第9話 『死山への遠足』
書き方を少し変え、
出来るだけ一人称視点にしました。
部屋にノックが響く。
幾度となく、何度もだ。
「今出るよ…待っておくれ…」
身体中が痛む。
どうしてこうなったかって?
昨晩はお楽しみだったんだよ。
いいや、一人でやったさ。
勘違いするなよ?ハードなトレーニングをしただけさ。
腕立て伏せを50回して、腹筋を70回やった。
極め付けは懸垂80回だ。
少しずつ数を増やしていたのだが、
久々のトレーニングで、
最後の方は全身が千切れそうな痛みを感じたけど、
心地よい眠気がして、昨晩はぐっすり眠れたんだ……。
朝っぱらからノックで起こされ、
その上、体が動かないときた。
声を出すだけで、腹が痛い。
ほぼ金縛り状態だ。
「ごめんよ。誰か知らないけど、ドアを開けてくれるかい?」
ドアから出てきたのは、メリッサだ。
「お母様がカンカンに怒ってらっしゃいます。
朝ごはんが冷める前に、急いで向かった方がよろしいかと……」
「あぁ、嘘だろ…?母さんがカンカンだって?マジかよ…。あの…メリッサ?いや、メリッサさん?頼みごとがあるんだけどさ……」
今絶対、呆れたような顔をした気がする。
メリッサは俺を食堂に連れて言ってくれた。
「あの、母さん?ごめんね?ちょっと体が動かなくってね。あははははは。」
怒られたよ。冷めちゃうだろ!とか、起きるのが遅い!
だけじゃなかった。
昨日の夜は部屋からギシギシ音がしただとか、
筋トレについても怒られた。
メリッサに休復を唱えてもらった。
どうにか動けるようにはなったけど、
だけど全身が痛むのは変わらなかった。
だが、しなければならなかった。
この間の一件の所為で、俺は攻撃魔法が使えなくなっていた。
トラウマになったんだ。
魔法を使うと人が死ぬかもしれない。
そう思うと無性に怖くてさ。
一回使ってみたんだけど、
無意識に威力を抑えちゃって、
使い物にならなくなっちまったよ。
ってことで今日は格闘術の練習だ。
俺は今ボクシングの練習をしてるぜ!
ジャブ!ジャブ!右ストレート!ジャブ!ストレート!
自分より大きな相手と戦うことが多くなるだろうし、
そんな時の為に、上に打つ練習もするぜ!
ワンツー!ワンツー!左フック!右アッパーカット!
ふぅ…お前も歳か?
そんな事を考えながら、スパークリングの為に、
土器精製で作った土偶に話しかける。
粘土製で、柔らかく出来ている。
殴った感じ、
サンドバッグに近いだろうか?
気付くとメリッサが俺のトレーニングを見ていた。
「ん?メリッサか。居るなら居るって言ってくれれば良いのに。」
「ノックをしても、話しかけても気付かなかったのは、お嬢様じゃないですか?こちら、おやつを置いておきますので、訓練の合間にでもお食べくださいませ。」
クスリと笑いながら、メリッサは部屋を出て行った。
どれくらい見られてたんだろ。
ちょっと恥ずかしいな。
お菓子を食べながら、俺は技を考える。
攻撃手段として、魔法を使えなくなった今、
俺が使えるのは拳か武器だけだ。
って言っても俺は武器の扱いが下手なので、
結局は自らの拳に頼るしかないんだけどな。
お菓子を食べ終わったら、
トレーニングを再開する。
ワンツー!ワンツー!
左フック!ボディーブロー!
右!左!アッパーカット!
早くだ!もっと早く!
こんなんじゃ、誰にも勝てやしねぇ!
やるんだ!お前になら出来るさ!
