬢様にしか再現できないものです。
お嬢様は天才ですよ。胸を張ってください。」
ずっと慰め続けてくれた。
しばらくは無気力に聞いていた俺だが、
段々と涙が出て来た。
前世で親を失った時には、心の支えがなかった。
故に俺は孤独化し、心を閉ざしてしまった。
今回はメリッサがいてくれた。
心の支えになってくれた。
メリッサは俺の頭を撫で続けた。
「起こってしまったことはしょうがないです。
今回のことで学び、次は気をつけましょうね?」
メリッサの優しい声を聞き、
大きな声で泣いていた俺は、
また、深く眠りについたのだった。
-----
昼下がりに、俺はもう一度起きた。
メリッサをずっと抱きしめていたようで、
迷惑をかけてしまった。
「ごめん、メリッサ。ありがとね」
「いえいえ、お嬢様が元気でいてくれれば」
俺はやっぱりメリッサが好きだ。
本当に優しい侍女である。
ギーモンの部屋へ向かった。
祖父はは旅支度をしていた。
「おぉ!ロミー!起きたか!ガッハッハ!ちとやりすぎたみたいじゃな!やんちゃで良いことよ!」
と笑っていた。
父と比べ全然気にしていないようで、
どちらかと言えば満足そうだった。
ギーモンは国王に呼ばれたとかで、
数ヶ月後の会議に向けて必要なものを、
色々と鞄に詰め込んでいた。
-----
村に出てみると被害はあまり垣間見えず、
いつものように露店が並んでいた。
復興は進んでいるようだ。
実際は村への被害は少なく、
村周辺の森が吹き飛ばされたようだった。
学校へ向かうと、リーモル先生が武闘館の前で、
臨時の食料を村人に配布していた。
「ん!ロメディア君じゃないか。
この間は災難だったね、でも優勝おめでとう。」
優勝した事を素直には喜べない。
被害状況を尋ねると、
学校は土が一部抉れただけだそうで、
被害はほぼなかったと言える。
俺は顔に少し安堵の表情を浮かべた。
「ロメディア君。チームメンバーが待っている。会いに行ってあげなさい。
今は武闘館にいるだろうから。」
「ありがとうございます」
俺は武闘館へと急いだ。
一番迷惑をかけたのは彼らだ。
ハリウス達は俺を見るなり、
駆け寄って来た。
「あの魔法すごかったぜ!」
「私にも教えて!教えて!」
「あっずりーぞ!俺が先だ!」
いつも通りの彼等だった。
やはり優しかった。
「その髪どうしたの?」
ん?髪?
見ると綺麗な黒色をしていた髪が、
所々脱色され、茶色っぽくなっている。
「ロミーかっけー!」
「髪の色も変わったんだな!」
「いいにおーい!」
髪の毛を触ったり、匂われたりした。
こいつらはまるで変態だ。
今度の遠足で同じ班になろうぜと言われた。
なんのことかと思い聞いて見ると、
二年生の行事は遠足なのだという。
今度はどこに行くのだろうか。
彼らがいてくれたおかげで、
俺はどうにか立ち直ることができそうだ。
こいつらがいてくれて助かった。
夕方まで、遠足について話し合った。
家に帰ると、父が出迎えていた。
俺が近付くと乱暴に持ち上げて、
食堂へ運ばれた。
父は猛反省していた。
朝、俺が言ったことが気になり、
ケインズさんの所へ行ったんだそうで、
ダグラスは俺が相当な魔力を有していると、
父から聞いていたらしく、
全く魔法を放たなかった俺が、
手を抜いているんじゃないかと思って、
挑発をしたそうだ。
思った以上に怒られ、
半殺しになったのは、俺のせいだから、
お父様はどうか怒らないでやってほしいと言われたらしい。
「すまん!俺もお前の話を聞けば良かった!