自分を追い詰めて、スピードを出していく。
段々スピードが出てきたのを、実感出来るようになってきた。
-----
良い汗かいたぜ…。
動きもどんどん早くなってきた。
「やっぱり……トレーニングは最高だな」
心地よい疲労がしてきたところで、
夕飯の時間になった。
丁度いい。腹も減ってきてたんだ。
夕食は、肉料理が並んでいた。
メリッサに聞くと、お嬢様の筋肉の為に作ったんです、と言っていた。
「さっすがメリッサ!よーく分かってらっしゃる!」
冗談のような口調でメリッサを褒めながら肉を頬張る。
絶妙な加減で塩を振りかけてある。
この世界で胡椒は高価なので、
あまり贅沢は言えないけれど、
塩だけでこの味だ。
すごく美味い。流石メリッサだ。
舌鼓を打っていると、
料理がどんどん運び込まれてきた。
おっとまずい。この料理の量は家族会議の流れだ。
最近の会議は、俺に何かをやめさせる会議が多い。
この間は夜遅くまで起きるのを禁止されたし。
まぁ今でもコッソリと夜遅くまで起きてるんだけどね。
気配を消して逃げ出す俺を、メリッサは見逃してくれなかった。
俺の前に仁王立ちをして、退路を塞ぐ。
「おい、メリッサ。そこどいてくれないか?結構……、いや、すげぇ邪魔なんだけど」
「出来ませんお嬢様。命に代えても通すなと、お母様の方からご命令を受けておりますので」
俺より母親かよ……。ちょっとショックだわ。
というか、命に代えても通すなって…
どれだけ俺を引き止めたかったんだよ…。
悪いな、メリッサ……、
俺を止めるんだったらちょっとの間、眠っててもらうぜ。
さっきは冗談で言ったつもりだったが、
どうやら伏線になってたようだな。
「そっか……じゃ仕方ないな。メリッサ、お前俺に刃向かうってことは…覚悟できてるんだろうな?」
「もちろんです、お嬢様。こうなることは覚悟の上、私はお嬢様に殺されるのであれば、本望でございます」
「ぐぅ……。良いかメリッサ。俺の座右の銘を教えてやるよ。
「お嬢様の、座右の銘…ですか?」
「そうだ。メリッサ、よぉく聞けよ?
"人生は必ずしも思うようになるとは限らない"だ。
よーく覚えとけ!」
前世、母親に見せられた"ローマの休日"の名言を異世界に来てからは、座右の銘としている。
さて、言いたいことも言ったし、
後はメリッサを気絶させて、逃げ出すまでだ!
俺はメリッサに、最高速のアッパーカットを繰り出し、直撃させた。
いや、させたはずだったが、止められてしまった。
クソ…誰が邪魔してきた。
座右の銘なんて語らなきゃよかった。
今すぐここから逃げないといけないってのに。
腕の先にはアルクがいた。
俺の腕をしっかり掴み、動けなくされた。
完敗だ…アルクは強かった。
「おいおい、ロミー。今のアッパー、メリッサに当たってたら、確実に気絶してたぜ?お前…
メリッサの事好きだったんじゃないのかよ?
ってより、いつの間にそんな力をつけたよ?」
嬉しそうとも、驚いているようにも見える感じだった。
「別に。最近頑張ってただけ。それにメリッサは確かに好きだよ。痛いから腕を離して。」
ワリィと言いながら腕を離してくれたが、
警戒を解いてない。逃げ出せないな…
仕方ないので席に着き、
メリッサに、肉をもっと持って来いと指示した。
やけ食いするしかない。
家族が揃った。
メリッサが、嫌がらせのごとく肉を大量に持ってきた為、俺は必死に食べていた。
少しずつ味付けが違い、尚且つ調理方法も違ったので、なんの文句もないが…。
「ロミー?明日の遠足の話だけどね?」
会議が始まった。今回は、何かを禁止するってわけでもなさそうだ。
俺は2年生になったのだが、
今年の学校行事は、遠足なのだ。
遠足って言っても近くの山に登って、
山頂で一緒にご飯を食べるっていう企画らしいが、
道中に魔物が沸いてくることもあるんだそうで、
山頂にも一泊するらしい。
訓練にもちょうどいいとの事だった。
「お弁当の中身は何がいい?」
なんだ。そんなことか。
そんなことなら後で個人的に言ってくれればよかったのに。
まぁ会議にする必要もなかったな。
俺は今回、皆の晩飯を作ってやるって約束してるんだ。
「母さん。弁当はいらないよ。でもその代わりに、材料を買ってきてくれる?」
「良いけど……何を買ってきてほしいの?」
既にレシピは決めている。
前世で、よく母親が作ってくれたカレーを作る予定だ。
とは言ったものの、この世界にはルーというのがないし、
香辛料は高価なのだ。
代用品などを用意させ、材料を揃えさせ、
一から作る予定だ。
俺が、大量の肉料理を食べ終えたあたりで、
家族会議は丁度終了した。
最後の方は俺にあまり関係のない話だったんだけど、
ギーモンが王国に向かうのは来年になったらしい。
この村の復興も完了したらしく、
森への植林も終わったようだ。
無事に終わってくれて何よりだ。
このまま治らなかったら、
勘当されるところだった。
植林技術があってくれて良かったよ。
会議が終わり、皆がそれぞれの部屋に戻っていった。
俺はお風呂に入るのだが、
今日もメリッサを呼んだ。
脱衣所に入り、いつも悪いね、なんて言いながら服を脱ぐ。
「お嬢様。ずっとお聞きしたかったのですが、
何故私などと、お風呂の入るのですか?
お母様やお父様だって、いらっしゃいますのに」
正直答えに困った。
メリッサは服を脱ぎ、壮大な山々が顔を出した。
これが目当て…だなんて言えるわけもないので、
「メリッサの事が大好きだからだよ。」
と答えておいた。
間違いはない、メリッサの"山や谷"はもっと好きだが、もちろんメリッサだって大好きだ。
「で、ですが先程、私を本気で気絶させるつもりで、攻撃をなさったではありませんか。嫌いになられましたか?」
「んーや。大好きだよ。ただ、それ以上に家族会議が嫌だっただけで、メリッサの事を嫌いなったわけじゃないさ。」
メリッサの頰にキスをしてあげると、
忽ち、顔が真っ赤になっていく。
トドメだ。
俺は囁くように、お風呂に入ろうと言った。
メリッサは一瞬ふらつき、すぐに俺の頭を撫でてくれた。
ゆっくりとメリッサと湯船に浸かって、
自分の部屋へと戻ってきた。
今日はゆっくり休もう。
筋トレはまた明日だ。
寝転がると、心地よい眠気が襲ってきた。
外を見ると、もう真っ暗だ。
いつもはもっと起きてる気がするが、
今日はどっと疲れた。
格闘の練習は思った以上に疲れた。
明日の遠足で、足を引っ張らないようにしなくちゃな。
-----
目覚めると右腕が重かった。
筋肉痛かとも思ったんだが、
痛いってわけでもなく、ただ重いんだ。
右手を見ると、魔法石が、侵食し、金色だったブレスレットが、透き通るような赤色になっていた。
つまり、今の俺の魔力にだいぶ馴染んで、
ブレスレットそのものが、魔法道具になったようだ。
このタイミングで馴染むとは思っていなかったが、都合がいい。道中で試すとしよう。
学校に着くと、既に俺以外のメンバーは揃ってた。
この間の武闘大会と同じく、
ハリウス、ヴェナ、ニーク、ボーラだ。
「あっ!ロミー!こっちこっち!」
「おせーじゃんか!こねーかと思ったぞ!」
「ロミー君、これが材料?」
「うわぁ…見た事ねぇ食べ物がある。」
まったく、騒がしい奴らだよなぁ。
俺は気付いてないふりをしてるけど、
ボーラはハリウスにべったりだし、
ヴェナも俺にまとわりついてくる。
「ロミー君。これは?」
ヴェナは俺の右腕のブレスレットを、興味津々に見ていた。
「あぁ、これは燃え盛る黙示録。俺の魔法石だよ」
気付くと皆がジロジロと見ていた。
えっ?何?やっぱり名前を付けるのって変だったの?