俺が馬鹿だったんだ!お前の事よりも、村が壊れかけた事を心配して、頭ごなしに怒っちまった!俺はお前が大好きなんだ!こんな馬鹿な父さんを許してくれ!頼む!」
心からの謝罪だった。
俺は予想外の事態だったので言葉が出ず、
父を抱きしめてやった。
父は涙を流しながら俺を抱きしめた。
父を宥めるように、背中を撫でてやった。
メリッサとお風呂に入った。
最初の頃は誘っても、
「私は侍女ですので、お嬢様とは…」
などと言っていたが、
最近は、諦めたようで、
俺が一緒にお風呂に入ろうと言うと、
すぐに、付いてきてくれる。
メリッサも大分、俺の扱いが分かってきたようだ。
抵抗しても無駄だと悟ったのだろう。
俺はその日、メリッサと寝た。
寝る前にメリッサの頰にキスをしておいた。
-----
俺は父親失格かもしれない。
娘には期待していた。
だからこそ武闘大会では優勝できると確信し、
格闘技を教えたのだ。
しかし娘は予想以上の力を持っていた。
何を思ったのか、ロミーは巨大な竜巻を発生させた。
威力はどうってことなかったが、
相当な巨大さだったので、
怪我人も相当出た。
ロミーは魔力枯渇で気絶し、1日寝続けていた。
段々と髪の色が抜け、茶色っぽくなっていった。
ロミーは目覚めると、
素っ頓狂な声で、どうしたのと、聞いて来た。
一瞬いらっとしてしまい、
俺は感情のままに説教をしてしまった。
するとロミーは大泣きし、
粗方の事を全てぶちまけてくれた。
圧されていて、焦っていた事などだ。
俺はロミーが泣いたことに驚いた。
赤ん坊の頃からほとんど泣くことがなく、
俺の地獄のような訓練にも耐え、
少々怒っても、泣かない強い子だった。
思えば、この子はちっとも女の子らしくなかった。
自分のことは僕や俺と呼び、
部屋をチラッとみると、筋トレをしているのだ。
だからつい、息子のように思うことがあった。
考えてみると、ロミーはもうすぐ4歳だが、
まだ3歳なのだ。 そんな子に頭ごなしに怒ってしまった事を、後悔した。
ギーモンは、俺を怒ったことなどなかった。
いつも母が怒り、ギーモンは笑っていた。
俺はよく泣く子だったらしい。
母はすぐに小言を言い、俺はすぐに泣いた。
俺は不出来な子だっただろう。
だが、目の前にいる俺の子は、
俺なんかよりずっとできが良かった。
学校でも一目置かれる存在だった。
そんな事より、ロミーは気になる事を言っていた。
挑発されてついカッとなって、やってしまったと言うのだ。
俺はケインズさんの所へ向かった。
ケインズさんは元々王宮で働いていて、
大魔導師で、今は世界教の神父をしている。
家ではダグラス君は既にピンピンしていた。
ダグラス君に話を聞くと、
すぐに話をしてくれた。
どうやらロミーの言ったことは本当のことみたいで、
本気を見たかっただけだと言っている。
俺はそれを聞いて、少し安心した。
娘は、正義感に溢れた子だったのだ。
しかし、それと同時に俺は後悔した。
ダグラスが俺に、息子さんを怒らないでやってほしいと言われた。
娘だと言いたかったが、ロミーが意図的に隠しているのだろう。
なんとも不思議な子だ。
家に帰って、俺はロミーを待った。
夕方になって帰ってきたロミーを、
俺はロミーを食堂まで連れて行き、
誠心誠意誤った。
正直、許されるとは思わなかった。
ロミーの言い分を聞かず、
俺は自分の娘より村の心配をして、
ただ感情のままに怒っちまった。
だがロミーは何も言わなかった。
当然だ。俺は親として最低な事をしたし、
何より誤っても、許される気はなかった。
だが、謝らないと俺の気分は優れなかった。
頭を下げていると、ロミーが動いた。
このまま俺を無視して外に出て行くかもしれない。
だが、それも仕方ないだろう。当然だ。
しかし俺の予想は大きく外れた。
ロミーは俺を抱きしめ、背中を撫でてくれた。
涙が出てきた。こんな駄目な父親を、
娘は許してくれたのだ。
俺は子供のように泣きながら、
娘に謝罪を繰り返した。
娘も俺が落ち着くまで、背中を撫で続けてくれた。
俺は娘を今まで以上に愛そうと決めた。
それと、メリッサの給料を増やしておこう。
メリッサがいなければ、俺がここで、娘と会話する事も出来なかっただろう。
お風呂から上がった娘は、
いつも通りの娘だった。
まるで女神だ。
だがその女神は俺の自慢の娘だ。
とりあえず女神と和解できた事を喜び、
メーネと一緒に楽しい夜を過ごした。
すこし、ほのぼのとした回にしました。