「さすがロミー君だね…もう、馴染んだんだ…」
ヴェナが尊敬の目で俺を見つめてくれた。
なるほど。早かったから驚いてたのか。
俺達が談笑していると、
先生達が説明を始めた。事前に聞いていた通り、一泊二日の遠足で、
近くにある山に登るんだそうだ。
少し驚いたのは、山頂に着くまでは自由行動だそうで、
どんなルートを通っても良いんだと。
魔物が出るって聞いたけど、本当に大丈夫なのか?
俺は魔物に出会ったことがない。
本や、話を聞いたので存在こそ知っていたものの、
どれだけ強いのか分からないし、
群れで行動しているかもしれない。
正直少し不安だ。
だけどハリウス達はいつも通り元気だ。
彼等を見てると、不思議と安心するな。
「なぁロメディア!このルートで行こうぜ!」
マップを持ったハリウスが指していたのは、
この山の主がいる、最難関ルートだった。
この山は平均7階位の魔物が生息していて、
比較的安全に登頂できる山だと聞いたが、
主となれば話は別だ。
5階位の魔物って聞いたことがある。
正直勘弁してほしいよ。
どれほどの強さか分かんないのに、挑戦するだなんて……。
「あのな?主って5階位の魔物だろ?俺達が勝てるか分かんねぇだろ?」
「ロミーがいるから負けるわけねーって。」
「そうよ、しかもこの道最短ルートじゃない!」
「一番乗りしようよ!先生達を驚かせちゃおう!」
最難関ルートに決まってしまった。
最悪だ。俺が魔法を使えなくなったことしらないのか?
言ってなかったっけ……?
-----
魔物がほとんど出てこない。
嵐の前の静けさってやつだろうか。
「魔物なんて一匹もいねーじゃん!」
「ちぇ。つまんない。やっぱり嘘だったんじゃない?」
呑気な奴等だな。
俺にとっちゃ魔物が出ない方が都合がいい。
戦いは少ない方が良いからな。
「へっ。何が主だ!出てきたら俺がぶっ飛ばしてやるぜ!」
「悔しかったら出てきやがれ!」
ニーカとハリウスが吹っ飛んだ。
主を怒らせてしまったようだ。
言わなけりゃ戦いにならなかっただろうに…
まったく。いつも余計な事をしやがる。
「ボーラは二人の護衛を!ヴェナは回復を頼む!」
二人とも頷き、指示通りに動いてくれた。
下手に動かれても困るし、一対一じゃないとな。
目の前の魔物は間違いなく主だ。
猿の様な風貌で、堂々たるその姿は、
このルートを選んだ事を後悔するレベルだった。
俺の本気で勝てるかは分からないけど、
謝っても許してくれないだろうし、
折角訓練したんだ。
どこまで通用するか試してみよう。
「逃げ場のない殴打!」
上の方へ向かってパンチを繰り出す。
一発目が外れたとしても、
二発目を確実に当てる技だ。
二発目は当たったが、ダメージが少ない。
主の装甲は厚く、重い一撃を食らわせていかないと、ダメージは通りそうにない。
まぁ、こういう時の技も勿論作っている。
俺は主にパンチの雨を浴びせていく。
ダメージはほぼ入ってないが、
相手の隙を作りたいのだ。
トレーニングの時と同じさ。
ワンツー、ワンツー。
それにしても隙が出来ないな。
ちょっとやばくない?
-----
息をする暇もない程のパンチの雨を、
魔物の主に浴びせ続けていると、
急に動きを止め、倒れた。
ダメージを与えていたつもりはなかったのだが…
いつの間にかダメージが入っていたのだろうか。
「さっすがロメディア!俺達の仇を討ってくれたぜ!」
俺はハリウス達が起き上がったのを見て、
ホッとした。警戒を解いて、皆の元へ向かう。
「ロミー!後ろ!」
俺は吹っ飛んだ。体に激痛が走る。
肺の中の空気が一瞬で排出され、
胸部の骨が悲鳴をあげ、
大木に打ち付けられた。
先に隙を作ったのは俺だった。
実力差があると分かっていながら、
油断をしてしまった。
意識を離すまいと、必死にもがく。
幸いなことに俺は
一度鉛の弾を数十発撃ち込まれた事がある。
その痛みに比べたら、この程度の痛みなんてどうってことないさ。
……まぁ、そんなわけがないんだけどね。
相当痛いよ。痛いってより、熱いかな。
燃えるように熱い。
だけど意識を保つ事ぐらいは、どうにか出来るけどね。
一回死んだからこそ、冷静にいられるのかな。
周りを見ると、血溜まりが出来ている。
腹部を見ると鋭い棒が突き刺さっていた。
魔物の主の爪だ。
俺が吹き飛ばされる瞬間、
カウンターで爪だけを折ったのだ。
「キャアアアアア!」
どこかで似た声を聞いた事がある。
どこだったか……。
そうだ、母さんだ。
母さんも昔俺が階段から落ちた時、
似た様な悲鳴をあげてたな。
「ロミー!ロミー!死んじゃ嫌!いやぁ!」
死ぬ?馬鹿言っちゃいけねぇよ嬢ちゃん。
まだ4歳だぜ?
お前らにカレーを食わせるって決めてんだよ。
その前にくたばって、たまるか。
「あ、んしん……しろよ。死ぬわ、けねーだろ?」
ヴェナは顔をぐしゃぐしゃにして、泣きじゃくっている。
可愛いなぁと、思った。
こんな可愛い子が、俺の為に泣いてくれてるんだ。
そう思うとすごく嬉しい。
おっと…悪いな、もう眠くて仕方ないや。
短い人生だったよ。
いや二回も死ぬ人生なんて、
誰も体験してないし、貴重じゃないか?
「休復!」
いてててててて!
感覚を戻しやがったな…
どうにか全身に力が入る様になってきた。
「助かったぜ、ヴェナ。死ぬところだったぜ」
「うぅ…ぐすん。やっぱり死にそうだったんじゃん。」
ははは…安心させようと思ったんだけど、
痛いところ突くねぇ。
あぁ、貧血気味だなぁ。お腹に爪が突き刺さってて、
血は止まりそうにないな。
死ぬ前に一発ぐらい喰らわせてやるよ。
「なぁ主さんよ。一発で俺を仕留められなかったわけだが……。
お前実は雑魚だったりするか?」
主は雄叫びをあげ、突進の構えに入った。
やっぱりこいつ、人間の言葉を理解してるな。
挑発に乗ってくれて助かるよ。
突進してきた魔物の主の頭に、
フルパワーでの右アッパーカット。
うわーお。綺麗に決まったぜ。
無防備な状態になった腹部に、
魔法付与した腕で、
ボディブロー、フック、ワンツー。
魔物の主は血を吐き出し、戦闘体制に戻った。
戦闘体制に戻った魔物の主が、
俺に向かって雄叫びをあげる。
さっきからほんとにうるさいな、これ。
魔物の主は学ばず、俺に突進をして来たので、
ダブルアッパーを食らわせた。
そうだな……このコンボを、
秘伝の奥義とでも名付けようじゃないか。
ネーミングセンスがない?ほっとけ。
魔物の主は倒れ、動かなくなった。
罠かもしれない。頭の中でさっきの失敗が映し出される。
念のため、光線を頭に撃っておいた。
威力が下がったとはいえ、倒れた相手を撃ち抜くぐらい、容易く出来る。
魔物の主を討伐した。ハリウス達が歓声をあげた。
だが、腹部の出血が酷い。寒くなってきた。
はは…また眠くなって来た。
力が抜け、膝から崩れ落ち、そのまま意識を手放した。
-----
目が覚めるとテントの中だった。
腹部を見ると傷は跡形もなく消え、綺麗になっていた。
服は着替えさせられていて、
近くにはヴェナがいた。
「おはようヴェナ。みんなは?」
「うおはようロミー。みんなは、先生に怒られてるよ」
「そっか……傷は誰が直してくれたんだ?」
「傷はリーモル先生が直してくれてたよ。」
そっか…。リーモル先生にも後で感謝しとかないとな。
「ここまで運んでくれたのは誰だ?」
「えっと……それもリーモル先生が来てくれたの。私も手伝ったんだ」
「で…俺の服を着替えさせたのは?」
「……私。服とか、下着が血だらけだったから……」
「………そっか。」
ヴェナの声が震え始めた。
見ると顔を強張らせ、涙をこらえている。
「わた、し…知らな、かった、の。
ろ、ロミー、が、女の子、だったなんて。
ごめん、なさ、い…ふく、服が、血だら、けだったし、変え…て、あげない、と、
かわい、そうだって、思って…。」
ヴェナは堰を切ったように涙を流し始めた。
「わた、し、ロミーが、大好き、だったから。
死ぬのが、怖く、て…。ロミーが、血だらけなの、怖くって…。」
それからヴェナは色々とぶちまけた。
俺の事が大好きだから、死なれるのが怖かった。
俺が血だらけの服を着てると、
死にかけた時のことを思い出しちゃうから、
喜んでもらおうとして、着替えさせたらしい。
ヴェナは泣きながら、ずっと俺に謝り続けていた。
「ヴェナ、ありがとう」
「ロミー。ごめんなさい。」
「いいんだ。俺もヴェナの事、大好きだぜ」
抱きしめて、頰にキスをしてやった。
ヴェナも俺を抱きしめかえして、
しばらく泣き続けていた。
俺はヴェナが落ち着くまで頭を撫で続けた。
「あぁー!ヴェナとロミーがラブラブだぁ!」
クソ…邪魔が入った。良い感じだったのに。
「お前なぁ…俺を殺しかけたくせに…」
「まぁまぁ。ハリウス君も反省してるしさ。ねっ?ねっ?」
くそ…2対1は分が悪い。
ハリウスめ…ボーラを使いやがって。
「ちぇ。じゃあさ、さっき俺が倒した奴の肉を、持ってきてくれないか?
晩飯を作るって約束したろ?」
みんなが飛び跳ねた。
外を見ると既に日が沈んでいる。
俺が起きるまで、こいつらも飯を我慢してたみたいだ。
昔、一度本格カレーを食べたいと思い、
一から作った事がある。
ルーを使わないやり方だ。
香辛料は種類が少ない代わりに、
同じやつを大量に入れてやった。
ご飯の代わりに、ナンの様な物を作らせている。
そういえばこの世界…ご飯はあるのだろうか。
「ロミー!こりゃなんだ!?」
「カレーっていうんだ。食べたことは?」
「ないですね。私も食べさせていただいても?」
リーモル先生が横入りしてきた。
色んな班の晩御飯を食べる予定だったらしいが、
ハリウス達を叱ったため、食べ損ねたらしい。
「先生もどうぞ。たくさんありますので。」
「悪いねぇ。ではお言葉に甘えて…。
む!これは…この辛さが、胃を刺激して…
こりゃ美味い…。懐かしい味だ…。
ロメディア君、この料理をどこで?」
へっ?懐かしい味?リーモル先生ってカレー知ってたの?
「あの…リーモル先生。」
「なんだい?ロメディア君。私は懐かしい味を堪能しているんだ。お話は短めにな」
「カレーを以前どこで食べられました?」
リーモル先生は少し考えるようなそぶりを見せた。
「昔、一緒に冒険した仲間がいてな。
これとは随分色が違ったが、
似た様な味の食べ物を作ってくれたんだ。
この間、死亡したって連絡が来て、
ショックだったよ……っと、こういう悲しい話をするべきではないね。
ロメディア君!お代わりだ!」
俺よりも昔に、この世界に来た異世界人はいたのか…。
探せばもっといるかもしれないな。
図々しい先生にカレーのお代わりを注ぎ、
楽しい時間が過ぎていった。
その日はヴェナを抱きしめながら寝た。
ヴェナも最初は躊躇っていたが、
抱きしめ返してくれた。
そのまま俺は、ぐっすりと眠った。
翌日、朝早くに朝礼があった。
貧血気味な俺はフラフラしていると、
治癒魔法の先生が椅子を用意してくれた。
「あーこほん。
諸君!!今回呼び出したのは他でもない!
表彰式を急遽行う事とする!
表彰するのは、去年度の武闘大会の優勝者!
ロメディアァァァァ・ハァァァァキュリィィィズ!」
俺かよ。表彰するぐらいなら、寝かしてくれっての。
「ロメディア君!貴方はこの山の主を倒し、
仲間の為に命をも捨てる覚悟で戦った事を表彰します。」
リーモル先生が耳元で、
賞品は秘密だよ?と言われた。
何をくれるんだろう。
武器とかくれないかな。
そのまま、みんなで山を下った。
行きと違い、安全なルートを通った。
数こそ多かったけど、7階位程度の魔物は、
とても弱く感じた。
俺が動こうとすると、ハリウス達が動いて殲滅するので、
俺の出番が無かったっていうのもあるんだけどね。
学校に無事、辿り着くと、
リーモルの有難い話を聞かされた。
寝てないさ。目を瞑ってただけだよ。
俺はリーモルに呼び出された。
寝てたのがバレたか!?
「ロメディア君。賞品の話なんだけどね…。
実は、この学校は人手不足でね。
卒業したら、ここで2年くらい働いてくれないかなぁって、思ってだね。
君みたいに強い教員がいてくれると助かるんだけど……。どうかな?」
あぁ良かった。寝てたのはバレてない。
「良いですけど…給料ってどれくらいなんです?」
「君は幼いのに、まるで大人のような質問をするね…。ここは国から支給されるから、
定額制なんだけど…、今まで過剰に支給された分から少しずつ取って、1ヶ月、銀貨5枚でどうだい?」
来年から財源がいなくなる。
5枚ももらえるんだ。文句はないさ。
二つ返事で答えると、リーモルは嬉しそうにガッツポーズをした。
正門にはメリッサが待っていた。
お嬢様!と駆け寄ってきて、お腹を見られた。
リーモルのおかげで傷跡も残ってないので、
メリッサは安心していた。
メリッサと手を繋ぎ、遠足の事を話した。
家に帰るとギーモンとアルクが、
叫びながら家を走り回っていた。
俺が瀕死の重傷を負ったという情報が、
昨晩リーモルが伝書鳩を飛ばしてきたという。
鳩というより、あれは多分魔物だと思うけど……。
変態は、俺を見るなり服を脱がせ、お腹を確認してくる。
娘の裸を見て、傷跡が残って居ない事を確認し、安堵の表情を浮かべていた。
「よかった、生きてて良かったぁぁ」
「ロミー!ロミィィィ!我が孫よぉぉ!」
「俺の娘だから、死ぬことはないと思ってたけどよぉぉぉ…心配したんだぞぉぉ!」
「そうじゃ、そうじゃ!傷跡が残っておったら、リーモルの野郎の首を、
一週間は村の中心で見世物にするところじゃったわい」
なんだこいつらは…
心配の仕方が大袈裟な気がする。
というよりギーモンはマジで怖い。
泣きながらすげぇ怖いこと言ったぞこの爺さん。
いや、俺がそれほどの大怪我を負ったって事か…。
母も泣きながら喜び、俺を抱きしめてきた。
胸に押しつぶされそうだ。
やっぱりすごく良い匂いがする。
ちょっと強い。苦しい。でも幸せ…。
その日の夕食がお祭り騒ぎになったことは、
言うまでもないだろう。
今日は久々に母親と一緒にお風呂に入り、
強く抱きしめて寝た。
母親も俺の頭を撫で続けてくれた。
生きている事の有り難みを噛み締めながら、
深い眠りへと落ちていった。




